お茶会②
07: お茶会②
本当に、なんでああも悪者のように振る舞うのか、ロミオには不思議でならなかった。
「……あいつは大丈夫なのか、本当に」
「でなければ、殿下の前に連れて来ません」
ロミオは苦笑して、その場に残ったエッセを見やった。無表情だが、どこかむすっとして機嫌が悪そうに見える。ガゼットのああいう必要以上に悪印象を与えるところが、彼も昔から気に入らないらしいのだ。
「そもそも、殿下。ガゼットは殿下が好敵手に値すると賞賛した、エッセの主です」
「!」
「そこにいるエッセが、ただの無礼者を主と呼ぶように見えますか?」
「それは……」
俺にふるな、とエッセが目で訴えているが黙殺する。ここはとにかくガゼットの株を上げ直さなければならないのだ。ロミオは今後もガゼットを巻き込む気なのだから。
「ガゼット・ラザフォートは気の良い人で、誠実です。だけれども自らの利になる事柄を動かす時、どうしてか悪者ぶるところがある。個人的にはもったいないなと思うところです」
「随分と褒めるな。そういえば、いつから交流があるんだ?」
「ああ、ジュリエットがパリス兄上と婚約した後ににほら、私は体調を大きく崩したでしょう」
出した名前に、ユヴェールがぎょっとする。三年前の話題をユヴェールと話すのは、そういえばこれが初めてである。
「…尋ねたら、静養に行ったと」
「西方辺境に行ったんです。あそこはとにかく、王都から切り離された場所ですから」
元々身体が弱く、何かにつけて寝込みやすかったが、あの時は完全に気落ちがきっかけのことだった。将来を誓い合った相手が、兄との婚約を受け入れたのだから、当然といえば当然だったのかもしれない。
「滞在中の面倒を見てくれたのがガゼットでした。無理のない範囲で連れ出してくれたり、辺境伯邸に招いてくれたり」
「……そうだったのか」
「そして、立ち直るきっかけを作ってくれたのもガゼットです。散々に言われたし、煽られましたが」
親身になってくれたガゼットの豹変ぶりに、当時のロミオは驚いた。だがその時の出来事の後、身体が丈夫になりジュリエットへの恋情も消えてから思い返すと、わざと悪く見えるように振る舞ったとしか思えなかった。なにせ、ロミオの回復をガゼットは大喜びして祝ったのだ。
「なにを考えているのかわかりませんが、誰かを助ける時に必要な事なのでしょう。どうか今回の事だけで遠ざける事はされませんように。このロミオが友であると、胸を張って紹介できる数少ない者です」
「……気に留めておく」
ユヴェールは納得がいかないようだったが、そう答えた。心なしかエッセの表情が和らいでいるように見えた。
☆
「ガゼット様、どなたを寄越してもらうんです?」
「ホレイショーと、ミシェーラとミランダかなぁ。双子がいれば身の回りの事はまったく心配いらないだろうし、ホレイショーは裏切らない」
ガゼットの返答に、ルーナはそうですねと同意した。大神殿から従者になりそうな者を寄越してもらうのは事実だが、ガゼットの操作が入るのだろうなとルーナは予想していた。エッセもだろう。
「双子はともかく、ホレイショーさんが承諾するでしょうか」
「するよ。ユヴェール殿下のお立場は、ホレイショー殿の身には堪えるはずだ。ユヴェール殿下に心から忠誠を誓うから別にしても、裏切る心配をしなくていいのは強い。双子は……まあ困難なことほど好きだから平気だろ」
「さすが、ガゼット様。使えるものは過去さえ使うわけですね。丸くおさめるようにしましょうね、刺されたら危ないですから」
「百も承知だよ。というか別にホレイショーに意地悪したいわけじゃないからな」
ロミオとマキューシオが幼い頃から共にあるように、ガゼットとルーナもまた長い付き合いである。主従の枠を超える事はないが、ガゼットがする事の片棒を担ぐのはまずルーナと決まっている。
「それで、そのあとはどうされますか」
「夏の休暇を西方辺境で過ごしていただけるよう働きかける。これはまあ、まだ時間があるから少しずつ。父上にも根回しをしなくてはならないし」
「好感度が高いとはいえませんが、乗ってくれるでしょうか」
「ロミオ様が今年もいらっしゃるだろうなら、望み薄というわけではないよ」
「では、そのつもりで進めておきます」
「うん。あとそうだな、他の辺境の子どもについて知りたい」
「調べておきますが、気になることでも?」
「や、ほら、同じ称号持ちだから単純に気になるんだよね。ユヴェール殿下との親密度も知りたいし。他の辺境と近いしと困る」
辺境の子ども、というのはこの国の称号の一つだ。ようは辺境伯と領民が次代の辺境の守り手であると認めた後継者の事を指す。多くは辺境伯の子息令嬢だが、時には血縁者ではないこともある。この称号一つである程度の信用を得られるが、ガゼットの場合は西方辺境以外の場所で知名度が低いため、寄ってくる人間は皆無である。
「ユヴェール殿下から離れて、王太子殿下についた者たちについては引き続き情報を集めてもらって。加筆修正の容疑者候補たちだから」
「かしこまりました。雷鳴衆に引き続き頼みます」
「さぁ、忙しくなるぞ。表立って俺が動けば、まずそれだけで詮索する人間が増える。仲間に引き入れる奴らの取捨選択をしなければ」
天界から遣わされた御使が、ゆらりと頷いて姿を消す。予想される事柄の整理にでも向かったのだろう。ルーナの目にはうっすらとした人影の燐光にしか見えないが、きっと慌てていたに違いない。
「ルーナ、手紙を書くから」
「ご用意致します」
ガゼットが忙しくなるのなら、当然ルーナとエッセも忙しくなる。来週からは授業も始まるので、そこに影響がないようスケジュールを立てなければならない。
(一人くらい応援を頼もうかしら)
ルーナ自身が使える伝手を思い浮かべながら、ルーナは主のもとに手紙を書くための用意を届けるのだった。