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ダブルデートside雪夜②

ダブルデート当日になった。午後一番に待ち合わせ場所へ行く。黒のソフトハットに、白いVネックカットソーに、黒のジャケット、デニムパンツを合わせている。足元は赤のスニーカーだ。ずっと室内にいるのに帽子もどうかと思うが、今日はやたら寝癖が頑固で、最後まで抵抗し続けたのでハットで無理矢理寝かせたのだ。

待ち合わせ場所でしばらく待っていると正哉が来た。こいつも帽子をかぶっていた。ワークキャップだ。


「おはよ。正哉。」

「はよ。もうおはようの時間じゃねーけどな。」

「なんか正哉遅かったよな。来る時間伝えておいたのに。」

「出がけに茶太郎だっこして撫でてやったら俺の服に嬉ションしちゃってなー…慌ててシャワー浴びて着替えたら時間食っちまった。」


茶太郎とは正哉の家で買っているダックスフントだ。すごい人懐っこい性格をしていて撫でられるのが大好きだ。正哉から与えられたものは餌だろうが薬だろうが喜んでゴックンしちゃうので、薬を飲ませるのには手がかからなくていいそうだが、時々今日のように嬉ションしちゃったりするちょっとおバカなわんこだ。


「本当は、美穂と一緒に買いに行ったコーディガン着てくるつもりだったんだが。」

「パーカーも割と似合うよ。」

「サンキュ。雪夜は珍しくハットだな?」

「どうしても寝癖直んなくて。」

「どこ?」


オレはハットを脱いでみせた。


「もう毛が寝てるかも知んないけど。朝は一房だけあほ毛してた。」


ぴょこんと出てた。正直、頭悪そうに見えるから止めてほしい毛の立ち方だった。


「ああ。特に目立った寝癖はねーな。でもハットも割と似合うぜ?」


寝癖はハットに鎮圧されたらしい。


「お前もワークキャップ似合ってるよ。オレ、ワークキャップって持ってない。」

「被ってみるか?」


帽子を交換して被った。


「雪夜、結構似合うぞ?」

「正哉も似合ってる。お前、色んな帽子似合うよね。でもあれだな。鏡見たわけじゃないから自分じゃわかんない。」

「鏡もってねーの?」

「鞄の中に入ってるけど、出すのめんどい。」

「出せよ。」

「やだ。結構かぶり心地もいいのな。」

「割と柔らかいだろ?俺もお前も頭のサイズあんまり変わんねーし。キチキチしないだろ。」

「だなあ。」


帽子を再び元に戻した所で結衣の接近に気付いた。


「あ、結衣。おはよ。」


いつもとまた違った感じだから、近づかれるまで気付かなかった。


「おはよう。」


爽やかに笑って挨拶してくれる。


「後藤もすぐ来ると思うから待ってて。」

「うん。」


結衣をちらっと観察した。今日の結衣は白のバルーンっぽい袖になってるしわしわオフショルダーブラウスに淡い水色のダメージサロペットを着ていた。スカートが多い結衣のサロペット姿は意外と珍しいかも。肩紐からチラ見えしている肩が何ともおいしそう。白くて細い肩がおいしそうだから、口に含んでみたいと思ったオレは悪くないはず。髪はキャラメルカラーのウィッグを、左右で分けて耳の下くらいまで編み込みを入れて縛っている。ゆるっとしていて可愛い。結衣はロングヘアーも似合うよなあ…。うっとりするくらいの美少女ぶりだ。瞳はヘーゼルのカラコンを入れている。


「今日の髪型可愛いね。自分で編んだの?」

「うん。麻衣監修の元自分で編んだ。どうかな?」

「すごい可愛い。肩出してんのも可愛いし。ちょっと色っぽい。」

「えへへ。」


はにかむ顔がまた可愛い。オレの彼女は可愛いな。

結衣の頭をナデナデしながら正哉に話しかけた。


「ワークキャップは良いけど、ベースボールキャップとかは結構苦手。」


ぴたっとしてるから寝癖を直すには最適だけど。


「B系ファッションの奴がよく被ってる印象あるけど。雪夜そういう格好しないもんな。」

「B系は苦手なファッションの一つだな。どっちかっていうと小奇麗な感じで攻めてるから。ハマってるやつは似合うのかも知んないけど、オレには合わない。正哉もB系は着ないな?」


着てるの見たことない。


「俺もあんまり好きじゃない。」


決してそのファッションが悪いわけじゃないけど、オレたちには似合わない。正哉は結構カジュアルなんだけど、革デザインのスニーカーなどの大人っぽいアイテムをちょいちょい混ぜてくる。それがハマるんだよなあ。


