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異世界訪問は突然に  作者: 矢吹さやか
第1章
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#016 旅の終わり

 この日も昨日と同じくらいのタイミングで、野営の準備をする。

 2回目なので、多少手際よくできる。

 平原だとどこから何が来てもすぐにわかる。遮蔽物が極端に少ないからだ。

 しかし、逆に言うとどこから見てもすぐにわかる。つまり、見つかりやすい。


 それでも、盗賊は先ほど襲撃があったので、たぶん大丈夫だろうというのが悠希の見解だった。

 あまり近い縄張りに複数の盗賊団があるとは思えない、というのが根拠だった。

 まぁ、広い世界だし、そういうものなのだろう。異世界知識が少ない美里としては、その言に物申すだけのものを持っていない。


 昨日美里が捕まえたウサギを丸焼きし、三人で食べた。解体は悠希がやった。

 初めて食べたけれど、意外に美味しい。味付けは塩コショウだけだったけれど、ごちそうな感じがした。


 夜の見張りは今日も悠希が先に、美里が後にすることになった。


 盗賊襲撃騒ぎもあって、本当に疲れた。肉体的にも精神的にも……。

 今日はもう寝よう。

 さっと、身体を清めて、服のまま寝袋に入る。昨晩の失敗は繰り返さない。

 というか、あんなことがあったら、間違ってもすぐに動けない格好では寝られない。

 寝る前に、ざっと周囲を探索する。

 悠希の言う通り、特に問題は発見できなかった。


 夜中に、起こされ見張りを替わった。

 時折探索しながら、今日のことを振り返る。

 悪意をまき散らしながら迫ってくる盗賊は怖かった。

 でも自分が撃った矢で人が倒れるのも怖かった。

 悠希が切られそうになったときは、もっと怖かった。


 現代日本において、こんなに直接的に命のやり取りをするようなことはありえなかった。

 たぶんこれからもあり得ないだろう。それだけ平和に慣れているし、慣らされている。

 人を殴ることすら罪悪なのが日本なのだ。


 アメリカでは自衛のために拳銃を持っている家が多い。

 たしか、ハロウィンのときかなんかに、日本の高校留学生が「Freez!」と言われたのを、「Please!」と勘違いし、動いて射殺された事件があった。もうずいぶん前だけれど。

 最近でもアメリカでは学校で乱射事件とか、ヨーロッパや中東ではテロとかいろいろある。

 そういう意味で、命の価値が最も高い国が日本なのだろう。


 だから、昼間の事件は本当に怖かった。

 無我夢中で動いたから、直接的な恐怖はその時は薄かったが、本当に怖かった。

 そして、すべてが終わったと、悠希に抱きすくめられたことを思い出した。


 あれは、卑怯だ、と美里は思う。

 ものすごく安心した。だから泣いてしまった。

 人前で泣くなんて、たぶん小学生以来だ。女の子の割に人前では泣かなかったのに……。

 ちょっと嬉しかった。だから、卑怯だと思う。


 あの人はもしかして、ものすごくジゴロなのではないか、と考えた。

 普段は落とすだけ落としといて、重悠希なところできちんと持ち上げる。


 う、危ない危ない。引っ掛かるところだった。

 と、頭をブルブル震わす美里。


 昨日と同じ星空を見上げる。今日は少し雲が見える。明日は雨にでもなるのだろうか。ちょっと心配ではあるが、明日で終わるであろう旅のことを思えば、あと少しだと気分は晴れる。

