1-5 更にフェン視点
「ぐ、ぁ·····」
「ひぃっやめて·····」
「こ、ころさないで·····」
「し、死にたくない·····死にたくない!死にたくないっ·····ぁ」
「ぎゃー!助けてくれー!」
全く、五月蝿い蛆虫共だ。先程から勝手な事ばかり。自身らも今の今まで弱者をいたぶって楽しんでいただろうに。
それは、作業と等しい。淡々と盗賊共を殺める行為。
私が少し腕をひと振りしただけで、簡単にその命は刈り取られていく。
どれだけ泣き叫ぼうが喚こうが命乞いしようが、私の感情が揺らぐ事は一切無い。
無感情のまま、蛆虫共を見下ろす。
此奴らの存在そのものが“悪”。此奴らがおれば、アルルの心が乱される。なれば排除しなくては。
私にとってはそれが全て。
少し離れた場所では、ヨルが【円月輪】で、逃げ惑う蛆虫三匹の首を纏めて刈り取っていた。
再び【円月輪】を手にしてそれを振ると、今度は小ぶりの【円月輪】を数個。それらを自由に操り、四方八方に此方に背を向けて逃げようとする者達の背中へ向けて放つ。
それは、一つも外す事無く蛆虫共の背に突き刺さり、連中はすぐ様物言わぬ屍と化した。
恐らく、ヨル特性の即効性のある『毒』が仕込まれたもの。
ヨルとて、きちんと“空気感染”のない『毒』を用いてる筈。そこまで理性を失っていないだろう。
なれば、問題は無い。
私は、それだけを確認すると、蛆虫を排除する作業を再開する。
一人たりとて、逃がすつもりは毛頭ないのだから。
それ程時間も掛からず、“駆除”は完了した。
周りを見れば、私を見る人間の目には、恐怖・混乱・困惑・安堵、様々な感情が見え隠れしていた。
その人々の中に、例の警備隊長の姿もあったが、私にはどうでも良い事だ。
この者達が、私をどう見ようと、どう思おうと、私の知った事ではない。
我々の尤も優先すべきは、アルルただ一人。
故に興味すら無い。
私がそんな事を思っていると、
「あら~ん?駄目じゃないアルルちゃん。大人しく入り口で待ってなきゃ♪危ないでしょ?」
ヨルのいつも通りの女言葉に、弾かれたようにそちらを見遣る。
その視線の先には、アルルが立っていた。
その顔は死人のように白く、そして無表情でありながらも、はらはらと涙を流していた。
初めて見るアルルの涙。声も出す事もなく、もしかしたら涙を流してる事さえ本人は気付いてないのかもしれない。
その姿に、胸が締め付けられそうだった。
ヨルもどうすれば良いか困惑している様子だ。
そのアルルの口が何かを呟くように動いていた。
私は眉間を寄せる。
「·····めなさい·····さい·····ご·····なさい·····めん·····い」
「っアルル!」
私は人の姿を取ると、咄嗟にアルルを抱き上げた。
後ろの方で息を飲む音が聞こえたが、そんな事知った事ではない。
そんなアルルを抱き上げた私を、アルルが引き離すように私の胸を押して離れようとする。
アルルからの初めての拒絶に、しかし気付かないフリをした。
「·····めんな、さい。ぼくが·····僕が全部悪いんだ·····」
「それは違う。アルルは何も悪くない。悪いのは全て奴らで·····」
「違う!」
「「っ」」
アルルが初めて怒鳴った。それに驚いた私達に構う事無く、アルルは尚も叫び続ける。
「違う·····違う違う違うっ!違うんだ!『お友達』なのに!『お友達』の筈なのに!『お友達』は僕が守らないといけないのに!また僕は守られた!僕がっ僕がっ!『お友達』が欲しいと望んだからっ!一人は寂しくてあそこは暗くて嫌いで!だから『お友達』ならそばに居てくれるって·····本に書いてたから·····だから!望んだんだ!でも僕の“能力”は『お友達』を苦しめるだけだった!死なせるものだった!だから僕は『お友達』を守る為に“感情”を制御したんだ!
