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「はぁ……もう、どうすればいいのよ……」
タウゼント・アルツナイの雑すぎるスタートの後、一度照明が消えたかと思えば再度ついた時にはタウゼント・アルツナイは姿を消していた。姉妹兄弟の数人は既にどこかへ行ってしまったりもしていたが、呆然としたままこの場に残った1人目はアリス・シーベルト。
アリスは長い生まれ持った美しく輝く金髪を靡かせながら手を頬に添えながら困ったようにうーん、と考え込む。アリスはシーベルト家の三女、年齢は21歳。アリスの心境はこんなことをしてる暇があるなら婚活したい、ぐらいだろうか。アリスは三女という事もあり、二人の姉と共にこのゲームを幼い頃に父に聞いていた。よく、“ヴェルト”争奪戦はパパが勝ったんだよ、なんて言っていたか。
「まさか本当にこうなるなんて……どうする?」
「どうするもこうするも……こうなってしまったからにはやらなくてはいけないんではなくって?アリスお姉様」
桃色がかったウェーブの巻き髪を揺らしながら桃色のぱっちりとした瞳を困ったように揺らす女性、ではなく男性は、アリス同様に困ったかのように頬に手を添える。
この場に残った2人目はフートマッハー・シーベルト。シーベルト家の五男、年齢は16歳、思春期真っ盛りである。フートマッハーはシーベルト家の所謂養子の1人で、アリスにはシーベルト家に来たばかりの頃から良くしてもらっていることもあり、フートマッハーはアリスにはベッタリしている。見た目こそは確かに女だが、アリスからすればフートマッハーは可愛い弟の1人に過ぎないので、出来れば戦争ごとにはしたくない。
「フート、貴方はどうしたいの?」
「わたくしは……」
アリスが不意にフートマッハーに質問をすると、フートマッハーは少し困ったように眉を寄せた。つまり、言葉を詰まらせた。
まだ16歳の男の子だ。そんなでっかい野望も持っている訳ではないだろう。アリスとしてはフートマッハーの為になることを何かしようと思った。例え利用されるのだとしても、可愛い弟ならばそれもいい、そんな事を少し思いながら。
アリスがフートマッハーの答えを待っていると、フートマッハーはふるふると首を横に振った後に肩を竦めた。
「わたくしにはありませんわ。アリスお姉様、逃げましょう。リタイアをしてはいけないなんてルールはありませんわ。なんとしても、出ていきましょう?アリスお姉様、アリスお姉様は素敵な方ですわ。アリスお姉様には、素敵な殿方と幸せになってほしいんですの」
「フートマッハー…………」
アリスが感動するかのようにフートマッハーの名前を反芻するように呟く。フートマッハーは愛想のよい笑顔をにこにこと浮かべながらアリスに手を差し伸べる。言葉は紡ぎはしなかったが、フートマッハーの瞳は一緒に行きましょうと、そう語っている。
アリスはどこか呆れるような苦笑を浮かべた後に、「ええ、行きましょう」なんて言ってフートマッハーと手をつなぐ。ふと手をつなぐときに目に入ったフートマッハーの胸元にあるリボンが解れているのを見て、アリスはどこかに裁縫箱はないかと辺りをキョロキョロと見まわした。
「アリスお姉様?どうかなさいましたか?」
「フート、あなたの可愛らしいお洋服のリボンが解れているわ。今から直してあげる。どこかに裁縫箱はなかったかしら?」
「ごめんなさい、アリスお姉様、わたくしとしたことがこんな状況でアリスお姉様の手を煩わせてしまうなんて。裁縫箱ならわたくしの部屋にありますわ。二階へ行きましょう」
「謝る必要なんてないわ、フート。そうね、行きましょう。まずはフートのお洋服を仕立て直さなくては」
「仕立てるなんて……大袈裟ですわ、アリスお姉様」
ふふ、とフートマッハーはアリスを、アリスはフートマッハーはアリスを見てよく似た笑顔を見せる。こんな危機的状況でもこうやって笑いあえる状況はどれほどお互いの心を軽くしただろうか。例え血がつながってはいなくとも、そこにあるものは美しき姉妹、否、姉と弟の姿だった。
× × ×
いつもは賑やかな屋敷が嫌に静かに、それも気分の悪い静かさをまとっている。アリスは目を凝らしながらキョロキョロと辺りを見渡しながらフートの手を離さないようにしながらもフートの数歩先を歩く。アリスの生まれ持って秀でたものは、視力だった。視力がいいのは家族の中で一番のことだったし、自分でもこの視力で何度か助けられたこともある。
