旅立ちの決意
「タクト!! 目を覚まして! タクト!!」
遠くでアイネの呼ぶ声がする。しかし体は動かない。全身に重い石が乗せられているようだ。指先ですらぴくりとも動かなかった。
おまけに全身が熱い。インフルエンザにかかって40度の高熱を出したときより熱い。もう無理だ。
「タクト!! お願い!!」
アイネの叫ぶ声がまた聞こえた。今度はさっきよりももっと近い。少し意識がはっきりした。あぁ、アイネの顔が見たい。気力を振り絞れ!
僕は重いまぶたをどうにかこじ開けた。
「タクト!!」
薄く開かれた視界には泣きはらしてひどい顔をしているアイネがなんとか見えた。アイネ無事だったか。よかった。僕も大丈夫だよ、と言おうとしたが口が開かない。
「タクト! タクトが目を覚ました!! 生きてる! 生きてるよ!!」
アイネ、喜んでいるところ悪いけど、もう限界。僕は再び目を閉じた。
「うっ」
喉から声が漏れた。あまりの痛みに目が覚める。思わず目を見開いた。視界はぼやけている。妙に薄暗い。布張りの天井が見える。どうやら小屋の中にいるらしい。
周囲を見渡したいが、体は動かない。痛みに耐えながら、ぼーと天井を眺める。体が全く動かない。全身も相変わらず痛みと熱さが襲う。
しばらくぼーっとしていると、足元の方でシュルリと布のこすれる音が聞こえた。誰かが近寄ってくる。その誰かは僕の顔を覗き込んだ。アイネだった。
「タクト! 目が覚めたの?」
返事をしようとしたが、喉からかすかに「あぅ」とかすれた声が漏れただけ。それでもアイネは顔をクシャクシャにして泣き出した。
「よかった、タクト!! 本当に良かった」
僕もアイネが無事で本当に良かった。口から漏れるのは「あぁ」とか「うぅ」だけど。
アイネが水で濡れた布を額に乗せてくれた。冷たくて気持ち良い。そうして、布がぬるくなったらアイネがまた水につけて、冷たくなった布を乗せてくれる。そんな時間がしばらく続いた。二時間は経っただろうか。
僕の熱さも痛みも大分ひいていた。相変わらず体はうまく動かなかったが。
「アイネ、タクトの様子はどうだ?」
足元でウェルさんの声がした。どうやら僕の様子を見に来てくれたらしい。
「あ、村長! タクト、目が覚めたんです!」
「なに?! 本当か!!」
ウェルさんがアイネの反対側から顔を覗かせる。二人で一緒に僕の顔を覗くな!! 照れるだろ!
「あぅ」
僕はまた何とか声を発した。それを聞いてウェルさんは笑いだした。
「ははははは! よかったな、タクト!! ワシはお前がこのまま死んでしまうかと心配しておったぞ」
ウェルさんはバシバシと僕の肩を叩いた。痛い痛い痛い!! 激痛が全身に走る!!
「イェアっ!!」
僕が必死の思いで抗議の声を上げると、ウェラさんは「すまんすまん」と言いながら、叩くのをやめてくれた。
「どれ、今日もワシの魔力を送り込んでやるとするか」
ウェラさんが僕の右手を優しく握った。それでも少し痛かったが。ほのかに暖かくなる右手。すーっと痛みがひいていく。あぁ、気持ち良い。
察するにウェラさんは僕が寝ている間、ずっと魔力を送ってくれていたのだ。
「ワシは回復魔法は使えないからのう。魔力を送ることしかできん。じゃが、ワシが魔力を送ることでタクトの体に魔力がみなぎり、それで自己回復力を上げてくれるのじゃ」
理屈はよく分からないが、そういうことらしい。
「魔力とはすなわち生命力。この村で魔力が使えるのはワシだけじゃ」
へぇーっと思いつつも、その暖かな力の流れが心地よく、いつの間にか僕はまた眠ってしまっていた。
それから2日経った。僕は大分回復していた。寝て目を覚ましてを繰り返す。目を覚ますとアイネか、アイネとウェラさんがいた。アイネはずっと僕を看病してくれて、ウェラさんは夜に限界まで僕に魔力を送ってくれる。
僕は喋ることができるようになっていた。上半身を起こすこともできる。
水のモンスターが村を襲ってから、もう7日が経っていた。僕は魔力を送りに来ていたウェラさんに事の顛末を聞いた。
「あの水のモンスターはのう。日が昇ると、太陽の光に焼かれて消えてしまった。あやつは夜しか活動できないようじゃったの。タクトが落ちてからすぐに日が昇って、モンスターは消え去った。太陽に救われたのう」
「そうだったんですか。間一髪だったんですね」
「しかし一瞬でも水のモンスターに飲まれたお前は、全身が焼けただれひどい状態じゃった。飾り布のシャツを着ていた上半身と、腰布を巻いていた腰近辺は比較的、軽傷じゃったがのう。感謝するんじゃぞ」
そう。僕の体はひどく焼けただれていて、皮膚はボロボロで黒ずんでいる。顔も見えないが、多分ひどい様子だろう。
「じゃが、タクトのおかげで村人全員が助かった。村長として礼を言うぞ、タクト」
「ははは、まぁ……。運が良かったんですよ」
隅で大人しく聞いていたアイネが口を開いた。
「タクト、無理しないでって言ったのに無理するんだもん。今、生きてるのだって奇跡だよ」
「いや、それはまぁあの時はああするしかなかったっていうか」
