第六話 運命改革へ・・・
ガタン!
扉のようなものが開けられた音が聞こえ、僕は目を覚ました。
視界がぼんやりしてどこにいるかはハッキリ認識できない。
体を動かそうと前のめりになったが、何かに拘束されているようで完全に自由に動けるわけではなかった。
誰かが隣に入ってくる。
やけに懐かしく感じる甘い香りを漂わせながら。
顔の輪郭、髪型、背丈、それは間違いようもない女の子・・・。
それはここが夢の世界であるのか、この世でないところ、はたまた現実であるかどうか一瞬理解できないかったくらい驚いた光景だった。
そう、扉を開けて隣に座りこんできたのは、まぎれもない僕の妹の有紗だ。
僕のたった一人のかけがえのない妹、有紗・・・。
無事だったんだ。
「有紗・・・。」
僕はそう呟き、涙を流しながら有紗に手を伸ばそうとした。
有紗はたい焼きを頬張っていたが、手を伸ばしてきた僕に驚いた様子を見せ「きゃっ!」と言った。
「お兄ちゃん! 何!? びっくりさせないでよ~」
有紗は目をぱちくりしながら、涙ぐんでいる僕を不思議なものをみるかのように見つめていた。
「なんでお兄ちゃん泣いてるの?? お勉強が難しいから??」
有紗は困ったような表情で僕を見続けていた。
僕の意識はほぼ完全に戻り、車の中の後部座席に座っているのを確認した。
体が少ししか動かなかったのは、シートベルトで固定されていたのだ。
そして前方の助手席の扉が開き、また誰かが入ってきた。
「勇夢の分もたい焼き買ってきたわよ! 食べる? あら?泣いてるみたいだけどどうしたの?? 車酔いでもしたの??」
その聞きなれた声・・・。
もう二度と聞くことができないと思っていた。
特別綺麗な声でもないが、僕にとっては子守歌と同等なくらい心地いい声。
まさしくその声の持ち主は母さんだ。
母さんも有紗同様に、きょとんした表情を見せ、不安げにこちらを見つめてきた。
叶うことのないものだと思っていた奇跡の再会が僕に身に訪れ、感動のあまり涙が止まらない。
いままでの出来事は夢だったのだ!
あれは全て現実ではなく、長いこと悪夢を見ていたのだ。
こうして有紗、母さんも現実に存在している。
意識だってこんなにハッキリしているのに、二人ともこの世にしっかり存在しているのだ。
ふとつい最近ケガしていた腕の傷が気になり、右腕を確認してみた。
ケガどころか、かさぶたの一つも僕の右腕には存在しなかった。
やはり、あれは完全なる夢の世界で負った傷だ!
あのことが現実ならば、今もこうしてケガを負っているはずだ。
あんな不幸な出来事が立て続けに起こるなんて現実の世界じゃありえない。
受験勉強という僕にとってのストレスの根源が生み出した悪夢だったのだ。
やけにリアルな悪夢だった。
甘く柔らかな香りが車内を漂い、僕の食欲も少し沸きつつあった。
それを頬張り、優しな笑顔で見つめあっている二人。
二人を眺めているとすごくホッとした。
リラックスしすぎたせいか、少し用を足したい気分になっていた。
「うん!ありがとう! けどトイレに行きたくなったから行ってきてから食べるね!」
と言いつつ僕はパーキングエリア内のトイレへ向かった。
外は雪が降り続き、非常に肌寒い。
こんな悪天候だというのにパーキングエリア内の駐車場にはびっしりと車たちが並列している。
雪解け水や車が運んできた泥付きの雪に脚をとられないよう気を付けて進んでいく。
パーキングエリア内に到着し、トイレを探していると喫煙所に父がいるのが確認できた。
ちょうど吸い終えたところのようだ。
父は煙草の箱をコートのポケットに直すと、僕を見つけて
「おぉ 先に戻ってるぞ。」
といって肩をすくめて車の方へ戻っていった。
すごく寒いな、僕も用を足して、早く戻ろう。
・・・・・ん??