出来ると·····思ったんだ·····僕はあの時とは違うって·····なのに、なのに·····また、“闇”に呑まれた。分かってた、はず、なのに·····そんな事になれば、僕と“繋がって”いる『お友達』がどうなるかくらい、分かってた筈、なんだ。君達に、こんな事をさせたかった訳じゃないんだ。こんな事の為に『お友達』になった訳じゃないんだ。ただそばにいて欲しくって。だから、『約束事』だってした。人の姿の時は極力人間を傷付けないっでって。襲われた時は仕方ないけど、それ以外で力を使わないでって。皆に、君達を変な目で見て欲しくなかったから。それなのに僕に引っ張られてまたこんな·····」
ああ·····この子は、自分がこんな状態だと言うのに、それでも尚我々の心配をするのか。自身の感情よりも先に。
話を要約すれば、恐らく昔も似たような事が起こったのだろう。何かのきっかけで感情が爆発してしまい、アルル曰く、その『お友達』が身を呈して守った。
そんな所か。
「·····大丈夫だ、アルル。其方は何も心配する事は無い。我らなら問題ない。さあ、帰ろう。我々の家へ」
そこで、それまでずっと俯いていたアルルがピクリと反応し、ゆっくりと顔を持ち上げた。
「··········かえる?」
その瞳は焦点が合わず虚空を見つめ、されど私の言葉を反芻する。
そんなアルルに、私は意識していつも通りの優しい声音で語りかけるように言った。
「そうだ、帰るんだ。私とアルル、そしてついでにヨルも一緒に。彼処なら何も怖いものは無い。其方を傷付ける者は居ない。だから·····帰ろう」
ヨルが「ついでって·····」などと呟いていたが、私はそれを無視した。
流石のヨルも空気を読んで、それ以上口を挟んで来なかった。
アルルがゆっくりと頷くのを確認すると、私は一度ヨルにアルルを預け、再び本来の姿に戻るとアルルと(仕方なく)ヨルも乗せてから、小屋に戻った。
小屋に戻ると、椅子の上で膝を抱えて蹲るアルルがぽつりぽつりと話し始めた。
『魔界』と言う過酷な環境。そこでは、『強さ』が全ての弱肉強食の世界。『魔獣』である私も、そこに思う所はない。
しかし、そこでは時折、生まれて直ぐに親と引き離し、牢獄に似た環境で生活を余儀なくされる子供がいた。
その理由が、『魔族』の原動力が“負の感情”であるが故。そこで生活させる事により、尤も強い『魔族』を生み出す為のもの。
けれどもそれは、『強さ』をモットーとする『魔界』であっても、廃れた風習。
その筈だったのだ。
そんな中でアルルが生まれた。『魔神の子供』でありながら、兄弟の誰よりも最弱で、そして『魔族』の中でも中の下程度の『魔力』しか持たない·····アルル曰くの『出来損ない』·····。
『魔神』はそんな我が子を躊躇いなく牢獄にぶち込んだ。
一応最低限身の回りの世話をしてくれる世話役、と言うよりも、監視員が着いていたらしいが、彼らは言わば、アルルの“潜在能力”──『魔族』共は少なくともそう言っている──を引き出す者達。
つまり簡単に言えば、“負の感情”を引き出そうとする者達の事である。
その為、連中にアルルは常に軽蔑された目で見下され罵倒され、時には死なない程度に暴力も振るわれたらしい。
·····連中が目の前にいれば八つ裂きしてやるものを!
今は私の感情は置いておこう。
その牢獄の中で発動したアルルの“能力”が、例の【友達魔法】であった。
ある時、心優しき『魔族』がいたそうだ。その者はアルルの境遇に同情し、ある一冊の本をくれた。
けれどその『魔族』は翌日には姿を見せなくなった。大体の予想は出来るが·····悲しくて苦しくて、アルルはその本を読んで、『お友達』が如何に素晴らしいかを知る事が出来た。
その直後の発動だったらしい。
最初の『お友達』が、牢屋で時折見掛けていた鼠系の『魔獣』だった。
“能力”が発動した事に有頂天になったアルルは、それをすぐ様自身の父である『魔神』に報告したらしい。
だが、くだらんと言われ、一蹴されたそうな。
その後も、アルルは『お友達』を作った。猫系・犬系・鳥系・虫系·····どれも、『魔界』では相手にされない弱き者達であったが、アルルは嬉しかった。沢山の『お友達』が出来て幸せだった。
なのに、そんなアルルに残酷な現実が待ち受けていた。
どれだけの年月が過ぎたか分からないが、とうとう痺れを切らした父でもあった『魔神』が、アルルの“処分”──『魔界』では“死刑”の意──を言い渡したのだ。
死を目前にして、アルルは恐怖し絶望した。世界の無情さに。理不尽さに不条理さに。自らの無力さに·····『魔界』に生まれて来てしまった不幸に。
そして何よりも、抵抗する事も出来ず、嘆く事しか出来ないまま死ぬ自分自身に。
それでも·····僕は··········────生きたいんだ!
