綾ちゃんの初カレside雪夜④
当日はオレはワインレッドのカーディガンに白のカットソー、黒のパンツに革っぽい素材の靴を合わせた。白兎は紺のカーディガンに水色のシャツ、ベージュのパンツに革靴を合わせている。
今日のお店は『バンビーナ』というイタリアンのお店だ。割と良い雰囲気で料理も美味しいのにお値段は安めだ。今日は顔合わせだから、ということで男どもの奢りだ。激安、とは言えないが、比較的財布に優しいレストランでよろしい。メニューはランチのコース。もう予約は取ってある。『バンビーナ』は暖簾で仕切られた個室風のテーブル席である。
白兎はずっとそわそわしっぱなしである。
「白兎、ちょっとは落ちつけよ。」
「だって、もうすぐ来ちゃうし…どうしよう、僕どっかおかしくない?」
おかしい所があるとするならばその挙動不審な態度だが、敢えて指摘はしない。
「おかしくない、おかしくない。」
ポンポン頭をなでてやる。
携帯にLINEで『着いたよ』と結衣からメッセージが入った。暖簾から顔を出して「結衣、こっち。」と結衣たちを招いた。うーん…やっぱりメガネでも結衣は可愛いな…
綾ちゃんもさっぱりした感じで綺麗目だけど。パンツ姿が脚の長さを際立たせている。
結衣と綾ちゃんがしっかり席に着いたところを見計らって紹介する。
「綾ちゃん。こっちこの前言ってた知り合いの月城白兎。白兎、こっちお前に話しておいた長谷川綾ちゃん。隣のはオレの彼女の朝比奈結衣ね。結衣に手ェ出したら殺すから。」
あらゆる手段で痛めつけた後殺すから。
「だ、出さないよっ!」
白兎が慌ててぶんぶん首を振っている。とりあえず自己紹介しないと始まらない。テーブルの下で白兎を肘でつついた。
「えっと。月城白兎です。歳はまだ15歳です。桜嵐高校1年です。趣味はラーメン屋めぐりです。よろしくお願いします。」
白兎がぺこりと頭を下げた。お前ラーメン好きだよね。ブログは結構おもしろかったけど。結衣と食べに行くラーメン屋さんの参考になったし。
「長谷川綾です。歳は17歳。光ヶ崎学園3年。趣味は写真。よ、よろしくね。」
綾ちゃんが緊張気味に自己紹介する。順繰りいって結衣に目を向けたらきょとんとした顔をされた。完璧添え物気分でいるな。まあ、添え物なんだけど。
「朝比奈結衣です。光ヶ崎学園3年で、綾ちゃんの友達で、雪夜君のこ、恋人で、す。」
照れてるし。かわいいなあ。
「雪夜~!!女の子のレベル高すぎるよ~…!!僕浮いてない?」
白兎が不安感に苛まれてオレに泣きついた。結衣も綾ちゃんもちょっと人の目を惹く奇麗処だから、気持ちはわからんでもないが鬱陶しい。白兎の手をおざなりに払う。
「浮いてない浮いてない。大丈夫だから落ちつけ。とりあえずメニューはコースで良い?もう予約してあるんだ。お代はオレと白兎が持つから。」
「え?払うよ。」
「今日は良いの。」
結衣も綾ちゃんも恐縮してたが、最初だけだから。どうせ貧乏学生だし、デートは割り勘になると思うよ。コース料理をたっぷり堪能した。
「ラーメンってこの辺だとどこがお勧め?」
「『芝崎』っていうラーメン屋さんがお勧めです。人気のメニューの中華そばは醤油に拘りぬいた醤油ラーメンで、スープは鴨の旨みが効いてます。お肉の方はあっさりした豚チャーシューとあわせてありますけど、それも結構美味しくて。」
「へえ。美味しそう。」
「あと『菜々軒』ってところも美味しいです。しゃきしゃき野菜のタンメンが美味しいです。野菜を食べるラーメンっていう感じで、色んな野菜が入ってるんです。僕、ブログでラーメン食べ歩きの記事載せてるんですよ。」
