心から望む程
体も心も、ドロドロに腐って溶けていくようだ。
――いや。いっそのこと、本当にそうなら良いのに。
祝日の真昼間、ベッドの上で横になってそんなことを考えた。
せっかくの休みだというのに、やりたいことが一つも思い浮かばない。
情報を垂れ流しているテレビの画面を呆っと眺めるだけの時間が過ぎていく。
どうしてだろう。
普段はあんなに時間が欲しいと、休みたいと思っているはずなのに。
やりたいことも、やるべきことも沢山あるはずなのに何一つやる気が出ない。
いつからだろうか。こんな風になってしまったのは。
俺は一体、何のために生きているんだろう。
高校生の頃はこうじゃなかった。こんなつもりじゃなかった。
あの時はひたすら勉強をしていた。
もちろん死ぬほど辛かった。
死にたい、と何度も思った。
朝が来るのが嫌だったし、学校も何度休もうと思ったことか。
それでも一日も休まずに毎日学校に行った。
頑張れたのは、目標があったから。
大したものじゃない。
どうしても行きたい学校があったわけじゃない。
ただ、大学に行く。
それだけの他愛のないものだったけど、生きていくだけの理由には充分だった。
受験を終えて、大学生になれば、楽になると信じていた。楽しい生活が手に入ると、信じていた。
そんなのは幻想だった。
地方の国公立大学に通うことになった俺は一人暮らしを始めた。
慣れない家事をすべて一人でしなければいけなかった。
大学生になれば時間ができると思っていたのに、空きコマなんて数えるほどしかないし、部活にも所属しているため、放課後も時間を取れない。
……充実している、と言えばそうなのかもしれない。
贅沢な悩みだと思われるかもしれない。
毎日学校に行って、部活にも参加して、夢見た大学生活を謳歌しているはずなのに。
時間に追われる日々の中では、好きなことをやっているという感覚にはどうしてもなれなかった。
日々をこなすことだけに注力したせいで肝心の中身を忘れてしまったのかもしれない。
だというのに。
丸一日予定のないこんな日。
ぽん、と、あれだけ欲しかった時間を与えられたときに何をしていいかわからない。
そんな自分に気付いた時、いかに自分の人生に目的を持たずに生きているのかを痛感させられる。
大学に入るためだけに生きていた俺は、その目標を達成した途端に生きる目的を失っていた。
普段は忙しすぎて考える余裕もないことだが、『やらなければいけないこと』が無くなったときについ考えてしまう。
自分は何をして生きているんだろうかと。
そしてまた、こうして無駄に時間を浪費する。
言いようもない倦怠感、焦燥感が身に圧し掛かる。
休みが終わってしまう。また『追われる日々』がやってくる。
そんな感覚が自分から全てを奪っていくようで。
胡散臭い商品を声高らかに売り込む画面から目を逸らし、寝返りを打つ。
何もない真っ白な天井を見上げる。
精神が、肉体が蝕まれていく。
まるで自分の影から触手が伸びてきて、俺を闇に引きずり込んでいくような。
「……くそ」
叫び出したい気持ちを抑え込んで、小さく呟いた。
発散し損ねた感情が、胸の奥で外へ出ようと暴れる。
歯を食いしばり、心臓に爪を突き立てて黙らせる。
胸板に爪痕を刻み付け、声の代わりに長いため息を吐き出す。
皺の寄った服から手を離して腕をベッドに投げ捨てた。
意味もなく瞳に涙が浮かんでくる。
視界がぼやける。
別に他人から見れば苦労をしているわけじゃない。
特別しんどいことをしてるわけじゃないんだろう。
けど。
俺にとっては、意味もなく生きる日常は死ぬよりも苦しい。
生きる理由がないということは、きっとそれだけで死ぬ理由に値する。
気付けば時間は13時を回っていた。
昼食を作るために、重たい身体を無理矢理に立たせる。
料理が好きなわけじゃないが、カップ麺や冷凍食品で食事を済ませようとは思えなかった。
こじつけであろうと『やるべき事』を見つけて動かないとおかしくなりそうだった。
拉麺でも作ろうと野菜を刻み、肉を切り分けた。
包丁を洗いながらも考えてしまう。
今の俺の目には多分、現実は映っていないんだろう。
見ているようで何も見えていない。
ふと。
自分の視線が握った包丁に吸い付けられていることに気付いた。
気を抜けば自らの胸にそれを突きつけそうになる。
それを意識させられて、すっと体温が下がるような恐怖に襲われる。
生きていくのは嫌だ。
死にたい。
でも、痛いのも苦しいのも怖いのも御免だ。
願わくば、気付く間もなく、痛みすら感じることもなく、抗いようもなく死にたい。
事故でも何でもいい。
家にいても外にいてもそんなことを考えている。
飛行機でも墜落して突っ込んでこないかな、とか。
寝ているところに強盗か何かが入って来て殺されないかな、とか。
消えるように死んで行ける薬でも開発されないかな、とか。
俺は、切実に、深刻に願っている。
――誰か、俺を殺してくれないか――?