「あ、美穂来た。」


正哉が後藤の接近に気付いた。私服姿の後藤もなかなか可愛らしかった。メイクもちゃんと施されてるし。やっぱりお洒落。そして予想通りイヤリングとイヤーカフしてきたな。後藤のことだから貰った手前一度くらいはオレの前でつけると思ってた。でも結衣がもしかしたら気にしちゃうかな?と思ったので結衣の分のイヤリングも仕入れておいた。今日のデートにピッタリなやつ。


「お待たせしました!」


それほど待ってはいないけど。


「おし。じゃあ自己紹介するか。雪夜以外。まず俺な。多嶋正哉たじままさや。13歳。中二。趣味はゲーム。街づくりとかファームとかそういうのが好き。RPGもやるけど。好きな食いものはハンバーガー?バンズに挟んであるのが好きだけど、ベーグルサンドとかも意外と好き。あと肉類は大抵好き。嫌いなものはナンプラー。みみずとかムカデとかうにょうにょした生き物は苦手。よろしく。」


正哉の音頭で自己紹介。小学校のとき正哉に向かってみみずを投げたやつが、正哉にマジギレされてるのを見たことがある。うにょうにょしてなくても、虫の大半はキモいと思う。テントウムシとか、ホタルとか、可愛いのもいないことはないけど。ゲーマーでオレはよくRPG借りてやってる。オレが買いたいほどでもないけどちょっと興味ある…って感じのゲームを沢山持っている。


「私は後藤美穂ごとうみほです。13歳で中二です。趣味はゲームとメイク。私は和製のホラーゲームが好きです。洋物のゾンビ撃つやつはなんかちょっと違う感じで…。最近正哉君に影響されてRPGもやるようになりました。あとガールズトークとかも好きです。好きな食べ物はふわふわのホットケーキ。ホットケーキの厚みは幸福の厚みです。太っちゃいそうで怖いですが、ホットケーキ食べるときだけはバターたっぷりつけてます。嫌いなのは特にないかな。何でも失敗してなければ美味しくいただけます。ダイエットだけが悩みの種で…。」


正哉とはよくゲームの話してんのを見るけど、女の子たちの輪に入ると、あんまりゲームの話してる姿は見ない。もっぱらメイクの話とガールズトークしている。あんまり主張激しい感じじゃないけど、女子の中では立派なリーダー格だ。正哉の隣に立つ自信を付けるために痩身にはかなり念を入れてるのを知っている。正哉は正哉で後藤が自分のためにスタイルに気を配ってくれてるのが嬉しいみたいだ。


「私は朝比奈結衣です。17歳。高3。趣味は読書とお菓子作り…だったんだけど、最近お菓子にかかわらず料理全般が趣味みたいな感じ。雪夜君の喜んでくれる料理を作りたくてネットサーフィンしながらレシピ漁ってアレンジしたりしてます。自分自身の食べ物の好き嫌いは特にないかな。美味しいものは何でも美味しいです。苦手なのは運動。すごい運動音痴なの。体育も苦痛だけど、ボウリングとかもすごい下手。あと、高い所も怖い。観覧車もジェットコースターも平気だけど、タワーによくあるガラス床とか無理。観覧車もできれば昼より夜の方が良いかな。夜景の方がまだ怖くないから。」


結衣は最近また料理の腕をあげた。滅茶苦茶旨いし、何でも作っちゃう。すっかり胃袋を掴まれている。将来結衣をお嫁さんにするつもりでいるけど、お嫁さんの手料理が最高に美味しいって嬉しいよね。ボウリングとかはオレは結構好きだけど、結衣だけは誘えないでいる。ガターの連発だったら可哀想だし。結衣が楽しめないデートはしたくない。

自己紹介を終え、水族館へ出発。


「結衣さんって呼んでいいですか?」

「勿論!じゃあ、美穂ちゃんって呼ぶね?美穂ちゃんと正哉君っていつからお付き合いしてるの?」

「結衣さんたちと同じで小6のホワイトデーからです。」


結衣と後藤は楽しげに話している。流石に後藤は社交性高い。年上でも物怖じせずに話しかけてる。


「なんか、朝比奈さん、今日は前とイメージ違うな。」

「髪型のせいもあるけど、正哉が見たのって病院で泣きそうになってる結衣だろ?そりゃイメージ違うよ。今は心配事もないし、相思相愛だし。」

「だなー。キラキラしちゃって可愛い感じ。」

「…後藤に言いつけるぞ?」


正哉が肩をすくめた。楽しそうに会話している結衣と後藤の話を背中で聞きながら歩く。後藤よ、あまり余計なことは言うなよ?


