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愛の人形遣い  作者: Blue D
3/3

復元



ユベリオ・マルティーノ。

ルクス王国の中でも有数と言われる名門の魔法学園

【サクスハライド】の男子生徒にして、王国に古くから存在する貴族、マルティーノ家の子息である。

まだ彼が学園に入学して少ししか経っていないが、彼の入学試験での出来事は既に王国の中でも噂になっている程だった。

平均点が30点を割るという超がつく難問のうえ、その内のひっかけ問題が8割を占めるというなんとも極悪なテストで満点。

過半数がここで脱落するという、魔狼の潜む広大な森の中を、グループで要人警護しながら一周する試験では、王国始まって以来の最短記録でゴールし、しかも合格した生徒の殆どが魔狼から逃げ切ってゴールするのに対し、

ユベリオは魔狼を()()()()()()上でゴールするという格の違いを見せつけた結果となった。

さて、この【サクスハライド】には、「ギルドシステム」と呼ばれるものが存在する。

通常、魔物の討伐、希少価値の高い霊草の採取、

果ては街の大掃除に至るまで、手に負えない問題はどこの街にも必ずある冒険者ギルドに依頼するのが一般的なのだが、この学園ではそのギルドの真似事をしているのだ。

真似事といってもシステムに本物と遜色は無く、A、B、C、D、Eの5段階によって学生がランク分けされ、自分の実力にあった依頼を受け、ポイントによって管理されているランクを上げていくというものである。

学園の卒業時のランクの高さが就職する場所の一つの指針となるので、自分のランクを高める事で将来的に進む道が良くなって行き、もしAランクまで辿り着ければ王国付きの魔導騎士団や、魔法省庁への採用も間近となる。

原則として生徒が入学した段階では全員がEランクからスタートするのだが、ユベリオはその入学試験の出来事から、特例としてDランクからのスタートが認められている。

これだけを見ると、魔法が使えるとはいえ、わざわざ経験の浅い学生に依頼する位ならと、屈強な男たちの揃う冒険者ギルドへの依頼が集中し、学園など相手にされないと思うのが普通なのだが、学園もそこまで馬鹿ではない。

本物のギルドと違って営利目的では無い学園は、依頼料をギルドの約半分程度にする事により、ある程度の数の依頼を確保する事が出来ているのだ。

生徒たちは一部の将来が決まっている者を除いて、

皆自分の将来のために仲間を集め、ランクを上げるのに必死に依頼をこなしていくことになる。

そうして生徒達をふるいに掛け、より良い魔法使いを

育成していくことこそが、学園の運営目的であった。






ーーーーーーーーーーーーー



「ーーー魔力の枯渇が起きる、ですね?」


突然発せられた声の元に、皆が揃って顔を建物の入り口に向けた。

爽やかな青年だ、とリロイは彼を印象付けた。

深い藍色の瞳、明るい茶髪に、黒を基調とした制服のようなものにスラリとした体躯を包ませ、微笑みを浮かべた青年がそこにはいた。

身なりはしっかりしているが、まだ幼さが残るその顔をみると、ミストよりも数歳上ーーーーまだまだ子供だろうという事が分かる。

皆が突然現れた人物に呆気に取られていると、ユベリオは何かを察したかのように話し始めた。


「これは失礼。私、ベイン・ラスタルトという方から依頼を受けて参りました、【サクスハライド】のユベリオ・マルティーノと申します。この中に、そのベインさんはおられますか?」


品のある動作で軽く礼をしながら挨拶をしたユベリオ。一人一人の反応を伺っている様子を見ると、どうやら依頼主であるベインを探しているようだ。

なるほど、恐らくリロイが探しに行っているという事を知らなかったので、組合の方でも手を打っていたという訳か、とティアは冷静に判断する。


「やあ、よく来てくれた。私がベインだ」

「どうも。早速依頼の話なのですが…何でも、この街の魔法具【マジックアイテム】が盗まれたそうですね」

「……ああ、それなんだがね……」





「ええっ!?取り戻した!?」


ユベリオの動揺を隠し切れない叫び声が館内に響き渡った。

それもそのはず、意気揚々と依頼を引き受けアルディノスまでやって来たというのに、いざ来てみたら受けたはずの依頼が既に完了していたというのだから。


「し、しかし、聞いた話では、盗んでいったのは十数人規模の野盗のはずですが……」

「それは、この方達のお陰なんです!」


リロイが興奮気味にユベリオに向けて説明を行った。

内容は先程ベインに聞かせたのとほぼ同じである。



「彼女達が……?どうにも胡散臭いですね……」


ユベリオは ミスト達を横目でちらと見やったが、直ぐにまた視線をベインに戻した。

彼等、と言わないあたりミストを眼中にも入れていない事が言葉の端に表れているが、それは自分の力に自信を持っているからだった。

ユベリオは生まれつき保有する魔力量が並の魔法使いよりも数倍多く、魔法使いとしての才能に恵まれていた。しかも、親の英才教育により、その才能をさらに伸ばすことが可能な状況であった。

