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子供の頃によくやったやつ



 授業も黙々と進み、時計盤を確認するユウ。

 今やっている科目は『魔法基礎』で、担当はデキる女というクールな雰囲気で、黒髪が綺麗な女性だ。


「《異界シス》と呼ばれる空間歪曲の彼方に別世界が存在すると考えられています。そして、魔物を統率する存在と言われている《魔王種》が存在します。三戸君、初めて討った魔王種の名を答えなさい」


「はい、ベリアルです」


「正解です。我々、《人工異能者アース》はベリアルから得た情報をもとに、魔素を持った生命体へと変質させています。それにより、人から外れた能力や未知のエネルギーたる魔力を操る力を得ることができます」


 先生の瞳孔が紅く染まる。

 手のひらに、黒い炎を燃やして続けた。


「正式名称はアーティフィシャル・シスマンと呼ばれ、『大地を取り戻す』という意味合いも込め、我々は《アース》と略名を呼称しています。故に、あなた達も力を持つ者の責務として、世界を取り戻すべく戦う意思を忘れないように」


 そう締めて本を閉じる先生だった。

 ユウは、かっこいい人だなぁと呆けていた。


「今日はここまで。復習しておくように」


 本を肩に担ぎながら部屋から出て行った。

 直後、早々にアレンは振り向いた。


「そういや、お前の《ランク》はいくつなんだ?」


「ランク?」


「これだよ、アースカード。お前も渡されただろ?」


 取り出されたのはアレンの顔が載っている身分証明書だ。生徒証にもなるようで、カードの右には学園でのランクが書かれているのだ。


「僕はまだ貰ってないね。なんか遅れるって」


「急な転入だったのか?」


「うん、一ヶ月前にやっと」


「じゃあ、来年には判明するかもしれんな」


 ユウは顎に手をやりながら頭を傾げた。


「そんなに大切なことなの?」


「む、さっきの授業聞いてなかったのか?」


 学園には《ランク》……要するにランキングが存在し、生徒一人一人に振られたナンバーがそれに該当する。これは知識や戦闘能力など様々な評価を総合して割り出された学園の序列だとも言える。


「簡単に言うと、強さの証明だ。学園では成績にも直結するから気にした方がいいぞ」


 そして、彼……No.19 本野アレン。

 一年生ながら学園の上位を争う一人だったのだ。


「もしも低かったら……」


「最低ラインを下回ったら退学にさせられるし、仮にギリギリだったとしてもパシられるだろうな」


「結構シビアなんだね」


「まあ、仮にそうなっても俺の名前を出してくれてもいい。俺の直感センスが告げているんだ。お前とは仲良くしておいた方がいいとな。それに、俺も友達少ないしな!」


「ただの自虐じゃないか」


「細かいことは気にするな。共有の目的を持つとの同士とは仲良くしておきたいんだ」


「そ、そっか。じゃあ、よろしくね」


 アレンとの親睦を深めたところで、ユウはちらりと黒髪の少女、ルナの方を見た。


「ルナ、さん? 君のランクっていくつなの?」


「………」


「えーと……いくつ、ですか?」


 だんまりを決め込むルナ。

 やや困惑気味になりながら、もう一度声を掛けた。


「あの……」


「……フンッ」


 大いにそっぽを向かれる。

 視界の内に少し覗き込もうとするも、あさってを向かれる。しかし、今度のユウは挫けない。


「ルナさん、君のランクは……」

「もう! しつこい! なんでそんな事をアンタに教えなきゃいけないの!」


 あまりのしつこさにルナは机を叩き立つ。

 そこで。アレンは横から割って入ってくる。


「それは無いんじゃねぇの?」

「……あなたにもとやかく言われる筋合いもないわ」


 ルナは本を抱えて、早足に次の授業へと向かった。


「う〜ん。あそこまで不機嫌なのも珍しいな」


「僕、何かしたかな……」


「学園にいる時はいつも気を張っていてな。いつも他人には心を許さないヤツなんだ。それで、何度かぶつかり合ったことがあったけどな」


 思想は人それぞれで、目的も人により変わる。相対する者とは相容れないことが常だが、今日のルナの態度は『反抗』だった。対立でもなく嫌悪するでもない態度に、アレンは物珍しさも感じていたのだ。


