強き者、されど弱き者④
胸騒ぎがして駆けつけたものの遅かった。
「よりによってお前が乗っ取られたか」
【……魔物ね、殺す】
暗殺者は大きく舌打ちをした。
瞬間、剣の鋒が喉元に迫った。
【狗天流・一ノ型『風月』】
横薙ぎの剣を拳で弾き、後退しつつ腰の短剣二刀を抜く。剣と剣がぶつかる金属音が響き、互角を演じるもこのままでは自分が負ける、と暗殺者は確信した。
分かってはいた。剣による戦いに長があるのはルナのほうだ。手数こそ自分が勝っているが、巧みな剣捌きと恐れを知らぬ突貫にも似た攻めで押されている。
なによりも地力が桁違いだ。ルナの腕に巻いているブレスレットが破壊され、Flameも最大の状態に引き上げられている。そして、祝福によってFlameも上昇している可能性も高い。
普通に考えて勝てる相手ではない。
それでも暗殺者は不敵な笑みを絶やさない。
「誤差修正。ここからはーー」
剣を受けながらルナの足を払った。
僅かに体勢を崩した隙を突いて窓から脱出する。
「戦略的撤退だ!」
【……逃がさない】
追ってくるルナに向けて、クナイをなげる。
意を介さずさらに前姿勢になって飛び込んできた。
「馬鹿正直に突っ込んでくるとは、嵌められたことがないんだな」
暗殺者は対面で戦わない。相手の意識外から殺すことを生業とするクラスだ。
そして、自ら暗殺をかなえるとは限らない。
「ファイア」
彼らの位置より遠方、屋上より放たれる銃弾。
意識外へと誘導され、空中を舞うルナに回避できる余地などない。長距離による必中の一撃はルナのこめかみを完全に捉えた。
(流石だな。超遠距離において数寸違わず側頭部を狙う精密な技術は世界を探しても数えるほどだ)
パァアン、と弾丸が炸裂する。
(ーーーーだが、手加減して倒せる相手ではないぞ、桜芽)
遠方で狙撃銃を構える桜芽の瞳が大き見開かれる。
【狗天流・六ノ型『飛燕』】
弾丸が二つに裂かれ、校舎壁を貫く。夜神ルナの実力を考慮した魔力を注ぎ、無力化を狙ったが最大速度で射出しなかったことが甘すぎたのだ。
(見てから対応した……!)
構える銃口から放たれた瞬間、その方向を勘で感じ取って剣を抜いていたのだ。そして、こちらの位置を完全に捕捉された。
まずい、と狙撃銃を抱えて躊躇なく高所から飛び降りた。
次の瞬間、元々いた場所が斬り裂かれた。
(少しでも遅れていたら……)
ゾッとする。判断が遅れていた木端と化していた。
「くっ! ファイア!」
空中を降下する中、切り返して射出するが大きく外す。躱されたのだ。
【狗天流・二ノ型『威風』】
「ッッ、ぐう!」
狙撃銃を盾にするが、木枝のようにへし折れる。
そのまま吹き飛ばされ、地面と衝突する。
まずい、体勢の立て直しが間に合わない、そう思った時にはすでに遅し。剣の鋒が喉元に迫る。
ーーーが、その刃はすんでのところで静止した。
「アレーーー」
全身黒で包まれた暗殺者が双剣で辛うじて受けていた。
「今その名で呼ぶな!っぐ!」
完全に力負けしている。学園でも三指に数えられるほどの巨大な魔力を全身に纏わせた一撃を止める力なぞない。片膝をつき、刃が肩に迫る。
「っ、ァアアッ!」
強引に体を回して横にそらし、続け様に膝をぶつける。フレーム突破による後押しもあるが、元々ルナは技巧派なのだ。僅かな隙が致命となりうるのだ。
「うおおっ!」
フレームの引き上げにより体力に圧倒的な開きがある今、受けは悪手。ならば攻めるしかない。
手数で押し切ろうとするが、その場で全て受けた。
【狗天流ーーー】
暗殺者の猛攻を捌くなか、わずかに発生する溜めを狙い、ルナの視界から外れて足を払う。
「ーーーーファイア!」
真の狙いは背後に隠した桜芽だ。その場で時間を稼いでいるうちに折れた銃身を交換し、近距離で狙撃弾を放ったのだ。
ルナは体勢を崩し、完全に不意を突く形となった。
【魔物が調子に乗るな】
「!」
が、それでも遅すぎた。
現在進行形でFlameが引き上げられ、見てから対処するほどの余裕がある。そのことを、桜芽の遠距離狙撃を見てから対処した時に気付くべきだったのだ。
【狗天流・七ノ型 『黒嵐』】