「そうじゃ、アイネ。力があるものが皆を助けるのは当然のことじゃ。それが力あるものの責務というやつじゃ」
ウェラさんが優しく諭すようにアイネに言った。僕はそんな大層なことを考えて動いたわけじゃないけど。ウェラさんの言うことも分かる。村長として村を治めているウェラさんならではの言葉だろう。
「……そうだね。村長の言うとおり。ありがとう、タクト」
アイネが優しく声をかけてくれる。何というか、頑張った甲斐があった。
「村の方はね、結構無事だったよ。家は倒されちゃったけど、もうほとんど元通り。村長の家だけは全部木造だったから、まだ直ってないけど」
「はははは、村長のワシも小屋ぐらしじゃ。まぁさして懐かしくもないがのう。ほれ、ワシ若いし。村長になってからそんなに経ってないからのう。のう? アイネ」
「え、はい。そうですね」
アイネが適当な返事をする。「私が子どもの頃から村長だったような……」とつぶやいていた。ウェラさんも難しいお年頃だから、あんまり年齢につっこむんじゃないぞ。
「飼っていたナングーたちはすべて死んでしまったがのう。今年の冬までに、またどうにかなるのかのう」
察するに、ナングーとは村で飼っていたシカのような家畜だろう。かわいそうだが、家畜まで助ける余裕はなかった。
「すみません、ウェラさん」
「あ、すまんすまん。タクトを責めているわけじゃないんじゃ。村長として、ただ冬の備えが心配なだけじゃ。あの状況でナングーたちまで助けろとは言わんよ」
ごめん、ナングー。
「話は変わるがな、タクトの体の件じゃ。おそらくもう何日か休めば完全に体も動かすことができるようになるじゃろう。それほど魔力を持った人間の回復力というのは凄い。しかしのう、タクトの焼けただれた皮膚を治すことはできん。それは完全に死んでしまっている」
「そうなんですか……。一生、残ることになるんですね。このボロボロの皮膚」
別に僕はそんなに外見を気にするような男じゃあないが、さすがに少しショックだ。名誉の負傷とはいえ、全身ボロボロは重すぎる。
「そう悲観するでない。都会に出れば回復魔法の使い手がおる。おそらく魔法使いであれば、タクトの体も綺麗に治してくれるはずじゃ」
魔法? 魔法!? そうか。魔力があるんだから、魔法もあるんだよな。言われてみればそうだ。
「最初、お前は領主の元に連れて行くつもりじゃった。マロードはモンスターを使役できるから重宝されるからのう。領主が欲しがるんじゃ。ワシらも一応、あのアホ領主の領民。決まりには従おうと思っておった。しかし最早、タクトはただのマロードではない。ワシらの村を救ってくれた恩人じゃ」
ウェラさんは僕の右手から手を離し、魔力を送るのをやめた。今日の分はもう終わったんだろう。ウェラさんはそのまま話を続ける。
「そこでじゃ、ワシらはタクトがこの村に来たことは黙っておこうと思う。お前は体が動くようになったら、そのままこっそり都会に行くが良い」
「あ、ありがとうございます」
「もちろん、私もついていくからね!」
アイネが割り込んでくる。
「おいおい、いいのか。村はどうするんだ」
「そう言っても、タクト一人じゃ都会まで行けないじゃない。道も知らないんだし」
「アイネの言うとおりじゃ。連れて行け。アイネももう一端の大人。アイネのような優秀なハンターを失いとうはないが、アイネ自身が決めたこと。ワシらは誰も反対せん」
「そういうことだから、よろしくね」
「あぁ、嬉しいよ。ありがとう、アイネ。よろしく頼む」
素直に嬉しかった。アイネと一緒に旅ができるなんて、こんなに嬉しいことはない。
「じゃから早う体を治せよ! アイネも楽しみにしておるからのう!」
そう言って笑いながら僕の肩をバンバン叩くウェルさん。だから痛いってーの!!
「あと体が動くようになったら、ロックバードもどこかよそにやるんじゃぞ。あやつも恩人、いや恩鳥だから邪険にはできんが、あんなデカい鳥が村にずっといたら怖くて仕方ない」
あ、ロックバードのことを忘れていた。あんなに頑張ってくれたのに。すまん、ロックバード。元気になったら、目一杯可愛がってやるからな。
こうして僕の旅立ちは決まった。いや僕たちの旅立ちは決まった。僕とアイネとロックバードの……。
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あぁ、今日12時間以上書いてたぞ。とりあえず第一章、終わりといったところか。何とか展開を収めることができた。とりあえず、まとめよう。
当面の目標: 水のモンスターとの戦いでボロボロになった体を回復魔法で治す。
残された謎: 黒衣の男とその部下アンドー。その目的と、計画・研究について。水のモンスターの正体。
気付いたら一日中、書いてた。これが無職の力か。しかし、これだけ書いても3万文字も行かないんだなぁ。文庫本一冊だと、この十倍の文量か……。おっそろしいなぁ。
続きはまた明日書くことにしよう。
今のところ、全くアイデアはない。