魔導学園
ある日、裏の世界──《異界》と繋がり、出現した科学技術が通用しない魔物たちによって蹂躙され、世界の縮小化が進んだ。異界に対抗できるのは魔素と呼ばれる因子を適合した《人工異者》たちだけだった。
《人工異能者》は別次元の身体能力と魔力を操る能力を授かっているのだ。ひとつ間違えれば自国を滅ぼしかねない原因となってしまうため、犯罪に走らないための教育や心構えが必要だ。
武力を行使する以上、戦うことに対する意識や戦い方を学ぶことは必要不可欠。その教育をするために設立された学園が世界各国に存在している。
その一つ……エーデルワイス魔導学園。
千を越す生徒数を誇るマンモス校で、謂わゆる自衛学校だ。《異界》に対抗する人材を育成することを重視した教育が実施されている。つまるところ、人外の領域に踏み出した子たちが集う学園でもある。
───とある時期外れ。
やわらかい黒髪の少年が学園に転入した。
「あれが学園か」
とはいえ、かなりの距離がある。景色に溶け込むように見える時計塔の下に学園が広がっているのだ。
「まずは……っと」
取り出すは、学園で「やってこい」リストだ。
友人から学園に行くならと書き留めてくれたもの。
その項目、100。
「多いな。どれどれ」
と、少年はリストの第一項目を読み上げる。
「『パンをくわえて……」
途中まで読み上げて「何のことだろう」と頭を傾げていると、桜の花びらとともに突風が吹かれた。
季節外れにしては珍しく満開の桜が広がっていた。
「へぇ、まだ桜咲いてたんだ」
すると、桜木の下の少女が目についた。
「……あれは」
風になびく黒髪を耳にかけ、物想いを憂いている様子だ。少しだけ棘のある表情と紅色の瞳がより一層、美人を際立たせる少女だった。
「綺麗な子だな」
そう零しつつも、何のためらいなく声をかけた。
「やあ」
むっ、と。
綺麗な顔が一気に怪訝な顔に変わる。見知らぬ男に突然声を掛けられたら当然、不審に思うだろう。
少年はそんな表情を無視して自己紹介を始めた。
「僕は神崎ユウ。君は?」
そう名乗る少年の敵意の無さそうな表情に、少女は呆れ気味に嘆息しながら名乗った。
「わたしは夜神ルナよ」
「……夜神」
「何よ? 名前に文句でもあるの?」
余計に怪訝な顔に歪む黒髪の少女。
少年は「いや」と表情を崩さずに答えた。
「友人と姓名が同じだったもんで」
「そんな偶然あるのね。それよりもあなた、見ない顔だけど学園の生徒?」
「うん……まぁ」
「ふぅん……間抜けた顔ね。学園の中で生き残りたければ、気持ちだけでも引き締めることね」
「生き残る?」
「じゃあね、わたしは忠告したわよ」
と、早足に去っていく。
「…………生き残る、か」
懐かしそうに黒髪の少女を眺めながら呟いた。
「あっ、やばい!」
時がないことに気づき、先へと急ぐ。
リストのことはすっかり忘れていた。
◆◇
一年B組。教室中の生徒が騒がしい。
「おい、今日転校生が来るらしいぞ」
「マジかよ。この時期に編入?」
「一体どんな奴なんだ……」
ざわざわと会話が行き交う中、一人の少女は外を眺めながらため息をついた。
「…………はぁ」
エーデルワイス魔導学園は魔物と戦う技術や知識を培う学校だ。そして、実践を最も多く行い、魔物と戦える人材を輩出する。
つまるところ、実力主義。
当校では『ランク制』があり、最低ライン以下の者は退学される。しかし、最低ラインを達したとしても最下位であることには変わりなく、弱者は淘汰され、力無き者は『価値なし』と蔑まれるのだ。
そして、最初のアース適性試験で強さと学力の高さが決まる、と言っても過言ではなく、現に当初の試験より大きく向上した者は少ない。
要するには当初の試験でランクの高さがほぼ決まる。それ次第で学園の生活も一変するのだ。
───とはいえ一概にも言えず、当初の試験で決定されたランクを大きく覆した者は数少ないながらも存在する。その一人が彼女……夜神ルナだった。
「はいは〜〜い、静かにして下さーい」
と、先生が手を叩きながら入ってきた。
一気に静かになる教室。
「今から転校生を紹介するよ〜」
転校生、いわば例外的な入学。
ランク審査は年に一度。それ以外は実践していないのだ。それが意味するのは、最初からランクを認められているということ。高い戦闘力や、知識が確約されている者でもあるのだ。
しかし、夜神ルナは転校生程度では揺らがない。
それほどの強さを確約しているが故でもあり、「騒いだ所でどうにもならないだろうに」と呆れていた。
「は〜〜い、入ってください」
先生の号令で転校生が入ってきた途端、教室に殺気めいた空気が漂う。実力の分からない謎の転校生を容易く受け入れられるはずもない。
敵意に耐えられず学園を去った者もいるほどだ。
「自己紹介を一言お願いね〜」
なのに、少年は飄々とした顔で宣言した。
「僕は神崎ユウ。妹が心配で来ました」
思わぬ宣言に生徒たちが騒ぎ立てる。
黒髪の少女も思わず、顔をしかめて。
「…………は?」
授業参観に来た親のような紹介にざわめき始めた。
「え〜と、席は夜神さんの隣ね」
「はい」
と、なんてことのない様子でルナの隣に着席した。
「じゃあ、始まるまで大人しくしてなさいね〜」
先生は教室から去っていく。
それに合わせて、ルナに声をかけた。
「同じクラスだったんだね。これからもよろしくね」
にこやかにユウは話しかけた。
しかし、対するルナは怪訝な顔のままだ。
「あんた……さっきのどういうことよ?」
「さっきって?」
「自己紹介よ! あなた、ふざけてるの!?」
きょとんとするユウ。
そこに、ひとりの少年が間に入ってきた。
金髪碧眼で整った日系の顔立ちの少年だ。
「夜神が言葉を荒げるとは珍しいな。友達?」
「違うわ。さっき会ったばかりなのよ。こんなの友達でもなんでもない」
大口を開けて、ユウは大ダメージを受けた。
ルナはそのままそっぽを向く。
「俺はアレンってんだ。よろしくな」
「あっ、僕は神崎……」
「いいよ。さっき聞いたばかりだしな」
ひらひらと手を振り「それよりも」と続けた。
「さっきの自己紹介だが、お前……もしかしなくてもシスコンか?」
「うん、妹が心配で来たんだ」
アレンは興味深げに顎に手をやった。しばらくの思案の後に「よし」と、ユウの顔に迫って提案した。
「実は俺もなんだ。二つほど離れた姉がいてね。シスコン同志で友達にならねえか?」
思わぬ同調に教室中が騒つく。
ユウは恐縮気味に頭を掻きながら、
「えっと、僕でよければ」
「決まりだ。そろそろ授業も始まるし、学園で分からないことがあれば、後で何でも聞いてくれよな」
と、やや強引気味に友達認定された。
アレンはそのまま前の席に着席し、先生も入ってきて騒がしかった生徒たちも静まる。
そこで、誰にも聞こえない声でルナに話しかけた。
「君とも仲良く……」
「嫌よ」
「ええーー……」
早くも挫けそうになるユウだった。