俺氏辞めます
それから一年後。《異界》の侵食を受け、大陸の八割が異域と化していたが、その侵食に強く抵抗を続けていた独立国の尽力もあり、八割侵食されていた領域も六割へと押し返すことに成功した。全領土を取り返せていない国が数多くある中で、九割の領域の奪還に成功した国は五カ国のみである。
その中の一つ───、ニホン。
「星野先輩!そっちに行きましたよ!」
「了解!神楽坂は引き続き追跡をお願い!」
高い高層ビルの中、二つの二輪駆動車が赤い光を尾引きながら空を駆けていた。標的は黒い怪物、蝙蝠の大翼を生やした馬に乗馬する騎士だ。
星野は腰から抜き出した銃を構え、魔力を込めた弾丸を放った。辛うじて回避の体勢に入る怪物だったが、正確無比な早撃ちによって翼を貫かれ撃墜する。
【貴様らよくも!我は公爵エリゴスぞ!!】
「君が誰であろうと関係ない。ボクたちは世界を守るために君たちを滅ぼすだけだよ」
背中に携える白い剣を抜き追撃してかかるが、墜落で流れた体勢を持ち直して、剣で受け止められる。
【小賢しい!人間なんぞに滅ぼされてたまるかよ!】
受けの体勢から転じて放たれた激しい剣撃に押される。その間にできた隙に見て大きく距離を離された。
「死角の攻撃を読まれた……未来予知だね」
遠ざかるエリゴスを見送る星野に「なぜ追わないのですか」と声がかかるが「必要ないよ」と笑った。
「科戸! そっちに行ったよ!」
「分かっている」
その異質な存在感にエリゴスは逃げる足を止める。
前方には宙を浮かぶ漆黒で身を包んだ剣士がいた。
【そこをどけ!人間!】
背後からは二人の追撃、前方は一人だけ。
ならば、選択肢はひとつだ。このまま正面突破することは正しい判断だったと言える……が。
「───liberation Flame X」
突如と放たれる魔力にエリゴスは大きく目を見開いたその次の瞬間、魔物の視界が縦にズレていった。
【ば、バカな……貴様は………!?】
ピュン、と黒い剣士はいつの間にか抜いていた剣を腰に納め、黒い塵と化して消えていくエリゴスを無感情な瞳で見届けた。
「……相変わらずチートだね。ニホン最大戦力なんて言われていたボクの面目がないってもんだよ」
「それは悪かったな」
「あ、いや、悪く言ったわけじゃなくて、その……ごめんね?」
「気にするな。それよりもさっさと帰投するぞ」
侵攻してくる魔物たちを次々と征伐し、世界を取り戻すために、ニホン政府は異例の武力行使を認め、魔力を保有した人工異者で構成された日本討滅魔導軍を結成した。
なかで彼らは多くの討伐数を達成し、ニホンの対抗軍で最も活躍しているという《第四対魔特務隊》だ。
その名の通り、魔物を討つ特殊部隊の一つで国内初の【魔神種】討伐を成功させた最強の部隊である。
「科戸、通信きてるよ。切ってるでしょ」
「あ、切ってたんだったな」
切っていた通信を繋げる。任務中は切るな!と叱咤をしばらく受けた後、個人通信に切り替えて何やらと話し込んでいる様子だった。
「本当ですか?」
そう言った直後、ちょうど本拠へ到着した。
「はぁーーー、疲れたあ」
「ああ、そうだな」
「科戸先輩、さっきは何を話していたのです?」
全身を漆黒の戦闘スーツを纏い、漆黒のヘルメットを外すと、美しい白銀の絹でできたような髪が揺れ、深い真紅の瞳が露わになった。
彼は神楽坂の質問に対して、小さく笑って答えた。
「俺、辞めるわ」