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女の子の服ってどうすればいいのだろう


 積まれていた数箱のダンボールを開け、引越し先であるこの部屋を整えた。もともとあまり物を持っていなかったのもあり、一時間程度で片付けは終わった。


 その後、ある取り調べが始まった。プリンを差し出し、神妙な表情で向き合うユウに幼女は頭を傾げた。


「ゆーにぃ、どーしたの?」


「色々あって聞きそびれていたけど、アナトちゃんってどこから来たの?」


「ん〜、わかんない!」


「わからないか〜…」


 可愛らしく笑顔で言われた。予想していたことではあったが、一切の素性が分からないとなると色々と手続きが必要になりそうだね、とため息を吐いた。


「まぁ……これも約束だしね」


 とはいえ、一から偽りの身分を作らなくてはならない。伝手はあるから申請すれば、おおよそは大丈夫だろうが『設定』はどうしようかと顎に手をやった。


「よし 今から君は愛澄アズミアナトだ」


「あしゅみ!」


 容姿的にも似ているとは言い難いため、従兄妹いとこという設定の方がまだ通りやすい。そして、定番だが親の事情でうちで預かっているという設定にしとく。


 次は衣食住だ。食と住は問題ないとして、衣が問題だ。自分用の日用品しかなくアナト用のが一切ない。


「アナト、服ってそれだけ?」


「うん!」


 白ワンピースだけだと汚れがついてしまった時に困る。女の子の服なんて持ってないし、かといって一人で購入するのもなんか問題がありそうだ。


「そっか、どうしようかな……」


「困っているようだな!」


 バン!と勢いよくドアを開けたそこには左壁コンがいた。ここ僕の部屋、と呟きながら呆然した。


「何で私が……」


 隣には不貞腐れるルナがいた。

 強引に連れられて来たみたいだ。


「かか!夜中に出掛けようとしててな。捕まえた」


「私はこんな事している余裕なんてないの」


「かっかっか! ならアタシを倒してみせろ」


 ぐぅ、とルナが珍しく言い返せない様子だ。

 コンには逆らえない立場にあるみたいだ。


「しっかし、本当に物が少ないな。

 どれ、どんな服がある?」


 すると、勝手にコンが衣服類を物色し始めた。

 ここ僕の部屋、と再ニ呟く神崎ユウであった。

 

「ロクな衣服がないな。連れてきてよかったよ」


「どういうことですか?」


「女子の服のことならルナに聞けば良いと思ってな」


 どこから話を聞いていたのかな。それか心を読む能力でもあるのだろうか、と疑念を持ちつつ、ルナのほうを見るとあらかさまに嫌そうな顔をされる。


「なんで私が……」


「ねーちゃ、もうかえるの……?」


「う……」


 純真な瞳で見つめられては突っぱねられない。

 仕方ないとばかりため息を吐いて踵を返した。


「はぁ、子供の時のならあるけど、それでいい?」


「ルナ……ありがとう!」


「別にあんたのためじゃないわよ」


 キッ、と睨みつつ隣の部屋へ戻っていった。


◇◆


 持ってきてくれた数着の子供服を並べて深刻そうな顔で悩む神崎ユウだ。白ワンピースで清楚な雰囲気を引き出すのもいいし、活発そうなショートパンツとシャツの組み合わせも捨てがたい。


