《獄炎狼》
森の方で膨れ上がる魔力を感知し、私はいても立っていられなくて避難の列から離脱した。向かう途中に感じたアースの隊、恐らく彼らでは勝てないだろう。
だから、私が向かうのだ。
────……関係ない。
そんなもの、後付けに過ぎない。
これは独断だ。合理ではなく、感情で動いている。
バルキリーの時だってそうだ。兄を奪った魔物を許せなくて彼我差を顧みずに向かった。
その結果、魔導隊に負わされた負傷で運良く押し切れただけだ。全て私の力で勝てたわけでない。
─────だけど、そんなの関係ない。
どうあろうと、魔物は滅ぼすべき敵だ。
兄を奪った魔物は殺さなければならない。
【……何か来るな】
先に行かせた銀魔狼からの応答が返ってこない。一直線に向かってくる一つの気配からして十中八九消されているだろう。
「狗天流・六ノ型『飛燕』」
すると、森の奥から風の斬撃が飛んでくる。
マルコシアスは表情一つ変えずに爪で弾いた。
【それで隠れているつもり……】
「四ノ型『凱風』」
反応が遅れたマルコシアス。視界の外、完全に意識外から剣撃が放たれたのだ。辛うじて反応するも、数撃掠ってしまっていた。
【チッ……】
「知能があるのね。まあ、関係ないけど」
そう言いながら躊躇なく襲いかかった。
【舐めなるなよ。小娘】
業!と獄炎がマルコシアスの周辺を包む。完全には制御できていないものの至近距離では回避できようがない。そのはずだが、気配は未だに消えてなかった。
突貫すると見せかけ、獄炎によって視界がふさがった瞬間に目の前から姿を消して背後へと回っていたのだ。マルコシアスはチッ、と舌打ちをして、振り返り様に爪で受ける。
【……剣術か。貴様、名は?】
「魔物に名乗る名なんてないわ」
ギン!と一手、爪と剣が打ち合って距離が空く。
「疾く去ね。世界の仇敵め」
剣戟が続く。マルコシアスは表情を崩さず、少女の激しい猛撃を軽く流し続けた。
【先ほど屠ったアース隊よりも洗練されているようだが……一撃一撃があまりにも軽い】
今度は獄炎を制御し、前方に黒い息吹を放った。
直後、黒髪の少女が横から斬りかかってくる。
【その身のこなし……やはりお前が夜神ルナか】
「あんた、誰?」
ギチ、と鍔競り合う刀と爪が軋み、僅かにマルコシアスが押し返そうとした途端、夜神ルナの方が脱力して入れ替わるように流した。
そのガラ空きとなった背中に斬りかかる。
「ッッ!」
夜神ルナの刀は空振り、一瞬で背後を取られた。
辛うじて反応できたものの肩を引っ掻けてしまう。
【これは僥倖だ。お前を殺して私が正しかったと証明してやる】
「……」
肩にできた爪痕から血が滴り、これ以上は攻め入ることはできないわね、と夜神ルナは距離を取った。
(純粋に強い……けど、異域展開が半端ね)
異域とは異界領域を指す。強い魔物ほど己に有利な世界へと塗り替えることができ、展開された異域で魔物は十全の力を振われ、これを討ち倒すにはどんなアースでも難しい。
故に異域を展開する前に討伐しなければならない。
「このままでは勝てないわね。後が面倒だけど……」
速攻かつ、確実に倒さなければならない。
そう判断したからこそ、司令官に要請した。
「戦闘許可を要請する。全ての力を解放して」
その要請を受けた司令官は少しの間、生徒である夜神ルナに頼らざる得ない現状を葛藤した。そして、今そこにマルコシアスを倒せる可能性のある者は彼女しかいないのも真実であり、腹を括らざる得ないと司令官は承認を下した。
《……っ、許可する》
ルナ自身で解放可能な段階は『Flame 3』。
自動承認型である緊急解放の最大Flame数だ。
屈強な軍人を片手でひねれるほどの力である。これはアースとなった者が人間として生きるためにも必要な措置であり、闇雲に力を振るわぬように作られた抑止装置でもある。
つまり、封印状態で挑みかかったのだ。マルコシアスにとっては手加減されていたことと同義であった。
【貴様………!】
爆発的に増大する魔力。風が吹き荒れ、夜神に空気が収束されていく。並大抵の魔物なら即座に逃げ出すほどのものだが、マルコシアスは格が違った。
【小娘が……我相手に手加減をしていたのか?】
「ええ。あわよくばと思ったけど、そう簡単にうまくはいかないわね」
【……………】
ふつふつと夜神ルナの全開放状態を超える凄まじい魔力が吹き荒れ、半端だった異域も僅かながら成立されていく。
【ふ、ざ、け、ん、じゃ、ねぇええーーーっ!!!】
突如、怒号と共に獄炎が噴出した。
【かつて……天使であり、30の軍を率いていた我に手加減だと!?その程度の力で我に勝てると本気で思っていたのかァ!!】
周りの木が触れもせず炎上する。怒りが獄炎を強くし、辺りを地獄へと変えていく。獄炎をまとって燃え盛るマルコシアスはまるで小さな黒太陽だった。
【我よりFlame適性が低いくせ……】
「そんなの関係ないわ」
遮るようにそう切った。
「誰か知らないけど、あんた元人間なんでしょ」
夜神は冷徹に瞳を細め、低く刀を構えた。
「魔人化にしては半端だったから手加減したけど、与する以上は全霊で討つ……それだけよ」