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タウゼント・アルツナイの顔はやはり見えない。分かるのは上がった口角と青いくせ毛気味の明るい黒のメッシュが一筋走った随分と独特な髪と隙間見える肌のいたるところに開けられているピアスだけだ。口を開けば舌ピアスを覗かせる。
タウゼント・アルツナイは呆然とするアリスとフートマッハーを差し置いて一人だけやたら我関せずとでも言いたそうに謎の銀色に輝く鍵をいじったり触ったりぶんぶんと振り回している。アリスはタウゼント・アルツナイの鍵を見てハッとする。
「それはどっちの鍵かしら?」
小屋の鍵と”ヴェルト”の鍵、そんな意味を含めながらタウゼント・アルツナイに尋ねるも、タウゼント・アルツナイは意味のありそうな嫌な笑みだけをにまにまと貼り付けて口を尖らせたりした後に時計を見てどこからかマイクをいきなり取り出した。
何をするつもりなのかとアリスがフートマッハーを庇うように少しだけタウゼント・アルツナイに近づくような体制になっていると、タウゼント・アルツナイは口を開く。
「ぴーんぽーんぱーんぽーん。ヒントのお時間で~す!ヒントを伝えさせて頂きますはゲームマスタータウゼント・アルツナイちゃんでっす!みんな覚えてね!そんじゃあヒント一個目!まあ一発目は”ヴェルト”に関するヒントにしてあげちゃうね!オレサマちゃんってば優すぃ~!はい、そんじゃあ”ヴェルト”について、一個目。”ヴェルト”っちゅーのは大体みんなが考えてるもんよ~。手にできるのは一人だけ!手に入れた暁にはシーベルト家の繁栄と永遠の幸福を!まあ信じるか信じないかはご自由に!現在脱落者様はおりませ~ん。リタイア成功者もゼロ!先に言っておくと脱落条件は息の根止まるか自分からオレサマちゃんに失敗リタイア申し出てね。どっちにしろ死ぬけど!あひゃひゃひゃ!!はい!ヒントちゃん終わり!がんばってね~」
タウゼント・アルツナイの明らかに頭のおかしい言動を見てフートマッハーは数歩後ずさりし、タウゼント・アルツナイは心底おかしそうに嫌な笑みをニタニタと浮かべ、アリスは引くような見下すような冷たい無機質に近い瞳でタウゼント・アルツナイのことを見る。
タウゼント・アルツナイの方はというとこちらを見てくるアリスを見て「いくらオレサマちゃんが素敵だからってじろじろ見ないでよん」なんて馬鹿にしたような発言をしてはアリスの逆鱗にことごとく触れていく。フートマッハーの手前、というのが今のアリスに平常心を持たせているが、もしもここにフートマッハーがいなかったらと思うと。
アリスは確実に脱落していただろう。
「どっちの鍵って聞いてるでしょう?耳が聞こえないのかしら」
イライラしていたこともありアリスが強い語幹で尋ねると、タウゼント・アルツナイは不服そうに顎に手を当てながら唇を尖らせてムッとした。アリスもまさかこんなにうまくいくとも思ていなかったので少しだけ拍子抜けである。
フートマッハーは眉を寄せながら困ったように胸の前で両手を合わせてタウゼント・アルツナイとアリスを交互に見る。
一瞬、タウゼント・アルツナイの瞳が開きフートマッハーに視線を向けたことにアリスは気が付かないわけもなく、フートマッハーもびくりと肩を揺らして更に数歩後ずさった。
「耳が聞こえないなんて心外だな。オレサマちゃんは地獄耳。逆に聞こえすぎちゃうの。あんまりでかい声出したりでかい口叩いたらぶっ殺すかんね。あとこの鍵の正体もそんなにあっさり言うわけないでしょ。ヒントまで待っててちょーだいな!」
「そう。失礼、大きな声を出すところだったわ。それじゃあ、そこの開いてる窓について聞いてもいいかしら?」
タウゼント・アルツナイの耳のピアスを開けているのがかゆいのか耳の裏をポリポリとかきながらアリスの指さした先である自分の後ろで全開になっている窓と芝山、そしてその上からこぼれてくるあたたかな太陽の日差しと青い空、時折カーテンを揺らす柔らかな風。
「もう、せっかちだな。でもいいよ、わざわざここまで来たのは素直にほめたげる。ここは出口。リタイアしたいならここから出ないとね~じゃないと~でっどおあでっど!」
「そう、素敵な情報をありがとう。でも貴方がそこに居たら誰もリタイアできないじゃない」
「リタイアさせる気もねぇしね。そりゃそうでしょ。ま、新しいルート探した方がいいよーん」
タウゼント・アルツナイの飄々とした態度に軽くアリスが苛立ちを覚えつつも、大きな情報を得られたことに変わりはない。
フートマッハーもどうにかして一番安全策であろうここから脱出する方法を考えてみる。相手は地獄耳の持ち主だと考えると、少しの行動で下手したらすぐにとらえられてしまうかもしれない。絶対条件として音を立てない事、だとすると少し難しいんじゃないだろうか。
「行きましょう、フート。このイカレと話しているだけ時間と体力と精神力の無駄だわ」
「え、あ、は、はい、アリスお姉様!」
呆れたようにアリスが肩をすくめてフートマッハーも急いでアリスの後をついていくように追いかける。アリスがフートマッハーに手を伸ばすと、控えめにフートマッハーもアリスの手をつかんだ。
タウゼント・アルツナイはそんな二人の後ろ姿を見て軽く口角をゆがめる。