 どれもアナトに似合いそうな服ばかりだった。


「本当にもらっていいの?」


「構わないわ。ほとんど部屋に戻ってなくて、ダンボールに入れたままになっていたから」


「それって……ほとんど帰ってないってこと?」


「そうね。時間があれば魔物を狩ってるわ」


 そう言われて、ルナの顔をよく見ると、化粧の下に隠されたクマが滲んでいた。瞳の色も濁っていて、触れただけで壊れてしまいそうだった。


 それに今着ているのも魔力を通して防御力を上げる服で、ずっと手に刀を持っている。今にも戦いに行きそうだった。


 これ以上は行かせてはならない。そう直感したもののどう声をかければいいか分からないでいた。


 いや、そもそも自分にそんな資格があるのか……

 きっとないに決まっている。そう思ったからこそ何も言えなかったのだ。


「ねーちゃ、プリンたべるー?」


「えっ?」


「おいしいものをたべるとね、おくちがね、いーっぱいしあわせになるんだよ」


 にぱ、と無邪気な笑顔でプリンをすくったスプーンを差し出してきた。ルナは困惑しつつも、おずおず口にした。


「……ありがと。美味しいわね」


 心なしか、ルナの表情が柔らかくなった気がした。


 偶然かもしれないけど、きっと気づいていた。

 壊れそうなルナを引き留めようとしていたのだ。


「ゆーにぃもどうぞ!」


「おっ、ありがとう」


 プリンの至高の味わいが広がる。とろっとした滑らかな口触りにまろやかで、かつ重厚な甘味が広がり、この上のない多幸感が身を包んだ。今どきのコンビニプリンはこれほどに美味しいものなのか。


 これは確かに幸せになる味だ。


「あ……」


 と。ルナが開口してこちらを見ている。


「ルナさん? どうしたの?」


 何かを呑み込むように口を閉じ、慌てるように立ち上がった。


「な、何でもない。そ、それよりも用事は終わっ…」


「……ぶっ!ははっははっははは! なんなんだお前たちは! アタシを笑い殺す気かい? ぷっ、だめだ、我慢できない! はははは!」


 すると突然、高らかな笑い声が上がる。呆然とするユウに、じとりとルナが睨み、そして、釣られて笑ってみるアナトだった。


「はは、悪い悪い。あまりにも不器用だったんでな」


「……はぁ、コンさんのいいかげんな態度にはもう慣れてきたわ……用事も済んだし、今日はもう帰るわ」


「あっ、待って。一つだけ聞いてもいい?」


「何よ?」


 惚けた顔からどこか意を決した表情に変え、ルナと向き合ってユウはひとつの質問を投げかけた。


「今の道に───、後悔はない?」


「は? 何よ、その質問」


 怪訝な顔に歪むが、決して適当に投げかけた質問ではないということくらいは顔を見れば分かる。少し間を置いて考えた。しかし……答えは出てこなかった。


「……そんなこと、考えたことないわ。

 今は強くなることで精一杯だもの」


 兄を取り戻すため。前はそう言ったが、目的と手段が入れ替わりつつあった(・・・・・・・・・)異界シスへと飛び込むには、確かに万の魔物を討伐できるほどの強さが必要になる。


 強さが必要な点においては間違いないが、どこまで強くなればいいのか、見えなくなっているのだ。


「………そっか」


「って、なんで素直に答えてるの、私」


 はぁ、とため息を吐きつつ立ち上がる。


「じゃあね。あなたも自分に多少の自信があるようだけど……それが嘘でないことくらいは態度で証明してみせなさい」


 フン、とそっぽ向いて帰っていった。


 その後ろ姿を見届けたユウは、少しだけ初対面よりはルナの態度も軟化していたのが嬉しかったのか、わずかに口角が吊り上がってしまっていた。


「さて、アタシもそろそろ戻る。

 その前に忠告というか、お節介か」


 それはそうとして、彼女の在り方はひどくいびつであることは変わらない。複雑な心境が顔に出ているユウに、コンは小言をこぼすことにした。


「なぜ頑なに明かさないのかは分からんが、不器用にも程があるだろう。言ってもいいんじゃないか?」


「……あの子にとっての兄はあの人だよ。

 よそが口出しするべき問題ではないです」


「まぁ、アタシもある程度は事情を聞いている。完全な部外者がどうこう言うことではないが、程々にな。あれはもう狂っている(・・・・・・・・・・)。明かさないのは勝手だが、それくらいは察してやれ」


 コンはそう言い残して部屋から去っていった。

 ふぁ、と眠そうなアナトの頭を撫でる。


「……どんな覚悟だったとしても、どんな結末に至ろうと関係ない。自分が自分を許せないのだ」


 夜も遅くなった。良い子には寝る時間なのだ。

 良い子のアナトを布団で寝かせてやる。


「……そう、には相応しくないのだ」


 なにも固執しているのは、ルナだけではない。

 神崎ユウ───彼も同じなのだから。


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