ティバルト
『ロミオとジュリエット、あるいは湖の乙女と契約者』編①
09: ティバルト
「それで、あの死霊使いはどこから見つけてきたのかな?」
魔法の自主学習時間は、主に第二闘技場で行われる。ここならばどんな大掛かりな魔法を使っても外に漏れだすことがないからだ。ガゼットはちまちまと魔力の出力調整を行なっていたが、ロミオに話しかけられて手を止めた。ルーナはそばで結界魔法の練習中で、ロミオの後ろにはマキューシオが控えている。
「ホレイショーは大神殿の人選ですし、死霊術師ではありませんよ、ロミオ様」
「殿下には言わないのに」
「聞こえません」
「まあいいよ。双子もホレイショーも心強い。あの死霊の群れには驚いたけれど」
ルーナがどこからともなく持ってきた…というより作り出したらしい椅子に二人で座り、そのまま話は学園内の出来事に移っていった。
「新入生の中でも、段々目を惹く人が出てきたね。噂になりやすい、と言っても良いけれど」
「その筆頭が何をおっしゃいますか。水の魔法においては学園始まって以来の鬼才と騒がれてますよ」
「それを言うなら、西方辺境の箱入り息子って呼ばれてるのは誰だったかな?」
「昨今の箱入り息子は熊と戦わされたりするんですか?」
「ラザフォート卿はスパルタだね。お互いの噂はともかく、他は?」
「商会の方からそれとなく接触がありました。なかなか楽しい方ですよ。それと、売り込みに来た人が何人か」
「売り込み?」
「ええ、どうやら父上の元仲間のお子さんらしくて。面白そうなので次の長期休暇に辺境へ予防と思います」
「ラザフォート卿の元仲間ってことは、冒険者?」
「ええ。いずれご紹介します」
「収穫があったようで何よりだ。私はあまり芳しくないな」
ロミオは元々、宮廷魔法使いとなり、ユヴェールの側近になるであろうと言われていた。しかし、年明けの王太子交代劇によりユヴェールは王位継承権を失い、ロミオの側近指名も白紙になっている。宮廷魔法使いの話もユヴェールに近しいということで陰りが見えているのが現状だ。生まれ自体は公爵家だが、ロミオは三男であるため爵位を持つ可能性は低いし、本人がそれとなく家を出る話を広めているので、なかなか将来に繋がる人脈は構築されていないようだ。
「マキューシオ様がある意味最大の伝手であるように思えますが」
「マキューシオはそれを否定するし、私は彼が嫌がる事を強いるつもりがない。……正直、人相手に人脈を作る必要があるかと聞かれると迷いがある。殿下をお守りするための備えができてしまえば、それで良いように思うんだ」
「俺は別に、ロミオ様と彼女が、今大事にされている繋がりのみで良いと言うならそれで良いと思いますが…マキューシオ様や殿下は悲しまれるのでは?」
「そこだよね。……ねぇ、普通に、損得なしで友達を作るコツはあるかな」
「俺にそれ聞いちゃいますか」
「もうね、君と私は最初っからお互い得にもなるし気も会うから友達でいいよねって暴露して始まってるだろう? どうも、君相手には薄紙で包んだ聞き方をしないで話してしまう」
「お互い様ですね。……マキューシオ様とルーナが微妙な顔されてますから、友達云々については横に置きましょう。なるようになりますよ」
金髪の美男子は、そうだねと笑った。そういう素の状態で接すれば、惹かれる人間はごまんといそうだが、貴族の子息という立場ではそうもいかないのだろう。ユヴェールはこういう人が集まりやすいんだろうかと内心で首を傾げた。
「ガゼット様」
「ロミオ、お客さんのようだ」
ルーナとマキューシオの声に、ガゼットとロミオは雑談をやめて示されて方を見た。精悍な顔つきの男子生徒が、しかめ面をして歩いてくる。
「おや」
「お知り合いですか」
「ティバルト・キャピュレット殿だ。キャピュレット家当主の甥御殿だよ。同じ学年だ」
「…と、言うことは」
「ジュリエット殿の従兄弟。なにかあったかな? 兄上ならばご健勝で、ジュリエット殿とも相思相愛のはずだけれど」
