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運命改革物語  作者: ケブカ
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第四話 利己という悪魔

1月2週目の土曜日、僕は自宅のこたつで考え事していた。

 あの出来事の後、祖母はひどく心配し一刻も早く病院行くよう促したが、僕はそれを頑なに拒否した。

 もう病人として入院するのはこりごりだったからだ。

 脇腹の痛みは多少残っているが以前と比べるとだいぶ引いてきていて、怪我の程度も軽いようだ。

 もう私立高校の受験まで2週間とちょっとという所まできていたが、あの出来事以来勉強に身が入らない 状態だった。

 スキがあれば休もうとする僕の体に鞭を入れつつ参考書を開くも、いつの間にか考え込むことが多くなっ た。


気分の落ち込みもひどい中、とっさに忠さんの希望に満ちた笑顔が浮かんだ。

 そういえば! 手術は成功したのだろうか?

 歩けるようになったのだろうか??

 あの絶望の中、僕に生きる勇気と希望をくれたのは忠さんだ。

 命の恩人にきちんとお礼がしたい。

 その時は、二人とも心身ともに元気な状態で。

 そう思うと、とたんに忠さんの安否が気になってきた。

 確かめる術はないかと必死に考えた。

 まだ入院しているとすれば、僕らが運び込まれたあの病院にいるはずだ。

 病院の名前が思い出せない。

 あの時は自分に降りかかった事実が衝撃すぎてそれどころではなかった。

 どうやったらあの病院の名称が割り出せるだろうか?


 ・・・あ! 祖父だ! 祖父なら病院の名前をきっと知ってるはずだ。

 僕は即座に立ち上がり、自宅内にある祖父の職場へ向かった。


職場のドアを開くと、ウォンウォンと機械音が大きく唸っていた。

 祖父は木製のブラシ加工業を生業としていて、木製部分の研磨を主にしている。

 ヘアブラシ、靴磨きブラシ、さらにはデッキブラシなどの加工を行っているようだ。

 昔は繁盛していたようだが、最近ではブラシの柄の部分には比較的安価で大量生産できるプラスチック製などに置き換わっていったせいで売り上げは芳しくないと祖父はつぶやいていた。

 けれど、祖父は利益を追求して木製から安価な素材へ移行はしないつもりのようで木製には木製独特の色の深み、滑らかな光沢やつや、温かみがあり、代々受け継がれてきた伝統的な趣をまだまだ後世に残したいと自分の仕事に誇りを持っていた。

