1-7 日常に戻る
今日も僕は、せっせっと床掃除をする。
箒で床をはいてからの水拭き。
普段と変わらない毎日。でも、とても充実した日々。
思い返せば、僕がこの世界に『転生』させられ、早七年。あっと言う間の出来事だった。
僕はこれでも一応『魔神の十三番目の末の子』として生を受けた。
だけど、『魔神の子』だと言うのに、僕の『魔力』は兄弟達の中で一番最弱で、それだけでなく、『魔族』全体から見ても中の下位だった。
『魔神』の名は伊達じゃないんだ。『魔族』の中でも、『魔力』も『能力』も全て凌駕している。その子供なら、当然生まれながら才能豊かな子供が生まれてもおかしくない。
だと言うのに、僕は『魔神』の血を引いておきながらも、『魔力』も大した事無く、『能力』も何も無かった。
なので、兄弟や他の『魔族』達にも『出来損ない』と言われ続けていた。
その為、僕は牢獄に幽閉された。
そこは、『魔界』でも廃れた風習で、稀に僕のような『出来損ない』をそこに閉じ込めて、強制的に『魔力』を上げたり『能力』を目覚めさせたりする場所。
『魔界』のイメージだと、太陽が厚い雲に覆われ陽もささず、ジメジメして暗い印象を覚えるかもしれないが、そんな事は断じてない。
少なくとも、僕が生まれた『魔界』では、ちゃんと朝も昼も夜もあったし、『魔神』と言う名の絶対的支配者により、巨大な国家として成立していた。
それはさて置き、僕が幽閉された牢獄は、まさにその日が差さないジメジメした地下深く。
時計も無いので、朝も昼も夜も分からない。唯一時間を認識できたのは、僕の世話役と言う名の、監視兼教育係が持ってくる、三食の食事のみ。
この教育係と言うのがネックだ。
『魔族』にとって尤も大事なのは、『負の感情』だと言われている。それを“動力源”とし、『能力』が発芽するのだ。
故に、その『負の感情』を植える為に派遣されたのが、例の『教育係』達であった。
彼らは、常に軽蔑した目で僕を見下し罵倒し、時には暴力を奮っては『出来損ない』だと言い続けてきた。
因みに、その名の通りに『教育係』としての役目もあり、必要最低限ではあるが、ちゃんと知識も与えられていた。
ただしその殆どが『魔界』の事、『魔族』の事、『魔神』延いては『魔神の子供』としての本来あるべき姿についてや、僕と他の『魔族』を比較し、どれだけ僕が『出来損ない』かを知らしめたりと、そんな偏った知識ばかりだったけど。
そんな中で僕が発芽した能力が、僕命名の【友達魔法】だった。
しかし、少なくともこんな魔法は、『魔界』では今まで存在しなかった魔法らしかった。
それに、名前や──僕自身が付けたとは言え──その能力の説明を聞いただけで『貧弱』だと決めつけられ、更に『魔族』らしくないと教育が過酷になったのは言うまでもない。
それでも、僕はこの魔法が好きだった。
誰になんて言われようとも、関係なかった。
けれど、そんなのは『魔界』では許されない。
そして、とうとう『審判』の時が来た。
僕の父であった男の手によって、僕は“処分”される筈だった。
そう。筈だったのだ。
だけど、僕は生かされた。
その時の事は、正直あまり良く覚えていない。
それでも何となく、理解はしていた。
体の内から、何やら気持ち悪いモノが這い上がってくる感覚。言いようのない不快感。
耳鳴りがして、吐き気がして、目眩がして、そして──目の前が真っ赤に染め上がる。
気付けば、僕の『お友達』だった『魔物』達の屍が、足元で血の海に沈んでいた。
恐らく、僕は“負の感情”が引き金になり、それが僕と“繋がっている”『お友達』にも干渉してしまい、彼らは衝動的に僕を守る為にあの男に向かっていったんだと思われる。
適わないと知りつつも·····。
そんな出来事があり、あの男は何を思ったのか僕を殺さず、僕は結果的に生き延びてしまった。
だから僕は、まずは自分の感情を制御する事から学んだ。
本来なら、あんな悲劇を二度と起こさない為に、この【友達魔法】は封じるべきだったのかもしれない。
だが悲しいかな。僕にはこの【友達魔法】しかなかった。
他の魔法なんて、必要最低限の誰にでも出来るような魔法ばかりで、僕個人としての能力はこれ一つだけだったからだ。
その為、他の方法を僕は知らない。これしか無いと思ったから。だから、まずは自身の能力を知り、より理解を深め、今度こそ使いこなして見せようと──そう思ったのだった。
その後、あの男から一応の許可を貰い、僕は牢獄から出された。
でも、極力他の『魔族』とは関わらないよう距離を置いた。
あんな連中と一緒にされたくない。僕は僕の道を行くんだ。
それからどれだけの年月が過ぎたかは覚えてないが、ある日珍しくあの男が僕達兄弟を集めた。
そしてこう言った。
──『お前達を、これから十三の世界に転生させる。そこで、どんな手段を使っても構わん。武力だろうが頭脳だろうが。兎に角、お前達の持つ力を最大限に活かし、その世界を手に入れて見せよ』──
そんな事があり、僕達は異世界へと強制的に転生させられたって訳。
