11: ロミオの恋人②
11: ロミオの恋人②
マキューシオがロミオと引き合わされたのは、九歳の頃だった。生家が没落して一家離散という中、公爵家が後見人になってくれて、いずれは騎士にと言う話はすでにでていたが、幼いうちは三男の遊び相手をしてくれと言われたのだ。
初対面は中庭の東屋で、ロミオは魔法の練習をしていた。金髪碧眼、あまり外で遊べないこともあってほとんど日焼けをしておらず、まるで人形か何かのようだった。ただ、その中身はそこそこひねくれていて、そのくせ情熱的なところもあって、そのうちお互い一番の親友となった。
だから、三年前のあの日、マキューシオはロミオを取り巻く何もかもが許せなかった。何も知らず弟の回復と婚約の求婚の成功を喜ぶパリスも、心配するばかりで何もしないベンヴォーリオも、兄の婚約に喜び通しのモンタギュー夫妻も、裏切り者のジュリエットも。
だから、家を失っても手元に残った人脈を使って、ロミオを西方辺境へ連れて行ったのだ。
「よく来たな、ヴェローナの。主人共々、ゆっくりするといい」
出迎えてくれたラザフォート卿は、真っ赤な髪の少年を手招きして、マキューシオに紹介した。
「息子のガゼットだ。滞在中は、こいつになんでも言いつけてくれ。ああ、後ろの仮面つけてるやつは家庭教師のエリック。よく顔をあわせるだろうからあわせてよろしくな」
「はじめまして、ガゼット・ラザフォートです。滞在中の宿にご案内します」
ロミオは王都から離れた地でだんだん元気を取り戻していったが、それでも本回復には程遠かった。それを本人も悩み、時には自棄になって。
そして、あの日を迎える。
☆
「マキューシオ?」
「……っと悪い、少しぼうっとしてたな」
ロミオに声をかけられて、マキューシオは苦笑した。一緒に課題をやっていたのだ。ロミオはふんふんと少し考えこんでから、困ったように笑った。
「私は幸せだから、大丈夫だよ」
「……」
「たしかに、人から見たら欠落と言えるような喪い方をしたけれど、差し出したものに十分すぎるほどのものを得た。今の私はしたかった事ができて、したいと思う事のために存分に動ける。彼女への感情も何ものにも代え難いものだと感じている。これがあるから、私は幸せなのだから」
「……別にお前とお姫様の関係に物申したいわけじゃない。ただ、それほどまでの事をしたお前を、今更引っ張りだそうとする連中が気に喰わない」
「いやそこが本当に不思議なんだよね。だって三年だよ? パリス兄上からの手紙だと仲も良好なのに、なんで今更ジュリエット嬢が私に会いたがるんだ?」
そう、それはマキューシオも不思議に思っているところだ。たしかに、新しい恋人とすれ違った結果、「やっぱり忘れられなくて」となるのは男女ともにあるだろうが、パリスとジュリエットは周囲が見てわかるほど相思相愛で、すれ違いも何もない。というか万能人間のパリスがそんな愚をおかすはずがない。だが、ティバルトの物言いでは今まさにジュリエットがロミオと会いたがっているように聞こえる。
「謝罪したいとかか? でも、手紙もらったし返したよな?」
「返した返した。辺境滞在中に届いて、拗ねたあの方が粉砕しちゃったから現物がないけど」
「マリッジブルーとか?」
「結婚はジュリエット嬢が高等科を卒業してからだよ。まだ中等科の三年生だし、高等科は四年。五年は先の話だ」
「「???」」
やはりまったくわからない。そもそも手持ちの情報が少ない事が問題だろう。マキューシオもキャピュレット家の動向はまるで無視の状態だった。ロミオは西方辺境かユヴェールのところに行くものと思っていたから、そこらへんの情報には気をつけていたが。
「ガゼットに聞くか。どうせあいつのことだ、一通り調べただろう」
「私もそういうことを専門にやってくれる人を探そうかな。じゃあ、さっそく行こうか」
☆
西方辺境領、辺境伯別邸。
花の手入れをしていた庭師は、中庭に出てきた人影を見て声をかけた。
「エリック先生、お手紙ですか?」
「……貴殿か」
黒い髪、黒い服、黒い靴。黒ずくめの青年の声はよく通り、しかも耳心地が良い。この人が歌うと鳥が集まる。運が良ければ王都でも聞けないだろう歌声を聞けるとあって、本邸と並んで別邸の仕事は人気だ。
「おや、仮面を変えられましたか」
エリックという名の男は、顔面の左半分を仮面で隠している。指摘を受けて、金の目が疲れたように遠くを見た。
「……あの子が誕生日だからと寄越した。サイズが寸分違わずあっていて困っている」
「ははぁ、ガゼット坊ちゃんからでしたか。そりゃあ、変えないわけにはいきませんな」
この別邸は辺境伯ニール・ラザフォートの息子、辺境の子どもガゼットのためのものだ。そしてエリックはニールがどこかから連れ帰り、子守唄係だと生まれたばかりのガゼットにつけた使用人だった。その後、子守り、教育係、家庭教師、護衛ときて、今は別邸の留守居役としてつとめている。
「坊ちゃんはお元気ですか」
「ああ。エッセやルーナと騒がしくやっているようだ。ロミオ様を通して、ユヴェール王子に御目通りもしたらしい」
「それはそれは。夏にお帰りになるのが楽しみですなぁ」
「夏の休暇の前にダンスパーティーがあるそうだ。こちらにある衣装を私が届ける事になっている」
「そうしますと、しばらくあちらへ?」
「その予定だ。……ん?」
エリックが何かに気がつき、庭の向こうに目をやった。つられて庭師もそちらを向き、目を見開いた。
「あれは…」
「精霊様ではないですか」
塀を越えて、ふよふよと漂いながらやってくる少女がいた。青い髪に透き通るような肌、何よりまるでこの世のものでないかのように美しい。その少女は西方辺境では有名な存在だ。
〔リィィィン〕
りぃぃぃん、と鈴のなるような音が庭師の耳に届く。少女が話しているのだが、庭師にはなんと言っているのかわからない。エリックの方は話が通じるようで、応対していた。
「……エッセへ? なぜ、そのような」
〔……!〕
「しかし、夏の休暇まであと」
〔……!!〕
「……そういうことならば、引き受けよう。だが私が関わるのは今回のみだ。こういう時どうするけは、事前に決めておいてほしい」
〔…!〕
大きく頷くと、少女はくるくると宙を舞い、ふわりと溶けるように姿を消した。少女の住処である湖へ帰ったのだろう。
「精霊様は、なんの御用だったんです?」
「伴侶に言伝を頼みたいと。なにかあったらしい」
「それはそれは、お熱いことですな」