村人を守れ!
「しかし、どうしたものかのう。あの水のモンスターにはヤリも弓矢も効かなそうじゃ。タクトのマロードの能力も効かなかった。しかもあの水のモンスターは村をグルリと囲んでいるようなのじゃ。それが徐々に村に迫ってきている」
ウェルさんの口は重い。ウェルさんの話ははっきり言って絶望的だった。どうにも解決策が見えない。
外からメリメリバキバキと木が折れる音が聞こえてきた。家のすぐ外にいた門番が扉を開いて報告する。
「村長! ついにあのモンスターが村に入ってきました!! やはり、村を囲まれています!! 塀がすべて倒されました!!」
「まずいのう……。早く手を打たねば全滅じゃ……」
水のモンスターは森の木々よりも高い。飛び越えることも不可能だ。村には森の木々よりも高い建物はない。
ふと視線を感じて右を向くと、隣に立っていたアイネが僕をじっと見つめていた。そんなに見られても僕には何もできない。マロードの能力も通じなかった。マロードの能力が通じないなら僕なんてただの役立たずの男だ。
自分が情けなくて肩を寄せてギュっと左腕を握った。
「タ、タクト。なんか光ってる!」
アイネが僕を見て驚いている。握っていた左腕を見ると、握っていた上腕部が光っていた。しかし、すぐにその光は消えてしまった。その瞬間、外から門番が慌てて入ってきた。
「村長! 空からロックバードが現れました!!」
「な、なんじゃと!!」
ウェルさんは慌てて家から出ていく。ロックバード!? まさか昼間のロックバードか? 僕もウェルさんの後を追って家から出る。アイネもついてきた。
家から出ると、そこには6メートル近いロックバードが大人しく立っていた。僕の顔を見ると「ククルゥー」と鳴いて、頭を寄せてきた。
「お前、やっぱり昼間のロックバードか。来てくれたのか」
「クゥー」
肯定するように首をかしげてロックバードは一声鳴く。相変わらずデカいが、可愛らしいヤツだ。
「皆の衆、安心せい。ロックバードはタクトの眷属だったようじゃ!」
家の中に向かって叫ぶウェルさん。
「ウェルさん、もしかしたらこれで助かるかもしれませんね」
「うむ。ロックバードは自分より大きな動物もつかんだまま飛べるという。これで村人を外に運び出せるやも知れん!」
「ロックバード、この村の人は全員僕の味方だ。分かるな?」
「ククルゥー!」
よし、賢いヤツめ。よーしよしよし。僕はロックバードの頭を思いっきり撫でてやった。
「車を持って来い! それに子どもから乗せるのじゃ!!」
男が二三人、倉庫の方へ走っていき、大きな荷車をひいてきた。大人なら5~6人、子どもならもっと乗れるだろう。大人たちが小さな子どもたちを荷車に乗せていく。
「皆も並べ! 子どもの次はジジババどもじゃ!! 若いのは手伝ってやれ!!」
荷車に乗れるだけ子どもたちが乗った。僕も荷車に乗り込み、ロックバードに「村の外に荷車ごと運んでくれ」と指示を出す。ロックバードはうなずき、荷車を鋭いツメでひっつかみ、羽ばたき出す。
「ウェルさん、すぐに戻りますから!」
「頼んだぞ、タクト!!」
空へと飛び上がる。ウェルさんの家がどんどん小さくなっていく。水のモンスターよりも高く飛び、村の外へと出る。荷車はガタガタと揺れる。かなり怖い。
「皆、落ちないようにしっかり車をつかむんだ!」
僕は子どもたちに大きい声で叫んだ。みんなも必死に車につかまっている。
空から水のモンスターは厚さは10メートル近くあるようだった。おそらく、どんどん縮んでいくにつれ厚みも増していくのだろう。
すぐに水のモンスターを通り過ぎ、ロックバードは地面へとゆっくり降りていく。「優しく降ろせよ!」と言ったが、結構な振動とともに荷車は地面に置かれた。
「よーし、皆降りるんだ。降りたら絶対にここから動くんじゃないぞ」
僕は子どもが荷車から降りるのを手伝う。勝手に荷車から飛び出していく元気な子どももいた。村の子どもは少ない。もう一往復すれば子どもは全員村の外に出せるはずだ。
「すぐに村の皆を連れてくるからな! 絶対にここで待ってるんだぞ!」
僕は荷車に戻り、ロックバードに村へ戻るように指示を出した。ロックバードは飛び上がり、再び空へと上る。
「おいおい、マジかよ」
水のモンスターは先程、空から見たときより明らかに縮んでいた。縮むにつれて、縮むスピードが上がっているのか!? 急がなくてはならない。
そうして子どもを全員運び、老人も運び終えた。大人たちも何人か連れてきた。あとに残るのは15人ほどのハンターとアイネ、それにウェルさんだけだ。
東の空がうっすらと明るくなっていた。夜明けが近い。
また村に戻る時に空から村を見た。水のモンスターは民家を何戸もなぎ倒し、倉庫もつぶれていた。あとには数戸の家と村長の家だけが残っている。半径30メートルほどだろうか。
家畜が水のモンスターに飲み込まれて「ベエエエエエエ!」と鳴き声をあげていた。すまん、お前たちまで助ける余裕はないんだ。
ウェルさんの家の前に戻る。
「さぁ、次はアイネたちだ。早く乗ってくれ」
屈強なハンターの男どもが6人乗り込む。アイネは乗らなかった。どうやらギリギリまで粘るらしい。くそ、もどかしい。正直に言えば、僕はアイネとウェルさんを優先的に助けたい。しかし本人たちは他の人を優先しているのだから、仕方ない。どうせあと三往復で全員運び出せる。急ぐんだ!