元々の才能もよく、教育も文句の付け所がなかったが、何よりも彼の魔法使いとしての力を伸ばせたのは

彼自身の努力によるものだろう。

家専属の魔法使いによる講義が終わった後も、友人と遊ぶ時間を削って魔術書を読み漁り、魔法の極みに近づこうと必死だった。

何故ならば、マルティーノ家では「突出した一つの才能をひたすら伸ばす」という事を子供の教育方針にしていたからだ。

ユベリオには二人の兄がおり、長男は絵画の才能、

次男は音楽の才能をそれぞれ幼い頃に発現させた。

長男には専用のアトリエをいくつも用意し、次男には

完全防音の個室や、小さいながらもコンサートホールを用意した。

子供の為なら金に糸目はつけない両親だが、そうした方が後で金が数倍になって帰ってくると分かっているからだ。



「し、しかし、問題がなくなった訳では無いぞ!

君も言った通り、この石には魔力が今現在全く無い状況だ!ベイン・ラスタルトは今をもって魔法具奪還の依頼を、魔法具復活の依頼に切り替える!

ーーー出来るかね?」

「ーー勿論です」


そうきたか、とユベリオは思案しながらもベインの提案には即答しておく。

実際、依頼が変更されるという事態は、まだギルドシステムを利用してから経験が浅いユベリオも何度か遭遇したことがあった。

この場合、既に聞いていた依頼の内容と違うものになるので、準備が不十分である事や自分に不向きなものになってしまう事がままある。

その為、依頼の難易度が跳ね上がってしまうのだが、見事遂行出来れば依頼主に学園の方へ依頼内容の変更があった事を口添えしてもらい、その内容にもよるが大体の場合報酬とポイントを三倍近く受け取ることが可能になる。

「依頼の変更があったにも関わらず、臨機応変に状況に対応した」といった風に見做されるためだ。



(さて……どうするか)


ユベリオは、ベインの手から離れ、現在は机の上に置かれている石をそのまま何かを考え込むかのようにじっと見つめたまま動かなくなった。


「しかし組合長、森の魔力を自動で供給できるあの湖へ持っていったらいいのではありませんか?そうすれば直ぐにでも使えるようになるのでは……」


リロイが最初から感じていた疑問をぶつけた。

確かに元の場所に戻せば一番手っ取り早いような気がするがーーー


「いえ、恐らく無理でしょう」


しばらく黙ったままだったユベリオに、その考えはいとも容易く打ち砕かれた。


「実際に石が機能している状態で動かし続ける『燃料』の魔力は森の魔力でも事足りますが、一度魔力が空になった状態の石を機能させる『起動』は、

並外れた魔力が必要になるはずです。

ーーー重くて大きい物を押しながら動かし続ける事は出来ても、止まった状態から動かし始めるまでにはその数倍程度の力が必要になるように」

「そ、そんな……」


思い当たる中で最善の策であると思っていたものを

否定され、リロイは残念そうに肩を落とす。

ユベリオはその姿をちら、と一瞬横目で捉えはしたが、また直ぐに石の方へと視線を戻す。


「……やるか」


一体何をするつもりなのかと、側で見ていたミストは純粋な好奇心に目を輝かせた。

その姿を怪訝そうに見やるも、特に自分への影響は無いだろうと考え、ユベリオは机の上に置かれた石をそっと両手の中に収め、握りしめる。

そのままゆっくりと目を閉じ一つ、二つ深呼吸をすると、意を決したように両目を見開いた。


「…はあっ!!」


ーーー刹那、握り締められたユベリオの両手から水色の魔力の奔流が勢い良く迸った。

美しい流線型を描くその魔力はまるで水が自在にうねっているようで、その場にいた誰もがーーー特にミストは興奮した様子だったがーーー息を呑んだ。

まず間違い無く、石に魔力を込め直しているのだろうなと考察するリオン。腕を組み、静かにその様子を窺っている。


(いける……少々消費は大きいが、魔力の転送は順調だ……この調子で…………ぅっ!!?)

