あっさり終わってしまった後
柳田家は軍士の家系で《異界》の世界侵食が進んでからはアースとなって、対魔物の訓練を重ねてきた。少将を祖父に、中将を父に持ち、総司令の補佐官を母に持って生まれた。幼少の頃から柳田家に恥じないよう血反吐を吐くほどの過酷な訓練も黙々と耐え抜いた。
だが、それは何故に耐えるのだ?
柳田家の中でも生まれながらにアースとしての能力の片鱗を持ち、才にかまけない努力を積み重ねてきたが、どうして死の匂いが常に漂う戦線を耐え忍ばなければならないのか理解できなかった。
己を守るため、世界を取り戻すため。
そして、正義のため。
高い志を柳田家は代々掲げて、強く正しくあろうとする美しい想いは理解できた。ましてや間違っているとは思わなかった───が、それを理解しようとしない愚か者が多い。否、多すぎる。
何を勘違いしたのか。死者が出るのはアースたちの怠慢だと、魔物という脅威から守る意思が希薄だとのたまうのだ。最初は戦いを知らぬ者の言葉など知ったことではないと思ったが、いつしかそれは鋭利な鏃となって突き刺さった。
それは───祖父・柳田 クウゲンの引退だ。
三年前のとある戦いで生還した際、右腕と片腹を失い、右半身の麻痺によって戦線から退いたのだ。
祖父は、少将として恥じない大活躍をしたと部下から聞かされた。感謝してもしきれない、と助けられた者からそう言ってくれた。
誇らしかった。ひどい負傷をしたのは悲しかったけれど、この上のない戦績の末に引退をした。アースとして恥じない戦いをして引退した。
─────だが、世間はそう容易くはなかった。
引退した祖父にかけられた世論は、心の無いものばかりであった。普段から世間の悪意に晒されていた我が家に育ったといえ、見直す声もなく変わらず祖父の引退をそしったのである。
(正義、か)
自分の正義は誰に向けられるべきものか。
それを考えた瞬間から他人がくだらないものになったのだ。アースにならず守られる側を選んだ弱者に価値などなく、畜生にも劣る獣に見えるようになった。
以来、アース以外を蔑み、劣等種と見下した。自分は生まれながらにFlame1だった。エレウシス施術を受ければ更に高いフレームの開放が期待されていた。
それゆえに傲慢だった。世界を救う英雄として生まれてきたのだと信じてやまなかった。文句を言うことさえも許されないほどに強い存在となれると思った。
(私は一体、何を勘違いしてたんだろうね)
しかし、不合格という通知によって学園に失望したのだ。聞けば、更に高い適性を期待された夜神ルナによって自分は落とされたという。他にも不合格を突きつけるべき者も多数存在いるのにも関わらず、自分を落とした。性格に難があり、と一点張りだけで入学を拒んだのだ。
世界を救うアースとなる道も断たれた。
(………柳田家の恥だな)
学園にさえも見做されて、嫉妬に駆られ、短絡的な行動を取ってしまった。世界を侵食する忌むべき《異界》への入り口を自ら開け、挙げ句の果てに最上級魔獣の依代となってしまった。
他人が畜生以下に見えても、柳田家として守るべき世界を差し出すなど、アースとして最もやってはならないことだ。柳田家の歴史に汚点を残してしまった。
(このまま消えたほうがマシ、か)
そうする他に償う方法はない。自分の存在ごと抹消すれば、少しでも濯ぐことはできるはずだ。
(おじいちゃん、ごめん。先に行くね)
そう零すと、返るはずのない返答が来た。
【その程度で何を贖おうというのだ】
(……あなたは?)
【我は魔狼の王、マルコシアス。半ばとはいえ貴様と同化した異界の魔獣だ。その様子じゃ、直感は察していただろう】
(死んだはずでは?)
