1-1 お友達
僕は現在七歳。
何やかんやと、今でも無事に生きてる。
僕が今住んでるのは、小さな掘っ建て小屋。猟師か誰かが、恐らく何らかの理由で打ち捨てられた小屋。だって、相当ボロかったし。
それを、彼と二人、途中から三人になって、何とか人が住める場所にはなったと思う。
尚、最初は洞窟で生活してました(笑)
そんな僕の日課は、専ら床掃除。床を箒ではいたり水拭きしたり。最近では少しずつ料理も教えて貰ってるし、彼に『狩り』の仕方も指導してもらっている。
これでも、何だかんだと忙しいのだ。
そんな事を考えながら、一心不乱に床を水拭きしていると、この小屋の一つしかない扉が、ギッと軋んだ音と共に開かれた。
床に這い蹲ったままそちらを向くと、そこには、無造作に伸ばした金の長髪を後ろで流し、晴天の空のように澄んだ青い瞳をした美青年が立っていた。
「フェン!」
僕はその姿を見て、あまりの嬉しさに勢い良く立ち上がると彼に走りよったが、既の所で立ち止まって、慌てて服をパタパタと叩いた。
いけないいけない。今まで床掃除をしてて汚れてるんだから。
そう思い、一度服を確認してから、よしっ!と頷くと、改めて僕は彼──フェンに抱きついた。
「フェン!お帰りなさい!」
フェンは、そんな僕の頭を撫でながら、
「ただいま、アルル。しかし、折角アルルが掃除してくれたのに、服を叩いてはダメだろ?また掃除しなくてはいけなくなってしまう」
「あ·····そっか」
フェンの言い分は尤もで、僕はペロリと舌を出して態とらしくお退けて見せた。
そんな僕に、それでも彼は「仕方ないな」と微笑んでくれた。
「今日は【魔猪】を狩って来た。 今から解体するから見ておくと良い」
「うん!」
僕は元気良く返事をした。
彼の名前は『フェン』。【フェンリル】の『フェン』だ。
僕の命の『恩人』でもあり、僕をここまで育ててくれた『育ての親』でもあり、僕に色々な技術を教えてくれる『師匠』でもあり、そして──僕の、この世界での、初めての『お友達』でもある。
一応こんな形はしてるけど、れっきとした【魔獣】だ。
それは偏に、僕の“能力”に起因する。
僕の“能力”は【友達魔法】(僕命名)──フェン曰く、それは【従魔法】では無いのか?と言ってたから、もしかしたらこの世界ではそう呼ばれてるのかも。でも僕はこの呼び名が好きだからこのままで──って言う、ちょっと変わった(?)魔法。
魔界でも、(今の所)僕しか使えない。見た事も聞いた事も無い、珍しい“能力”なのだとか。
それでも、僕自信が強い訳でもないし、これは相手側の意思にも強く影響されるものだから、あちらでは『使えないモノ』とされてきた。
でも、僕はこの力が好きだから気にしない。
話を戻すけど、僕のこの【友達魔法】は、今言った通り、『相手の意思にも強く影響される』──つまり、相手が僕と『お友達』になってくれないと、意味の無いものだ。
心を開いてくれないと『お友達』になれないし、それに、あまり相手が知能が低いのも駄目。
僕は、“動物と心を通わす事”が出来るが、しかしこれは、別に心を読めるとか言葉を交わすと言う意味では無い。『テレパス』とかそっち系の能力とも少し違う。
なんて言うか、何となく朧気ではあるが、相手の“感情”が分かると言うか·····ごめん。説明しずらいや。殆ど感覚的なものだから。
そんな“能力”があって、僕が初めて彼と邂逅した時、この“能力”を使って彼に語りかけ、彼もそれに応えてくれた。それだけが分かれば良い。
僕にとっての幸運は、初めから彼が僕に警戒していなかった事と、かなりの高い知性があった事だろう。
だけど、勘違いして欲しくない。これだけでは『お友達』にはなれない。そこは僕の努力次第。
ちゃんとお互い信頼関係を築いて、相手が『お友達』になっても良いよと了承してくれないと『お友達』にはなれないのだから。
だから僕は少し話せるようになってから、彼に全てを打ち明けた。たどたどしくはあったが頑張った。
怖くないわけじゃなかったけど。
だって、いきなり「実は僕、魔神の子なんですよ~」なんて言われたら信じられる?例え信じたとしても、信頼関係所か、警戒されたり最悪殺される可能性だってあった訳だし。
それなのに何故話したか?
そんなの決まってる。この世界では僕は一人だ。家族だって居ないし、頼れる人も居ない。今右も左も分からないこんな世界に放置されたら、自慢じゃないけど、生きていける自信が無い。
だから話した。それでどんな結果になろうと、僕は後悔しなかっただろうから。
フェンは、拙い僕の話を最後まで聞いてくれた。
その澄んだ青い瞳を、ヒタリと僕の目に見据えて。
僕はこの瞳が何よりも好きだ。人によっては、まるで観察されてるみたいで居心地が悪いと言う者も居るかもしれないけど、この何処までも透き通った瞳は、何よりも彼の人(狼?)柄を雄弁に語ってるような気がするから。
誉高く穢れなき孤高の存在【フェンリル】。
この世界で唯一無二。同種は居ないと聞く。
ここでは、稀に突然何の前触れも無く、時折彼のように生まれながらにして知性を兼ね備え、強い力を持った存在が突如生まれるのだとか。
その原因は分からない。稀に、ある種族から『突然変異』──『変異種』と呼ばれる──として生まれてくる『魔物』も居るが、彼はそうじゃない。本当に突発的に、いきなりその場に生を受けるらしい。
それが彼。分かるのは、自分が【フェンリル】と言う種族であり、他の同種はこの世界に存在しないと言う事。それだけだ。
因みに、一応『魔界』にも【フェンリル】と言う“種族”は居た。彼のように唯一無二では無かったけれど。
そして何より、フェンとはまさに雲泥の差。天と地ほどの差がある。
アレはどろっとした闇を纏ったような黒だったし。フェンと比べるのさえ烏滸がましい。
フェンは僕の話を聞いて、一言「そうか」と呟いた。そして、すぐに続けて僕に言ったんだ。
『で、あるならば、この世界では、私が其方の最初の『お友達』とやらになるのだな?』
目を細めて優しく。
一瞬、彼が何を言ったのか分からなかった。
だけど、その意味を理解すると、僕はあまりの嬉しさに、フェンのその柔らかいモフモフの体にダイブしてしまっていた。
その後、ここからが僕の【友達魔法】の真骨頂(?)な部分ではあるんだけど、どうも僕と『お友達』になってくれた子は皆、人の姿に変身(?)してしまうらしい。
この力全てを僕も理解してる訳じゃないし、前例がないので説明のしようも無い。
僕自身も、『お友達』になってくれた子の力の、ほんの一部を使えるようにもなるけど、ほんと微々たるものだから、普段はあまり使っていない。
これが、僕の“能力”の全てであり、今までの経緯だ。
解体が終わった僕達は、川で手を洗いながら、僕はじっとフェンを見詰めていた。
すると、その視線に気付いたフェンが「どうした?」と聞いてくるので、僕はへにゃりと笑って、
「ううん。ただ、初めに『お友達』になったのがフェンで良かったな~って。フェン、大好きだよ!」
「·····馬鹿者」
ペシりと額を叩かれたけど、全然痛くない。
フェンを見上げれば、優しい眼差しで僕を見詰めている。
僕はそれを見て嬉しくなり、またへにゃりと笑った。
今の幸せを噛み締めながら──。