「ユベリオ君!!」


ガクン。

しばらく魔力を込めていたユベリオが、まるで全身から力が抜け切ったように膝から床に崩れ落ちたのは、ベインが叫び声を上げる少し前だった。

しかし、美しい流線型の魔力の奔流は未だに彼の開かれた掌から止まってはおらず、絶えず形を作り続け石の中に入っていき、石は既に四分の一程度の蒼い光を宿している。

その色は、石が持つ本来の姿にも、ユベリオ自身の水色の魔力と石の地肌ーーー黒色が混ざり合ったかのような色であるかのようにも思えた。


(何だこれは……魔力が……吸われる!?まずいっ!!)



ユベリオの開かれた手の指先がプルプルと痙攣しだす。その振動は直ぐに体全体に伝わって行き、ユベリオの体を激しく揺さぶった。その姿を見ているものが思わず危機感を覚えてしまうほどに。


「くそっ!」


木を張り合わせて作られている床がミシリと音を立て、ベインは必死の形相でユベリオに駆け寄った。

魔力の転送に失敗したのは、彼の尋常ではないその様子から誰の目にも明らかだったからである。

そのまま彼の手から未だ離れずにある石を奪い取ろうとしーーーー


(ーーーダメだッ!!)


ユベリオの必死の制止はベインに届くはずもなくーー

口元が痙攣を起こしているので当然だがーーベインはそのまま彼の掌の上の石をむしり取るように奪った。


瞬間、まるでダムにせき止められていた水が決壊するが如く石から水色の魔力が一気に噴出し、行き場を失った魔力は高エネルギー体となって、無差別的に勢いよく辺りに散り出した。


「!!!」


自分たちに牙を剥いた魔力の塊に対して、リロイ、ベインはぎゅっと眼を瞑った。

ーーいや、瞑る事しか出来なかったのだ。

あまりにも一瞬の出来事で、生来人間が持つ生物的な

反射しか表に出すことができなかったのである。

その瞬間、リロイは過去に二度感じた、あるものを

思い出していた。

一度目は幼い頃遊びに行った湖で溺れた時、

二度目は3日ほど前、大勢の野盗に追われていた時。

ーーー死の気配である。

どうしようもなく逃げ出したくなる程の焦燥と、とてつもない嫌悪感が同時に背中の辺りを駆け巡る独特の感覚は忘れられる筈もなく、今も記憶の奥底に居着いていた。



ーーー水色の魔力が眼前に迫ってから数秒。

想像していた衝撃が起こらないことを不思議に感じ、固く閉ざされた二人の瞳がほぼ同時に開かれた。

恐る恐る、目を開けて凄惨な光景が目に飛び込んで来ないように、ゆっくりと。

目を開けた両者の目に飛び込んできたのは、薄緑色の

巨大な球体に包まれた暴れ狂う魔力の奔流だった。

美しい真円を描くその球体は、激しい衝撃を受けながらもその形を変える事は決してなく、堂々と鎮座するその姿は威厳すら感じられる程だった。


「ふぅ……ティア、ありがと。助かったよ」

「いえ、この程度、どうと言うこともありません」

「……………!!」


一瞬、ユベリオは目の前で起きた現象を理解する事が出来なかった。

いや、自分が魔力の転送に失敗し暴走させた事についてはまだ分かる。魔力を持たないであろう一般の人間に危害を加えそうになった事は非常に申し訳なく思うし、自分がいくら責められようと文句を言える立場ではない事ははっきりと自覚していたがーーー