その時は僕は何か違和感を感じた。
以前にもこんな感じ風景を見たことがある。
背後から冷たく凍えるような強風が、僕に嫌なことが起こるというのを知らせてくれるように思った。
僕はとっさに振り返り、車の元へ歩んでいっている父の背中を見つめた。
その遠くに見えるハイウェイへの入り口・・・。
所々雪がこぼれて、いつ車がスリップしてもおかしくない状態だ。
僕は、踵を返し車の元へ駆け出した。
全速力で、吹き抜ける風よりも速く走れるように。
父はまだパーキングエリア内を出て間もない所で車の行きかいを気にしながら、駐車場内に入ろうとしていた。
右手には車のキーが握られていた。
僕は父の背後から全力疾走したまま、ひったくり犯のように左手で父の指から車のキーを奪い取った。
父は「うわ!」といって少しのけぞったが、犯人が僕ということを確認して
「勇夢!! 何をするんだ! 危ないじゃないか!」
と大きな声を発した。
僕は、決して振り返らなかった。
1秒も無駄にはできないからだ。
父もキーを奪ったのが、息子である僕なので追ってはこなかったが幸いだ。
駐車場の真ん中あたりまで来ると、僕たちが乗ってきた車体が確認できた。
特別大きくはないが、白くて綺麗に手入れがされているのでよく目立つ。
隣には黒いボディの車が2台停まっている。
この嫌な予感は決して間違いではない。
これから起こる出来事は、間違いなくあの・・・。
僕はどうにか、車までたどり着き運転席の扉を手荒にこじ開けた。
母は目を見開き、豆鉄砲を食らったかのような表情をしていた。
「勇夢! 早かったのね。 お父さんは?」
僕は答えない。
かなり息切れがしていて、心臓の鼓動が車内に聞こえるんじゃないかと思うくらい強く波打っていた。
こんな状況だが、いままではかなり冷静に物事を判断できていた。
父をあの出来事を説得して車を動かしてもらう手もあったが、それは父に理解を得れる可能性はほぼ0%だ。
あまりにも、現実離れしすぎている出来事だからだ。
「お前はゲームのしすぎで、夢の世界と現実を区別できなくなってきている。脳か精神に異常をきたしている!」と言われかねない。
それより、父からキーを奪い取り僕が運転していて安全な場所へみんなを避難させるほうが確率は高いと思ったからだ。
しかし、いざ運転席にのってみると思ったより複雑で、実際の車の運転なんてゲームセンターの車のレースゲームをするように簡単だと思っていた僕の考えは非常に安直だった。
とりあえず、ハンドルの右手の下のあたりに鍵穴がありそこにキーを差し込むとエンジンはかかることは父の運転を百回以上は見ているのでわかる。
車のキーを鍵穴に差し込み、右にすこしひねった。
キキキッ グォーーーン!
「きゃっ! 勇夢! 何??」
母親が驚いてあたふたしている。
母の声に戸惑っている場合ではない。
すぐそこにはあの魔の手が押し寄せているのだ。
僕は、ためらいもなくアクセルを踏み込んだ。
ブォーンとエンジン音が鳴り響いた。
しかし、車は杭か何かで固定されているかのように全く定位置から動かなかった。
もう一回アクセルを踏んでみる。
エンジンが再びなっただけで、やはり動かないままだった。
「勇夢! 何しているの!! やめなさい!!!」
母の手が僕の左手を握り締めた。
僕はなにも言わず、それを振りほどいた。
アクセルを踏みしめているが、依然として音を上げたままだ。
なんで動かないんだ!!! このままだと全員助からない! どうしてなんだ!? クソッタレ!!!
右手の拳を、運転席と助手席を隔てているレバーのようなところに打ち付けた。
すると偶然にも僕の拳は、Bとかかれたボタンを叩いていた。
車の速度メーター付近に書かれているPと書かれた英語の表示がBに変わった。
すると、車が急に滑り出したかのように発進した。
急に前に投げだれたようか感覚になり、車内は二人の悲鳴がいきかっていた。
僕はとっさに右にハンドルを切った。
急な出来事だったので、踏んだアクセルを緩めることも、前を目視することもできなかった。
「いやぁああ!!!! ぶつかる!!!!!」
母は悲鳴を上げながら手を挙げた。
気が付けば、パーキングエリアと駐車場を繋ぐ入口付近に車は移動していた。
このまま直進すれば、ガードレールに衝突する!
