衝突の戦果
「ねぇ~、まだ復活出来ないの~? いい加減、話進めたいんだけど~?」
驚き疲れてうなだれる僕達三人に、ため息を吐くソン・ジュノ。
こっちはハプニングが渋滞を起こして、精神が大事故にあってるんだ。もう少し、心が落ち着くまで時間をくれてもいいのに。
でも……早くマリアさん捜索について、話し合いをしたい気持ちは僕だって同じだ。
そしてきっと他の二人も。
レナさんは『あぁもう!』と声を上げてから、肩の下位に伸びてきた髪を勢いよくかき上げた。
「いいわ……誰が神族とか、そういうのはとりあえず置いておきましょう。今はとにかくマリアの保護! それが無事終わるまでは、互いに危害を加えず協力を惜しまない! 約束してくれます!?」
「お約束します。そもそも、小隊長方とジュノは、そういう取引をしていると、ウイリアム隊長から聞いていますし」
ああ……。ル・テリエ副隊長のおっしゃる通りなのだけど。
やはりこの人は全部知っているんだ。
遠征組ならレナさんとウイリアム隊長しか知らない筈の事も、全て。
帰還してすぐ、ウイリアム隊長が伝えたのだろうか。
それとも……神族の間にも、フギン・ムニンのように、距離を問題としない伝達手段があるのだろうか。
だとしたら、神族という組織が一層脅威的に感じられてしまう。
「じゃあ……この五人で、四区のデリっつー町に行くって事でいいんだな? で? 出発はいつにするよ?」
ソン・ジュノ、そしてル・テリエ副隊長の方をチラチラと見ながら、腕組みをするジルさん。
突然行動を共にする事になった二人に、まだ警戒心を抱きつつも、目的達成の為に前に進もうとしている。
僕も、見習わなければ。色々な不安要素はあるけれど。今はまず、マリアさんだ。
「そうですね、善は急げですから、明日の朝一番で……」
「何言ってんの。今だよ。今すぐ行こう」
「「え!!」」
何の躊躇もなくそう言ったソン・ジュノに、思わず声を上げてしまう僕とジルさん。
でも……僕ら側である筈のレナさんはうんうん、と相槌を打ちながら賛同している様子。
「賛成。すぐに発ちましょう。明日までマリアが無事でいるっていう保証は無いもの。今夜から明日にかけて何かあったら……今すぐにここを発たなかった事を一生後悔するわ」
「で、でもレナさん、一体誰に許可を得るつもりですか? クオン隊長は眠ってしまった後ですし、他の小隊長方はあんな状態……」
「だから、黙って行くしかないでしょ。大丈夫よ、私もル・テリエ副隊長も副隊長なんだから」
「いやいやいやいや! 今夜行ったら向こうで泊まりだろ!? 朝俺らがいないってバレるぜ!?」
「それに……ゴタゴタして大事な問題を飛ばしてしまっていましたけど……マリアさんの手紙によるとレナさんにだって危険が迫っているかもしれないんですよ!? 今は本部を離れない方が!」
「いつ何が起こる分からないのは誰だって同じでしょ! そんな心配してたらどこにも行けないし何も出来ないわよ!」
冷静で慎重なレナさんらしからぬ、大胆かつ無謀な決断。
予想外の展開に、僕もジルさんも慌ててしまう。
でもそこにル・テリエ副隊長は相変わらずの穏やか笑顔で割り込んできて。
「ご安心下さい。ウイリアム隊長から、全ての責任は取るので、と仰せつかっています。隊長ならきっと、皆さんのお立場が危うくなる事はないよう、はからって下さいますよ」
「ウイリアムさんがそう言ってんだから、好きにさせてもらおーよ。どーせ、他の小隊長達も総司令も、それどころじゃないっしょ? それに……トキミヤ隊長はどっちが喜ぶだろうね? 俺達が明日彼が目覚めるまでじーっと待ってるのと、今すぐにマリアを捜しに行くのと」