 早くロイルくんを送り届けて、日本に帰ろう……。

 もう丸2日も空けてしまった。寮の言い訳とかどうしよう。

 悠希がなんとでもなると言っていたが、何をどうするのだろうか。


 時折思い出したように探索しながら、いろんなことに思いふけってしまった。


 やがて夜が明けた。雲は夜よりも多くなってきており、太陽そのものは見えない。

 二人を起こして、朝食を済ませ、出発の支度をする。


「さ、いよいよロイルの村に着けるぞ!雨も降りそうだし、行こうか。」


 と悠希が号令をかけ、馬車は動き始める。十分な休養を取った馬が走りはじめる。

 残りは20kmといったところだろうか。


 美里は途中探索しながら周囲の状況を探る。見張りのときに色々と試してみたが、探索範囲は広くて10km程度のようだった。

 走り始めて2時間弱くらいのところで、集落が探索範囲に入ってきた。

 これが、ロイルくんの村なのかな……。他に見当たらないからたぶんそうだよね。

 そんなに大きな集落ではない。辺境と言っていたので、規模は小さいのだろう。

 日本でも村といえばそんなに大きいところではない。


「少し先に集落を確認しました。」

 と悠希に報告した。

「了解。このまま進もう。」


 その時、雨が降り出した。

 異世界の雨も日本の雨と同じようなものだ。違うこともないのだろうけれど……。

 少しずつ雨脚が強まっていく。ゲリラ豪雨と呼ばれるほどではないが……。


 さらに2時間くらいかけて、移動した。

 雨の中なので、多少スピードが落ちているし、前も見えづらくなっている。

 それでも一本道なので迷うことはなかった。


 漸く村の入り口にたどり着いた。

 村は、全体に大きく柵が張り巡らされている。害獣防止なのだろうか。

 行商人用なのだろう、厩舎があったので、そこに馬を預けることができた。

 というよりも、村の中には馬では入れないようだった。


 馬車を降り、3人で村の中を歩く。

 雨のせいか人手はない。農業中心の村なら今日は強制休みになったというところなのかもしれない。


 ロイルは朝から少し気分が晴れない。

 やはり、戻ってきたことに対する申し訳なさというか、なんというか、不自然さを感じているのではないだろうか。親元に戻ることへの不安が隠し切れない。


 悠希は先頭に立って、迷うことなく1軒の家の前に立つ。

 どうやらここがロイルの家のようだ。

「すみません。」

 悠希は中に向かって声をかける。


「何かご用でしょうか。」

 暫くしてから、30代前半と思われる女性が姿を見せた。たぶんこの人がお母さんなんだろう。


「私、旅の者ですが、こちらのご子息が迷われているのを見つけましたので、お連れいたしました。」

 旅の者……という設定なのか。そうだよね。変な組織のエージェントとか言ってもわかんないよね。

「え、うちの息子は全員ここにおりますが……。」


 と本気で何の事だかわからないという感じで話をする女性。

「と、おっしゃると思いました。しかし、こちらのロイルくんは間違いなく、この家の次男坊でいらっしゃるかと思います。」

 と、悠希はロイルを前に押し出した。


 すると女性は、徐々に表情を崩していき、

「ほ、本当に、ロ、ロイルなのかい?し、商人様の養子になったんじゃないのかい?あ、あなた!ロイルが戻ってきましたよ!」

 と疑問を口にし、中に向かって父親を呼んだようだ。


 出てきた父親は、背は高いものの、ロイルと同様に少し痩せぎすで顔色もいいとは言えない。

「なんだって?ロイルが?もう商人様のところに行ったじゃないか。」

「ホントなんですよ!ほらっ」

 と、ロイルを前に出す母親。

「と、とうさん、かあさん。た、ただいま帰りました。」

 ロイルも挨拶をする。

「何で帰ってきちまったんだ……。何があったんだ!そこの人は何なんだ?」

 まるで帰ってきてはいけない人のように振る舞う父親を見て、少し困惑する。


 事情はおおむね聞いているが、ちょっと嫌な反応だ。


「先ほども申し上げましたが、私たちは旅の者です。たまたま森で迷っておられましたロイルくんを見つけて、ここまで送ってきたところです。」

 悠希は再度父親に説明をした。


「どうせ送ってもらうなら、商人様のところにしたらいいだろ!何でここに帰ってくるんだ!」

 父親はなぜか怒っている。

 ロイルは悲しい目をして父親に告げた。

「商人様は、別の迎えが来るから待つようにといって、僕を森で降ろしたんです……。」

「な、そ、そんなことが……。」

 父親は信じられないという表情で、言葉を濁してしまった。

「わ、わかったぞ。そっちの旅人とやらが無理やり商人様からロイルを取り上げてきたんだろう!旅人というのも嘘で、盗賊崩れの輩者だろう!生憎だったな。うちにはそんな奴にやるようなものは何一つないぞ!」