夜神ルナの刃によって憑依したマルコシアスの魂は消滅したはず。残滓が語りかけているにしては余りにも明確な存在を感じる。
【貴様と我は同化したのだ。貴様の魂にも僅かながら侵食している。まあ、寄生虫のように貴様の魂に縋り付いているちっぽけな残滓に過ぎないがな】
(……なんで死の間際にわざわざ話しかけた?)
【ふん、最後の矜持だ】
すると、目の前に巨大な魔狼が姿現した。四足歩行で全身がたてがみのように逆立った威圧的な体躯に鋭い牙の並んだ顎門から炎が僅かに漏れ出ている。
これが────マルコシアス本来の姿なのだ。
【貴様の正義とやらを問わせてもらおう】
矜持、それは問答を以って果たすことにしたのだ。
【我にとっての正義は何か、理解できるか】
(………)
【我は魔狼の世界を守りたかった。貴様に我の正義が間違っているものだと突きつけられるか?】
できない。沈黙を以って答えとした。
【……一度夢敗れ、再度挑んだが敵わなかった】
世界を取り戻したい。再生したい。
その願いはこちらも同じなのだから。
【正義とて我欲。形はいくらでも変えられ、双方に正義が成立することもあり得る。『世界を守る』という一点のみで我らは同調し、そして、我は負け───貴様らが勝った。ただそれだけの話だ】
(…………お前)
【貴様の失望が暴走し、貴様の正義は未だに潰えていない以上、やるべき事は理解できているだろう】
(でも、柳田家の……)
【知ったことか。貴様が柳田家を名乗るのをやめ、ひとりで戦い続ければいいだけのこと。なに、己が正義をも捨て我と共に消えたければ構わんがな】
鼻で笑うような顔で見下される。あらかさまな挑発に柳田ミツキは、ムッ、と眉間をしかめた。
(…………好き勝手に言いやがって。私は君たちを滅ぼそうとする敵なのにそんなこと言って良いのか)
【ふん、そうか。自信がないか】
(……は? 自信がないだって?)
胡乱だった瞳が燃え上がるものへと変わる。
純粋にマルコシアスの挑発に腹を立てていたのだ。
【アースとは軟弱者ばかり。所詮は魔力を持っただけの脆弱な人間……貴様も雑兵と変わりはないか】
続け様に小馬鹿にするような挑発を続けた。
ぎり、と歯を噛み合わせてマルコシアスを睨んだ。
【弱者に正義を名乗り上げる資格などない。我の正義が正しいものと認め、とっとと体を明け渡せ】
(───断る!貴様の正義など認めない!貴様が少しでも私を乗っ取ろうとすれば道連れにしてやる。有無無象のアースと違い、覚悟はとうに決まっている)
びしっ、と見下すマルコシアスを指差してそう宣言した。挑発に乗せられやすいかと言われれば、否ではあるが『正義』以前に──元々負けず嫌いな性質なのだ。
(────消えろ。私の中から退け!)