「あなたは後者だと言いたいのでしょうけど。クオン隊長はマリアさんと同じ位、部下の事を考えてくれる上官です。僕らが上の許可を得ずに、危険に身を投じたと知ったら……きっと心を痛めます」
「危険? 俺らと組む事を言ってるの? それともアルマンに近付く事? じゃあいいよ、キケン大嫌いな坊ちゃん達はお留守番してな。俺とロザリーで行くから」
あからさまにイライラしている様子のソン・ジュノ。
すかさずレナさんが、『それはダメ!』と口を挟む。
「神族だけでマリアを保護するなんて……! ちゃんと本部に連れ帰ってくれるかもわからないじゃない!」
「は?」
ソン・ジュノの眉間に皺が寄ったのと同時に、空気が淀む。
まただ。あたりに充満する殺気。
けれど、微塵も臆することなくレナさんは彼を睨みつける。
「だって、今は頼みのクレア先生も意識不明だし……ル・テリエ副隊長がいるなら、マリアの加療の為に本部に連れ帰る必要もないでしょ? あなた、随分マリアに執着しているようだし、そのまま連れ去って消えちゃうって可能性もあるんじゃないの!? クオン隊長から、あの子を横取りする為に!」
「レナさん! ちょっとそれは言い過ぎでは……っ」
猛ダッシュでソン・ジュノの地雷を踏み進んでいくレナさんに、冷や汗が止まらない。
そしてどうやらそれは、ジルさんも同じだったようで。
「そうだよお前、こいつキレさせるなよ! こいつハデスよ!? クオン隊長ですら、こいつはヤベぇって言ってたらしいぜ!? おんびんに行こーぜおんびんに!!」
「神族相手に何ひるんでるのよ! あんた達マリアがさらわれちゃってもいいの!? クオン隊長とマリアを再会させる事も、保護の大きな目的でしょうが!」
「それはそうですが……っ! せっかく協力関係を築けそうなのに……猜疑的な発言は慎むべきです!」
「そーだよ! もー誰かがキレるとかもめるとか、やだわ! ほら、ここにあったテーブル無くなってんだろ!? これデニス隊長がキレて壊したんだぜ!? キレて踏んでバリーンだぜ!?」
「衝突してでもはっきりさせておかなきゃいけない事はあるでしょ!? 私はもうクオン隊長やマリアを悲しませたくないの! 幸せになって欲しいのよ!!」
レナさんの怒声を最後に、静まり返る室内。
肩で息をするレナさんと、コメカミに汗を滲ませる僕とジルさん。
「……あれ?」
思わず呟く。
気が付くと、周囲から殺気が消えていた。
恐る恐るソン・ジュノの方へと視線を移すと……彼は吹き出すように笑い出して。
「金髪ちゃんは気が強いんだね。ウイリアムさんは、君のどこが良かったんだろう?」
「は、はぁ!? どうしてそこでウイリアム隊長が出て来る――」
「でも、マリアの為にキレてくれる人なら、俺は信用する。だから金髪ちゃんも俺を信じてよ」
真剣な顔で、レナさんを見つめるソン・ジュノ。
「俺だってマリアの幸せを願ってる。一秒でも早く、あの子をトキミヤ隊長に会わせてあげたい。だからすぐに出発したいんだ。でもきっと……俺とロザリーだけで行っても、マリアは戸惑う。君達に、一緒に来てほしい」
レナさんは少しの間彼と見合った後、僕とジルさんの顔を順に見た。
それが、僕らの意志の確認である事は、考えなくてもわかって――。
「ああ、もう、わかったよ! 行くよ! 今すぐに!」
「思い切らなきゃいけない時も……ありますよね!」
不安はある。心配もある。本当にいいのかな? という迷いもある。
正直、若干のヤケクソ感は否めない。
でも……だからこそ、この決断が正しかったのだと思える結果を出そう。
未来の僕達はが、今の自分達を褒めてやりたくなるように。
笑顔で再会を喜ぶクオン隊長とマリアさんを見守りながら、皆で笑える明日が、来るように――。