「雪夜は朝比奈さんとどんな所でデートしてんの?」

「まあ、色々。こないだは遊園地行ったし。お化け屋敷で怯える結衣がちょー可愛かった。」

「アハハ。美穂もお化け屋敷ビビってた。美穂おっとりしすぎててビビり方が普通の人よりワンテンポ遅いの。かわいいよなー。」


正哉はしっかり後藤にときめいてるらしい。後藤と喧嘩した時の話とかも聞いた。後藤が他の女の子からの正哉宛のラブレター持ってきたとか。確かにそれは悪夢。結衣からそんなことされたらかなりショックだ。それってあれだよね?その後藤に仲介を頼む女の子って、オレたちで言えば、亮太が突然「お前の彼女可愛いから、俺が付き合いたいんだけど」とかトチ狂ったことを言うような感じだよね。速攻で縁切る案件だわ。


「でもデートスポットはちょっとマンネリ化してる。二人で色んなとこ行きすぎた。」


それはオレと結衣の間でもちょっとある問題だな。まあ、何度行っても結衣と行くならオレは楽しいんだけど、問題は結衣がしっかり楽しんでくれるかどうか。「またここかー。」とか思われちゃったら凹むし。


「二人で旅行とか、ちょっと遠出出来たらいいよな。」

「それは結構難しそうだな。」


なかなか実現できないよなー。二人きりじゃなくて良いのなら間に一条を挟むとスムーズに行くんだが。やっぱり二人きりが良い…いちゃいちゃしたり、あわよくば美味しい展開が待ってて欲しい。


「映画は?色んなのやってるし、違う映画を見ていけば飽きないんじゃない?」

「今何やってた?」


正哉がちょっと興味を示した。


「今気になってるのは『ゴースト・ステラ』」


ゴーストを見る目を宿した主人公がゴーストたちと関わり、その命のきらめきを見つめ、成長していくという感じのストーリーだと紹介されていた。


「亮太があの映画はつまんないって言ってだぞ?」

「あいつ、基本馬鹿だけど、面白い物の批評だけはばっちりだからなあ…多分本当につまんないんだろうな。あの映画はパスか。結衣とどこ行こう。」


しばらくはお部屋デートでも間が持つだろうけど、閉じこもりっぱなしと言うのもよろしくないし。やっぱり二人でどこかに出かけたい。


「雪夜も、もう定番のデートスポットは回っちゃった感じ?」


行ったよ。遊園地も動物園も花見もカラオケも水族館も今日行くし。…花見なんて梅と桜、両方とも見に行っちゃった。綺麗だったけどね。次は紫陽花?まだちょっと時期が早いな。


「季節の花見とかは行ったし…プラネタリウムとかは行ってないけど、オレ夜景とか夜空はじっくり楽しみたいタイプだから解説欲しくないの。」


見てるときにごちゃごちゃ解説聞くの嫌。音楽も流れるし。


「夜景は?」

「結衣がタワー連れて行ってくれたことあるよ。夜景はかなりいいよ。お勧め。」


近いうちにもう一度行ってみようかな。今度はどこか違う所の夜景見に。


「夜景なあ…中坊には敷居が高い感じするけど。」

「意外と普通に楽しめるぞ?」


綺麗だし、結構いいムード出るし。


「そう言えば俺花火大会の穴場見つけた。」

「へえ。オレは花火大会は当分自宅のベランダで良いかな。二人きりになれる場所も良いけど、折角花火見てるのにエロい悪戯とかされちゃったら可哀想だし。結衣花火好きだから。」


花火が好きだから、ちゃんと花火の方を楽しませてあげたい。オレの欲望ワガママよりも。結衣にエロいことしたいとは思うけど、やっぱり一番は結衣の楽しそうに笑う顔を見ていたいんだよなあ。