そして、今はこの視力を頼りに今となっては信用のかけらもない家族の死角を一刻も早く避けるために、フートマッハーを守るために活用している。ただ、能力者というわけでもないのでアリスは目の疲れや一瞬の瞬きに自らのふがいなさを感じながらも、まだ誰も行動を起こしていないのか何ともなく二階の男部屋、フートマッハーの部屋にたどり着く。
「す、少しお部屋を見られるのは恥ずかしいですわ。アリスお姉様、少し廊下で待っててはいただけませんか?すぐに裁縫道具を取ってまいります」
「大丈夫、急がなくていいわ。裁縫道具を持ってきたら私の部屋へ行きましょうか。廊下で直すなんて無謀もいいところよ。私の部屋には見られて困るようなものもないし、なにも気にしなくて大丈夫だからね」
「ありがとうございます、アリスお姉様」
アリスは自分よりも女の子らしい彼、男の娘であるフートマッハーには思わず苦笑を浮かべてしまう。平穏だったころはそんなんだから彼氏ができないだの女の子にばかり告白されるんだの姉からは言われたことがあったか。
アリスはふと年の離れた五女のことを思い浮かべてしまう。五女はアリスよりもさらに男らしい。男前でワイルドで、何よりもデリカシーのなさや空気の読めなさも明らかに小学生男児である。自分の嫌なことは取ってつけたような理由でごまかそうとする辺り、小学生、それもだいぶ典型的な小学生だ。
そんな事を思いながらフートマッハーの部屋の周りをうろうろするように歩いていると、視界の右端に何かが映ったのを確認し、そちらに目を凝らす。すると視界の右端に映っていた人物は今から上へ向かうつもりなのか階段を登っている。
「何をそんなにこそこそしているの、ファイク兄さん」
「う、うわぁ!?あ、ああ、ありす……?」
らしくもなく声を張り上げてアリスが問いかけると、名前を呼ばれた男、ファイク・シーベルトはびくびくとしながらアリスの方を顔を引きつらせながらなぜか気まずそうに声を震わせながらおどおどとした虫の羽音ほど小さな声で言葉を発する。
「何言ってるか分からないわ、ファイク兄さん。あなたはこれからどうするの?ファイク兄さんの才能は何だったかしら?ファイク兄さん、悪いことを言うつもりはないけど逃げた方がいいんじゃない?外で待つ婚約者の為にも」
呆れたようにアリスが肩をすくめてそんなことを言うと、ファイクは気分を悪くしたのか顔をムッとさせる。ファイクの年齢は24歳。温厚で優しいがコミュニケーション能力に難がある男だ。そんな男がどこで出会ったのかはわからないが、東洋の方に婚約者がいる。
姉や兄がファイクが家族の中で一番結婚が早い可能性のある男だったと知った時の自分を含めた絶望をした顔には未だに鮮明な記憶がある。
「ど、どうしてアリスにそこまで言われなくちゃ……」
「アリスお姉様、お待たせしてしまってごめんなさい。持ってきましたわ。三階へ行きましょう。……あれは一体?アリスお姉様の視力ではないとわからないですね……」
ファイクが唇をかみしめながら言葉を放とうとしたちょうどその時、アリスもしまった、と思いつつ軽く青ざめているとき、ちょうど扉が開きフートマッハーが裁縫箱をもってアリスの横に立つ。
フートマッハーはぴりぴりしていた空気だったこともいざ知らず、のほほんとした様子でそんなことを言ったかと思えば、ぼんやりにしか見えない人影を見て自分の視力ではわからない、と肩をすくめた。
「情けない臆病者よ」
「ファイクお兄様のことですか……?アリスお姉様、そんな言い方は駄目ですわ」
「そうね、ごめんなさい、フート。行きましょうか」
「はい、アリスお姉様」
アリスの乱暴な言い方に気を悪くしたのか、フートマッハーは頬を膨らませて軽くお咎めをすると、アリスが苦笑をして行こう、とフートマッハーが手にしていた裁縫箱を代わりに持つと、フートマッハーはそっとアリスの手をつなぎ廊下を歩き進める。
ファイクはというと、フートマッハーが出てきてしまったことにより言葉が紡げなくなってしまったらしく、階段を急いで駆け上って行った。
(本当、嫌になっちゃう男だわ)
呆れに近い気持ちでアリスはそんなことを思いながら、また目を凝らしてフートマッハーの少し先を歩きながら自らの部屋までを歩いて行った。