番号
13: 番号
「おい」
廊下で声をかけられ振り返ると、二学年下のティバルト・キャピュレットがいた。
「カメリア・ウェルズだな」
「……そうでありますが、さすがにその呼びかけはどうかと思いますよ」
「…ふん」
友人に先に帰るよう言って、カメリアはきちんとティバルトに対峙した。
「貴様がユヴェール王子の菓子職人だというのは本当か」
「懇意にしていただいている同好会の部長です」
こう来たか、というのが感想だった。ロミオとティバルトの諍いについては三学年でも多少噂になっている。四、五学年は静観しているようだが、三学年までの生徒の中にはこれを何かに利用できないかと考えている者もいるらしい。ただ、うまいこと手が出せないのは、ロミオの背後にいる公爵家と、ユヴェール王子の存在だった。年が明けて数ヶ月たち、ユヴェール王子が新たな立場を確立して力を蓄えている事が特に大きい。
「私からではロミオ様には届きませんよ、キャピュレット。年長者として忠告しますが、波風を立てるのもほどほどにされることです」
「では、ラザフォートはどうだ」
「ガゼット様?」
同好会の後輩である、エッセの主。あれから数度、活動日に顔を出してくれている。
「あの箱入り息子の情報を寄越せ。でなければ、どうなっても知らないぞ」
「……」
どうやら、土でできた柱の上から降りられず、教師の手を借りた事がよほど頭にきているらしい。ガゼットの弱みでも手に入れて、ロミオの事で協力させるつもりなのだろう。だが、それの糸口をカメリアに求めたあたりがイラッとした。
「恥を知りなさい、キャピュレット。その程度が脅しになるとでも?」
「…なんだと」
「あなたの脅しよりも、その脅しにのって口を滑らせる方がよほど怖い事になる。そして気がつく事です。あなたが恥を晒すほど、立場が悪くなるのはジュリエット嬢ですよ」
「貴様っ」
実際、そうだろう。ジュリエットは中等部だが同じ学園に通っているのだ。従兄弟がしでかしていることは、いずれ噂として耳に入るだろう。
「下手に出れば調子に」
「調子に、なんだ。部長になにか用か、キャピュレット」
「!?」
「揉め事か? 部長」
「エッセ君に、ユヴェール殿下。御機嫌よう」
幻術を使おうかと思っていた矢先、割り込んできたのはエッセとユヴェールだった。手には訓練用の剣がある。移動途中らしい。
「ちっ、失礼する」
「あ、ちょっと」
「ティバルト・キャピュレット」
立ち去ろうとするティバルトを、エッセが呼び止めた。
「……なんだ」
「我が主、ガゼット様より伝言だ。話しに行くから大人しく待っていろと。……うちの部長に何かしてみろ、若様の前に俺が相手だ」
「……っ」
ぎろりと睨まれて、ティバルトは走るように去っていった。
「はー、助かったでありますよ」
「大丈夫か?」
「はい、殿下。……いやはや、キャピュレットはよほどガゼット様にしてやられたのが頭にきているようですね」
「あー、降りられなくなったらしいな」
「逆恨みだ」
忌々しそうにつぶやくエッセに、そうですねとカメリアは返した。
「とは言え、どうおさまりますかね、この騒動は。モンタギュー公爵家とキャピュレット家に知られでもしたら事でしょうに」
「……エッセ、ラザフォートと会いたい。伝えてくれるか」
「若様に?」
「頼む」
「……伝える。部長、今日の活動はすまないが休む」
「わかりました」
「ユヴェール、予鈴がなる」
「ああ。では部長、何かあったら遠慮なく言ってくれ。力になれるはずだ」
「ありがとうございます」
移動していく二人を見送って、カメリアも教室へと歩き出した。
(はてさて、どうなることやら)
☆
「王子サマはしっかり足場を固め直したらしいっすね、若君」
「そりゃ、冷静になればね。結局あれかな、城内は文官の支持層が厚いアレン王太子殿下の発言が強いけど、地方じゃ武官と地方領主の支持層が厚いユヴェール様の方が有利?」