「うそ。見たい。」
綾ちゃんと白兎は話しが弾んでいるようだ。白兎も綾ちゃんが上手に相槌を打ってくれているので、調子が出てきたようだ。
「雪夜君の友達、随分可愛い子だね。道場の子ってみんなあんな感じなの?」
「そんなわけないでしょ。格闘技習いに行ってるんだから。あんな石鹸の香りのしそうなラビットボーイはあんまりいないよ。」
合気道は割とマシなの多いけど、それでもやっぱり男臭いよ。女性でも通ってる人もいくらかいるけど。
「雪夜君も石鹸の香りがしそうだけど。」
「むさ苦しくならないように気ぃ使ってるからね。脱ぐとちょっと男臭くなっちゃうけど。」
結構身体が筋肉質なんだよねえ。ムキムキって程でもないけど。結衣はどういう体型が好きなんだろう。今度聞いてみよう。身体は割と筋肉ついてるけど、見た目にも気を使ってるし、実際の制汗とかもしっかりやってるよ。
結衣の手を取って匂いを嗅ぐ。
「結衣はオレのマーキングの匂い。」
フルーティーな香水の匂い。最近この匂いを間近で嗅ぐだけでちょっと興奮する。
「すごくおいしそう…」
結衣の指先にちゅっと口づけた。白魚のような手が柔らかくってちょっとムラッとする。色香を滲ませて微笑んで見せた。結衣はそんなオレを見て少し頬を染めている。
「うわあ……」
「雪夜がエロい…」
綾ちゃんと白兎がオレを見て頬を染めて声をあげる。
「ああ。うっさいうっさい…」
お前らの反応とかいらないの。しっしっと二人の視線を追い払った。むくれて唇を尖らせていると結衣がにこっと笑って尖った唇に指先でタッチしてきた。可愛いし。
「結衣。誘惑は人のいない所でしてね?」
結衣が真っ赤になったので、ふふっと笑った。
「結衣はオレの友達に興味があるの?」
「んー…友達と言うか、友達の前での雪夜君に興味がある。いつも友達にはどんな態度で接してて、どんな話するのかとか。」
うーん。亮太たちに取ってる態度をありのままに見せたら引かれそう。女子に対する態度を見せたりしたら幻滅されかねない案件だ。オレ結衣以外の女子には基本かなり冷たいから。でも正哉に取ってるくらいの態度なら見せても大丈夫かな?正哉とはこないだ友情を(笑)確認し合ったばかりだし。
「じゃあ、今度ダブルデートしようか?」
結衣とオレと正哉と後藤で。それはなんだかすごくいい案に思えた。
「え?」
「結衣以外全員中学生になっちゃうけど、どっかに遊びに行こう?」
結衣の顔色を読む。結衣は行ったら、オレの友達が気を遣っちゃわないかな?と心配しているようだ。
「まあ、多少は気を使うだろうけど、そんなのお互い様だし。後藤と結衣は仲良くなれそうな気がする。」
正哉は結構神経図太いし、後藤は社交的だし、結衣自身が大丈夫ならこの案は通りそうな気がする。
「後藤さんって言うのがお友達?」
「いや、友達は正哉。多嶋正哉。結衣も会ったことあるよ。オレが記憶喪失になった時、正哉も見舞いに来てたから。後藤はその彼女。後藤美穂。結衣には及ばないけどまあまあ可愛い。」
顔立ちが凄く可愛いっていうわけじゃないけど、磨かれてセンスが良いというか全体的にお洒落だ。総合するとやっぱり可愛く見える。
「興味があるなら今度予定合わせるけど?」
結衣は本当に乗っていいのかどうかちょっと不安に思いつつ興味がある…そんな感じの表情をしている。
「ふふっ。遠慮しないで?オレも結衣のこと自慢したいし。」
「じゃあ…行きたい。」
「連絡つけておくよ。」
