謎の一夜(ルーク)
時刻は深夜二時。
真っ暗になった町の端の野原で。
「あそこまでして……収穫無しって……」
馬車に寄りかかり、ため息を吐くレナさん。
その顔を、ランタンの灯で照らすソン・ジュノ。
「ネガティブな考え方だなぁ。収穫はあったじゃない。このデリって町にはマリアがいない事、マリアを知っている人もいない事。が、わかったでしょ」
「真夜中に住民を叩き起こして聴取したのよ? 丸一日かけて畑を掘って、出てきたのが芋の根っこ一本じゃ……収穫って言わないでしょ」
「確かに、労力に見合う成果は得られませんでしたね。イヴレフ副隊長が肩を落とされる気持ちもわかります」
レナさんの神経を逆撫でするようなソン・ジュノの言葉に一瞬ヒヤっとしたけれど。
困り笑顔でレナさんに賛同してくれるル・テリエ副隊長のお陰で、場の雰囲気は少し落ち着いたようで。
さぁこれからどうしようか、という話し合いが始まった。
「姉がいない事はわかったわけだしさ、さっさと次に行こうぜ」
「ですがジルさん。話を聞けていない住民もいますよね? ほら、あの真ん中あたりにあった大き目なお宅……人がいる気配はありませんでしたが、空き家という程朽ちている感じもしませんでしたし。お留守の可能性が高いと思います。万一という事もありますし……あそこの住民の帰宅を待って、話を聞いた方が良いんじゃないでしょうか」
「俺は図書館君に賛成~。どんな小さな可能性でも、きっちり確かめなきゃね」
「だからって、あの家の前でじーっと待ってるのも時間の無駄よ。これからリンドって村に向かわない? ここから一時間位の場所にあるらしいんだけど。話によると、この町に来てる郵便屋ってのは、曜日ごとにあちこちの町やら村やらに集荷に行ってるみたいなの。ここには昨日来たばかりで、明日はリンドに行く予定なんですって。郵便屋はマリアと直接対面してる可能性が高い人物だし……話を聞いておきたいわ。先にリンドで郵便屋に会って、またデリに戻って……その頃には、あの家の人も帰宅してるんじゃない?」
「んな都合よくいくかぁ? それに、郵便屋がリンドに来るのは昼過ぎって言ってたじゃん。一時間で着くなら、何も今から向かわなくてもよくね? 今夜はここで休もうぜ」
ジルさんに意見されて、レナさんは少しムッとした表情に変わる。けれど、僕もジルさんの意見に賛成だ。
「レナさん、馬や馭者さんも休ませる必要がありますし、ジルさんの言う通り一晩ここで休みましょう? ……と言っても、宿は無いようですし馬車泊になってしまいますが」
「私は時間を効率よく使いたいだけよ。何の為にこんな時間に、しかも神族の手を借りてまで本部を出て来たと思ってるの? 少しでも早く、マリアを保護する為でしょう?」
「レナさんがマリアさんの為を想っているのはわかります。でも無駄に事を急く事と、時間を効率よく使う事とは違うと思うんです。今後いつ何が起こるか分からない中で、休息は重要です。取れる時に取っておかないと」
「そーだよ! いつものお前ならそれ位言われなくてもわかるだろ?」
「じゃあ今のこの人は、いつものこの人じゃないって事でしょ? もーちょい思い遣ってあげたら?」
仲間である僕ら二人に反対意見をぶつけられているレナさん。
そんな彼女のフォローにまわったのは、意外な事に、ソン・ジュノだった。
「だってこの人、ウイリアム隊長に神族だって自白されて、それでも誰にも言えず、本部にも還れず、ずうっと神族と二人で行動してたんでしょ? それだけでも超ストレスだと思うよ? で、ようやく還ってこれたと思ったら色々ぐちゃぐちゃになってて。自分の知らない所で、大切な人が大変な事になってたって、心のダメージやばいでしょ。そりゃ無駄に焦るさ。空回りだとしても、なんとかしたいって気持ちが急くさ」
相変わらず、淡々と、抑揚のない喋り方。
でも……少なくとも僕とジルさんには刺さった。
「そう……そうか、そうだよな。わりぃ、レナ」
「僕達は先に本部に還ってましたから……途中からは当事者的な立場でしたけど……後から何もかもを聞かされたレナさんにとっては……衝撃は強かったですよね。配慮が足らず、申し訳ありません」
「……いいわよ。私こそ、ごめん。無茶な計画に皆を巻き込む所だった。何があっても冷静に対応できなきゃ、対天罰部隊の一員として失格よね」
申し訳なさそうな表情から、少し照れたような笑顔が覗く。
そんなレナさんを見て……安心すると同時に、反省した。
僕はレナさんの気持ちをわかっているようで、わかっていなかった。
わかっていたら、あんな正論、吐ける筈ない。
自分の未熟さが恥ずかしい。
そんな風に自省して俯く僕の顔を、強い灯りと熱が、煌々と照らした。
「では、今後の方針も決まった所で。こちらでお夜食でも」
「ル……ル・テリエ副隊長、これは……!?」
熱源の方へ目をやると、そこにはニコニコのル・テリエ副隊長。
そして彼女の背後には、良い具合に燃え上がる焚火、その上でふつふつと煮立つ小鍋、人数分の寝袋、そしてサンドイッチが入ったバスケットが広げられていて。
「い、いつの間に……」
「小さな町だと聞いていましたし、宿が無い可能性を考えて、野営の準備はしておいたんです。寝袋はクッションにもなりますから、皆さんお掛けになって下さい。さぁ、スープも温まりましたので、サンドイッチと一緒に頂きましょう」
ゆっくりと喋りながら、テキパキと皆の食事の準備をするル・テリエ副隊長。
「あ! ル・テリエ副隊長、私がやります! この器にスープを入れれば良いですか?」
「僕も……!」
慌てて動き始める僕とレナさん。他隊とはいえ、自分より上位の副隊長に給仕役を押し付けるわけにはいかない。
「ありがとうございます。ではお願い出来ますか? ルークさんはサンドイッチをお願いします。フルーツサンド以外は、パンを少し炙った方がカリッとして美味しいです」
「はい!」
「ちょっと、そこの男二人も突っ立ってないで手伝いなさいよ」
「俺は食べるの専門だから、こーゆーのよくわかんねぇよ」
「なんかキャンプみたいだねー。マリアにも食べさせてあげたかったなぁ。あ、ロザリー、マシュマロ無いの?」
「ありますよ」
「あるんですか!?」
「ジュノなら絶対、そう言うだろうなと思いまして」
こうして……神族と火を囲み、食を共にするという謎の一夜が、静かに始まった。