ーーーしかし、自分のありったけの魔力を易々と受け止められた事とはまた別である。

ユベリオの中で、あのメイドは何者なんだという思いが膨らんでゆく。


「な、なんと………」


ベインは、先程の一件があの少年の側で控えているメイドによって解決された事を悟り、驚愕に目を見開いた。


「あの……助けて頂いてありがとうございます」

「……いえ」


リロイがティアに向かって深く頭を下げて感謝の意を示し、ティアはそれに対して謙虚に受け応えた。


「さ、ユベリオ君。立てるか?手を貸そう」

「いえ……大丈夫です…それより、本当に申し訳ありません……私の不注意で皆さんを危険な目に合わせてしまって……」」


まだふらついていたようだったが、ベインに手を借りて何とか立ち上がったユベリオ。

その表情には隠しきれない動揺が広がっていた。



「うむ……しかしこれで完全に手立てを失ってしまったわけだが……どうするか……

いや、まてよ……?」


ベインはしばらくの間複雑な表情をして考え込んでいたようだが、急に何かを思いついたかのようにくるりと体の向きを変え、白と黒のメイド服に身を包んだ人物に話しかけた。


「ティアさん……といったかな?あれ程のとてつもない魔法を行使するのだ…高名な魔法使い【マジックキャスター】とお見受けする。どうだろう…私の依頼を引き受けてはくれないかね?」

「お断りします」


瞬殺だった。

最早食い気味な程早くティアは返事を返す。

そこにあるのはいつもの無機質な表情で、彼女の心の内は一切感じ取れない。


「ーーーというより、私では不可能ですので」

「……そうか…うん……ではどうするか……」

「彼に頼むと言うのはどうでしょう!!」


二人が会話しているのを遮るようにロビーに明るい声が響き渡った。

そこにあったのは確信と希望。

まるでそうする事が最善と言わんばかりの声色に、

ベインは訝しんだ目線を向ける。


「リロイ……彼とは一体誰なんだ?」

「もちろん、こちらの方ですよ!!」


先程までのやり取りはミストにとって普段見る事のないもので、また先程のような魔法が観れると年相応の可愛らしいワクワクとした表情を浮かべた。

ーーーそれもリロイの広げられた手が、自分の方を向くまでの短い間だったが。

まずミストは、リロイが自分の方向に手を向けたので背後に誰かいるのかと思い、くるりと後ろを振り返った。が、しかし誰もいないので頭上にはてなマークを浮かべながら自身の右側に立つリオンを見る。

そうしたら、豊かな双丘を組んだ腕の上に乗せて得意げな表情をした騎士が自分の方を見据えており、

左側のティアを見ると、相変わらず感情の起伏が乏しい表情ながら、リオンと似たような雰囲気でこちらを凝視しているではないか。

ここで初めて、彼の頭上のはてなマークはビックリマークに変わることとなる。


「えええええっ!!?ぼ、僕ですか!?」


いきなり矛先が自分の方に向いたことに対して、くりくりとした大きな瞳を白黒させて驚くミスト。相当に動揺しているのか、開いた口はアワアワと挙動不審な様子である。

見ている分には良いが、実際にやるとなると話は違うと言うことだろう。ぶんぶんと癖っ毛の頭を振り、必死のアピールをする。


「無理無理無理無理!!無理ですよぉ!絶対に出来ません!」

「いいえ、そんなことはありません。三日前の晩、

私はあなたに命を救っていただきました…その時の事は、今でも仔細に記憶しています」

「そ、それは僕じゃなくってリオンが……」

「ですが……彼女を喚び出したのはーーー」


「ーーー話を遮るようですみませんが…彼には不可能だと思いますよ。ティアさんには感じられる体を包む魔力の帯が、彼には全くありませんからね」


フッ、と微笑んだその笑みは完全に嘲笑の類だった。どう見ても自分の方が優れているという優越感に浸っている発言だったが、それは自分の失態で周囲に迷惑をかけ、更にはそのミスをメイドにフォローされるという今のどうしようもない状況の中、「自分にできなかったことがこの少年にできるはずがない」というユベリオの最後の自尊心の表れだった。

その嘲るような物言いは通常であれば人をムッとさせるものだったが、追い込まれた状況下にあるミストには渡りに船にしか感じられなかった。


「そ、そうですよ!魔力と言われても僕、よく分からないし……出来るわけーーー」

「ーーーおい貴様…マスターを侮辱することはこのリオンが許さんぞ。この程度、マスターに出来ない筈がなかろう。さ、こちらをどうぞ……そのお力、存分に奴に見せてやってください」