 祖父は真剣な表情でブラシの柄の部分を、ペーパーやすりが電動で回転しているような機械を使って磨いている。

 僕が職場に入ってきたことに気づいていないようだ。

 そっと祖父の肩をトントンと優しく叩いた。

 祖父は「ん?」と呟き、作業していた手を止めて僕の方へ振り向いた。

「お! 勇夢か! 怪我の具合はどうだ? 大丈夫なのか?」

「全然平気! それより聞きたいことがあるんだけどさ」

 機械音が鳴り響く中、聞こえるように大声で祖父に問いかけた。

 祖父は目を見開き、近くにあったボタンのようなものを押した。

 するとフル稼働していた電動の機械は徐々に回転を止め、一直線につながっているように見えたペーパーやすりも粗目のでこぼこした表面を確認できるようになった。

 機械音が鳴りやんだ後、祖父は「どうした?」と返してきた。

「あの・・・ 僕がさぁ 入院していた病院ってなんていう名前の病院だっけ?」

「ん~ 確かな・・・。 信生会総合病院だったと思うな。 それがどうした??」

「いや・・・。 自分の命を助けてくれた病院の名前くらい知っておこうと思ってさ」

 もちろんそんな目的で聞いたのではなかった。 

 祖父は何も疑わず、

「そうか。お世話になったからな。無事退院出来てよかった」とにこやかに答えてくれた。

「あとさ! おじいちゃんのヘアブラシ一つだけもらっていいかな? 」

「ん? ああいいぞ! ちょうど余っててデザインもいいやつが置いてあったはずだ。」

 祖父はそういうと腰かけていた簡易的な椅子から立ちあがった。

 そして木くずで汚れた仕事用の前掛けを手で払い、ちょうど後ろあたりにある仕事用の備品などが入った戸棚を開けた。

 しばらくの間、戸棚を念入りに探していて「これだ!」と行って小さな箱を取り出した。

 祖父が箱を開けると中にはダークブラウンの色味が深くて光沢のあるヘアブラシが入っていた。

 僕は思わず、「おぉ~!」と声を上げてしまった。

 祖父は、「いいだろう。自慢の一品だからな」と得意げな顔で僕を見た。

「ありがとう。おじいちゃん! 助かったよ!ブラシもありがとう!」

「それならよかった! 勇夢受験が控えているからってあまり無理するんじゃないぞ!」

 僕はうれしい気持ちを抱きつつ、祖父の職場を出た。


その後、僕は携帯電話で自宅から信生会総合病院のアクセス方法を調べていた。

 自宅の最寄駅から信生会病院の最寄駅まで特急を使えば約2時間・・・交通費は片道約3000円か。

 中学生でこの金額は僕の身分からして大金に相当するが、時期が時期だけあってお年玉という臨時収入があったことを思い出した。

 お年玉をかき集めると合計で3万5000円所持していることがわかった。

 以外にも懐が温かいことに気づき、少し心にも余裕ができた。

 これなら、目的を果たせそうだ。

 いますぐにでも行動を起こしたかったが、ふと時計をみると夕方の5時を指していた。

 いまから出発ではさすがに間に合わないし、祖父たちも心配するだろう。

飛び立とうとしている僕の気持ちを抑えつつ、明日に備えてさらに計画を練ることにした。

 するとあることを思いつき、以前住んでいた自宅から親戚たちが運んでくれた僕の学習用のデスクに目をやった。

 あまり使うことのない机の引き出しを開けて、中の様子をうかがった。

 すると、かなり昔に100円ショップで購入してもらった色付き折り紙100枚入りが未開封で入っていた。

 僕は、その折り紙を手に取り机の上に置いた。

 そして携帯電話で、動画掲載サイトで「千羽鶴の折り方」を検索した。

 検索結果は2000以上ヒットし、僕は一番上に検索された動画を開いた。

 この時代、携帯電話一つでなんでもできてしまうことに関心しながら、熱心に動画で研究した。

 動画を見終わると、折り紙を開封して動画の手順にならって鶴の作成を始めた。

 考えつつ、折りながら、また動画を見返しつつ鶴を完成させた。

 その作業を何回も繰り返した。

 僕は、時間の経過を忘れるほど集中していた。

 全ては僕を救ってくれた人へ恩返しのために。

 僕は作業する手を夜遅くまで休むことなく続けていた。



・・・はっ!

