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生み出された殺人者  作者: やわか
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徐に忍び寄る

 大学になんか行きたくない。

 けど、行かないわけにもいかない。

 体が動かなかろうと、這ってでも行かねばならない。

 そうしないと、俺は本当に全てを失ってしまう。

 今を生きる意味どころか、今まで生きてきた意味さえも無くなってしまう。

 必死に勉強した意味も。

 両親が俺を育ててきてくれた意味も。

 学費だって払ってもらっている。


 それらを、無にすることはできない。


 ……死にたい、なんて思ってるやつが、まだ失うことを恐れているなんて笑える話だが。

 それでも、死ぬまでは生きて行かなくてはいけない。

 痛くも苦しくもなく、突然死ぬその日まで。

 俺は生きるために生きていかなければならない。


 絡みつく憂鬱を振り払いながら重たい扉を開けて部屋を後にする。

 ズルズルと倦怠感を引きずりながら螺旋階段を下って通学路へと出た。


 なんとなく、行先の曲がり角に目が留まる。

 出会い頭に猛スピードで車が突っ込んできたりしないだろうか、とぼんやりと思案しながらその角に近づいていくと、俺の意思に反してピタリ、と足が止まった。

 直接心臓にナイフの刃先をあてがわれているような恐怖。

 もはや『恐怖』なんて物では生温いほどの感覚。

 理由のわからない漠然としたものだが、絶対的なそれに支配されて一歩も動き出すことが出来ない。

 無理に足を踏み出そうとしてみても体がまるで言うことを聞かない。

 ただ脂汗が全身から滲み出てくるばかりだ。


 前に進むのを諦めてきびすを返すと、ふっと恐怖から解放された。

 さっきまで鼓動を打つのを忘れていたかのように心臓がバクバクと脈打つのを感じる。

 少し遠回りにはなるが仕方がない。

 迂回して学校へと向かった。


 ……一体、何だったのだろうか。

 教室に着くまでも、着いてからも、授業中も、しばらくの間は釈然としない感覚が心の中から消えなかった。


  *


 二つの授業を終えて、昼食の時間。

 同じ講義を受けていた友人たちと共に食堂へと向かった。

 今までいた工学部棟からは食堂が遠くて不便極まりない。

 目的の場所に辿り着いた時には既に多くの学生が列を作っていた。

 工学部生は明らかに立地的不利を強いられている気がしてならないんだが。

 文句を言っていてもどうしようもないので、取り敢えず屋外の最後尾に並ぶ。

 少しして、楽器を鳴らすような音が耳に届いてきた。

 ここからでは目視できないが、近くの広場からだろう。

 たまにそこに場所を借りて、サークルなんかが演奏会やダンスなどを披露している。

 音合わせや挨拶もそこそこに、演奏が始まる。

 奏でられる音楽。

 観客の発する声や拍手。

 それらに、こんなにも心が痛むのはどうしてだろうか。

 たった一人砂漠の真ん中に立って、灼熱の太陽にじりじりと肌を焼かれているような気分だ。


 いくらか列が消化され、トレイを手にして注文の品を受け取り、続いてレジへ。

 通り抜けた先で、皿に盛られたキャベツにドレッシングをかけて、コップを手に取る。

 サーバーにそれをセットしてお茶を汲むと、先に席を確保していた友人のそばに座った。


 「お待たせ」


 全員が揃ったところで手を合わせて食事を開始する。

 次の授業の話や、中間テスト、互いのサークルやバイトの話をしながら料理を口に運ぶ。

 その途中で、お茶を飲もうとコップを持ち上げたところで、はたと動けなくなった。

 心臓を直接鷲掴みにされたかのように、声を発するどころか呼吸すらできない。


 「……大丈夫か?」


 正面から心配そうに友人が顔を覗き込む。

 飲み物を口にするのをやめて、器を盆に戻すと、胸にかかっていた重圧が霧散した。

 なんとか息をいて、彼に言葉を返す。


 「あ、ああ。なんでもないよ」


 「そうか?それなら良いんだけど」


 苦笑いで誤魔化して食事を再開する。

 結局、最後まであのお茶を飲むことは叶わなかった。


  *


 そのあとはいつも通りに講義を終えて、いつも通りに帰宅する予定だった。

 今日は一限から五限まで講義が詰まっていたから時間は、もう18時を過ぎている。

 鞄を持って教室を後にしようとしたところで、ポケットでスマホが震えた。

 見てみるとメッセージ交換アプリで新着メッセージが届いていた。

 相手は部活の先輩。

 なんでも、今から部室の掃除をするから手伝って欲しいとのことだ。

 本当は上級生だけでやるつもりだったらしいのだが、体調不良やら補講やらで人数が思うように集まらなかったのだとか。

 無視するわけにもいかないので、行き先を変更して部室へと足を運ぶ。

 うちの部はあまり部室で練習をするようなことが無いため、殆ど物置のように使われている。

 それを整理するのはかなり骨だった。


 「結構遅くなっちまったな……」


 すっかり暗くなった空を見上げて一人呟く。

 2時間ほどかけて物置、もとい部室の片付けを終えてやっとのことで帰路に就いた。

 その帰り道。

 またしても例の感覚に襲われた。

 起きたまま金縛りに遭ったかのように体が固まる。

 学校の正門から出るより、部室の方からまっすぐ帰る方が早いと判断していつもとは違う道を歩いていたのだが、道すがらで橋を渡ろうとしたところ、体が言うことを聞かなくなった。


 「……ったく、何なんだよ……?」


 毒づいてみても手足は命令を受け付けてはくれない。

 渋々、その橋を避けて違う道でマンションへと帰った。

 それから数日間、同じようなことが続いた。

 行き帰りや学内を移動中に、いきなり立ち尽くしたり、また、急な予定が入るなんてことも()()だった。

 何かがおかしい、とは思った。

 でも、そんな『偶然』が連続したところで、原因に心当たりなどはない。


 そして、そんな日々が始まってから1週間になろうとしていた。

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