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森の奥


 黒髪の少女は、居合の型のまま空を舞い、放たれた斬撃で、空を飛ぶ虚像ホログラムの翼竜の首を落とした。


 その華麗なる剣技に他のアースの誰もが口を開く。


「夜神ルナ、6秒で翼竜討伐成功。次だ」


 風のように舞い、風のように静かな斬撃を奏でる。

 異端とされた流派だが、対魔物も可能とした流派。


 その名も『狗天流』。


 兄に教わった唯一……形見でもあった。


 あの日突然、ルナの兄は《異界シス》へと飛ばされ、一年以上行方不明となったのだ。これ以上の調査は不可と断じられ、帰らぬものとされたのだ。


 しかし、ルナは兄の死が信じられなかった。


 誰も入っていない空の棺を眺めたルナの心中は穏やかではなかった。誰もが死んだ、生きているはずがないと憶測だけで墓を建てあげられたのだ。


 兄のいない空虚の墓に何を思えというのだ。


 憶測だけで諦めた孤児院にも頼らない。兄を見捨てた討滅魔導軍の力を借りられるとは思っていない。


 兄は生きている。頼れるのは、自分だけ。


 ひとえに剣を握り続ける理由はそれだけだった。唯一の肉親を取り返すために強くなりたい。


 その一心で唯一の形見を磨き上げ、毎日の鍛錬を欠かさず、純粋に魔物を狩るためだけに剣を振るい続けているのだ。


「次、神崎ユウ! いないのか!?」


 先生の点呼に対して、一切の応えがなかった。

 それに気付いた瞬間、ルナは顔面を蒼白させた。


(まだ戻ってきていない!?)


 森の最奥は《異界シス》が存在するといわれている。あちら側に繋がる、出入り口が何処かに通じていると上層部の調査より判明されている。そこは、厳しく規制がかかっている場所が存在するが、ごく稀に管轄域外に小さな入り口が発生することがある。


 ユウを森へ連れて行ってから、三刻ほど経っているのに戻っていない。それだけ時間があれば遠くへ離れるのに十分すぎる時間だ。防衛支部管轄下にある森とはいえ、異界から来たはぐれ魔物がいる可能性がある。


 ましてや、ユウは入学して間もない。

 森の危険など、知る由もないのだ。


(私はなんてことを……!)


 一方的に苦手意識を持っているとはいえ、殺人に等しいことをした、とルナは森へ駆けつけた。


「夜神! どこに行く!?」

 

 ルナは他人に興味を持たないが、他人の死をあっさりと見捨てられるほど冷酷な人間ではない。


「おっと、俺も行くぞ」


 並走してきたのはアレンだ。同年で唯一グレードが近いアースなだけにあって身体能力も高い。


「ふんっ」


 しかし、ルナは身体能力を強化して引き離す。

 ただの膂力のみで風が巻き上がった。


「ハァ、未解放状態でこれだけの力が出るのか」


 嘆息気味に息を吐きながら、アレンは足を止めた。

 本気になったルナを追える者など学園でも数えるほどしか居ない。ムキになって追う理由もないのだ。


「……こっちに行った方がいいがするな」



◇◆


 エーデルワイス学園は、力と知恵をもって救世を志す巨大な教育機関である。世界でも屈指の英才教育を施され、卒業した者は将来を約束される。


 しかし、それは表向きでの話だ。


 どれだけ綺麗事を並べようと、子を兵に育て上げようとしていることには変わりない。学園も重々理解していることであり、その上で機関を維持させている。


 それはひとえに、世界を救いたいという願いから来るものだ。誰しもが《異界シス》を恐れ、自らの世界を取り戻したいと願っているのだ。


「くくッ……」


 ただ、全ての人が救世を願っているわけではない。

 人を兵器に変える技術を盗もうと企むやからは多くいる。


 彼もそのひとり、柳田ミツキである。


「私の力を見抜けぬ学園め……今にも見せてやる」


 アース適性には《Flame》という段階分けがされ、何の力もない一般人がゼロとし、最大10まであるとされている。


 ミツキは、将校のアースを多く輩出した家系の生まれで、小学の時に微弱ながらもアース適性を見出されている。能力開発をせずに魔素を内蔵する力を持ち、施術を受ければ《Flame4》にまで上がると認められていた。


 ミツキは、アースとなれる適性は充分にあった。


 しかし、認められなかった。


「何が性格に難があり、だ! 代々アースとなった家系に生まれ、最も力を持った私のどこに問題があるというのだ!」


 入学審査には、人格適性も含まれる。


 アースとして魔物と戦う覚悟はもちろんのこと、力に溺れぬ強い精神と常識が必要だ。


 学園が下したミツキの人格評価は『力を振りかざすことに達成感を得ている。環境が彼の思想を固めてしまい、是正が難しい。高い資質があることが相まって手に負えない』だった。


 多少性格が歪もうと実力を優先視するのだが、ミツキは実力と人格が伴わず、手がつけられないと学園に見做されたのだ。


「愚物どもめ……今にも見せてやる」


 《人工異能者アース》になるにはいくつかの方法があるが、いずれも一歩間違えれば、命を落とす危険な施術だ。


 中で最も安定してアースを生み出せる施術の名は、


 ───『エレウシス施術』。


 少しずつ魔素を体内に取り込み、死と再生を繰り返して魔力を持った人間を作り変える手術だ。現在の技術では最も安全な施術で、成功率は90%を超える。


 ただ、その深度……Flame解放によって保有できる魔力量は個人により大きく変わる。モノを触れずに僅かだけ動かせる程度の魔力が、Flame1とされ、高い成功率もFlame1に限った話である。


 そう、Flame解放段階が上がれば上がるほど、その成功率は低くなり、最悪死んでしまう危険性もある。


「この私が……適応できないはずがない!あいつらの目が狂っているんだ!間違っているんだ!」


 Flame1以降に拡大する方法は三つある。


 1つ、より多くの魔素を注入する。


 2つ、何度も魔力を使用して保有量を拡張する。


 ここまでが一般的な魔力保有量を増やす方法で、高い適応能力が認められれば、Flameの格上げすることはできる。


 しかし、三つ目の方法は公開されていない。それは最も危険な方法であり、確証のない方法だ。


 それは───《異界シス》に転移することだ。


 一説では、魔素が充満する世界に行けば、強引に魔力保有量が大きく拡張されるといわれている。


 ゲームでいう、レベルブーストのようなものだ。


 向こうの世界に適応して、問答無用にレベルが強制的に上がるという説だ。噂に近しいほどに、不確実な方法だが……第四対魔特務隊のメンバーに実例が存在するといわれているのである。


「この方法で成功したら誰もが認めざる得ないだろう! 自分たちが間違っていたんだとな!」


 不確かなのも確かだ、しかし、だからこそ成功すれば認めざる得ない要素となる。


「私は選ばれし者なんだ……!」


 目をつけていたのは、森の奥。

 異界シスへの入り口だった。



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