放たれる黒き斬撃。
無造作に拡がる風の刃が弾丸を切り裂き、暗殺者と桜芽を刻んだ。
「くぁっ!?」「ーーーッ!?」
それは、ほんの0.1秒以下の出来事だ。腕の皮膚が裂かれゆく様を見届けるしかなかった暗殺者の視界の端から白い風が見えた。
次の瞬間、黒き嵐は霧散した。
【ーーーーー?】
あれほど荒々しかった吹き荒れていた魔力が空に還るように消え去っていた。
魔力の強度は純粋にその量によって変わる。
込める魔力が多ければ多いほど、阻止することが難しくなってくる。膨大な魔力を惜しげもなく注ぎ込んで放った大乱撃を防げるのはより巨大な魔力を持つ者だけだ。
つまり高い魔力を持つ者がいるということだ。ルナよりも遥かに巨大な魔力を持つアースがいるはずだ。
「どれだけ魔力を込めても、剣筋の乱れた斬撃は流されやすい」
暗殺者の目の前にひとりのアースが立ち塞がった。
いつも通り、無気力な表情で剣を携えて、ルナと対峙した。
「ユウ……?」
「ここから先は任せてくれないか」
何も感じなかった。その顔には一切の感情を読み取ることができなかったのだ。
「あ、ああ、しかしアイツは……」
「大丈夫、分かっている。それに、こういうのは得意分野なんだ」
そう言ってユウは一歩前に出た。
瞬間、魔力が膨れ上がった。
「ーーーーおい、何をしている?」
燃え盛る怒気を喉の奥から出したような声。いつも惚けた顔をしていた人から出た声とは思えなかった。
怒りで人が変わることがあると言うが、彼の変わりようはそんなレベルではない。完全なる別の側面、いわゆるニ重人格に近いものであり、全く異なるもの。
(やはり仮面を持つか)
稀だが、アースとして戦う際に仮面が形成されることがある。より戦闘向きの性格に改変され、普段以上の力を振るうことができる。
それを『覚醒者』と呼ぶ。
「ルナに、何をしていると言っているんだ」
【ーーーーッ】
暗殺者は途方もない魔力を感じ、咄嗟に距離を取った。ここから先は、別次元の戦いとなると感じ取っていたのだ。
だが、その予想は外れることになった。
【狗天流・七ノ型 『黒嵐』】
想定外の存在に気圧されたルナだったが、恐怖をかき消すように放たれた無数の黒い嵐が全方位を切り刻んでいく。
「狗天流ーーーー」
僅かに足を踏み出した次の瞬間、無造作に放たれた黒い嵐が掻き消えた。
【ーーーー?】
突然の消失に思考が停止する。秒にも満たない独白の間、敵性は目の前へと踏み出していた。
【ッ、狗天流ーーー】
気づいた時にはすでに後手に回っていた。苦し紛れに上段から剣を振り下ろした。
そこで、更に深く懐に踏み出した。
そ振り下ろす腕の勢いを巻き込んで背負い投げる。
彼のそれは剣技ではなく、柔道の動き。
予想外の動きにルナは面食らい、地面に叩きつけられて大きく息を吐き出した。
【っあ……!?】
武術でいう『縮地』に似た歩法で間合いを潰し、剣を握る腕をそのまま巻き込んで投げたのだ。
「ルナ、ごめんね。七海さん、お願いできる?」
「え……あ、はい!《封縛》」
遅れて到着した七海が駆け込んで封印術をかけた。
魔力も封じられ、魂が抜けたように体に力が消えた。
「七海さん、武器の方もお願い」
「え、武器?」
「! そうか、キョウコ、封印術をかけろ!」
「あ、はい!」
一緒に到着していた海野に言われ、反射的に武器にも封印術を仕掛けようとすると、刀から細い足が六本生えた。
抜き身の刃を振るわれ、七海は後退してしまう。その隙をついて逃走を図ろうとした瞬間ーーー、刀に生えた足が貫かれた。
その弾丸を放ったのは海野カイトだ。
「なるほど……武器型の魔物か。妖刀ムラマサの正体がこれとはな」
おそろしく速い早撃ち。熟練のアースの放つ銃捌きと遜色ない域に達している。
チッ、と小さく舌打ちをしたのは奇襲型銃士であるナナだった。速さは銃士の専売特許だ。そのお株を奪うような技量を持つ万能型である海野カイトが気に入らなかったのだ。
「《封魔刻印》」
魔力の流れごと停止させ、完全に封印した。
ただの無機物のように動きを止めて地に落ちる。
「さて、ルナは大丈夫か?」
