プロローグ、あるいは意図せぬ加筆修正
00:プロローグ、あるいは原因不明の加筆修正について
この世界で起こる大きな出来事は、全て一つの長い長い巻物にまとめられている。末端の多少の誤差はともかくとして、要所要所は変更の有り得ない絶対的な決定事項であり、関わる人物の名前さえ明記されている。
その巻物に異変が見つかったのは、異変箇所から遡って二十八年前のこと。項目名を『エルクイード国辺境領での王太子暗殺』。王位を簒奪した王弟を誅するべく、逃げ延びた王太子を旗頭に軍を編成、本格的な行軍前夜の出来事である。幼い頃から王太子に仕えていた従者が下手人となる。
王太子を失った王太子軍は分裂、その混乱に乗じて隣国が進軍を開始。辺境から始まった戦闘は結局王都にまで及び、王弟も死亡。エルクイードは隣国の属国となる。そしてその百年後、属国となったエルクイードで勇者が誕生し、北に現れた魔王を倒すのだ。
加筆修正が行われたのは、王太子の暗殺そのもの。従者ごとなかったことにされ、王太子は無事に王弟を処刑し王位を継承する。それにより国は安定して、隣国とは戦争にならない。
つまり、勇者が生まれず、百年後に世界は魔王に蹂躙され尽くされる。
天の神々は頭を悩ませた。なにせ容易には書き換えられないものが一度加筆修正をされている。変更できる範囲はかなり狭まっていた。検討が重ねられた結果、一つの答えが導き出される。
王太子を裏切る人間の変更。しかしそれは、書き換えだけでは不可能な方法だった。指名された人間もそのあらすじを意識して行動する必要がある。それほど無茶な書き換えなのだ。
かくして、天の神々及びその御使は、「王太子を裏切って暗殺する役」を請け負ってくれる人間を探し回ることとなった。