「ロックバード、頑張ってくれよ!」
「クゥー……」
ロックバードもだいぶ疲れているようだ。声に元気がない。もう少しだ。頑張ってくれ!! 僕は祈り、腰布をぎゅっと握る。何度か飛ぶ内に感覚的に分かってきたが、僕が強く念じると、僕からロックバードに何らかの力が流れるようだ。おそらく、これが魔力なのだろう。魔力がロックバードに流れる度に、ものすごい疲労が僕を襲う。だが、僕の魔力なんてすべて使ったっていい。皆を助けるんだ!!
「タクト殿、すごい汗だ! 大丈夫なのか!」
「大丈夫です! それより、しっかり荷車につかまっていてくださいね!!」
ハンター6人を降ろし、村に戻る。水のモンスターは半径15メートルほどに縮まっていた。村長の家もだいぶ飲まれている。やはり縮むスピードが上がっている!
腰布を握り強く握り、必死に魔力をロックバードに流す。心なしかロックバードに元気が戻った気がする。代わりにどっと僕に疲労が襲う。心臓がドキドキと跳ね上がり、体中が痛い。汗はとどまることを知らず流れている。
僕も限界が近い。
村長の家に戻り、またハンターを6人乗せる。残りはハンター3人とウェルさん、それにアイネだ。
「タクト、すごい汗よ! 大丈夫!?」
アイネが駆け寄り、僕の汗を拭く。こんな時にまで人の心配かよ。少しは自分のことも心配してほしい。僕は君を助けたくて仕方ないっていうのに。
「大丈夫。魔力を使いすぎただけだ。まだまだ行ける」
「無理はしないでね。タクトが死んじゃったらダメだからね」
ここで無理せず、いつ無理するってんだ。ハンター6人は荷車に乗り終えたようだ。よし、さくさく行くぞ。
「タクト! 魔力を使うのじゃったら早う言わんか。これを持っていけ!」
ウェルさんが自分の着ていた派手な模様の服を投げ渡してくれた。僕はそれを受け取る。
「お前の腰布と一緒で魔力を高めてくれる効果がある! 急げ!! ワシはまだ死にとうないぞ!!」
ウェルさんは正直だ。待っていてください。すぐに戻りますから!!
もう水のモンスターは地上にいても目視できるレベルで近づいていた。早くしなければ。
幸い、水のモンスターが縮んでいるため、ロックバードが飛ぶ距離は短くなっていた。空から見下ろすともう半径8メートルほどになっていた。僕はウェルさんから受け取った服を着込み、ロックバードに魔力を更に送り込む。
飛び上がり、すぐに急降下する。
「みんなは北の方にいますから。合流してください!」
僕はハンターたちを降ろすとすぐに村に戻る。水のモンスターは半径5メートルほどになっていた。なんとかギリギリ荷車を置けるかどうかだ。
太陽はその顔を少し覗かせていた。もう夜明けだ。
荷車を降ろし、残りの皆を乗せる。今回はアイネもウェルさんもいる。ようやく二人を助けられる!! 乗せている間にも水のモンスターは僕達の方に迫ってくる。迫ってくるスピードが明らかに上がっている!!
「みんな乗ったな! じゃあ行くぞ!!」
ロックバードが羽ばたき、急いで飛び上がろうとするが、ほとんど助走距離がなく難しい。
「クェーッ!!」
水のモンスターがロックバードに触れたようだ。ロックバードの綺麗な尾羽根が水のモンスターに溶かされてしまった。
「くっ、急げ急げ!!」
全力で魔力をロックバードに送り込む。ロックバードは垂直に近い方向に飛び上がる。普通、鳥は垂直に飛び上がることはできない。だが、魔力を送り込めば送り込むほど、垂直に上昇していく。おそらく魔力だけでどうにか飛び上がっているのだ。
水のモンスターは森の木々よりも高い。20メートルほどだろうか。何とか水のモンスターを越えてくれ! 魔力を全力で送り続ける。
ロックバードは高く飛び上がり、水のモンスターを越えた。あとは村の外まで飛んで行くだけだ。頼んだぞ、ロックバード!!
「クェー!!」
ロックバードが一際高く鳴いた。その瞬間、荷車がガクっと揺れた。荷車のヘリをつかんでいた僕の手が滑る。疲労で、握力はほとんど無くなっていた。
「タクトぉ!」
アイネの叫び声が聞こえた。暗闇に消えていくロックバードの姿を見送りつつ、僕は荷車から落下していた。僕はゆっくりと水のモンスターに落ちていく。体感速度がするどくなっている。時間がゆっくり流れている。あぁ、この感覚。二回目だ。
そうか。僕は死ぬのか。
ドボンという水音が聞こえた。
暗転