 僕は目を覚ました。

 また途中で寝てしまっていたようだ。

 僕はずっとこたつで鶴を折っていたはずだが、いつの間にかベッドの上で寝ていた。

 こたつの机を見ると大量生産された鶴がわらわらと横たわっている。

 千羽折ろうなんて意気込んでいたが、結局100羽に満たないくらいしか作れていない。

 寝ぼけ眼でこたつの上に目をやると、白いマグカップも置かれたままになっていて中には満杯の紅茶が注がれいるのが見えた。

 今はもうすっかり冷めてしまっている。

 どうやら、祖母が勉強を頑張っているであろう僕に眠気覚ましとして持ってくれたのだろう。

 がんばっているベクトルが全然違う方向へ向いているのが少し申し訳なく思った。

 ふと、時計を見ると時刻は既に午前の9時を指していた。

 僕は慌てて支度を始めた。

 洗面所に入って急いで、寝癖を直し歯を磨いた。

そして台所に入って、柳で編みこまれている小さなバスケットから菓子パンを2つ取り出した。

 祖母が「朝ごはんはそれでいいの?」と尋ね来たが、

「これで大丈夫だよ! それよりちょっと大きめの紙袋とか余ってないかな?」

 と振り向きつつ僕は言った。

「あるわよ。ちょっと待っててね。」

 祖母はいろんな袋が保管されたところからガサゴソとか探し始めた。

「これでいいかな?」といって大きめのサイズの茶色の紙袋を渡してくれた。

 僕はそれを受け取って部屋に戻り、昨日大量に作成された鶴を机の上からガサッと大量に袋に詰めた。

 糸で一羽一羽つないでいるので、バラバラになる心配はない。

 僕はその紙袋を手に持ち再度台所に入った後、祖母に「今日は友達のところで勉強してくるから」と心配させないように嘘をついた。

「わかった。」と祖母の返事を確認した後、僕は踵を返し家から出発した。


僕は、最寄り駅に向かう前に花屋へ立ち寄った。

 そしてデージーという花を2輪と小さなガラス瓶を買った。

 デージーという花には花言葉があり、「希望」とか「美人」という意味らしい。

 まさにあの二人にピッタリな花だ。

 しかも、思ったより安価でまだまだ金銭的には余裕がある。

 あとは、目的地にたどり着けるかどうかだ。

僕は昨日調べていた経路を再度確認し、最寄り駅の切符売り場へ向かった。

 特急券を買うのは初めてだったので、駅員に目的までの経路を伝えると詳しく切符の購入法や乗り換える駅を丁寧に教えてくれた。

 乗り換える駅は3回くらいありそうだ。

 間違えてしまわないか不安げな気持ちを抱きつつ駅のホームへ降りた。

 しかし、忠さんの安否に対する期待がそれを上回っていた。

 きっと手術に成功しているはずだ!

 お互い笑いあって再開できるはずだ!

 そういう胸が躍るような期待を膨らませ、僕は最寄り駅を出発した。


そして僕はどうにか信生会総合病院の最寄り駅にたどり着いた。

 普段は行き当たりばったりで行動している自分も、今回ばかりは念入りに石橋をたたいて渡るように慎重に道順をたしめてきたから難なくたどり着けたのだと思った。

 もう時刻は12時42分を指していた。

 僕は改札を出る前、駅員に信生会総合病院までの道を尋ねた。

 忙しそうで早口で教える駅員に後ずさりしたくなる気持ちを抑え、僕はメモ帳にそれを漏らさないように簡潔的に書留めて、改札を出た。

 外は昼下がりで天気も良好だったが、肌を突き刺すような寒さで体が小刻みに震える。

 僕は駅員言われた通り、道を行くと高速道路が見えてきた。

 高架下をくぐり、僕は信号を渡って左折した。

 そのまましばらく歩くと駅員の言った通りに河川が見えてきた。

河川敷にはテニスコートが引かれている所や、サッカー場などがありこんな気温が低いのに熱心に部活に取り組んでいる人がいて感心した。

その光景を眺めながら歩いていると坂道が右手に見えた。

 坂道の歩道と車道の境目に大きな看板が立っており、『信生会総合病院この先100m⇑」と書かれている。

 部活を夏ごろに引退して4か月近く経っているせいか、坂道を上がるだけでも少し息切れがしてきた。

 だが、運動不足解消と冷え切った体を温めるウォーミングアップにはなった。

 5分ほど坂を上ると、大きく白い建物のシルエットが視界に入った。

『信生会総合病院」と偉大に看板がそびえたち、お世話になったのがつい最近だというのにもう僕にとってはなぜかなつかしく感じた。


僕は病院内に入り、挙動不審になりながらも病院の総合受付に向かい、スタッフに事情を説明すると、面会カードを配布してくれた。

 忠さんがいる病室は8階東病棟の812号室のようだ。

 あの出来事で余程のショックを受けていたせいか、忠さんの病室は自分が入院していた病室の隣だというのに、すっかり記憶が無くなっていた。

 僕はエレベーターを使って8階病棟を目指した。


8階東病棟に着くと、病院独特の消毒液の匂いが漂ってきた。

僕は薄れかかった記憶を思い起こしつつ、忠さんの病室へ足へ運ぶ。

 ナースステーションでは看護師が忙しく動き回り、医師や栄養士、薬剤師などの医療従者と真剣にカンファレンスのようなものを行っていた。

 看護師というものは僕のイメージ的に『白衣の天使』という可愛らしいものを想像していたが、実際はたくましくて男らしい女の人が多く、男ならば憧れるであろう可愛らしいナースのイメージ像はすぐに崩れ去った。

 病棟の廊下をせかせかと行き帰りしている医療従事者の業務を妨害しないように進んでいった。

 そして僕は812号室の扉の前にたどり着いた。


紺野忠様・・・。

 間違いない。 この病室だ!