「二人きりになるとエロい悪戯したくなるんですね。わかります。とても。」


正哉がしみじみと頷いた。可愛い彼女が目の前で無防備にしてたらエロいことの一つや二つしたくなるだろ?しかも浴衣姿だし。

水族館に入る所で後ろを歩いていた結衣に向き直った。


「今日後藤がつけてるイヤリングとイヤーカフ、去年色々後藤に世話になったお礼にオレがプレゼントしたものなんだ。」


ちゃんと白状する。つまんないことで拗れても面白くないし。後藤に対して特に含むものはない。友達の彼女としか思ってない。


「でも彼女以外の女の子にプレゼントして、彼女に何もプレゼントしないっていうのもオレ的にはちょっとナシ。安物で悪いけど、コレ受け取って。」


結衣に今日の為に仕入れたイヤリングを渡す。片方がクマノミ、もう片方がフエヤッコダイのデザインをしたイヤリングだ。折角水族館に来るし可愛いんじゃないかと思う。


「今つけてみていい?」

「勿論。」


結衣がいそいそとイヤリングを付けた。ウィッグでちょっと隠れがちな感じだけれど、それでもよく似合っている。


「よく似合ってる。可愛いよ。」


結衣をプレゼント品で飾るのはとても気持ちが良い。これも一種のマーキング行動なのだろうと思うけど。

料金を払って水族館に入る。

薄暗い水槽に囲まれた。巨大水槽の中を魚の群れが泳いでいる。ライトが当たりきらきらと銀色に光っている。


「きれい…」

「素敵ですね…」


結衣と後藤がほうっと溜息を吐く。オレと正哉は溜息を吐くお互いのパートナーに見惚れる。うっとりしちゃって可愛い。遅れて魚の方にも目を向ける。


「マイワシだね。」


あまり強くない魚だから飼育は難しいらしいけど。


「ずーっとぐるぐる泳いでる。寝るときはどうするんだろう?魚も寝るよね?」


結衣が振り返って聞いてきた。キラキラした顔しちゃって可愛い。


「魚も寝るけど、寝ながら泳いでるんだよ。寝ているから夜は昼よりゆっくり泳ぐんだって。」


飼育員さんのブログを読んだことがある。


「へえ。あんなに群れになってぶつからないのかな?」

「魚は側線器官っていう水圧や水流なんかの圧力変化を感じ取る器官を持ってるんだ。その側線器官があるおかげで、お互い適度な距離を保つことができるんだよ。」


サメなんかもこの器官を持っていて、狩りをする上では重要だったりする。


「そうなんだ…」

「雪夜、魚詳しいの?」

「普通だよ。」


正哉に笑って返した。去年結衣と一緒に水族館行ったけど、大した話もできなかったな…と思ってあの後ちょっと調べたくらい。聞きかじっただけであんまり詳しくはない。


「雪夜がモテる理由も何となくわかるな…」


正哉が感心している。大したことじゃないからちょっと面映ゆい。


「あ、飼育員さんが餌あげてます。」


後藤が声をあげた。

巨大水槽に入った飼育員が餌を撒いている。デモンストレーションなのだろう。魚たちをおびき寄せて優雅に泳いでいる。


「気分は人魚かな?」

「うーん…あそこまで魚に接近したらちょっと怖いと思うけど…」


結衣は動物は可愛いけど触るのは怖い派だからな。近いと怖いのだろう。


「朝比奈さんはスキューバダイビングとかは憧れない方?」


その情報はちょっと欲しい。


「生涯の内一度くらいは体験してみたいとは思ってる。」


大きくなったら結衣と一緒に行ってみたい。綺麗な海に。


「こっちの水槽にはタコがいます!大きい!」


ミズダコだな。かなりでかい。


「このタコなんだかくにゃくにゃずっと踊ってる…」


タコがぐりんぐりん触腕をくねらせ続けている。オレはその動きはちょっと気持ち悪いと思う。みんながどう思うかは知らないが。


「それは脱皮してるんだよ。」

「脱皮?」

「吸盤の表面の古い皮を剥がしてるんだ。ほら。古くなった吸盤が剥がれて水中に浮いてる。」


白いカスのような吸盤の皮がぴらぴら水中を舞っている。オレの疑問は別な所で、こういう水槽内で出たごみを水族館ではどのように処理しているのかが知りたい。水槽の手入れが気になる。


「へえ。」


結衣がじーっとタコの脱皮を眺めていると正哉が後藤の頬に触れた。


「美穂は何の魚が好きなんだ?」

「グッピー」

「それは水族館にはいねえよ。」


オレも好きだけど。熱帯魚良いよなー。色も綺麗だし。海水魚じゃないけど。


「うそ。カクレクマノミ。」


冗談だったようだ。


「やっぱり映画の影響が大きくて。」


ネズミーな感じのあの映画な。


「私まだ見たことない。」


それなら今度DVD借りてきて結衣と見るのもいいかもしれない。結衣アニメーションは割と好きだし。


「そうなんですか?」

「面白い?」

「うーん…私は昔のネズミー映画の方が好きですね。お姫様が出てきて王子様と結ばれるやつ。もう今じゃああいう設定は古くて流行らないんでしょうね。」


後藤もか…。結衣もすごくプリンセス好きなんだよなあ…眠りの森の美女とかうっとり見てるんだよ。書籍でも本当は怖い○○童話的なものには絶対手だししない。夢を壊したくないのだろう。