「ああ、それとあいつのランクだがな」


 アレンは、ピッと五本指を立てて続けた。


「No.5だ。《黒薔薇》なんて呼ばれてな。俺ら一年では一番の期待星だ。当初のランクを大きく覆したのもあって、人に疎まれ続けてああなったんだろう」


「そっか、どうしたら仲良くなれるかな」


「あんな感じなのは今に始まったことではないしな。放ってもいいだろう」


「いえ、僕があの子と仲良くなりたいんです」


 微笑みながらストレートに宣言した。

 そして、ううむと頭を傾げて悩み始めた。


「……あ、次の授業行かないと。確か訓練だよね」


「実践訓練か、転校していきなりはキツいかもな」


「すごく過酷なの?」


「まあ、見れば分かるさ」


◇◆


 アースにはいくつかの職業クラスが存在する。


 銃士シューター魔法師ウィザード大砲術士ガンナー罠士トラッパー


 以上が戦闘においてよく選ばれるクラスである。銃士シューターが魔物を牽制し、自分にヘイトを向けて罠士トラッパーの設置した地点へ誘い、大砲術士ガンナー魔法師ウィザードの強力な一撃で仕留める、といった流れが現代において基本的な戦術とされている。


 そのため戦士ウォリアー剣士セイバー拳闘士モンクといったクラスも存在すれど、その絶対数は非常に希少だといえる。


 その理由は言わずもがな、拳や剣による近接戦はリスクが高く、かつ実戦経験を長年重ねない限り、実用は認められていない。


 なかでも、対人に特化した流派は優遇されていない。一概に否定するものではないが、優遇されない理由としては『対人』であること自体である。長い年月をかけて人を倒すことに特化した技術は、巨大な獣である魔物を討伐するのには向かない。


 かつて魔法と刀、もしくは拳法を組み合わせようと試みた流派が存在するが、それは完成しなかったといわれる。魔法の知識を一から学び、剣の鍛錬も欠かさず、かつ魔物の倒し方を実践で学ばなければならない。


 対魔物において、銃撃戦以上に『死』と隣り合わせで好き好んで選ぶ戦闘スタイルではないのだ。


 こう想像すれば簡単だろう。棒切れを持った生身の人間に、見境のなく暴れ狂う熊と戦え、と言っているようなものだ。


 魔法による身体強化で多少は補っているが、その彼我差は獣と人であることには変わりない。


 故に、魔力と融合させた兵器や精霊と干渉する魔法が主流となり、近接戦は異常視され、その使い手は根絶しつつあった。


「やはり剣か」


「そうだけど……何か不味いの?」


「おうよ。俺も人のこと言えたもんじゃないが、近接戦はあんまり良い風には思われないだろうな」


 ふぅん、とユウは木刀を持った。

 今から壁の中、森で対魔物の実戦が始まるのだ。


「……こなれているようだが、何か流派の使い手か?」


「ん、まあ」


 その刀の持ち方は様になっている。ある程度には使えるのだろう、とアレンは思ったが……


「オイ、アイツ剣を使うってよ」

「マジかよ、正気じゃねぇ」


 陰口というには、はっきりしたものだった。

 対魔物では異端視される戦闘スタイルではあるが、一括りに否定しているわけではない様子だ。

 