その瞬間、目の前が真っ赤に染め上がり、奥底から何かが──気持ち悪い“モノ”が這い上がってくる感覚に吐き気と目眩を起こす。
そして気付いた時には·····全てが終わっていた。
足元には、アルルの『お友達』の死体が血溜まりの中に沈んでいた。
その様を呆然と見詰めるアルルの頭上から、
『ふむ?中々面白いな』
そんな言葉が掛けられたが、アルルの意識が其方に向く事はなかった。
アルル自身、何が起こったのか分からず、それでも何となく推測は出来た。
それからと言うもの、アルルは一番に自身の感情を制御する事を覚えた。
次に『お友達』になってくれた子は、今度こそ自分が守るのだと。
只管それだけを想って。
正直、あの男が何を望み、何故自分を殺さなかったのか。何に期待をしたのか。それはアルル自身良く分からない。もしかしたら、唯の気紛れだったのかもしれない。
ただ一つ言える事は、アルルは『生かされた』と言う事だけ。
そこまで話終えると、アルルは糸が切れたように崩れた。椅子から落ちそうなのを、私が咄嗟に手を出して事なきを得たが。
顔を覗き込むと、まだ顔は白く心配になってくる。
私はそっと、アルルを布団に寝かす。
窓から朝日が差し込んでいた。もう夜も明けたようだ。
「·····あたしが、あんたと同じように『お友達』になりたいって言った時の事覚えてる?」
ヨルがアルルの頭を優しく撫でながら、ポツリと零す。
「·····ああ」
「最初、あの子あまり乗り気じゃなかったじゃない?だけどあたしが、あんたは良くて何であたしはダメなのよー、なんてしつこく言って無理矢理『お友達』にしてもらって、その時に『約束事』を何度も念推されて、正直クドイって思っちゃったのよね」
「··········」
「この世界じゃ、多分この子の魔法は間違いなく【従魔法】に入るでしょうね。尤も、『魔物』を人間にさせる事が出来るなんて聞いた事も見た事もないから、そんな中でも恐らく上位の能力だと思うわ。それこそ、この子が望めば、全ての『魔物』を従えさせる程の·····」
「·····何が言いたい」
「やーねー、そんな怖い顔しちゃって。ただね、この子の父親──ううん。あの男もきっと私と同じ考えに行き着いたんじゃないかなって?
ねぇ、あんたも気付いてんでしょ?この子と『お友達』になってから、あたし達の力が格段に上がってるのを」
「··········」
私は何も答えなかった。
「恐らくあの男も気付いたはずだわ。切っ掛けは·····多分この子が最初に力を暴走した時。本来弱いだけの唯の『魔物』の筈が、予想外にも能力の向上が垣間見えたんでしょうね。だから、アルルちゃんを生かす事にした」
そこで一度言葉を区切ると、ヨルは徐に窓に視線を向けた。
「だから決めたわ。あたしは最後までこの子の傍に居る。もしかしたらこの先、あの男があたし達の前に立ち塞がるかもしれない。アルルちゃんが言うには、相当強いらしいけど、知ったこっちゃないわね。勿論死ぬつもりもないから、今より更に強くなってやろうじゃない。
まあ、あたし達は今でも最強なんて言われてるし?もしかしたらこれ以上強くなるのは無理かもしれないけど、可能性はゼロじゃないでしょ?
だから、ね。あんた達もどうするか決めなさい。ずっと見て来たんでしょ?この子の為人を。
言っとくけど、この子を傷付けたり、力目当てで近づくってんなら話は別よ?あたしが容赦しないから。
あと、今はダメよ?少なくとも、この子の心がもう少し回復してからよ?
·····いいわね?」
私もヨルの視線を追い、窓の外から此方を──眠るアルルを見詰める小さな黒き者達を見て、目を細めた。