僕はまた右にハンドルを切った。
方向を急激に変えられてスリップしそうになり、車体の左後部がガードレールにぶつかった。
しかしどうにか正面衝突は間逃れたようだ。
車はガードレールを少し擦りながら右へ方向を変えた。
そのまま直進していく。
父が向かい来る僕たちの車を見つめ、今まで見たことのない表情をしていた。
運転しているのが僕というの認識すると父は、通り過ぎていった車の後を追ってきた。
僕は車がパーキングエリア内に近づいたのを確認してブレーキを踏んだ。
キュルキュルと音を立て車はパーキングエリア内の段差を少し乗り上げてしまったが、ぎりぎりポールにあたることなく停止した。
母は頭を抱え、有紗は驚きと恐怖のあまり泣いていた。
それから20秒ほどして、運転席の扉が勝手に開いた。
ごつごつした指が伸びてきて、車内のPというボタンを押した後その指がぼくの右腕を強く握って体ごと車内から引きずり出した。
少し煙草の香りがして誰であるかを悟った瞬間、僕は顔を物凄い勢いで叩かれた。
右頬が痺れ、口がヒリヒリと痛み出してきた。
見上げると、父が鬼瓦なような顔になって僕を見ていた。
「勇夢! お前は何やってるんだ!! 何をやっているのかわかっているのか!?」
激しい痛みが顔をじんじんと伝う。
この痛みがこう明確に感じることができる。
これは現実なのだ。
彼らも現実の生としてここに存在している。
「一旦後ろに乗れ! お前の頭は大丈夫か?」
そう言って父は運転席のドアに手をかけた時だった。
キキキキーッ!
何かが地面をこするような高い摩擦音が聞こえたと同時に、すさまじい破裂音と地面が揺れ動くような激しい衝撃がパーキングエリアに響き渡った。
パーキングエリア内がざわざわとどよめき始めた。
コンビニやカフェ内にいた人たちも、なんだ?なんだ?と外に出てきた。
中の人たちも聞こえるほどの破壊的で強烈な音だった。
しかし、僕はみんなほど驚かなかった。
驚くことができなかったというのが正しい。
あの出来事を僕が体感したのは、予知夢だったのか?
父はさっきの怒り狂った表情を一転させ、驚きのあまり立ち尽くしていた。
母も衝撃音に気づき、車から出てきた。
「何!? どうしたのかしら?」
「爆発音みたいなのが聞こえたな」
「自爆テロ??」
「わからないが、かなり音だったな。 パーキングエリアの入り口付近か。」
父はその音を確かめようと車から手を離して、歩き出した。
僕はとっさに声を上げてしまった。
「行ったらだめだ!!」
父は少し驚いて振り向いた。
「なぜなんだ??」
「トラックが横転してて炎上してるんだ! また爆発を起こして巻き込まるかもしれない!」
父は、そう説明する僕を不思議に思いながら首を傾けた。
僕は現状起こっている事実を詳しく父に話したが、少し後悔した。
この時点でそのことを知っているのは世界中探したって僕だけだろう。
父が疑問に思うのも当たりまえだ。
パーキングエリア内の公園には祭りでも開催されているかのようにひとだかりができていた。
父はそれを確認すると、
「ここにいては危険かもしれん。 お前たちパーキングエリアの施設内に一旦非難するんだ。
俺はあそこへ行って何か確かめてくる。」
と指示を出してきた。
母は迅速に有紗を後部座席から降ろし、それを父は確認すると車のエンジンを切った。
そして公園の方へ向かっていった。
僕らはサービスエリア内に入り、お土産売り場のところで待機することにした。
母、有紗ともに不安げな様子だ。
その一方で僕はとても嬉しい気持ちだった。
あの惨劇の中で僕以外を失ったあの世界。
この世界では家族は何事もなく全員無事。
僕だけしかいない世界は夢の中の話で、こっちが現実の世界なのだ。
家族というのは、時に面倒で、特に厳しく嫌になることだって多々あった。
けれど、いなくなってから本当に僕にとって必要不可欠なものだと気づかされた。
受験勉強の邪魔をされて失敗したってかまわない、いちいち心配されてめんどくさいって思わされても構わない、できる自分と僕を比較し何回罵倒されても構わない。
それを失ったら僕にとって何も残らないのだから。
世界でたったひとつの家族なのだから。
こんな状況でも無邪気に笑う有紗を見て、少し安心して涙出てきた。
父が険しい表情でサービスエリア内へ入ってきた。
「どうやらトラックが事故を起こしたみたいだな。 炎上していてさっきまた爆発したようだ。
テロとかはではなさそうだな。 このままいくと、消防車とか救急車とかいろいろ押し寄せて渋滞は避け られないだろうな。 事故を起こした人が無事かどうかは気になるが、一刻も早くここを出た方がよさそ うだ。」
父は親指で家族みんなに車に戻るように合図した。
そして僕を見つめると
「なんでトラックが横転してるってわかった?」
とかなり妙だという表情をしたまま父は尋ねてきた、
僕はベストな回答を思いつかず、「勘かな?」と答えた。
父はまた首を傾げて珍しいものでも見るよう僕を眺めていた。
僕たちは足早に施設内から外へ出た。
車に戻ると、父は左後部の削れた車体を見て少し舌打ちをした。
「勇夢やってくれたな。 修理費結構かかりそうだ! お前がなぜあんなことをしたのか車で詳しく話を聞 こう。」
父は衝撃的な事故で忘れかけていたことを思い出したかのように怖い顔をした。
僕は、弁解する理由を整理できぬまま車に乗り込んだ。
その後父は、僕を問い詰め続けた。
何故車を発進しようとしたのか?