だが、それでも前よりは何倍も良い。
牙を剥き出して、息を大きく吐いて笑った。
【ハッ、それで良い。過ちの戒めとして半受肉した我が体と一族の全てを貴様にくれてやろう。今度こそ己の誇りに賭けて、二度と道を違えるではないぞ】
その言葉を最後にミツキは目を覚ました。見慣れない天井で、起き上がると精密機械がいくつも並び、右手首には鉄錠で繋がられていた。
「やぁ、目覚めて早々なんだけど、君がマルコシアスと融合した子、ってことでいいのかな?」
「………! あなたは……」
あっけからんと笑う、いかにもな人好しのような少女だったが、ミツキは彼女を知っている。
「え〜と、柳田ミツキが変異したって話だけど、マルコシアスとはどの程度同調してる?自覚はある?」
────世界最強と呼ばれる五大アース。
それぞれが別の国に所属し、彼らの内の一名が出陣するだけで戦局を大きく変えることができるほどの力量を誇る国士英雄である。
そのうちの一名。
彼女はニホン最大戦力────《勇者》星野ミナ。
「……ッ、大丈夫です。この体の主導権は完全に私だけのものになっていますので……」
彼女を見た瞬間理解した。ここで下手な動きを見せれば、一瞬で消されるほどの圧倒的な魔力を内包しているということを───格が違うということを。
「あっ、ごめんね? 半ば魔人化したとはいえ君を殺そうってわけじゃないんだ」
「……大丈夫です。殺意がないことくらいは分かります」
「そっか、将来有望だね!」
「いえ、私はアース失格です」
マルコシアスに憑かれていたとはいえ、アースたちに手をかけたのだ。罪を犯してしまった以上、これから先に、アースを名乗ることは許されない。
「やり直すことだって……」
「いいえ、それはできません」
遮るように言う。言わなければならない。
やり直そうなどと思ってはならない。
「もしも生きることを許されるならば……この身は世界を救うために戦い続けることを誓う。そのためならば、この体を如何様にも使ってもらっても構わない」
やり直しもできる、それを受け入れてしまっては私の信念が死んでしまう。だから、背負って進むという決意を確固たるものとするのだ。
「……それは覚悟の上?」
「はい、私は代々軍士の家系です。その覚悟くらい教わっています。そして、未熟さと覚悟のなさを先程身をもって知りました」
星野はミツキの嘘偽りのない瞳を見つめた。
しばらくして、ふっ、と解けるように笑った。
「うん、あの人が連れてきただけあるね。でも、ほら、ボクも女とはいえ、女の子なんだから少しは隠しなさいね」
「………はい」
ミツキは放り投げられた白い布で体を隠した。学園を襲撃した際の獣らしい姿とは違い、より人間寄りとなっている。尻尾が生え、爪が鋭く、獣耳が生えた人間らしさが随分と残った半獣人の状態だ。
「検査では今の状態が正常と出てるけど、元の姿には戻せないの?」
「この状態のままになると思います。魔術で誤魔化すことはできるので街に出歩く分には問題ないです」
それに、とミツキは続けた。
「この状態以上に魔人化することもないかと」
「ん、どういうことなのかな?」
「マルコシアスは最後に……私に半魔の体を残して消滅しました。肉体を変質させる【原典】が消えた状態では魔人化が進む事はないはずです」
「なるほどね。夜神ルナが斬ったのは君ではなく、マルコシアスだったという訳かな」
マルコシアスは元々誇り高い魔狼の王だったが、仲間殺しをし、意地さえも捨てたが、最後の矜持だけは捨てずに消滅した。
「……はい。なので、この状態以上にもならず、以下にもならないかと思われます」
真面目に真剣な話をしつつも、何やらうずうずとしながら星野ミナの目はずっと上の方を向けていた。
その視線の先は───ぴこぴこと動く獣耳だ。
「あの、何か……?」
「………その耳、触っていい?」
「えっ? 良いですけど……ひゃん!?」
ノータイムで触られ、変な声を出してしまった。
「や、やぁ……そこは触ったちゃらめぇ……ッ」
モフモッフ、モフモフと無言でモフる星野。
世界最強の一人といわれる彼女に単純な力で抗えるはずもなく一方的に耳を触られ続けた。
しかし、これも罰なのだ、と何処かズレて生真面目だったミツキは受け入れ忍耐した。
「んっ……はぁ、くぅっ……!」
「ん〜〜! 思った通り柔らかい〜〜」
その後もモフり続け、勇者は大いに満足した。
読んでくださりありがとうございます。
魔物情報
獄炎狼マルコシアス(魔人)
対応人数目安(出現時):Flame6 6名
対応人数目安(討伐後):Flame7 4名
本来狼の魔物だが、柳田ミツキと融合して獣人型となった。完全体のまま出現した場合は準魔王級といわれ、下手すれば学園ごと滅んでいたかもしれない大魔獣である。
若干弱体化したとはいえ脅威度は高く、最上級に分類されている。元となった素体の性質上、速度面ではさらに特化し、対人にも強かったため目安は多少、上修正された。