「好きな話はどれ?」

「アラジンです。結衣さんは?」

「美女と野獣。でもねー…野獣、王子様になる前の野獣姿の方が好みだった。」


まあ、王子様になると一気にパンチが弱い風貌になるよな。結衣野獣姿の方が好きだったんだ……3次元で想像するのはやめよう。リアル野獣はフツーに怖い。


「だってさ。良かったな、野獣ゆきや。」

「うっせーし。人を変な呼び方すんな。」


正哉が絡んできた。人を野獣と呼ぶな。


「夜はエッロエロの野獣なんだろ?」

「やかましい。」

「あれ?まだしてない?」


してないとも。野獣になりたい日はあるけれど。結衣が可愛く誘惑してくるから。


「そういうお前はどうなんだよ。」

「まだだけど。」


正哉リサーチによると、後藤は初体験はもっとずっと先のことと望んでいるようだ。まあ、それが普通の中学生同士の交際だよな。清く甘酸っぱい交際期間?初々しい感じではある。


「朝比奈さん4つ上じゃん?朝比奈さん的にはいつ希望なんだ?」


正哉がこそっと聞いてきた。


「それが今年らしくて。」


大分前になんか美味しいこと隠してそうな気がして、ちょいちょい桃姉をつついていたらうっかりポロリ。キャンプでガールズトークしてた時、結衣がそう言ったらしい。道理で月姉が「来年はいいことがあるかも」とか言うわけだよ。桃姉はポロリしてからしばらく結衣の前では挙動不審だった。それは面白かったけど、結衣は多分ポロリされちゃったことにはまだ気付いていないと思う。


「お?据え膳?食うの?」

「隙あらば食うかな。でも気軽にホテルに誘うのはオレもちょっとハードル高いし、偶然が上手く重なったら…って感じかな?取り合えず今年中をめどに。もうすぐ食うかもしれないし、もっと後になるかもしれない。どうなるかはわからん。」


処女をさりげなくホテルに連れていける男って、一体どういうトークで連れ込んでるんだろう…想像つかねー…

そもそも無人のラブホでも通路は監視カメラチェックだろうし、18歳未満で止められる可能性が…気分が盛り上がってたらかなり切ない展開。自宅が使えれば一番いいけど家族と一緒に暮らしてるからなあ…

結衣自身希望は今年らしいけど、全然焦れてる様子ないし、多分「もっと先でも良いかも」くらいに思ってると思う。オレは据え膳してくれるならやっぱり食べたいけど。まー、初体験だしやっぱり気を使うよなあ…オレだって童貞だし技術あるわけじゃないし、結衣がすごく痛がったら入れてもすぐ抜くと思うし。どうしても女性側に負担が大きい行為だからな。せめて結衣の中に「怖くて痛かっただけ」とか最悪な思い出が残らないようにしたい。あわよくば結衣を気持ち良くさせてあげたい。気持ち良さそうに鳴く結衣はオレの妄想の中のオカズだ。それがリアルになってくれたら興奮するよなあ…。でもオレのちょっと年の割に大きめっぽいから結衣は少しつらいかも?いや。今くらいなら丁度良いのかもしれないけど、これからもっと成長しちゃったら…憂鬱だ。今ですらゴムのサイズLなのに…。男の自信的には大きい方が良いのかも知んないけど、実際問題は平均サイズが良いよね。常に大が小を兼ねるとは限らない。

女性陣には聞かせられないようなことを考えながら水族館を歩く。


「あ。美穂ちゃんの好きなカクレクマノミ。」


今日の結衣のイヤリングでもあるね。


「カクレクマノミは性転換する魚として有名だね。イソギンチャクに生活している集団の中で一番大きい個体がメスになり、二番目に大きい個体がオスになり繁殖する。他の個体はオスにもメスにもならず、繁殖行動をしないんだ。」