 病室の扉はほとんどしまっていたが、10cmほど開いていて少し喋り声が聞こえていた。

 僕は、ノックをしようと扉に手を添えようとした時だった。


「なぜなんだよ!!!」

 男性の声が大きく病室に響いていて、扉の隙間からもこぼれてきた。

 僕はその隙間から病室内を恐る恐る覗き込んだ。

 誰かが、悲しみと怒りを同時に滲ませたような表情をして、顔をうなだれているのが見えた。

 間違いない。

 あの声も、あのうなだれている男性も忠さんそのものだ。

 でも僕にはまるで全くの別人に見えるほど、以前の表情とは打って変わっていた。

「手術すれば、歩けるようになるって言ってたじゃないか!! でも見ろよ! この姿を! 動けないし、激痛で夜も眠れない。なんだよ!この生活!!」

「あなた。落ち着いて!! 今は身動きが取れないかもしれないけど、きっとリハビリすれば立てるよう・・・」

「保障はあんのかよ!!」

 裕美さんが宥めようとかけた言葉を忠さんの怒号が、それを塞ぎこんだ。

「手術が終わって、足を動かせるようになったと思ったのに、また激しい痛みが出て、意識が無くなって、夢か現実わからないような吐き気や頭痛に苦しんで、起きたら足はまた動かなくなってた。もう俺は立つことすらできなくなったんだって感じたさ。」

 忠さんは悔しさのあまり顔を小刻みに震わせながら裕美さんを見ている。

 裕美さんは頭を抱え、目線を床へ落とした。

「誰かのために俺が犠牲になるなら、そんな人生もいいと思ってた。 誰かの未来が守れるなら、俺の未来が真っ暗でもそれを受け入れることが今後の俺の生き方だと。」

 俯く裕美さんをみつめ、忠さんは話し続ける。

 その怒りの表情は徐々に悲しみの表情に移っていき、血色も薄れていくように感じた。

「でも、やっぱり自分だって助かりたい。 誰だって、自分が一番大切なんだよ。 願わくば、もう一度前みたいに何の苦も無く、お前と一緒に生活できていた体に戻してくれますよう。 そう本能的に思ってしまうんだ。 それが、誰かを犠牲にして、俺が助かるとしても。」

「あなた…」

 裕美さんは顔を手で覆い、悲しみのあまり泣き出してしまった。

 忠さんは魂が抜かれて空になったように、天井を見つめ茫然としている。

 忠さんはあの事件のことを言ってるのだ。

 あの僕が関わった事件のことを。

 忠さんの病状の回復を期待していた僕の心は、真っ二つに裂かれた。

 しばらくの間、停止していた僕の思考回路が再起動しはじめる。

 僕の心には悔しさの念が充満してきて、心に負った傷口がじわじわと開くような感覚になった。

 扉の隙間から裕美さんのすすり泣く声が聞こえてくる。

 裕美さんは空になってしまった忠さんの手を握り、心配そうに忠さんの方を見つめていた。

 裕美さんの頬には悲しみの透明な雫が伝う。


コノトビラヲアケテナカニハイッテハイケナイ。

オマエハコノヒトタチノシアワセヲウバッタ。

アノヒトタチハオマエヲウランデイル。

オマエサエイナケレバコンナコトニナルコトハナカッタト。

オマエガスベテコワシタノダ。

 心の中の悪魔が僕に囁いてきた。

 それが単なる幻であるか、現実ではあったかはわからない。

 それほど、僕は憔悴しきっていた。

 行き場のない感情を誰にもぶつけることもできず、僕は気が狂ったようになった。

 そして、僕は無意識に持っていた茶色の紙袋を病棟の廊下の床へ叩きつけた。

 耳を覆いたくなるような高く大きく、何かが壊れるような音が病棟内に響いた。

 床にはガラスの破片、千羽鶴の一部が無残に飛び散っていた。

 その光景に目もくれず、僕は一目散にその場を離れるため全力で駆け出した。


裕美さんが衝撃音に気づき、病室内から出てきた。

 振り返りもせず、走り抜けていく少年が裕美さんには映った。

 その少年は階段につながる扉を手荒にこじ開け、下の階へ降りて行った。

 少年の横顔には見覚えがあり後を追おうとしたが、ふと病室内前の廊下に散らばる破片と千羽鶴が目に入った。

 茶色の紙袋から2輪の花がちょこっと顔を出していた。

 散らばっているガラスから、余程の衝撃があったのだろうと推測できるがその花は散ることなく、むしろこの無残な背景の前に凛としてそびえたち、光り輝いてるように見えた。


なんて綺麗な花なのかしら・・・。

 裕美さんは破片で怪我しないようにその花に手を近づけていた。






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