「気を失ってるだけみたいだ」
少しの間だけとはいえ完全に操られていた。他者の魔力を強制的に入り込まれ、魔力回路を侵されたのだ。寄生虫に体内から貫かれた蟷螂のように体への負荷は非常に大きいのだ。
回復術師である七海が魔力回路を修復し、肉体的な負傷を回復させるが、意識を取り戻すには少し時間がかかるだろう。
「……ごめんね、少し遅くなった」
「ルナの負傷が大きい。支部の医務室へ頼めるか?」
「うん、任せて」
ルナを抱え上げて医務室へ急ぐユウを見届けた後、カイトは残ったアースにこの後の対応を告げる。
「魔剣調査、兼撃破任務終了。間違いなく捕縛した剣が調査対象で間違いない。あとは移送を担当するアースに引き渡せば終わりだ。それとーーー、お二方とも任務協力に感謝する」
「………ああ、力になれたのなら良かった」
「いえいえ〜」
黒装束の暗殺者と桜芽ユミは去っていった。
大方、他の任務を任されて此処にいたのだろう。
「さて、撤収にかかれ。操られた警備員も運び出すぞ」
無力化させた警備員を救出し、捕獲した魔剣を引き渡して任務は終わった。七海キョウコと坂野ナナとも別れた直後、カイトは大きくため息をついた。
「はぁ〜あ、結局何もできなかったな」
◆◇
その魔剣の正体は剣ではない。決まった形を持たない魔物の一種だ。持つ者の性質に合わせて姿を変える武器型スライムだったのである。妖刀ムラユキなど存在しない。次々失踪する学園内のアースの噂から発生した都市伝説にすぎない。
「ちっ! いきなり暴れ出すたぁ、しつけのなってないスライムだな!」
「体から全方位に剣を生やす生物をスライムと呼ぶのはおかしな話だ。大イガグリに改名するべきだろう」
「おい、戯れてる場合じゃねぇ!スライムとはいえ脅威なのには変わらん。全部剣に見えるが、柔らかい触手のようになっているものも混じっている。そこを切り離していけば討伐できる」
七海によって封印され、検体のため軍へと搬送中にスライムは暴走した。獣の最後の尻っぺというには苛烈な抵抗をみせるが、呆気なく終息することとなる。
スライムはありとあらゆる武器の形状の記憶を組み合わせ、その場から離脱を試みようとするが、数多くのアースたちに囲まれ、なすすべもなく討伐が完了されたのだ。
ーーーーだが、スライムとて知性生命体。剣山となった分体を囮に、本体である極小のゼリー体となった逃れることに成功していたのである。
(クソ、クソォ……ナンデ、アンナ奴ガココニイル。
死ンダハズダロ。アノ野郎、嘘ヲツイタノカ)
手のひらサイズにまで縮小したスライムは命からがら街の裏道に逃げ込み、消耗した魔力を補充する機をうかがっていた。
(ダガ、我ハスライム。魔素サエ喰ラエバドウニデモナル。完全体トナッタラ、マズハ裏切リ者ヲ喰ッテヤル。ソレカラ、我ニ屈辱ヲ与エタアイツヲ……)
屈辱を与えた者に腹を立てながらも道端の影に潜んでいると、付近に都合の良い『獲物』が現れたことに気づく。
(アレハ……ナンテ濃イ魔素ノ生命体ダ。我ガコノ世界ニ存在デキルダケノ魔素ヲ秘メテイル。コレハ幸運ダ。我ガ世界ヲ支配スル足掛カリトサセテモラオウ)
近くに歩み寄って来た小さな人間が内包する魔力を喰らってしまおう、とスライムは道端から飛び込んで体を薄く広げて小さな人間を乗っ取ろうとした。
すると、あ、と小さな人間は口を開けて笑った。
「いただきまぁす」
ばくん、と。
スライムは、僥倖に満ちたまま呑み込まれた。
読んでくださりありがとうございます。
一旦ここまでとなります。
魔物情報
記憶形状スライム 対応人数目安:Flame2-3 6名
スライムの種別は多岐に渡り、今回のスライムは持ち主を乗っ取り、乗っ取った者の性質に合わせて形状を変える武器型の中級魔物である。乗っ取られた者の素質によって目安は変動するが、単体のみでの目安の場合はFlame2-3 6名にとどまる。
ただ今回のスライムは《星喰らい》の分体のひとつ、全盛期時に国ひとつを滅ぼしたことのある災厄級魔物だったが今回は全盛期の一割にも達していない。全盛は最上級魔物のさらに先、魔王級に分類される。




