襲撃!!
-----------------------------
薄暗い部屋の中、黒衣に身を包んだ男が一人椅子に座っている。フードを被っているので顔は見えないが、何か分厚い本を読んでいるようだ。じっくり読んではたまにページをめくる。
ふと、男の左腕が光った。男は自分の左腕を軽く見る。光はすぐに消えた。
「……私の可愛いロックバード……。誰に奪われたか……」
男はそうつぶやくと本を閉じて立ち上がる。左腕の肘あたりを右手で撫でると、そこがほのかに輝いた。
「確かアレはマールデンの方に飛ばしたんだったな……。あの地方にマロードがいたとはな、もしかすると新たに現れたマロードか。興味深いな」
男は部屋の隅にある本棚に本をしまうと、反対側の壁の方を向いた。
「そうは思わないか? なぁ、アンドー」
いつの間にか壁の前には女が立っていた。男と同じように黒衣に身を包んでいる。
「そうですねぇ、あんな田舎にマロードが現れた話は聞いたことがありませんねぇ。私が見に行きましょうか?」
するりと黒衣からヌメヌメと光った尻尾が出てきた。ヘビのようなその尾をフリフリと左右に動かしている。
「いや、君まで奪われてはたまらない。他の者を行かせよう」
「マスター以外のマロードになびくような私じゃありませんがねぇ。私を使役できるようなマロードなんて他にいやしませんよ」
「ロックバードを奪うようなマロードだぞ……。万一があっては困る。アンドー、君は私のお気に入りなのだから」
男は女に近づき、頬を優しく撫でた。アンドーと呼ばれた女も嬉しそうに男の手を包む。
「そうだわぁ、良い機会ですし、研究中のアレを使ってみるのはいかがですかねぇ」
「……いいだろう。アンドー、君に任せる」
くつくつとアンドーは笑い、男の手を離し闇に消える。そこにはもう誰もいなかった。
「……私の計画は誰にも邪魔はさせない」
男は本棚から別の本を取り出し、再び椅子に座った。
-----------------------------
えー。よーし。これで展開した。展開したけど……。例の計画ってなんだよ!! 研究中のアレってなんだよ!! 一体、何が出てくるのか!!
今日はここまでにしておくかなー。いや、まだ時間もあるしもう少し書こうかな。まぁ時間は無職だからいくらでもあるけど。
-----------------------------
「タクト! 起きて。そろそろ宴の時間だよ!」
アイネの声に目を覚まし、眠たい目をこすりつつ、僕は体を起こす。いつの間にか疲れて眠ってしまったらしい。アイネは革のジャケットを脱いでタンクトップのようなシャツだけになっていた。白い肩が大きく露出しており、ちょっとドキっとした。
「あぁ、アイネ。もうそんな時間?」
アイネが小屋の入り口を開けると、外はもう真っ暗だった。僕ものっそりと立ち上がり、小屋の外に出る。村長の家の前に大きな焚き火があり、その焚き火を囲むように数十名の村人が座っていた。老若男女揃っていたが、座っているのは大人の男女だけだ。子どもは周りを走り回っている。皆、長い金髪で腰あたりで髪をまとめている。
「みんなー! タクトが起きたよー!」
アイネが声をかけると皆が一斉に僕の方を見た。暗闇に光る青い目が一斉にこちらを見て、ちょっと怖かった。
「おぅ、タクト! こっちじゃ、こっち。ワシの隣にアイネと一緒に座れ!」
ウェルさんが大きい声を上げる。やっぱり声の大きい人だ。ついでに胸も大きい。
アイネと一緒にウェルさんの隣に座った。僕がウェルさんの右隣に座り、僕の隣にアイネが座る。ウェルさんの側には大きな壺が置いてあり、ウェルさんは大きな皿を持っている。ウェルさんが手を伸ばし壺から液体を皿に注ぐ。おそらく、酒であろう。
「皆の衆、この男がワシらの村をロックバードより守ってくれたマロードのタクトじゃ! 一同、感謝せよ!!」
おおおおおお!! と野太い歓声が上がる。ハンターの村だけあって男が多い。しかもその男たち全員が筋肉隆々のたくましいマッチョマンだった。
「では乾杯じゃ!! 今宵は皆で飲もうぞ!!」
ウェルさんが皿から酒をグビグビ飲む。ぷはーっと美味そうに皿から口を離すと、僕に皿を手渡してきた。お、重い!! 皿にはまだ相当な量の酒が残っている。
「ささ、飲め飲め! グイっと行け!!」
どうやら、この大きな皿で酒を飲み回すらしい。酒は嫌いではないが、何か怖い。僕は意を決して皿を傾けた。何とも言えない甘い香り、酸味があり、割りとドロリとしており喉越しも悪い。飲んだことのない癖の強い酒だ。しかしアルコール度数はそうでもない。グビグビと音を立てて酒を飲み、皿を戻すと、まだまだ皿には酒が残っていた。