「ではあの映画の主人公は?」


後藤が聞いてきた。


「特別大きな個体でないなら生涯独身というわけ。」

「夢がないです!」


後藤がショックを受けて正哉に肩をポンポンされてる。


「もうひとつ言っておくと、あの映画の舞台はグレートバリアリーフだから、奴らは本当はカクレクマノミじゃなくてペルクラクラウンフィッシュだね。」


奴らの見た目はカクレクマノミの方に似てるけど。


「雪夜。もうトドメ刺さないで良いぞ?」


後藤はすっかりショックを受けている。本当は卵を産んだ後のメスは卵巣が縮んでオスになってるかもしれないから、主人公の父は本当はお母さんかもしれないけれど、後藤にこれ以上トドメを刺すのは止めておこう。


「カクレクマノミって極彩色で如何にも毒持ってそうだよね。」


確かに鮮やかすぎる色合いはかえって警戒感を抱かせるような気はする。


「カクレクマノミ自体に毒はないね。イソギンチャクの方には毒があるけど。イソギンチャクの刺胞はマグネシウムの濃度が海水より低い場合に発射されるんだけど、クマノミは自分の身体から分泌される粘液に海水よりも濃いマグネシウムを混ぜて身体を覆ってるんだ。」


このことを発見したのは日本の女子高生だったりする。高校生にして歴史に足跡残してるね。「でっかいことしてやるぜ」と誰しも一度は思うことだけど、本当にでっかいことできる人間はあまりいない。


「へえ…食べるならからっと唐揚げかな?」

「何故食べることを考えたの。」


結衣の思考ってちょっとヘン。ここはカクレクマノミの愛らしい姿に目を奪われるシーンじゃないの?


「え?魚を見たら一応考えてみるよね?」

「オレは考えなかったけど。」

「俺も考えなかったな。」

「私も考えませんでした。」


結衣の表情が「びっくりした!」と語っている。本気で食べること考えてたし。ボケてる所が可愛い。戸惑う結衣にもうちょっと意地悪したい。


「ほら、結衣が真剣に食べること考えたりするからカクレクマノミ逃げちゃったよ?」


わざとらしく声をあげる。丁度今はカクレクマノミがオレたちとは反対側の方に身を寄せてるっぽい。


「ええ?まさかあ~。」


結衣が笑ってカクレクマノミのいる方に手を伸ばすと、すいっとカクレクマノミが逃げてった。


「ほら。」

「うわ~!!食べないからこっち来てっ。さびしいよ~!!」


結衣が必死に水槽に縋っている。こんな冗談本気にしちゃうとこがすごく可愛い。涙目で必死になっちゃって。思わずくすくすと笑う。やがてひょいっとカクレクマノミが結衣の方に近付いてきた。


「許してくれるって。」

「良かった~…」


結衣が無邪気に喜んだ。子供みたいに純真。


「結衣さんって可愛いですよね。」


後藤がにこにこしている。まあ、あの様子は可愛いよね。微笑ましいし。


「カワイイでしょ?」


結衣を自慢した。こんな可愛い生命体がオレの彼女なんだよ?いいでしょ。


「次は結衣の好きなクラゲのコーナーだよ。」


結衣の手を引く。


「朝比奈さんはクラゲが好きなのか?」

「うん。身体が透けてない肉厚のやつじゃなくて、身体が透けてる透明のやつ!」


結衣の手柔らかいし、しっとりしてる。やっぱり指細いなー…


「クラゲは毒がねー…ここにはいないけどキネロックスっていうクラゲが凄い綺麗。代わりに地球上のクラゲの中で最も強い毒を持っていて、人間も死ぬ。」


筆舌しがたい激痛が走るらしい。しかもすごいスピードで移動してくる。見た目はネットでしか見たことないけど、凄い綺麗だ。


「でもアカウミガメには毒が効かなくて食べられちゃうけど。」


そう言えば海の亀じゃないけど、遂にミシシッピアカミミガメ特定外来生物に指定されるな。それまで飼ってたミシシッピアカミミガメって許可取らない場合殺すのだろうか…近くの川とかに一気に放流されないといいが。

結衣はうっとりクラゲを眺めていた。そのうっとりした表情も可愛くてキュンキュンする。あんまり長い時間だと正哉たちが飽きちゃうから、程々にして先を促したけど。


「結衣、次のコーナー行こう?」


色んな魚を見られて結衣も後藤も楽しそうだった。オレと正哉は魚に見惚れるお互いのパートナーに見惚れてたけど。魚見るより結衣見てた時間の方が長かった気がする。可愛すぎるからいけない。


魚より結衣ちゃんに夢中な雪夜君。

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