「はいナ。あ、新作のそれ、お味いかかデス?」
「レジェナのおすすめは美味しい」
「嬉しいお言葉ー」
気の抜けたような調子で話す二人を、商会の見習いは冷や汗をかきながら護衛していた。場所は学園内にいくつかある個室。テーブルの上にはサハラ商会が今度売り出す焼き菓子が並んでいる。紅茶は最高級というわけではないが、質が良く、客人の好みによくあったものだ。主催はレジェナ・サハラ。学園の高等科一年で、見習いの二つ年下である。多少発音が怪しいのは、エルクイードより東方の島国での暮らしが長いためだ。
「これ好きだなぁ、チーズ味のクッキー。甘さ控えめでチーズが香ばしくて」
「ウェルズ菓子店との共同開発です。若君はあっまいのは苦手ですネ。護衛のエッセ殿は甘党と聞いていますけど」
「あれはセレファイス…ルーナのお父さんのせいでもあるよ。何か褒めたい時にうまく言えないからって、クッキーとかチョコとかあげてたから」
「おやおや、英雄の右腕は、口下手ですか」
ほんとうに勘弁してほしいと、見習いは悲鳴を飲み込んだ。なんで王家の力関係だの辺境伯側近の不得意な事をお茶菓子の感想と同列で聞かなくてはならないのか。人によっては喉から手が欲しい話もさっきからばんばん出ている。
「それで、どうしまショウ。必要なら火消しに走りますが」
「この間の意見は糸口を見つけるのに助かった。おかげで目星もついたからね。火消しは……多分もっと大きな火をおこすから、それで消えると思う」
「オヤ? なにかお考えがある」
「売られた喧嘩は、たまには買わないと。こうなったら大いに見せつける」
「……揃いの装飾品なんぞはご入り用でしょうかね。わかりやすくいくなら、ループタイにして、飾りを揃えるとか」
「それ、どれくらいかかるかな。あと見積もり」
「王子サマとロミオ様と若君ですからね。あんまり安価な素材は使えません。皆さま御髪と瞳が色が違いますから……黒い紐に、シンプルな楕円の飾りにして、紐先の金具は銀、楕円は銀の台座に群青色の…ああ、瑠璃石はどうでしょうか。魔除けにも良いですし」
やや不穏な内容を全力で聞かなかった事にして、見習いはループタイ作製に必要な段取りを組み立てた。石の選別に職人の選定、場合によっては石を選ぶ時にガゼットにも同席してもらう必要があるし、希望されるなら職人との顔合わせも必要だ。
「標準服にも合わせられるね。今言った通りの意匠で、石は同じ石でも色合いが特に似たものでお願い。あと、後ろに聖典の…災難除けの言葉が書いてある章節の番号彫り込んで」
「深緑のブレザーに灰色のスラックスですから、まあ目立つけど派手ではない程度でしょう。作製までの間に立ち会いは」
「レジェナに後はまかせる。期末考査後の技術祭、そうだな、それの一週間前までにできれば」
「かしこまりました」
「それにしても、本当にとことん手伝ってくれるね。いいの?」
「罪悪感ありきの事ですカラ。それに知っている以上無関係ではいられません。存分にお使いください」
「物好きだなぁ。……美味しかった、ご馳走さま。またルーナかエッセが買いに来ると思うからよろしく」
「まいどあり、です」
ガゼットが部屋から退室すると、レジェナが見習いに声をかけてきた。
「リックさん、手配を始めるので手伝ってほしいです」
「はい、坊ちゃん。…あの」
「ナニカ?」
「どうしてあそこまで、関わるのかなー、なんて」
レジェナは商会でも一目置かれている。新しい技術や品物を見つけ出す事がうまく、人に好かれやすい。ただ、ガゼットに関しては知り合う前からやけに気にしている様子があった。もちろん、学園に入学するまで、それはガゼットという名前ではなく西方辺境伯の継嗣、という呼ばれ方だったが。
「ボクが三十二番目で、若君が五十九番目だからです」
「?」
「さ、準備しますよー」