どこ行こうかな。結衣と後藤が喜びそうな所を正哉と話し合おう。なんか楽しみになってきた。隣では白兎と綾ちゃんもなんか盛り上がってるみたいだ。
結衣と綾ちゃんが化粧室に立った。
「白兎。綾ちゃん、どお?」
白兎が赤くなった。
「すごい綺麗で、でも笑うと可愛くて…僕の話なんかにも上手に相槌打って聞いてくれて…優しい。ちょっと強引な所もあるけど不快な感じじゃないし、さっき僕が『手は大きいんですけど身長伸びないんです』って言ってたら『手はどのくらい?』って手を触ってきて、ついいつもの調子で赤くなっちゃったら綾さんもつられて照れて赤くなっちゃって……もう、もう!すっごい可愛い!」
白兎が力を込めて言った。綾ちゃんのこと相当気に入ったみたいだな。やっぱり女慣れしてない白兎にとって、同じくらい男慣れしてない綾ちゃんは相性が良い相手のようだ。
「へえ。」
「ほんとにあんな可愛い子が彼氏いないの?」
「いやいや、反応見ろよ。彼氏いたらそんなうぶな反応するわけないし。」
「そっかー…」
白兎がにまにまし始めた。可愛い綾ちゃんを脳内リプレイしているようだ。
「もう連絡先交換した?」
「な、何言ってるの!?そんなことできるわけないよ!!」
白兎が真っ赤な顔でぶんぶん顔を振った。アホか…連絡先聞いて次に繋げないでどうするつもりなんだ?オレがセッティングするのは今回だけなんだぞ?
「あーあ。綾ちゃんも残念だなあ…さっきはあんなに話しで盛り上がってたのに、白兎が連絡先を聞かなかったばっかりにこの食事会以降没交渉。綾ちゃんお前と学校違うし、会う機会なんてないんだろうなー。可哀想になー。でもオレにはどうにもできないなー。白兎が行動しなかったせいなんだしー。」
わざとらしく言った。
「…雪夜…さりげなく連絡先を聞く方法ってないかな?」
「さりげなくってなんだよ。普通に聞けよ。」
「だってそれってなんかがっついてるみたいで引かれちゃいそうで怖いし…」
このチキンがっ!
喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「じゃあ、お前の連絡先だけ教えて、本当に連絡くれるかどうかの選択は綾ちゃんに任せてみたら?」
多分その場で連絡先教えてくれると思うけれど、このチキンにはそういうポーズが必要なのだろう…と無理やり自分を納得させる。
メモ帳とペンを貸してやった。LINE入ってるし、QRコードかなんかでお互いに交換すれば一発なのに…何を好き好んでこんな手順踏んでるんだろう…
「どうしよう。綾さん引かないかな…?」
「相手が綾ちゃんだからある程度『待ち』の態度もありだけど、たまには押さないと女心は揺るいでくれないよ?」
「うう。年下なのに雪夜が大人に見えてきた…」
ほんとにこの男は…オレは結衣たちが化粧室を出てくるまで白兎を励まし続けた。
案の定綾ちゃんが現れたら緊張と羞恥で真っ赤になってしまった。結衣がオレの顔を見ているけど、今はスルー。多分白兎の態度に疑問をもって、その原因をオレだと思っているのだろう。
綾ちゃんたちがしっかり着席するのを確認して白兎が切り出した。
「あ、あの…綾さん。これ…僕の番号とアドレスです…もしよければ連絡ください…」
白兎がさっき連絡先を記入したメモ帳を綾ちゃんに差し出している。そのメモ帳はいつもオレが使用しているもので、すぐにそのことに気付いた結衣が微笑ましげににこにこしていたので頬を摘まんでやった。
「い、今交換するから待って。」
