共犯者
04: 共犯者
魔法使いのルーナ・ベルベルミナと、護衛騎士のエッセは、ガゼットの部下である。二人とも辺境の生まれで、昔から側にいてくれている。そしてこの二人こそがガゼットが自分の役目を話すことを決めた、共犯者でもある。
「……」
「もう、エッセ? ガゼット様がお困りですよ。きちんとお話ししてください」
ガゼットの部屋の壁に寄りかかったエッセは、横目でじとっとガゼットを見つめている。ガゼットは座っているし、エッセは背丈が高いので威圧感が増していた。それをルーナは気にすることなく小言を降らす。
「……なんで騙した」
「だってエッセ、普通に言いつけても断るだろう? さすがに試験会場に放り込めば大人しく試験を受けるだろうなと思って」
「護衛が護衛対象から離れてどうする」
「あいにくと、辺境なら頼りになる大人が山ほどいよ。こっちの土地勘と戦い方に慣れた人間が欲しかったんだ。一年間我慢してくれてありがとう、エッセ」
「……」
ぶすりと黙り込んだエッセに苦笑して、ルーナにエッセの分の菓子を渡すよう言う。相棒の様子にルーナも苦笑して、言われた通りに皿にもった菓子を手渡した。
「背がまた伸びたんですね、首が疲れるわ」
「……ルーナは髪が長い」
「気がついたんです。髪が長いといろいろ仕込んでおけると!」
「おい若様こいつ大丈夫か、脳筋が加速していないか」
「はっはっはー、だいぶ今更だな」
ルーナの赤い髪には色とりどりの飾り紐が編み込まれており、それが全て魔法具である。装備を増やしたくてひらめいたらしい。
「まぁ、つもる話は後にして。エッセ、学校はどう?」
「強いやつが多い」
「そりゃ良かった、飽きなかったんなら何よりだよ。夏までは脱走してこないかって冷や冷やしていたから」
「実力行使をされてまで入った場所から逃げたりしない。それで、護衛をしつつ引き続き学生生活をおくるんでいいのか?」
「それなんだけど、エッセはユヴェール殿下をご存知かな」
「強い」
「お前も結構な脳筋だからな? なんでも強い弱いで話すんじゃありません」
片方が暴走傾向があったら、片方は落ち着かないだろうか。頭をよぎる辺境の面々を思い浮かべて、すぐ考えを改めた。筆頭は父であるラザフォート辺境伯と側近であろう。
「どういう人?」
「……剣を使う、稽古になると俺はだいたいユヴェール殿下と組むことになる、感情的にならず、何事に対してもしなやかだ」
「好印象なんですね」
「強いて言うなら、個の望みが薄い、求められる立場に応じようとし過ぎる。…気に入らない」
「よく話すのか?」
「何度か配下にと望まれた。三度を数えた頃に主がいるのだと事情を話している」
「ああ、そっか。エッセはあくまで平民として受験させたんだった」
「側仕えの手続きをしてくれ。でないと面倒が多い」
わかったと返事をして、考えを巡らせる。良い方であるらしい。エッセが辺境とそれに関わる人間以外に、こうも饒舌なのは初めて聞いた。
「ガゼット様は、ユヴェール殿下にご興味がおありなんですか?」
「ロミオ様から顔つなぎがあるんだ。こちらの事情を考えると是非親しくなりたい相手でもある」
「情報か」
「あと、王太子殿下を西方辺境に導く理由の一つになり得る」
王太子の名に、エッセとルーナの表情が険しくなった。
「確認したい。例の件の対象はユヴェール殿下とアレン殿下のどちらだ」
「アレン殿下だよ。王太子の変更自体は加筆修正前と変化がない。ただ、原典の時点では王太子変更後にユヴェール殿下はお亡くなりになっている」
「……キナ臭い」
「同意する。今の構成だとユヴェール殿下の生死は書き込まれていないから、動きようによってはどうにかなる。兄弟仲が悪くないなら、最悪の事態に兄を頼ってもおかしくない」
「ガゼット様は、落ち延びる先を西方辺境で確定させたいのですね」
エルクイードの辺境領は四つ。ガゼットがいずれ継ぐのは西方辺境である。王太子が逃げ延びてくる辺境は加筆修正前後変わらず西方辺境だが、時代そのものが不安定であり、しかも加筆修正の犯人が不明なため、何が起こってもおかしくない。
「そう、頼る理由が多ければ多いほどいい。俺の誕生によって息子がいなかったお爺様に息子が出来て、俺が生まれた。お爺様が例の件の時点でお亡くなりになっていたとしても、現王家に好意的な父上がご存命なら強力な一手になる。戦力については今のところ心配ないし、西方辺境は天然の要塞だ」
「背後、山脈ですしね」
「ロミオ様は卒業後、彼女の事があるから父上の戦力に加わるはずだ。ならばマキューシオ様も来る。王太子の周りに公爵家の者がいればロミオ様を頼ってもおかしくない。ここに、ユヴェール殿下が加われば更にいい」
にぃ、と口角があがる。ルーナとエッセはそれを見て目をそらした。彼女らの主はそう笑うと人相が悪くなる。
「俺は悪党なのだから、使えるものはなんだって使わなければ」
「ガゼット様の御心のままに」
「御意」
ガゼットの周囲を、御使が飛び交って去っていく。今の話を天界へ持ち帰るのだろう。ガゼット達にとっては見慣れた光景だ。
「ところでエッセ、何か学生らしいことはしたのか? 部活とか同好会もあるんだってね」
「入った」
「何に?」
「料理同好会」
「は」
「あら」
皿に山に盛られた菓子を平らげたエッセは、相棒と主の反応を見て目をそらした。
「え、なに、食費足りなかった!? ごめん!?」
「エッセ、成長期だからってそんな」
「違う、十分な金額が届いていた、というか送りすぎだ後で返す。……菓子が手に入りにくい」
「街に出れば……あ、一人で買いにくかったのか」
「女性客ばかりだった。購買の菓子はなぜか貴族向けが多くて高い。……部活勧誘時に配られていたクッキーが、なかなかうまかった」
「ちなみに男女比は」
「俺以外は女子生徒だ。貴族も平民もいる」
「驚かれたでしょう。なんと説明したのですか」
「何も」
「え」
「入部届けを出して、後はひたすら料理や菓子を作っている。余ったやつをもらえる」
ルーナは無言で額をおさえ、ガゼットは頭を抱えた。おそらく、本当に、入部届けを出して以降はほぼ話さずに参加している。
「エッセ、次の活動日は俺も同行する。お礼を言わなければ」
「上級生の皆様の間で、いったいどんな風に言われているのでしょうか…」