「これだからゲームマスターはやめらんねぇのよねぇ、フートマッハーちゃんよぉ」
× × ×
アリスの明らかにイライラとした様子にフートマッハーが心配そうにアリスの顔を覗き込むと、アリスはすぐに苦笑を浮かべて「ごめんなさい」とフートマッハーに謝った。フートマッハーもどうすればいいか分からなかったので、口は開かずに小さく微笑んで首を横にだけ振った。
アリスはフートマッハーの頭を撫でてやると、五つ目の扉を開くためにドアノブに手をかけた。五つ目の部屋は図書館になっていて、家とは思えないほどの規模の本が馬鹿みたいに大量に置かれている。そしてそれをほとんど全部読んでいる強者がクレメル、記憶力の才能者だ。
「タプファーお姉ちゃん、クレメルあとここだけ読みたい」
「はぁ?俺ぁもうこんなとこさっさとおさらばしたいぜ……読書とか明らかに俺のタイプじゃねえ。読むのは構わねぇけどさっさとしてくれな、ガキんちょ」
「むぅ、タプファーお姉ちゃんのそういうところかわいくないよ。好きじゃない」
「可愛くなくていいわ!!つーか、協力すんのは最初のうちだけっつったろ?もうヒントも出たし俺は”ヴェルト”んとこ行きてぇんだ!」
「だからクレメルが協力してあげるって言ってるでしょ。クレメルの記憶力あった方がタプファーお姉ちゃん楽なんじゃないの?タプファーお姉ちゃんが”ヴェルト”の在処分かったらクレメルも素直に脱出経路探すもん」
「だからって俺ぁそこまで暇じゃねぇ!!早く俺のでっけぇ野望ンためにもこんなとこで時間つぶしてるような暇はねぇんだ!ガキんちょには時間が有り余ってていいじゃねえか!!」
「タプファーお姉ちゃんの野望の為に協力してあげるってクレメルは言ってんのに……」
「もうやめなさい。こんなところで言い合いしてても何も進まないわよ」
分かってはいたが、クレメルは図書館に居た。まさか次女であるタプファーと一緒に行動しているのはフートマッハーもアリスも驚きだったが、終わりそうにない喧嘩の仲裁にアリスが割り込むとタプファーは不服そうに腕を組んだ。
クレメルは本を持ったままウサギのぬいぐるみと一緒にアリスに抱き着くようにすると、タプファーはガリガリと頭をかいた。
タプファー・シーベルト。シーベルト家の次女であり、脚力の才能の持ち主だ。一人称が「俺」だったり粗暴さや口の悪さから男のようだが、体つきはまさしく女のそれで、八頭身、しかも人並み以上のいいスタイルでここまで至っている。良く外に出る子という事もあり兄弟の中ではだいぶ焼けてる方なのもタプファーの特徴だ。年齢は二十三歳、色恋沙汰には二十三歳になった今でも触れたことが今までに一度もないくらいにはタプファーもだいぶある意味変な子だ。
フートマッハーがタプファーに軽く頭を下げて挨拶をすると、タプファーはにっと笑ってぐりぐりとフートマッハーの頭を撫でてやった。女の人とは思えない少し骨ばった大きな手に今までアリスの柔らかな手で撫でられていただけに違和感はすごかったが、悪い気はしなかった。
「……?フートマッハーお兄ちゃん、アリスお姉ちゃん、何してるの?」
「私たちは逃げようって話しててね。メルとタプファー姉さんは?」
「はっ、逃げるとか情けねぇな。てめぇはファイクかよ、だっせぇ」
「……ファイク兄さんと一緒にしないでくれるかしら」
「アリスお姉様、タプファーお姉様、こんなところで喧嘩なんてしてはいられませんわ。それに、ファイクお兄様のことをそこまで悪く言うのはわたくし、感心しません。気分がいい話ではありませんし、クレメルの前なのですから少しは控えてください。クレメル、わたくしたちは鍵と窓が開かないか確認しに来たのだけれど、鍵のようなものを見つけたり窓が開くか確認したかしら?」
タプファーの前となるとアリスも少し気分が悪くなるようで、つい先ほどまでタウゼント・アルツナイを相手にしていたこともありアリスのイライラはほぼ頂点に達していた。仲の悪い姉妹として家族内でも有名な二人だ。
クレメルが涙目になりながらウサギのぬいぐるみを強く抱きしめてタプファーとクレメルを交互に見ると、フートマッハーが仲裁に入る。フートマッハーの仲裁にクレメルがほっと安堵のため息を漏らすと、自分に話が回ってくるとは思っていなかったのでびっくりしながらも口を開いた。
「本の中には鍵みたいなのはなかったよ。タプファーお姉ちゃんが来る前に窓から逃げられないかなあって思って調べてみたけど、板みたいなのが打ち付けられてて駄目だったの。……ね、ねぇ、フートマッハーお兄ちゃん、いつアリスお姉ちゃんと合流したの?」
「いつ?って……最初から、だけど……」
「ふぅん……。そっかぁ。クレメル一回寝ちゃったから色々こんがらがってるのかも。ごめんね、フートマッハーお兄ちゃん」
クレメルの変な質問に意味が分からなそうにフートマッハーは首を傾げ、共に行動をしていたアリスの方もクレメルが疲弊しきっているのではないかと心配になってきた。タプファーだけはわれ関せずといった様子だったが。
「最初から、か……」
クレメルが意味ありげに小さくつぶやいたことにその場にいた三人は気が付かなかった。ただ、この場合は気づかなくてもよかったのかもしれない。
フートマッハー・シーベルトにとって。