「な? まあ、それがお前の戦い方であれば否定はしないが、物語の英雄に憧れて『やってみた』という程度であれば止めておけ」


 それが如何な流派でも、魔物の戦いは命がけであることには変わりない。何しろこれから実戦が始まるのだ。後悔しないようアレンは忠告をした。


「大丈夫だよ。これには自信があるんだ」


 しかし、答えは即答だった。


「……差し支えなければだが、何という剣だ?」


「僕は『狗天』だよ」


「ぐてん? 聞いたことないな」


「うん、かなりマイナーらしいから」


 と、優美に剣を翻して腰に納めたところで、目の前に人影が現れた。


「あなた、狗天を知っているの!?」


 ───ルナだ。

 希望溢れんばかりの瞳で見つめられる。


「ちょ、ちょっと来なさい」


「え、でもこれから訓練が……」


「いいから!」


 腕を強引に引っ張られ、何処かへ連れて行かれる。

 アレンもまた、いつものクールなルナらしかぬ行動に呆気をとられていたのだった。


◇◆


 バン!とユウの横に手を叩きつけられた。

 要するに壁ドンならぬ、木ドンだ。


「あなた、狗天流を使うの?」


「ん、まぁ……」


 森の影でユウは問い詰められていた。


「何その煮え切らない……まぁいいわ。なぜ使えるのかは、この歳置いておくとして……これ」


 懐から一枚の写真を取り出し、ユウに突きつけた。


「子供の時の写真? むくれちゃって可愛いね」


「そんなことは聞いていない。それよりも後ろの男を知らない?」


「……君と雰囲気が似ているね」


 黒髪でルナと同じくやや吊り目の青年が、むすっとしたルナの頭に、手を置いて笑っていた。


「夜神アキラ。第四対魔特務隊の元エース、

 そして、狗天流の使い手……私の兄よ」


 第四対魔特務隊。


 当時は試行隊のひとつで、最も若いアースたちが集められた。そして、彼らは子供にも等しく倫理上に問題があったため表舞台に出陣を命じなかった。


 しかし───、突如と現れた魔王の侵攻により討滅魔導軍は壊滅寸前となり、ついに出陣を命じられた。


 隊員一人一人が対軍兵器級を秘め、その力に偽りなく発揮された。快進撃は留まることを知らず、果ては国内初の【魔神種】の討伐を成し遂げた隊である。


 夜神アキラはその隊の隊長だったが……

 とある事件により異界シスへと消えたのだ。


 詳しいことは公表されておらず、何かを知っているであろう同隊員たちにもインタビューが殺到したが、固く口を閉ざして何も明かさなかった。


「……会ったことはある」


「本当!?」


 と、クールの鉄仮面が剥がれに剥がれていく。

 それに気づいたのか取り繕うように咳払いをした。


「……こほん、それで最後に会ったのは?」


 答えなかったらぶっ飛ばすと言いたげな雰囲気に気圧されながらユウは答えた。


「ええっと、五年前かな」


 その答えにルナは露骨に落胆した。

 五年前、それは夜神アキラが(・・・・・・)異界に消えるより前(・・・・・・・・・)だった。


「……あなたも『狗天流』を使うなら何か知っていると思ったけど、当てが外れたわね」


 興味がなくなったとばかりルナは踵を返した。


「じゃあね、あんたは後から戻ってきなさい」


 ルナは他人に興味を持たない。

 基本的に排他的で滅多に人を認めないのだ。


「……ねぇ、もしかして君も狗天流を?」


 つぃ、と振り向く素振りもなく去っていく。

 あまりの落差にユウは、がっくりと項垂れる。


「はぁ〜〜、流石に堪えるなぁ」


 普段飄々としている様子が、打たれ強いわけではない。頭を掻きながらへこたれるユウだった。


「……放置されたし、ここはどこだろう」


 学園に来て一日も満たないユウには迷子必至だ。


 とはいえ、訓練に遅れるのは困るかな、と連れて来られた方向であろう方向に進む。


「学園の裏にはこんな森が広がっていたなんてね」


 飄々とした態度で歩みを止めず進んでいく。


「うわ、これ魔薬草か。こんなところにもあるんだ」


 魔薬草は異界シスに生える魔力を纏う薬草で、この世の植物ではない。外来ならぬ、異来種である。


「とりあえず取っとこうかな」


 魔薬草の根っこを掴んで抜き上げる。

 加工すれば魔力回復剤になるのだ。


「次は向こうに行こうかな」


 ユウは、迷いなく奥へと進んでいく。ユウが進んでいたのは連れてこられた方向の───逆だったのだ。


 支部からもどんどんと離れていき、その迷いの無さが余計に音痴を加速させていたのだ。


「ん?」


 そこに触覚のようなものが草むらから生えていた。

 いや、触覚にしては太く、艶のある肌っぽい色だ。


「……ナニコレ」


 足のようなものが、草から生えているのだ。


 見方によっては卑猥にも見えるが、形状サイズから推察するに小学生あたりの子供だろう。


「んぅ!? ぅう!」


 好奇心に従ってつついてみると、足が鳴き出した。


「ぅう!むぅう!」


 バタバタと懸命に足掻き始めた。

 逆さまになっているのもあり苦しそうだった。


 ユウは若干怪訝な顔をしつつも、手を突っ込んで引っ張り出そうとした。


「ちょっ……暴れないで」


 地団駄する様に抵抗し始めた。げしげしと顔面を足蹴にされながら、どうにか引っこ抜く。


「……」

「………」


 逆さまのそれと目が合い、互いにきょとんとした。

 収穫されたのはやはり幼女。白銀の髪に、褐色の肌をした白ワンピースの子供だった。


「えっと……君は?」


「ひっ! うっ、うぅ……!」


 幼女の顔が恐怖色に染まり、悪魔を見るように怯えられる。笑顔を返しても余計に絶望的な顔をされた。


「……あの」


「うっ、うぅぅ…」


 気がつけば、手が生暖かく湿っていた。

 幼女の服に染み込む金色の液体……子供の時よくやった生理現象────おもらしだ。




読んでくださりありがとうございます。


なお、今後どこかで再度言及するかもですが、

ここで補足としてあとがきに残しておきます。


補足


 アースカードは隊員に組み込まれたあとでも使用が可能な身分証にもなります。学園在学中の自身のランキング推移や戦闘スタイルなどのデータも載ってるため、隊員編成の参考にも使われます。更にアースとして残した実績に応じた報酬もカードに振り込まれるため、クレジットカードとしても使える超便利な万能カード! なくしたらダメだよ。

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