あああああああぁ。

やめてぇぇぇぇぇ。


一瞬で天国から地獄へ叩き落とされ、引きつった笑みを浮かべたまま半ば強制的に石を握らされるミスト。


「うぅ……ティアぁ……」

うるっ。

「心配いりません……ご主人様なら『必ず』出来ます…ですので、その様な顔をなさらないでください」

「うぅ、わ、分かったよぉ…」


もはや完全に退路は断たれている。

周囲からの期待と希望が織り交ざった視線が、ミストには針の如くチクチクと突き刺さっているように感じられ、背筋を嫌な汗が流れ落ちる。

それでも、やるしかない。自分が出来なければこの街の人達が困ってしまうのだから。


「えっと……確か……」


ミストはすっかり元の黒色に戻ってしまった石を両手の中に収め、ぎゅっと握りしめる。

そのまま何度かもぞもぞと手を組み替えたり、ひっくり返したりしていたが、意を決したように幼い顔を引き締めると、石を持つ手に強い力を込めた。


「ぅむむ……やあっ!!」


ーーーどうみても先程のユベリオの物真似なのだが、そもそも魔力の転送などやり方もわからない彼にとっては、これが自分の取れる最善の行動である事は間違いないだろう。

ミストが声を上げてからもう十数秒経つが、特に変わった様子もなく、石は変わらず彼の小さな手のひらの中に収まっている。

それを見たユベリオは、誰にも悟られないようにひっそりとほくそ笑んだ。

魔力の放出も出来ない者と、結果的に失敗はしたが魔力の放出には成功したもの、比べればどちらが優秀か

は明らかだーーーと。


「無理だと言ったでしょう。まぁ、これだけの人前で

やろうと思ったその度胸は讃えますが……」


ユベリオが一歩前に踏み出て皮肉を飛ばす。


「まあ、そこのメイドは絶対出来るとか言ってましたが、完全に見当違いだったというわけーーー」

「ーーーご主人様」


ユベリオの話を遮るようにティアが未だ石を持ったままのミストに話しかける。

ユベリオについては完全に無視することに決めた様だ。


「私は『絶対』出来る、と申し上げましたが、それはご主人様自身がなされるという意味では御座いません」


何をバカな、とユベリオは心中で嘲笑する。

この少年がしなければ一体誰がやるというのか。

ここにはもう他に魔法を使えそうな人間は一人として

居ないのだから。

そんな彼の考えをよそに、ティアはミストの手を優しく両手で包むと、少しーーーほんの少しだけ微笑んで

語りかけた。


「簡単な話ですよ。大量の魔力が必要なら、高度な魔法が必要ならーーーそれを扱える者に『させれば』良いのです。」

「…………!!!」


一瞬、ぽかんとしていたミストだったが、ティアの考えに直ぐに感づき、何かを思い出したかのような表情になった。

そこには、魔力の転送に失敗して肩を落としていた少年の影は全くあらず、前を向いて得意げに眉を釣り上げる勇ましい姿のみがあった。

ミストは一度テーブルの上に石を置くと、皆の中心に

進み出て手のひらを上に向けたまま前に突き出し、呟く。


「ーーー人形の館【ドールズ・ハウス】」


刹那、ユベリオの背筋を生暖かい物が流れた。同時に

ぞくり、と嫌な感覚が胸の中に迸り駆け巡る。

目の前の()()は、先程までは何の変哲も無い少年で、魔力などかけらも感じられなかったのに、今は側のメイドなど比にならないくらいのーーー

いや、いやいやいや。ちょっと待て。

()()()()()


こんな魔法は見たことも聞いたことも無い。

ーーーそれに、少年の手のひらに乗るほどのミニチュアサイズの家からは、複数の魔力の気配を感じる。


『さあ、おいで……プリム……』


ミストが慈愛を込めた声色で呟くと、ミストの手から強い閃光が放たれ、その場にいた人間の目を塞いだ。

数瞬の後、ユベリオが眩んだ目をゆっくり開くとーーーーそこには、一人の少女が佇んでいた。


この辺りでは珍しい純黒の頭髪を肩口の辺りで綺麗に切り揃え、それに合わせるように瞳も同じ色をしている。華奢な体躯やその整った顔立ちは可憐な百合の花を思わせ、見る者の目を捉えて離さなかった。

