リザードマン!!
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村を出てしばらく歩いた。1時間くらいは歩いただろうか。道は単なるむき出しの土で、道の幅は5メートルくらいだろうか。意外と広い。道の両側は森に囲まれている。
「結構歩いたけど、次の村まであとどれくらい?」
何の気なしに隣を歩くアイネに聞いてみた。
「え? そうね。この調子だと多分明日のお昼には着くと思う。で、その村で寄り合い馬車で都会まで行く感じかな」
「え!? 明日の昼?」
「あ、もちろん途中で野宿はするわよ。歩きっぱなしってわけじゃないから。タクト、病み上がりだもんね」
そういう問題じゃない。隣村に行くだけで1日以上も歩くのか。よっぽど田舎なんだな、マールデン。
僕は左腕をさする。
「ロックバード呼んで乗せてってもらうってのはダメかなあ」
「ダメ! 魔力を下手に使ってたら、いざという時にどうするのよ」
はぁ、そうだよな。僕は小さくため息をついた。
水のモンスターの一件で気づいたことだが、僕の左腕に刻まれたロックバードの紋様を右手で触り魔力を流すとロックバードを召喚できることが分かった。普段はどこぞで自由に暮らしてもらい、必要な時は喚び出すことができる。これもマロードの能力らしい。
しかし、文明人である僕は一日中歩いたことなんてない。長く歩いたのなんて、精々学生時代の遠足かマラソンかってところだ。実を言うとすでに疲れている。
それからまたしばらく歩いた。もうお昼近くになっていた。僕は疲れて完全に無言だ。アイネは時々僕のことを気遣って話しかけてきてくれたが、「大丈夫」としか返せなかった。
100メートル先くらい向こうの方で森が切れているのが見えた。そこはちょっとした広場になっており道が二叉に分かれている。
「あそこの広場で少し休憩しよ。近くに川が流れてるから、私水取ってくるね!」
そう言うとアイネは森の方に走り出して、あっという間に森の中に消えてしまった。本当に元気な女の子だ。僕が病み上がりだから気を使ってくれているんだろう。
気をつけてね、という言葉も出せずに僕は100メートル先の広場を目指してトボトボと歩く。
やがて広場についた。二叉の分かれ道には朽ちかけの木の看板が立ててあったが、読めなかった。日本語は通じるのに文字体系は違うのか。不思議だな。
僕は広場の丁度良い高さの岩に腰かけた。ふぅー本当に疲れた。しかしひどいヤケドのせいなのか、汗はそれほどかいていなかった。体が熱い。昔読んだ本によれば、ヒトは汗をかくことにより体温を下げ、他の動物より長時間歩くことができるとか何とか。汗のかけない僕はスタミナ全然ないんじゃないか。
僕は目を閉じて両手を合わせて握る。そうして魔力が体を循環するイメージをする。自分に自分で魔力を流すイメージだ。右手から左手に魔力が送られ、体中を巡り、また右手に魔力が流れてくる。こんな風に魔力を体中を循環させることで、自己回復を促す。
足の痛みは消え、体温は下がる。しかし代わりに軽い疲労が襲う。この回復方法はウェルさんに教えてもらった。魔力を使うことができる者の基本的な技だという。
しかし、アイネ遅いなぁ。森には慣れているんだろうけど、ちょっと心配になる。
その時、背後からガサガサという茂みをかきわける音が聞こえてきた。
「よかった、アイネ。少し心配してたよ」
僕は振り返り声をかけるが、そこにいたのはアイネではなかった。肩口まで伸びた真っ赤な髪、青白い肌、金色の瞳の少女だった。青紫に染められたボロボロのローブを着ているが、そのすそからヘビのような尻尾がチロチロと動いている!
「ひ、ヒト型のモンスター!?」
僕は咄嗟に立ち上がり、まっすぐにこちらを見ているモンスターに股間を見せつける! ボタンを外し、腰布をめくるまで1秒もかからない!! 村で休養中に何度も練習した早技だ!!
「どうだ!?」
ヒト型モンスターこと少女はこちらの股間をじっと見ている。見ている! 成功か!?
フっと少女が目にも留まらぬ速さでこちらに向かって駆けてきた! 避けられない!!
「いきなり何見せつけてんすかー!!」
少女は僕の左頬に思いっきりビンタをかました。あまりの衝撃に僕はその場に倒れ込む。
「あ! 大丈夫すか、変態さん!! やりすぎたっす!!」
少女は僕にかけより身を起こすのを助けてくれた。その時に少女の右手が僕の左腕に触れた。途端に僕の左腕が光り輝く。
「え? 何すか!」
僕はさっと左腕のそでをめくる。少女が触れたところにはトカゲのような印象の紋様が刻まれていた。どうやら使役に成功したようだ。
「……よかった。やっぱりモンスターだったんだ」
ビンタされた瞬間、ただの少女だったのかと思って内心焦っていたが、彼女はモンスターのようだ。よかった、いたいけな少女に股間を見せつけたわけではないようだ。
「何か大きい声が聞こえたけど、大丈夫!?」
アイネが道の向こうから走ってきて、広場に合流した。手には水の入った革袋を持っている。
「大丈夫、ビンタされただけ」
アイネにそう返事するとアイネが不思議そうな顔で、青白い肌の少女を見つめる。
「誰?」
「あ、私はエダっす! こっちは変態さんっす!」
元気に少女が返事をする。
「そ、そう。私はアイネ。彼は変態じゃなくてタクトっていう名前よ」
アイネが僕を立たせてくれる。あれ? アイネが割りと自然に少女と会話していることに違和感を覚えた。
「アイネ、このモンスターに驚かないの?」
「……タクト、モンスターなんて言っちゃエダに失礼よ。彼女はただのリザードマンじゃない」
アイネはさも当たり前かのように言った。リザードマン? それってやっぱりモンスターじゃないのか。
「リザードマンはモンスターじゃなくてヒトよ。魔力は持っているけど、高い知性を持つし、現に今だって会話できてるじゃない」
「え? でもマロードの力で使役できたんだけど……。ほら」
僕は左腕に新たに刻まれた紋様をアイネに見せた。ちょうどロックバードの下くらいだ。
「えぇ!? あなたマロードだったすか!!」
僕たちの会話を黙って聞いていたエダが僕の手を取り嬉しそうにぶんぶん振る。
「いやーよかったっす! 私マロードを探していたところだったっす」
「……どうなっているの?」
アイネが話についていけずに頭を抱えた。僕もよく分かっていなかったので、頭を抱えた。結局、僕は少女に股間を見せつけた変態だったのか?
エダだけは幸せそうに笑っていた。