旅は道連れ世は情け
とりあえず落ち着いて皆で広場に座った。アイネから貰った革袋から水を飲む。
「おばあちゃんから聞いたことがあるっす。マロードは魔力を持ったヒトとも召喚契約を結べるって。お互いの合意があればっすけど」
エダは地面に直接どかっと座り、ニコニコ笑いながらそう話す。
「私はマロードを探していたっす。だから召喚契約の条件を満たしたみたいっすね!」
そうだったのか。魔力を持ったヒトとも召喚契約を結べるなんて、結構便利だな。例えば遠くにいる人を瞬時に喚び出すことができる。あ、いや帰りはどうするんだ。歩いて帰ってもらうのはしのびないね、
「……タクト、くれぐれも旅の間はマロードだってバレないようにって、あれほど言ったでしょ」
「ごめんなさい」
アイネが呆れた口調で僕を責める。僕は謝ることしかできなかった。だって、僕の世界にはリザードマンなんていないし、エダをモンスターだと思うのもしょうがないじゃないか。
「なんでマロードだって隠してるっすか? 珍しいっすね。普通、隠さないっすよ」
「タクトの場合、領主様に報告していないマロードだからよ。普通、マロードは現れた土地の領主の物になるでしょう」
「えぇ、そして高い身分を与えられて悠々自適に暮らせるっす」
「あくまで領地内でね。それじゃダメなのよ。見ての通り、タクトはひどいヤケドを負ってしまったの。それでタクトのヤケドを治したいんだけど、うちの領地内でこんなヤケドを治せる魔法使いはいないでしょう」
アイネが小さい子に言い聞かせるように優しくゆっくりと話す。
「あー、だから領主様にマロードを報告せずにこっそりと領地を抜け出し、別の領地の魔法使いに治療してもらうってことっすね!」
意外にエダは一回の説明ですんなり理解してくれた。少女のように見えるが意外と歳をとっているのか、それとも特別賢い少女なのか。
「そういうこと。都会――ファウンデン城まで行けば、きっと治療を専門にしている魔法使いがいると思うのよね」
「ファウンデン城! そこっす! 私の目的地もそこっす!!」
ファウンデン城という名前を聞いた瞬間、エダの目が輝き興奮するように尻尾をバタバタと動かす。犬みたいだな。
「私はファウンデン城で憧れのマロード、アラン様の部下になるのが夢なんす!」
「へー」と僕が相槌を打つ。エダは早口で喋り続ける。
「私が子どもだった頃、アラン様は私の村を救ってくれた英雄なんす! あの時、現れたのは特に凶暴なモンスター、パンデロミックという巨大な岩のモンスターだったっす! 村の戦士たちが一人、また一人倒れていく中、旅の途中だったアラン様がさっそうと村にかけつけ、その偉大な魔力で見事パンデロミックを使役し、パンデロミックを洞窟に封印したっす!! 今でもパンデロミックはうちの村の洞窟で平和に暮らしてるっす!! そして、私は幼い頃に見たアラン様の勇姿が忘れられずに、リザードマンとして一人前になったらアラン様の部下になることを夢見て生きてきたんす。あれから10年、私も15歳になりリザードマンとして一人前と認められたのっす!!」
長い。つまり、アランというマロードが村を助けてくれたので、アランに憧れて部下になりたい。という、そんな感じの話か。
「つまり私は夢を叶えるためにマロードの部下になりたかったっす。やはりアラン様の部下ともなると、それはそれは優秀なヒトじゃないといけないっす。他のマロードの元で経験を積み、実績を持ってアラン様のところに行こうと思ってたっす」
「そういうこと。でも残念ね、タクトはさっき言った通り、どこにも属していないマロードだから、部下なんて取れないのよ」
確かに僕は別にマロードとしてどこかの領主様に囲われているわけではない。つまり無職のマロードだ。無職、この世界でも無職と呼ばれることになるとは。
「あーいいっす、いいす。とりあえず実績が欲しいっす。マロードの部下だったという実績があればいいっす。それに、タクトさんだってファウンデン城に行って魔法使いに回復治療を頼むとなると、結局ファウンデン城のマロードになるっす」
「え? そうなの?」
寝耳に水だ。僕はファウンデン城所属のマロードになるのか?
「……え? そうなのかしら」
アイネも知らない話らしい。
「魔法使いは大体ファウンデン城の王様の部下っす。街で働いている魔法使いも有事の際にはファウンデン城のために働くことになってるっす。つまり、魔法使いと王様はズブズブの関係なんすよ」
「ってことは、魔法使いに治療を頼んだ時点でマロードだってバレるってこと?」
「そうっすねー。ほぼ確実に魔法使いは王様にタクトさんがマロードだって報告すると思うっす。隠しても良いことないっすからね」
はー、そうなのか。現実世界で無職だった僕も、この世界でようやく再就職できるのか。
「……どうしよう。タクト、ファウンデン城のマロードになる?」
「急にそう言われてもなあ……。でも絶対、このボロボロのヤケドは治したいし。そうなるとファウンデン城のマロードになるしかないのかな」
エダが僕の方に身を寄せて言う。
「そうっすよ! それにこんな田舎の領主のマロードになるより、ファウンデン城みたいな大きい城のマロードになる方が良いっすよ!! 一緒にファウンデン城に行きましょう!!」
「そうだなあ、どうせ就職するなら都会で就職したいなあ。それでも別にいいかもなあ」
僕がエダの言葉にうなずく。なんだかその気になってきたが、隣のアイネを見ると難しい顔をしている。
「アイネは反対?」
「……タクトがファウンデン城のマロードになったら、もう一緒にいれないのかな?」
ちょっと涙目になって僕を見つめてくるアイネ。ドキッとする。
「そ、そんなことないよ。す、少なくとも僕はアイネと一緒にいたいなー」
「ならいいわ。よし、ファウンデン城に行きましょう」
あっさり答えたアイネ。僕と一緒にいれるかどうかだけが心配だったらしい。かわいいー!!
「あ、もちろん私も連れて行ってくれるっすよね? ね?」
「うっ……」
アイネが変な声を出した。アイネが僕の側まで来て、耳元でこそこそ話す。こそばゆくて照れる。
「村長から路銀は貰ってるけど、エダの分まではないのよ。馬車代もそうだし、宿泊代も。魔法使いに治療を頼むのにいくらかかるか分からないし、なるべく節約したいのよね」
「あー」
なるほど、お金の問題か。思ったより現実的な問題だった。
「大丈夫っすよ! 自分の分は自分で出すっす! タクトさんの部下って言っても、形だけっすから!」
「……そう。あなた、耳いいのね。それなら私は特に反対しないわ」
旅は道連れ世は情け。旅の仲間は多いほうが良い。
「僕は……」
「もちろん賛成っすよね?」
言いかけた僕にエダが割り込む。
「いたいけな少女にあんな物を見せといて何の責任も取らないってことはないっすよね?」
ニコニコ笑っているが、凄い迫力だ。いや! 元々、賛成だったんだけどさ!!
「もちろん賛成さ! あはははは」
こうして僕たちの旅にリザードマンのエダが加わった。気付いたら女二人に男一人だ。少し嬉しいかもしれない。