頭には魔法使いが好んでかぶる三角の帽子を乗せているのだが、その大きさが通常より三分の一程度の小さいものなので、ちょこんと頭に乗せているだけになってしまっている。

しかし、それが端正な顔立ちと相まって妙に可愛らしく映えている。


「やあ、久し振りだね、プリム」

「…………?」


プリムと呼ばれた少女はミストの問いかけに答えず、

その場でぽーっとしているようだったが、半目に開かれた眼だけは見下ろしたミストをしっかりと捉えていた。


「あ……ごめん、寝てたところだったのかな?」

「……………!!!」


しばらく状況を飲み込めていない様子の彼女だった が、申し訳なさそうに頬をかき苦笑いを浮かべるミストを見た瞬間、これでもかと言うほどに眼をいっぱいに見開いた。

驚愕、歓喜、憧憬、その他いくつもの複雑な表情をその可愛らしい顔に並べており、見る者を困惑させる原因となっている。


「み、みみみ、み……」

「……?」


突如として、少女が俯いたまま静かに奇声をあげ始めた。

突然呼び出したことによる意識の混濁か、とミストは心配そうな顔で彼女の顔を覗き込む。


「ミ、ス、ト、さ、まぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ、あぅわっ!!」


ガバッ!!ゴンッッ!!バタンッ!


どこかで聞いたことのあるような鈍い音を立ててプリムが物凄い勢いで床に倒れこんだ。頭には何かがぶつかったような跡とコブができてしまっている。

後ろでリオンが苦虫を噛み潰したかのような表情でティアを睨みながら自らの額を抑えているのは、ひとまず置いておくことにしよう。


「あぅ……いたた…ティアさん、酷いですよぉ」

「黙りなさいこの痴女。貴女…今までご主人様にしてきた事を忘れたの?」

「え?何かありましたっけ?」


はぁぁぁ。とティアは深い深い溜息を放ち、その若菜色をした頭を抱えた。

この女の頭の中は綿でもふんだんに詰まっているのか、もしくはドロドロに腐りきって発酵してしまっているに違いない。


「マスターの下着を窃盗、惚れ薬投与未遂、入浴中に無理やり乱入、その他のストーキング行為等々……全て挙げると日が暮れてしまう程の数だな…」


スカーレットがプリムの代わりに説明してやる。語る途中で過去にあった出来事を思い返し、うんざりするような呆れ顔をしている。


「ま、まぁまぁ…プリムの行動にだって、何か理由があるに違いないよ…惚れ薬の件だって、効能を試したかっただけだろうし…。下着……は何に使うのかは分からないけど……」

「そうです!盗んだんじゃありません!少し借りていただけーーー」

「ーーー何なんだ!!君達は一体!!」


突然、和気藹々とした空気を切り裂くかの様にユベリオが大声を上げた。その声には、理解できないものを警戒するニュアンスが含まれている。


「人を喚び出す召喚術師【サモナー】なんて聞いたことがない!それとも、彼女は人外なのか!?」

「……こいつなんなんですか、ミスト様。いきなり失礼しちゃいますよ。でも……ミスト様が何者かも分からないなんて、哀れですねぇ」

「何!?」


急にわめき出したユベリオに対して、プリムはあからさまに嫌な顔をして、火に油を注ぐ様に彼に対して煽る様な台詞を浴びせかける。

ユベリオを見るその瞳には、明らかな侮蔑と嘲笑の色が浮かんでいた。

まるで、ライオンがネズミに向けるような、絶対的強者の余裕が彼女にはあったのだ。


「ダメだよプリム、喧嘩はいけないよ」

「あぅぅ……すみませぇん……」


二人の様子を見ていたミストはするりと二人の間に体を割り込ませ、プリムに対してまるで老練の教師が生徒に諭すような優しい口調で語りかけた。

子供が自分よりも年上の人間に対して宥めるような

言動をしているにも関わらず、不思議とその場にいる人間は違和感という感情を抱くことは終始として無かった。

まるでそうあるという事が当然であるというように、誰の考えもが共通していたのだ。

その認識は宥められていた当人にも一致するのか、

プリムはシュンという擬音が聞こえてくるかのような

感じで落ち込んだ風に頭を垂らした。

それと一緒にまるでおもちゃの様な小さい帽子も、本人の心中を映すように先端がだらんと下を向いてしまっている。


「あの……ユベリオさん……すみません、失礼な事を言ってしまって」


体の向きを変えてペコリ、とその小さな体を折ってみせるミスト。

その誠実な姿に、動揺していた様子のユベリオの表情からは、緊張したものがいくらか取り除かれていく。


「い、いや、こちらも唐突な事で混乱してしまった。

よくよく考えれば、姿を認識させない魔法や光の反射を操り物を透明にするという魔法も稀にではあるが存在すると聞く。

君の魔法も、そういう類のものなのだろう?」

「??いえ、違いますけど……」

「は?」


「彼女達は、僕が()()()()()()

僕はーーーー人形遣い【ドールマスター】ですから」








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