新たな暮らし
★注意★『神々は天罰を下さない』の後編です★注意★
興味を持って頂けましたら、そちらからお読み頂けますと幸いです。
都合により、当初『神々は天罰を下さない』の207話以降に投稿していたものを第一話から再投稿しています。
「マリアさん、これよかったら……」
洗濯物を干していた時、シーツの向こうからひょこっと顔を出したのは、隣の家に住むコマチちゃん。
「こんにちはコマチちゃん。今日は何を作ってくれたの?」
手に取っていたシャツを一旦籠の中に戻し、コマチちゃんが差し出してくれた小さな壺に視線を落とす。
「ウメボシです。私の故郷に古くから伝わる料理で」
「知ってる! 酸っぱくて、シワシワのフルーツよね?」
嬉々とした顔で壺を受け取る私に、彼女は少し驚いたようで。
「よく知ってますね! 西側の生まれの人で、何それ? って顔しなかったのはマリアさんが初めてです!」
「ク……あ、知り合いがね、コマチちゃんと同じ一区の出身で。前にもらった事があったの」
「えっ。これを他人様にあげるなんて、勇気ありますね。結構独特というか、好みが分かれる味だと思うんですけど……マリアさんはお口に合いましたか?」
う……。
言えない。貰ったものは全部手を付けずに捨てていたなんて。
理由を説明すれば、『良い距離感のご近所さん』という関係が崩れてしまうだろうし。
「ちょっとその時は食べれなくって。でもその人が、これを食べる所を想像しただけで、一区の人間はこういう顔になるんだって……こう、口をすぼませてね。しかも真顔で。それがすごくおかしくて……よく覚えてたんだ」
「へえ……その人って、お腹の赤ちゃんのお父さんだったりして?」
「え!?」
鋭すぎる推測に、思わず肩に力を入れてしまう。
「どうして……」
「わかりますよ~! マリアさん、すごく幸せそうな顔しているんだもの!」
いつもの事ながら、彼女には関心してしまう。
言葉、表情、立ち振る舞い。そういったものから相手の気持ちを見抜く事に秀でているのだ。
三か月前、初めて会った時も驚いた。
まだ全くお腹の出ていない私を見て、『もしかして赤ちゃんいますか?』と尋ねてきたのだ。
なぜわかったのか理由を尋ねると、『お母さんぽい顔をしているから』との事で。
明るくて、優しくてとっても良い子なんだけれど。
同い年とは思えない程、末恐ろしい観察力と洞察力の持ち主でもある。
「あ……でもごめんなさい。赤ちゃんのお父さんは事故で亡くなったんですよね? 辛い事を思い出させてしまって……」
ひまわりのような笑顔が一転、申し訳無さげに曇る。
「ううん。言い出したのはこっちだし、気にしないで。それにあの人の事を想い出すの……好きだから」
そりゃあ辛くて悲しいけれど。
もう想い出の中にしかクオンさんはいないから。
クオンさんとの時間を思い返す事でしか、会う事は出来ないから。
「マリアさん……」
「ウメボシ、ありがとうね! さっそくお夕食で頂いてみる! あ、ちょっと待っててもらえる? 私もパプリカのピクルスを作ったから、良かったらお裾分けするね!」
少々強引に作った笑顔をコマチちゃんに向けてから、私は家の中へ入った。
小さなダイニングテーブルにウメボシの入った壺を置く。
『いつか一緒に行けたらいいな。俺の故郷に』
利用され、弄ばれていると思っていたから。
どういう神経でそういう事を言うのだろうと。あの時は思っていた。
あの時――素直にそう言っていれば。
全ての誤解は解けて。
悪いのは基地司令だってわかって。
クオンさんが殺される事は無かったかもしれない。
もっとずっと、一緒にいられたかもしれない。
いくら悔やんでも仕方ない。時間はもどらない。やり直せない。
そうはわかっていても。いつでも、何度でも、いくらでも……涙は溢れてくる。
「本当にごめんね……姉ちゃん」
そしてその度に、アルマンは苦しそうにうつむくのだった。