配役変更のお知らせ、あるいは彼の入学式
01: 配役変更のお知らせ、あるいは彼の入学式
ガゼットは西方辺境領の子どもである。領主であるラザフォート辺境伯家の継嗣であり、唯一の子だ。赤い髪に緑の目とやや目立つ色合いの少年だが、顔立ちは際立って良いわけではない。強いて言えなら顔貌は地味だろう。色が派手だが。
彼は辺境で生まれ、辺境で十五歳まで育った。領内の事を知り、知識を得て、身を守る術を学んだ。どこかぼうっとしているが、誠実な子どもだと有名で、今回ついに都市エッセにある王国立オリエ学園の高等科に入学するための出立の日には、多くの領民が見送りに現れた。
「……まぶしい」
入学式の会場へ、貴族の子息令嬢や平民出身者の生徒が、どことなく距離を置きながら入っていく。ガゼットは門をくぐってすぐの場所でそれを見ていた。同じ形の制服を着ているとは言えど、いかんせん辺境に比べて建物からして華やかだ。慣れるまで時間がかかりそうだと思いながら、ガゼットも会場の中へ入る。
「……誰だ、あれ」
「貴族席に座ったわね」
「見覚えがないな。座ってるとこ間違えてないか」
こそこそと聞こえる声を黙殺し、席に座って時間を待つ。暇だな、と思った時、隣に座る生徒がいた。
「久しぶりだな、ガゼット」
「……マキューシオ様、ご無沙汰しています」
「よせよせ、様付けなんて」
「人目がありますので、ご容赦を。ロミオ様は…ああ、なるほど新入生代表でしたか」
「そうとも、学年首席だ! 誇らしい事にな。後で一緒に食事でもどうだ? ロミオも会いたいって言ってるんだ」
マキューシオは茶色い目を輝かせて言う。公爵子息ロミオと、その幼馴染で騎士の息子であるマキューシオが辺境に療養に来るようになったのは三年前の夏からだった。身体が弱いロミオの静養が目的で、ガゼットは彼らが来る夏と冬を楽しみにしている。
「是非ご一緒させてください。なにせ、こちらの事がまるでわからなくて」
「なら、いろいろ案内させてくれ」
「ありがとうございます」
マキューシオが話しかけた事で、ガゼットに対して向いていた視線が散った。マキューシオだけではなくロミオとも知己らしいと知って、口を閉じる事にしたらしい。とはいえ、後でいろいろ聞かれそうではあるが。
「今年一年はなにかと騒々しいだろうから、そこら辺も後で話そう」
「……王太子殿下ですか」
「ああ」
声を落として聞けば、マキューシオが頷く。年が明けてすぐ、御触れが出たのだ。その内容がなんとまあ王太子の“変更”である。国王の長子であるユヴェール王子が王位継承権を失い、弟のアレン王子が王太子となった。国王とユヴェールの不仲は有名ではあったが、前代未聞である。
「この学園、学舎ではあるが卒業後の人脈やら何やらに直結する」
「ロミオ様は確か、ユヴェール殿下と」
「親しい。おそらくお前に会わせたいと言うのが本音だろうが…。まあ、それも後ほど。じゃ、迎えに来るからな」
「ありがとうございます」
マキューシオがロミオの座る席へと戻っていく。親しい友人がいることにガゼットは胸をなでおろし、ついで考え込んだ。
(さて、どうしたものか)
ガゼット・ラザフォート、西方辺境領伯継嗣、もしくは辺境の子ども。
もしくは、
(暗殺の下準備はどこまで必要かな)
十数年後に起こる、王太子暗殺の“下手人代理”である。