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強き者、されど弱き者③


 少し時間を遡り───、西方面の戦いはすでに終わっていた。


「ふん、素人の動きね」

 

 地に伏するは男性の警備員だった。前衛に張り付くタイプの銃士シューターで邂逅と同時に攻撃を仕掛けてきたが、より近接を得意とするルナ相手には無謀もいいところだ。


 一発の弾丸を叩き込んだ瞬間に距離を潰され、鳩尾を一閃。かは、と大きく息を吐いて決着がついたのである。


「腰に剣を差しているのが見えていない時点で勝負がついていたわね」


 言い換えれば見境がなくなっている。そのことに違和感を感じた。アースが見境をなくすのは【魔人化】を意味するのだが、魔力の変質はなかった。


 己のルーツとなる(・・・・・・・・)存在への変化(・・・・・)もなかった(・・・・・)


「やっぱりおかしい。魔人化ではないなら……」


 行き当たる回答はひとつしかない。

 洗脳、あるいは誑かされいる。


 人が、ここまで変わるほどに。


「まだ学生とはいえアースを襲うにしてはお粗末なものね」


 そこに疑問がある。確かに警備員も退役したブランクがあるが、仮に洗脳されたとして自我を失った状態では魔物となんら変わらないのだ。我々アースは魔物を討つために訓練を重ね、常に思考している。そんな相手にぶつけるにしてはお粗末なものである。


 そう考えたところで、あるものが目についた。


「刀? 珍しい武器を持っているのね」


 刀身が反っている剣だ。

 大昔にニホンが使っていた武器のひとつ。

 人を斬ることに特化した凶器である。


 ルナが腰に持っているのもそれだが、凡人が持てば人よりも巨大かつ頑強な体躯を持つ魔物相手には棒切れと変わらない。今の時代では珍しい……否、皆無と言って良いほどに希少なものだ。


「いや……」


 奇襲時には刀を持っていなかったはずだ。


 どこかに隠し持っていたか、または他にも隠れている敵がいるのかもしれないが周りには人の気配が一切感じない。となると隠し持っていたとしか思えない。しかし、その線も薄い。なら一体……


「………んん」


 別の雑念が混じり、考えがまとまらない。

 もともと、この任務は単なる興味本位で参加した。

 いつも覇気を感じない気の抜けた『彼』は戦うのか見てみたかった。


 そもそも魔物を相手に剣を振るう時点で半端な覚悟ではないということは理解している。


 彼も強い『信念』を持って、学園に転入してきたのだ。もしかすると彼の捉えどころのない雰囲気にも理由があるのかもしれない。


 それが知れると思っていたが思惑が外れた。


「あーもう、本野アイツの口車に乗らなければよかった」

 

 本野アレンもそのつもりだっただろうが、別々になってしまっては意味がない。任務である以上、離脱は許されないが放棄してしまいたい気分だった。


「まあ、任務は全うしないとね。刀は回収して……」


 急に動きを止め、月光にあてられた刀に釘付けになった。刀身剥き出しでその色は漆黒色に染まり、鈍く反射していた。


「これって───……」


 『黒桜こくおう


 高濃度の魔素が溶けた鉱石で鍛えられた刀だ。

 そして、握りの部分に『四』の字が彫られていた。


「そんな、まさか……」


 これは第四対魔特務隊隊長の専用武器だ。

 幼い頃に幾度か見た。間違いない。


 兄、夜神アキラの───。


「なんでこんなところに……」


 気付いた時には、既に触れしまっていた。

 その瞬間、刀という形が崩れ、不定形の軟体生物のように広がり、視界が漆黒に塗り潰されていく。


「しまっ……!」


 ほんの僅かな気の緩み、それが致命的となった。


 ──同時に窓が割れ、ひとつの影が入ってきた。


◇◆


 ユウの部屋で留守番されていたアナトは決死の表情に歪ませて玄関のドアに張り付いていた。


「やーだーー! ぼくもがっこうにいきたい!!」


「だめだ。待ってろと言われただろ」


「むぅう……」


 頬が風船のように膨らむ。


「ユウと約束したでしょ」


「だって……」


 じわり、と目に涙をためてごねる。ユウが出かけてから聞き分けのない応答が続いていたのだ。


「何か理由でもあるのか?」


「いやなよかんがしたんだ」


 コンはある程度の任務内容を聞いていたが、彼が関わっている以上、問題はないと見ていた。多少のイレギュラーがあったとしても強引に達成に持っていけるほどの実績がある。


 彼女の瞳の訴える予感には捨て置けぬ可能性を示唆しているようにも思えた。


「………任務についたアースたちも学園の中でも上位に入るやつらだ。現役のアースを相手にしようと間違いなく勝てる」


 否、万が一でもありえない。

 敵が可哀想にも思えるほどだ。


「だから大丈夫よ。君が頑張らなくても……」


「だめだよ、ぼくがいかないといけないんだ」


 見開かれた純白の瞳孔に気圧された。コン自身、アースとしての経歴もあり、魔物に対する恐怖は克服しているが、彼女の瞳から感じるそれは畏怖ではない。


 これは得体の知れないものに対する警戒だ。


「いくったらいくの! とめるこんさん、きらい!」


 先ほどの異様な雰囲気とは打って変わって、いつもの子供のようなアナトに戻った。そして、放たれた子供の「嫌い」がクリティカルヒットした。


「うぐっ……でも、ユウと約束しただろ。人の約束は守らないとね」


「ぶぅ……」


 しぶしぶドアから離れ、ジト目でコンを見つめながら部屋に戻っていった。


「子供の相手なんて得意じゃないんだけどねぇ」


 幼少から戦うことしか考えてこなかった自分にはどう接すればいいのか分からない。


 魔物のことになると暴走気味になる夜神ルナの監視という名目上でアパートの管理者に就いたが、よもや子供を預けられることになるとは思わなかった。


 一応少女の経緯を聞き、経歴などを調べたが一切が謎だった。孤児院のどこにも預けられていなく、おろか両親ですら分からずじまいだった。


「奴が拘るだけの理由はある、か」


 ただの孤児であれば魔導軍なりに孤児院なりに預ければいいのだが、自ら保護を言い出したのだ。


 血縁者か、あるいは……


「────っ?」


 そこで、一瞬だけ目眩がした。貧血ではない。

 突如浴びた魔力に酔っただけだ。


 コンは人並み以上に魔素に対して感受性の高い性質を持っている。ギフトと呼ぶには程遠いが、いち早く魔物の出現に気づくことができる感知型のアースなのだ。


「方向は……学園か」


 学園から離れているのにも関わらず、ここまで高濃度の魔力を放出できる魔物は稀だ。幸いというべきか学園に生徒はいない。被害をほぼゼロに抑えられる可能性は限りなく高いが……任務の性質上、不安があるのは確かである。


「一応、支部に報告をしとくか」


 懸念点の放置は最もやってはいけないことだ。

 どんな些末なことでも報告することが役割だ。


 そう思って部屋へ戻ろうとすると、廊下の奥の部屋にいるアナトが天を仰いで突っ立っていた。


「どうしたんだ、アナ───」


「いかなきゃ」


 そう呟くと、黒霧となって消失した。


読んでくださりありがとうございます。

次回バトル回です。

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