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イデアロイド  作者: 和毘助
3/9

静寂の人 ⅲ

 オフィスに戻ると、部長の姿はなかった。

 デスクを見ても書置の類はないし、社内端末への連絡もない。一応、部長の端末に研究室にいる旨を送って、僕は研究室へ向かう準備をしていた。


 「木津くん、もう行くの?まだお昼の時間あるのに」

 僕を呼んだのは、同僚の霧久音羽君だった。

 霧久君も、僕に話しかける数少ない物好きだ。彼女のヒューマノイドにかける情熱は、方向性や質などが厳密には違うものの、僕と共通するものがある。だが、その情熱が空回りして、大失態を晒すことも少なくない。

 僕は、手を止めて応える。

 「峰町さんに呼ばれたんだ」

 すると彼女は、空間ディスプレイを閉じて、持っていたペンでドアの方向に円を描きながら言った。

 「ああ、部長?部長なら、さっき急な会議で出て行ったけど……休憩中に呼び出すなってぼやいていたよ」

 笑ってはいるものの、眼鏡の中の瞳に笑みは見えない。

 彼女の目が輝く時は、ヒューマノイドと接しているときだけのように思える。短い間でも解ったのは、彼女が、ヒューマノイドよりも内面の人間味が足りないということだ。外身だけでは判断出来ないという凡例だとも言える。ただ、僕は彼女の纏う冷気に慄きを感じる反面、ちょうど良い距離も感じるのだ。

 パーソナルスペースが同距離であることが、上手くやっていけている要因の一つだろうか。そう考えれば、海葛君が、僕に無遠慮に寄ってくる理由が見当たらなくなるが、彼なりの事情でもあると思っておこう。

 彼女が、眼鏡を外してレンズを磨き始める。指紋一つないのに、頻繁に磨くのが、彼女の癖のようだ。

 僕は即座に頭の中で、峰町さんがしばらく帰って来ないなら、報告書を提出する時に用件を聞こう、と粗方の予定を立てた。


 「そういえば、木津くん家の、誰だっけ?謐…さん、だっけ?」

 「そうだが、どうかしたのか?」

 「いやあ、メンテ……検診とかどこでしてるのかなって」

 そう言って、霧久君は後髪を撫でた。

 「…どうしてそんなことを?」

 「実は、うちのヒューマノイドのメンテを頼んでいたとこが、来月に閉まっちゃうんだ。どんどん工房の数が減ってきてて、なかなか見つからなくて」

 彼女が、ペンをくるくる回す。

 僕は、千領先生のことを言うべきか躊躇した。

 謐君の治療は、隣街の千領秋善先生に依頼している。

 父の旧友であり、僕の知る中で最も腕の立つ治療師だ。彼に教わったこと、助けられたことは数え切れないほどある。

 しかし、それほどの技を持っているにもかかわらず、工房を持たず、患者を増やすこともひどく渋る。時には追い返すことさえあった。

 僕にも、あまり言い回るな、と言われている。霧久君には悪いが、恩義の手前、他の治療師を紹介しておいた。


 だが同時に、霧久君に対する同情や罪悪感も湧いてくる。

 霧久君も困っているメンテナンス工房の減少には、それなりの理由があった。

 一つに、ヒューマノイドのメンテナンスは、高度な技術を要するということ。

 先生曰く、人間を扱う方がよほど簡単なのだという。繊細なヒューマノイドを知れば知るほど、人間というのが案外丈夫であることが判る。その耐久性を上げるのが、僕たちの目下の目標であるわけだが。

 もう一つに、本体価格に比べて、治療費用が高いということだ。

 人工卵《EUAID》から作成するヒューマノイドは、作成よりも修復の方が手間がかかる。たった一年で首から下の躰が完成し、首無しの躰が自律的に生命維持活動を行い、別培養していた首を接合してもすぐに馴染む。

 しかしそのあり得ない成長と適合の速さが、即ちヒューマノイドの劣化の速さと繋がり、更には治療を困難にしている一因にもなる。しかしこういった原因が判明していても、かれこれ数十年間、研究途中という状態が続いているのが現状だ。

 だから、ヒューマノイドは使い捨てて土に還し、新しく作っていけばいいという風潮が主流になってきた。何なら、使えなくなったヒューマノイドを肥やしにして作ってもいい。

 一昔前から今までやかましく騒がれている、持続可能な社会とやらへの加担として、何とも喜ばしい限りではないか。

 然るべき条件をもって、治療師が激減している。それを悲嘆する者など、マイノリティとして世間の潮流に飲まれていくだけなのだ。


 かくして大量生産大量消費のサイクルに、とうとうヒューマノイドも巻き込まれていっている。

 しかし、無論、僕や霧久君のように、ヒューマノイドと長く付き合っていきたいと思う人は少なかれ存在する。そういった人間と願いの集合が、この企業でもある。

 僕たちは、そんな者たちのためにも、ましてやヒューマノイドのためにも、一刻も早く開発を進め、成果を上げなければならないのだ。

 「じゃあ、僕は先に行っているから」

 「うん、いってらっしゃい」

 僕は最低限の荷物を抱え、オフィスのドアを開けた。

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