「おぉー、イケルではないか! よし、アイネ。負けるな! マールデンの女を見せてやれ!」
重いので僕はそーっとアイネに皿を回した。アイネは軽々と皿をひったくり、一気に飲む。飲む、飲む、飲む。一体、いつまで飲んでるんだ。ちょっと心配になってきたぞ。
信じられないことに、アイネは2リットル以上は入っていただろう酒を一人で飲み干した。皿は空になっていた。
「ははははは! さすがはアイネじゃ! よーし、おかわりじゃ、おかわり!!」
おおおおおおお! とまた茶色い歓声が上がる。
アイネは誇らしげに、僕に皿を回し、僕はウェルさんに皿を回した。あぁー、可愛い女の子だと思っていたが、アイネも屈強なハンターの一人、かなりの強者であった。
ウェルさんは皿にまた酒を注ぎ、また酒を飲んだ。そして、満足げに僕に皿を回してくる。え? また飲まなきゃいけないの? 僕は酒を飲んで、アイネに皿を回した。今度はアイネも飲み干すようなことはせずに何口か飲んで、次に回した。
しばらく皿を回していき、皆で酒を飲んでいく。十人くらいまで回ったところで、皿から酒がなくなったみたいで、皿が戻ってくる。ウェルさんのところまで戻ってきた時、またウェルさんが酒を注ぎ、酒を飲んで僕に回す。
ちょっと待て! このシステムだと、僕はかなり酒を飲まなきゃいけないんじゃないか!! 酒は好きだが、そんなに酒は強くないぞ、僕は。
僕はちょっとだけ酒を飲んでアイネに回す。アイネも何口か飲んで隣に回していく。それが何度か繰り返された。30分くらいかけて、ようやく一周した。皆、まだまだ余裕そうだ。一方、僕はかなり酔っていた。
「よーし、一周したな! まだまだ酒はあるぞ! 今度は逆回りじゃ!!」
そう言ってウェルさんは酒を飲んで、左隣に皿を回した。よかった、そういうシステムか。このシステムならひたすら酒を飲むのはウェルさんだけだ。ウェルさんすっげー。
アイネの方を見ると、アイネは不満そうだった。まだ飲み足りなかったのだろう。信じられない女の子だ。まぁ明らかに人種が違うしな。人種的に黄色人種より白人や黒人の方が酒に強いらしいし。
「アイネ。僕もう結構酔ってきたんだけど」
「え? まだ一周じゃない。飲み足りないよ」
「僕は君たちより酒に弱いみたいなんだ。元々、そんなに強くないけど。ひっく」
「へー。まっ、飲めないなら飲まずに皿を回してもいいよ。でも、もったいないなぁ。お酒なんてそうそう飲める機会ないのに」
僕の世界では酒はいつでも気軽に飲めたものだが、こちらでは相当な貴重品なのだろう。そうは言っても僕はもう飲めない。
それから僕は酒を飲まずにひたすら皿を回し続けた。別に誰も文句は言わなかった。ここでウェルさんあたりから酒を飲めと強要されたら危なかった。
四時間くらい経っただろうか。宴は長い、ひたすら続いていく。飲まずに皿を回す人も増えてきたが、ウェルさんとアイネだけはずっと酒を飲んでいる。こいつら、うわばみか。
皆、口々に色々な話を言い合い、結構面白かった。モンスターに襲われて九死に一生を得た話だとか、街に行った時に荒くれに絡まれて、そいつを迎え撃った話だとか。たまに来る行商人から珍しい物を買ったとか、そういう話だった。
この世界に来たばかりの僕には新鮮な話ばかりで、興味深く聞いていた。もちろん僕の話にもなった。ロックバードを追い返してくれてありがとうだとか、マロードの世界はどんな世界だとか、色々聞かれた。僕は適当に日本の話をしたが、皆面白がって聞いてくれた。そうだよなぁ、この世界から比べると僕の世界は色々と違うだろうから。
更に夜もふけ、何人かは焚き火の前で寝っ転がってしまった。車座の輪は小さくなり、まだ元気な者たちで酒を回している。僕はといえば、一応主賓だし最後まで付き合う覚悟でまだ輪に加わっていた。
「タクトー、もう飲まないのー?」
ベロンベロンに酔ったアイネが僕にもたれかかってきた。ウェルさんはまだケロッとしていて、笑いながら酒を飲んでいる。輪が小さくなったおかげで酒を飲むペースが早くなっているため、アイネもかなり酔ってしまったようだ。
「そうだな。酔いも醒めてきたし、また飲もうかな。次に回ってきたら飲むよ」
「そうだーそうだ! 飲め飲め!!」
アイネはもうダメだ。もう完全に酔っ払っている。僕の肩をつかんでグイグイ揺らしてくる。やめなさい、お互い酔っ払いなんだから、その動きはやめなさい。
その時だった。門の方からブオー! ブオー! という低い音が聞こえてきた。門番の一人がこっちに走ってくる。ウェルさんはそれを見て、立ち上がった。
