知りたくもない事(ジル)
「マジかよ……マジで神族と行くのかよ……っ」
一人でぶつくさ言いながら、自分の部屋で身支度を整える。
ダッシュでシャワー浴びて、着替えて。
デリは小さい町だっていうし、到着するのは深夜未明。きっと店だって閉まってるだろうから、念の為着替えをワンセットだけ持って、部屋を出る。
ああ、腹減った。俺夕飯もまだだったんだよな。
三時頃に帰還したらあんな事になっちゃって……
いつでも食わせてくれる食堂のおばちゃんも今はあの状態だし……ソン・ジュノのあの様子だと、途中でどこか寄ってくれるって事もなさそうだし。
ぐうぅぅぅぅぅ~。
「そんなに鳴くなよ……俺だって、お前に何か食わしてやりてぇよ……」
自分の胃袋に話しかけるとは。俺も色々参ってるんだろうな……。
そんな風に思っていたら、目の前にサンドイッチが現れた。
「よかったらどうぞ」
卵にBLT、バジルチキンにフィッシュフライ……フルーツサンドまで。バスケットの中にはぎゅうぎゅうに、色んな種類のサンドイッチが詰められていた。
にっこりと笑ってそれを差し出してくれたのは、朝方のウイリアム・キャロル隊長。
「え? え!? なんで……」
まったく気配無く現れた隊長に、びびる俺。
「皆さんお腹を空かせているんじゃないかと、用意しておきました」
「用意って、え!? いつ!? どうやって!?」
「ロザリーに聞きました。これから四区に向かう事になったそうで。皆さんで召し上がって下さい」
こっちの質問にも、キラキラした微笑みと親切だけを返してくる隊長。
なんだこの人? 神族なんだよな? 敵なんだよな?
どーゆー神経で俺に話し掛けて来てんの?
どーゆー神経で敵にサンドイッチ作ってくれてんの?
「あ……あざっす……」
とりあえずお礼を言ってバスケットを受け取る。
いやいや、てか、受け取っちゃっていいのかこれ?
神族が作ったサンドイッチとか、食っても大丈夫なもん? もーちょい警戒した方がいいんじゃね?
ああでもそんな事言い出したら、俺らこれから神族二人と、何時間も馬車に揺られて行くわけで。
「僕が怖いですか? 僕や、ロザリーやジュノ……神族と呼ばれる血統種が?」
優しい笑顔のまま、こっちの心の中を見透かすウイリアム隊長。
「いや、怖いっつーか……」
「それじゃあ、憎い? 今まで必死になって天罰と戦ってきたのに……それを起こしている張本人達が、身内にいたわけですから」
憎い……。いや、そーゆーのもピンとこない。
「俺は元々、正義の味方みてぇな気持ちでやって来たわけじゃないんで。憎いとか許せないとか……あんまわかんないっす」
「そうでした。ジルベルトさんは純粋に、強さに惹かれる方でしたね。でしたらきっと、ロザリーやジュノとは仲良くできますよ。ああ見えて二人共、ゴリゴリの武闘派ですからね」
「はぁ……」
「あ、でもそれも今はちょっと違いますかね? 単純に戦闘能力だけを追い求めていても、極みには行けない……最近の色々で、それに気付きましたか?」
思わず、ギョッとしてしまう。
なんだこの人。人の心を読む力でもあんのか?
「素敵ですね。年齢と経験を重ねて変化し、成長する。人生に必要不可欠なプロセス。うん、それでこそ人間です」
「……はぁ……」
わからん。なんだこの会話。
何て答えたらいーの、これ。
「ふふ、すいません、困らせてしまいましたね。もう出発ですよね? くれぐれも気を付けて行って来て下さい」
そう。おっしゃる通り困ってました。やっぱり人の気持ちがよめるとしか思えん。
にしても……マジでまぶしい笑顔だな。
王子様とか呼ばれるわけだ。ピカピカしてて、爽やかで。
こんな顔で笑う奴が……神族。容赦なく、人を殺しまくってる悪人……。
なんで? カルラみたいに何か理由があんのか? 通常種にひでえ事された過去がある、とか?
「あの……ウイリアム隊長は何考えてるんすか? 自分が神族だって暴露したり、ル・テリエ副隊長を俺らに協力させたり……何がしたいのか、よくわからないっす」
「諸々落ち着いたら、お話ししますよ。どうか、無事に帰還して下さいね」
ほころぶ事の無い完璧な笑顔のまま、俺の横を通って立ち去ろうとするウイリアム隊長。
その時、ふんわりと香ってきた。
百合と林檎のいいとこどりをしたような、甘く濃厚だけれど、爽やかな香り。
ウイリアム隊長の匂いじゃない。
ついさっき嗅いだ……あの人の匂いだ。
「あの……! ウイリアム隊長!」
「はい?」
振り返るウイリアム隊長を、睨みつける。
「俺、同僚のプライベートに首ツッコむ気はさらさら無いっすけど……レナをぐちゃぐちゃにするようなマネはしないでほしいっす。あいつは頑固で気が強いけど、何されても平気な顔してられる程、図太くないんで」
「……ええと……?」
首を傾げるウイリアム隊長。
でもすぐに、俺の言いたい事が理解出来たようで。
「そうか、君は鼻がいいんでしたね。ご忠告ありがとうございます。肝に銘じておきます」
肝に銘じてくれたとは到底思えない、爽やかな笑顔と軽い足取りで、朝方の隊長は去って行った。
鼻がいいと……知りたくも無い事を知ってしまう事がある。
今回のは、そうじゃないといいな……なんて願いながら、俺は待ち合わせ場所の正門に急いだ。