「えー、なんか、怒ってますよ」
ロミオが席を立ったので、ガゼットもそれにならった。ルーナはガゼットの後ろに控えたが、マキューシオはロミオの斜め前に立つ。
「ロミオ、話がある」
「ティバルト殿、今は授業中です。込み入ったお話ならば」
「さがれ、俺はロミオと話している」
「マキューシオ」
ティバルトの物言いにマキューシオが目をつりあげたが、ロミオがそれを制した。一歩前に出て、一礼する。
「ご無沙汰しております、ティバルト殿」
「ああ、三年前の夏以来だな」
「はい」
「今まで、なぜ休暇に留守にしていた」
「身体の調子を崩しておりましたので、休暇毎に静養…いえ、療養に行っておりました」
「よくもそんな事が言えたものだな。貴様の身体の弱さなど昔の話。今や体調を崩すことなど一切ないではないか!」
「……ティバルト殿?」
怒り出したティバルトに、ルーナが警戒を強めたが、ガゼットもまたルーナに控えているよう合図を送った。なにやら、話の雲行きがおかしい。ロミオも首を傾げている。
「なぜ、ジュリエットに会わない」
「え?」
「三年前の夏以来、貴様は一度もジュリエットな会っていない、会う機会があってもいない! どういうつもりだ!!」
「どういう、とは? ジュリエット殿は兄上の婚約者、いずれは義妹となるお方ではありますが、今会うべきは兄上でしょう」
「本気で言っているのか? ジュリエットと将来を誓った日のことを忘れたか!!」
「ティバルト様!!」
ガゼットは大声をわざと出して、ティバルトをいさめた。場が悪すぎる。生徒の目も集まって来ている。そりゃそうだろう。話の内容が内容だ。公爵家継嗣パリスの婚約者ジュリエットが、パリスの弟ロミオと将来を誓っていたなど、スキャンダルにもほどがある。
「……誰だ貴様は」
「西方辺境伯家のガゼット・ラザフォートと申します。人目がありますゆえ、そのお話はそこまでに。このような場所で口にして良い話ではありません」
「辺境の箱入り息子か。軟弱者の取り巻きは軟弱者と見える。なるほど、ジュリエットは目を覚ましたからこそパリス殿を選んだらしい。性根の腐り果てた男に騙されずに済んだわけか」
「……今、なんと言った」
低い声が響く。マキューシオが青い火をあげるように怒りをあらわにしている。利き手は剣の柄にかかっていた。
「事実を言ったまでのこと」
「三年前の事情を一切知らないくせによく言えたものだ。ロミオの事を悪し様に言ったな。その口、それ以上喚かぬようにしてやろうか」
「主が主なら従者も従者か! 良いだろう剣を抜け!」
「マキューシオ、やめるんだ」
するりとロミオがマキューシオとティバルトの間に立った。マキューシオを背にかばうようにして、ティバルトと対峙する。
「配下の無礼はお詫びいたします。しかし、込み入った話については後日改めて話しましょう。兄上とジュリエット殿のためにも」
「……そうやって、逃げるのか、ロミオ・モンタギュー。お前は!!」
「っロミオ!!」
ティバルトが手を振り上げ、マキューシオが剣を抜こうとした。しかし、ロミオがマキューシオの剣の柄を抑えて止める。ティバルトの手はそのまま振り下ろされようとしたが。
「土の御使、柱を立てよ!」
「!?」
ガゼットが咄嗟に唱えた言葉に反応して、ティバルトが立っていた場所がティバルトごと盛り上がって柱となった。ティバルトは慌ててバランスをとるが、柱はそのまま伸び続け、そこそこの高さになってようやく止まった。
「な、なんだ!?」
「頭を冷やしなされ。まったく迷惑な御仁だ。ロミオ様、マキューシオ様、参りましょう。授業も終わります」
「お、おい!!」
ガゼットは失礼を承知でロミオの手を引き、そのまま校舎に向かった。マキューシオはもどかしげにロミオの背を見ていたが、ルーナに促されてそれに続く。
「なんなんだ!!」
闘技場には、柱から降りられず怒鳴るティバルトと、困惑した生徒たちが残さられた。