「皆、何事かあったようじゃ!! 立てい!! 備えよ!!」
それまで寝っ転がっていた人たちもサッと立ち上がり、皆それぞれに散っていく。アイネも自分の家の方に向かって走っていった。一応、僕も立ち上がりウェルさんの後ろに控える。
門番の男がウェルさんのところまで来た。
「村長! 村の周囲に水のモンスターが出ました! 今まで見たこともないモンスターです!!」
「何ぃ?! 昼間に引き続き、モンスターだと!! よし、タクト!! ついてこい!!」
ウェルさんと門番は門の方へと走り出す。僕もそれを追いかけていく。門番が門を少しだけ開き、その隙間からウェルさんが出ていく。
「タクト! 早う来い!!」
ウェルさんに促され、僕も門から外に出る。
真っ暗な闇に包まれてよく見えない。一応、門の前にはかがり火が置かれているのだが、3メートル先も見えない。
「アレが水のモンスターか!! 確かに見たこともない奴じゃ!!」
目が暗闇に慣れてきた。10メートル先くらいに木よりも高い水の波が揺らめいていた。森の中で波だって? 何とも言えない不思議な感覚だ。
ゆっくりとゆらめきながら、徐々に近づいて来ているようだ。人がゆっくり歩くよりも随分遅いが、波は確実に村へ近づいてくる。波はどこまで伸びているのか、森の闇の中に消えて分からないが、見える限り水に囲まれているように見える。
「近づいてみよう、タクト」
ウェルさんはかがり火から長めの薪を取り、松明代わりにして水の波に近づく。波の目の前まで来ると、意外と波は不透明だった。松明を近づけても、波より先の風景は闇に飲まれて見えない。
「厚さは見当がつかんのう。結構な厚さのようじゃ。それに森の木々より高い。相当、巨大なモンスターのようじゃな。それに随分と長い。森の闇に消えてしまっているが、もしかしたら村の周囲をすべて囲んでいるかもしれんのう」
ウェルさんは足元の石を拾って、水の波に向かって投げつける。音もなく石を吸い込んだが、石はそのままゆっくりと波の中を落ちていった。
「ふむ……。特に何もないみたいじゃの」
そう言ってウェルさんはそーっと手を近づけてみる。水に触れるかどうかのところで、ジュッっと小さい音が聞こえて、ウェルさんは思いっきり手を退いた。
「つぅー! 人間には有害みたいじゃな。ヤケドしたみたいじゃ。指先だけだがじゃが」
後ろから足音が聞こえてきた。振り向くとアイネと門番がこっちに来ていた。アイネは革のジャケットを身に着けており、自分の身長と同じくらいの長い木製のヤリを持っていた。刃先は金属のようだ。
「村長! 皆、準備完了しました!」
門番の男が報告する。おそらく門の裏では、村人たちがアイネと同じくヤリと革の鎧で武装しているのだろう。
「子どもとジジババどもに、ワシの家に集まるように言え。どうやら村を囲んで徐々に縮まっているようじゃ。それぞれの家に隠れていては危ない」
「はい! 分かりました!!」
門番の男は走り去り、門の奥へと消え去っていった。アイネは残り、するどく水のモンスターを睨みつけている。
「タクト! あれやっちゃってよ!!」
「あ、あぁ! 任せろ!! ウェルさん、僕の後ろに下がってください」
ウェルさんにまで僕の股間を見せるわけにはいかない。ウェルさんは素直に僕の後ろに下がってくれた。
僕は股間のボタンを外すと、ぺろんとアソコを出し、腰布をめくって水のモンスターに見せた! どうだ!!
「……タクトは何をやっておるのじゃ」
呆れたような声でウェルさんがアイネに聞く。聞くな、僕だって恥ずかしいんだ。
「アソコを見せることがタクトの能力の発動条件なんです、村長」
「はぁ……。マロードって変態みたいじゃのう」
直球で変態って言われた。……僕だってなー! 好きでやってるわけじゃないんだ!!
5分くらい僕は股間をさらけ出していたが、水のモンスターは何も反応せず、じりじりと村に近づいてくる。僕は後ずさり、後ずさり、ひたすら股間を見せつけていた。
「……どうやらダメみたいじゃのう。タクトの魔力では、このモンスターを使役できないようじゃな」
魔力とやらが足りないのか。僕は魔力を高めるという腰布をぎゅっと握った。しかし、水のモンスターは変わらず前進してきた。いつの間にか、門のすぐそこまで水のモンスターは迫ってきていた。
「中にはいれ、アイネ、タクト。ワシの家で作戦会議じゃ」
僕は股間を仕舞い、門の中に入った。ウェルさんは門の裏で集まっていた村人たちにも同じように指示し、皆でウェルさんの家に向かった。