案の定綾ちゃんはその場で連絡先を交換し始めた。ほんとに何をビビっていたんだ?あのチキンは。
それからも白兎と綾ちゃんはおしゃべりを楽しんでいた。
結衣はしっかり食べる方も楽しんでいて「おいしーね!雪夜君。」なんてにこにこしている所が堪らなく可愛い。このお店にして良かった。美味しそうに食べる結衣をうっとり眺めた。
食後のジェラートまでぺロリ。
「結衣。満足した?」
「うん。満足。すごーく美味しかった。雪夜君はこのお店よく来るの?」
「まさか。この前月姉に連れてこられて、たまたま知ってただけ。値段の割には美味しいし。ちょっと気に入ってる。」
いくらオレが大人びてるからって一人でこんなお洒落系のお店開拓してるわけないし。普通に月姉の紹介。さすが大学生だけあって時間や資金力に余裕がある。
「月絵さんの一条先輩に対する好感度ってどうなった?」
「地道な苦労も報われて常時名前呼びになったよ。」
家でも「誠が…」って言ってて義父さんはちょっと寂しそうだったりする。
結衣は月姉の恋愛状況にはかなり興味津々なようだった。いつか結衣も月姉や桃姉と女の子同士の会話とかしたりすんのかな。月姉には結衣にあんまりろくでもないことは吹き込まないでほしい。
月姉の話題をちらほら。月姉の運転は超怖い。「ちょっと留まれ!」ってタイミングで普通にハンドル切る。オレもあんまり乗りたくないけど、一条なんて一度隣に乗った時、車から出てきた時は真っ青で、心配した義母さんが家で休ませたりとかした。怖いのはその運転で一度も違反キップを切られていないこと。ほんとーに怖い。出来れば結衣には乗ってほしくない。
食事を最後まで楽しんで、食後のコーヒーor紅茶を楽しみ終えて、全員のカップが空になったのを確認してお食事会の閉会を告げた。
「じゃあ、とりあえず顔合わせは終わったし、後は各自で連絡とるなりしておいて?今日は解散ね。」
白兎と一緒に会計した。綾ちゃんのことは白兎が送っていくことになったけど、結衣は随分心配していて。「送り狼になっちゃわないかな?」とか言ってた。オレには白兎にその度胸があるとは思えない。「あいつにそれだけの度胸があったら、既に彼女の一人ぐらいはいると思う。」と告げておいた。
送り狼ねえ…
「送り狼っていいね。結衣、オレも狼になっていい?」
握っていた手を引きよせてぎゅっと結衣を抱きしめた。冗談で言ってるわけだけど、もし答えがYESだったらホテルに連れ込んじゃう手もある。ここは繁華街に近いし。ゴム入りのポーチも鞄の中にはちゃんとある。
「ダメ…」
案の定答えはNOだったわけだけれど。
「ちぇっ。」
残念に思いつつ、いつも通りの手繋ぎ状態に戻った。ちゃんと無事に家まで送り届けたし。
それからしばらくした後、白兎は綾ちゃんと付き合い始めた。道場のやつらは白兎から綾ちゃんの写メを見せられて大変羨ましがっていた。それは良いのだが、道場でもう2匹調教している奴らがどっちも可愛い彼女を作っちゃって、「雪夜の薫陶を受ければ可愛い彼女ができる」という噂がまことしやかに囁かれ、オレの調教を受けたいと申し出る男どもの多さにうんざりした。オレ、そういうの教える専門家じゃないから!
おしまい。
また気が向いたら何か書いて更新します。フツーに2ヶ月とかあいちゃうかもしれないので、気長に宜しくお願いします。
……って思ってたけど普通に新作書きあがっちゃいました。明日から「ダブルデート」を更新予定。結衣ちゃんサイド3話、雪夜君サイド4話の予定。
雪夜君サイドの方が本編っぽい感じです。