運転免許がないと運転することは違反だということはその歳なら理解しているはずだろう?
まさか不良の友達とつるんで中学生同士なのに運転するとか馬鹿なことしてんじゃないのか?
人を轢いてしまえば俺たちの人生は終わる。 そのことをわかっているのか?
など延々と顔を赤らめ、僕に説教をしてきた。
もちろん、あの事故が起こるの予測していて運転したなど言えるはずもなかった。
そんなことを言えば、
「お前は頭がおかしくなっている! 精神病だ! 病院へ行こう!」
と言って首根っこを掴まれ連れていかれるに違いなかったからだ。
母は当然僕のしたことがとても悪いことだと理解していたが、
「まぁまぁ。 勇夢がやったことは当然してはいけないことだけど。 誰も怪我しなかったことだし。
よかったじゃない。」
と苦笑いをしながら父の肩をポンと叩いた。
それが余計に火を油を注ぐようなことになった。
「お前がきちんと教育しないからだぞ! こんなことは常識中の常識だろう!
こんな状態で社会に出てみろ! こいつはどこでも生き抜くことができない欠陥品になるぞ!」
「あなた言い過ぎよ! 勇夢も毎日毎日受験勉強でストレスが溜まっていたのよね? もう絶対こんなこと しないよね? ね?」
僕への怒りが母へ飛び火したのをとても申し訳なく思う。
事実を言いたいが、誰もこんなこと信じてくれないだろう。
SF映画のような予知夢をみたことなんて。
ぼくはごめんなさいと呟き続けて、ようやく父はおとなしくなった。
不穏な空気を包んだまま、車は走り続けていた。
もうハイウェイを降り、田んぼや山々といった普段自分たちが住んでいるところで見慣れない風景が飛びこんできた。
所々雪が積もり重なっている。
10分ほど走り、目的地のホテルにたどり着いた。
大きな看板にはホテルサザンカと書かれていた。
自然豊かな周りの風景から、民宿や宿を想像していた父は立派なホテルを予約していたようだ。
露天風呂付きの客室で、好きな時に露天風呂で入ることができるようだった。
ホテル内に入りチェックインをすまし、客室の鍵を受け取った。
そして僕たちは客室へ向かった。
客室に入ると、洋風の内装の部屋にベッド4つ、畳の和室にはテーブルが置いてありお茶と和菓子が用意されていた。
ベランダにつながる窓からは大きな木製の風呂おけに清流のように流れている温泉が見えた。
有紗は一目散にそちらへ走っていき、ベランダにつながる窓を開けた。
寒い気候もあってか湯気がもくもく立ち込めていて、部屋にも入り込んでくる。
有紗は「わぁ~」と感動していて、すぐにでも温泉に入りたい様子だ。
温泉の横にある外灯はすこし薄暗いように感じたが、その光加減がこの温泉の和の雰囲気をより際立たせている。
僕はベッドに仰向けになって飛び込んだ。
それを見ていた有紗も僕の真似をして横のベッドへ飛び込んでいた。
父は机に置いていたTVのリモコンを手に取り電源ボタンを押した。
父はチャンネルをニュース番組に変えた。
「あの事件のことは報じられているのか?」
もう生えかけてきているあごひげをポリポリ掻きながらTVを見ている。
すると僕にとっても衝撃的なニュースが飛び込んできた。
————— 本日午後2時ごろ 三重県三日市市のパーキングエリア内で大型トラックが横転する事故がありました。車を運転していた会社員 香川大貴さん(47)が死亡、事故に巻き込まれた土木作業員 紺野忠さん(33)が死亡しました。
警察によりますと、豪雪によりパーキングエリア入口付近がアイスバーンのような非常スリップしやすい状態になっており曲がり切れなかったトラックが横転してしまったとみています。
現在、さらなる被害を防止するためパーキングエリア内は一時封鎖し、一部交通規制が図られています。
忠さん!?
鮮明に覚えている!
あの惨劇から僕を救ってくれて人だ!
その人が死んだ??
驚愕な出来事に頭がついていかない。
僕は家族を救ったことで・・・次は忠さんを殺してしまった??
そのまま電源を落とされたロボットのように僕は頭を抱えながらベッドへ沈んだ。