理由も、あの男が何を意図して僕達を態々異世界に転生させたのか、何もかもが分からない事だらけだ。
だけど、不本意ではあるが、この世界に転生させてくれた事だけは、あんたには感謝してあげるよ。
お陰で、【フェンリル】の『フェン』に、体は男だけど心は乙女の【ヨルムンガンド】の『ヨルさん』。それから最近では、『変異種』で双頭の鴉の賑やかな『ムニン』と、常にボーッとしていてほぼ口も聞いた事も無いけど、そんなムニンの相棒でもある『フギン』。
そんな彼らと素敵な出会いをし、『お友達』になる事が出来たのだから。
だから、僕は今とても幸せだ。
だから、僕は彼らと共に前を向いて歩くと決めた。
過去の悲しい出来事は忘れられないし、今後も忘れるつもりは無いけど、『今』をただ必死に生きていこうと、彼らのお陰で思う事も出来た。
これから正直どうなるか分からない。あの男がこれから何もして来ないとは思えない。
それでも、僕には彼らがいる。彼らがいれば、僕はきっと、あの男にだって、それ以外にだって立ち向かっていける自信があるから。
だからいつでもかかって来ていいよ。
あ、でもちょっと待って。やっぱ、もう少し僕が強くなってからにして下さい(笑)
そんな事をつらつら思い出して、僕は気付けば掃除の手を止め、天井を見上げていた。
すると、そんな僕に声を掛ける人物が居た。
「·····どうした?」
金色の腰まで伸ばした長い髪を無造作に後ろで流し、空のように澄んだ青い瞳をした【フェンリル】の『フェン』だ。
僕の一番好きな澄んだ青い瞳は、今は僕を心配そうに見下ろしていた。
だから、僕は何でもないとへにゃりと笑う。
「ううん。ただちょっと、皆との出会いを思い出してただけ」
「·····そうか」
そう言って、フェンは座り込んでいた僕を抱き上げると、片手の腕に僕を座らせた。
その瞳を覗けば、優しい瞳が僕を見詰める。
僕はもう一度へにゃりと笑う。
そんな時、突然扉が勢い良く開けられ、僕はビクッとして思わずフェンに抱きついてしまった。
「アルルちゃ~ん♪愛しのお姉様が来たわよ、っおぉ?!」
ヨルさんが入って来たと同時に、フェンが《火球》を飛ばすも、驚きながらもヨルさんは特に危なげなく、同じく《水球》を作ってフェンの攻撃を回避する。
もうこれ、二人の挨拶代わりになりつつあるよね?と、僕は苦笑するしかない。
「だから危ねぇーって言ってんだろうが!」
「·····非常識な奴にはこれで充分だ。それで?何の用だ?」
「あ、そうそう。私も今日から、この家に住むからヨロシクね♪」
「「は?」」
ドスの効いた声から一変。相変わらず器用な事するなー、なんて斜め上の事を考えて感心していた僕達の耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。
しかも、「住みたい」とか「住まわせて」とかでもなく、「住むから」ってもうそれ確定事項ですか?
僕達がポカンとしていると、開け放たれていた扉から、今度は黒い物体が凄い勢いで飛び込んできた。
「それおもしろそー!オイラも今日からお世話になるぜ!ヨロシクな!」
それは、双頭の鴉の『フギン』と『ムニン』。
この二人(羽?)も、ヨルさんの言葉に乗っかり、いきなり言い出したからさぁ大変。
無表情のままのフェンが、徐に僕を乗せてる逆の手を挙げたかと思うと、軽く──少なくとも僕にはそう見えた──振った。
「·····出て行け」
その一言と同時に、二人(三人?)は唐突な突風に煽られ外に弾き出される。
ちゃんと小屋の事も配慮してくれたのか、一応小屋は無事。
それでも、負けじとヨルさんもムニンも、フェンに立ち向かって来た。
別に皆本気じゃない。腕に僕が居るってのもあるけど、何処と無く楽しそうな雰囲気も感じられたし、ただのじゃれあいとして、僕もフェンの腕の中で大人しく成り行きを見守った。
僕は可笑しくなって笑う。
それを見たフェンが目を細め、ヨルさんは「うふふ」と可憐に笑い、ムニンとフギンも僕の周りを飛び回りながら笑う。
ああ、なんて幸福に満ちた日々だろうか。
これにて、一応の所一章は終了とさせて頂きます。
正直、話数だけ見れば少ないかな~?と思わずにはいられませんが、丁度キリもよかった(?)ので良いかな?と思いまして(笑)
まあ、最後は一章の纏めみたいな感じで終わりましたが、皆様に楽しんで頂ければ幸いです。
このような拙作を読んで下さった皆様には本当に感謝しております。有難う御座いました。
こんな事言えば、まるでこのお話がここで終了だと思われるかもしれませんが·····正直、作者自身も良く分かっておりません( ̄▽ ̄;)
モチベーションが続き、反響がそれなりにあれば書くかも?
一応大まかな流れは考えているのですが、ちゃんとそれらが固まっていないので、確約が出来ない所が申し訳なく思います。
作者自身の力量不足ですね。はい。
ですが、なるべくは頑張って行きたいとは思っていますので、応援の程宜しくお願い致しますm(_ _)m