「いくらなんでも、言っていいことと悪いことがあるでしょう!」

 美里は大きな声を出した。

「彼の生死にかかわる状況だったから連れて来たんです!私たちは何にも要りませんよ!」

「美里……、やめておけ。」

 悠希が制止する。

「で、でも……。」


「私たちはご覧の通りの者で、盗賊崩れでもありません。こちらにお送りすることで私たちは義務を果たしましたので、これで失礼します。もちろん彼女が言う通り、何も要りません。では……。」


 と言って、まだ何か文句を言いたそうな父親を無視して、ロイルを家族に預けた二人は家から離れた。

 雨はまだ降っている。

 何だか急に雨が重たく感じる。


 ちょっとしたトラブルもあったけれど、おおむね順調にきたこの3日の旅は、最後の最後で一番嫌な思いをすることになった。何だろう、あの家族。というか、父親。子どもが無事で喜ばないなんてどうかしているんじゃないだろうか。


「美里の言いたいことはわかる。でもな、この世界にはこの世界の、あの家にはあの家の事情がある。簡単に口出ししていいことではない。」


 悠希が美里の気持ちを斟酌して、そう言った。


「納得できません。事情は聴きましたけれど、まずは無事を祝うべきでしょうに!」

 美里は抗議する。

「……。」

 それに対して、悠希は何も言わない。

 それがさらに美里に油を注ぐ。

「悠希は何も感じないんですか!?人として、親として当たり前のことだと思うんですけど!」


「じゃぁ、美里はロイルの何を、ロイルの家の何を知っているんだ?」

「そ、それは……。」

「まして、この世界の何を美里は知っているんだ?」

「……。」


 今度は美里が黙る番になった。

 ロイルとはいろいろ話した。家族のこと、お兄さんのこと、お姉さんのこと、この社会の仕組みのこと……。でもそれは断片的な「情報」でしかなく、単に「聞いた」以上のことは何もない。本当のことなんて何も知らない。

 そんなことは十分に分かっている……つもりなのだ。


「でも、やっぱり納得できません。」


「そうだろうな。最初でこういう案件に当たったのは残念と言わざるを得ないが、実際にこんな話は珍しくないんだ。」

 悠希によると、文明レベルがそこそこだけれど、文化レベルが高くないところは貧困層も多く、子どもを生活のために手放したり、売ったりすることもよくあるということだった。

 そう話す悠希は、平然を装っているが、どこか悲しげな眼差しをしているように思えた。これは美里の気持ちが反映してそう見えているだけかもしれない。


 悠希のことだって、まだまだ分からないことだらけだ。

 どう考えているかなんて、やっぱりよくわからない。

 それでも、このことが美里にとってはどう考えても他人事以上のことではない、ということは理解せざるを得ない。納得はたぶんできないが……。


 なんだか寂しくて、悔しくて、いろいろわからなくて、涙が出てくる。


「泣いているのか?」

「いいえ、泣いていません。これは雨です。」

 悠希は美里が泣いていることを分かっているが、それ以上は突っ込んでこなかった。

 そっとしておくデリカシーはあるらしい。


 村の外まで出て、厩舎から馬を引き取った。

 馬車の荷台に上り、雨で濡れた体を拭き、元の世界の服を着る。

 なんだかこの世界にこれ以上いてはいけない気がして、自然とそういう装いになった。

 悠希も着替えないといけないから、いったん外に出なければ……。しかし、外はまだ雨が降っている。濡れたら着替えた意味もなくなる。


「これ、使え。」

 と、悠希がウィンドブレーカーを貸してくれた。

 これは配給物資にあったらしい。

 それを羽織って、一度外に出て、悠希の着替えを待つ。


 雨は少しずつ小雨になっている。もうすぐやみそうだ。

 悠希が着替え終わったのを確認して、改めて荷台に上がる。


「私、早く帰りたいです……。」

 そう悠希に告げた。

「あぁ、元々ここまで迷い人を送り届けたら、早々に帰る予定だったからな。雨がもうすぐやみそうだし、そろそろ移動するか。」


 馬車に馬をつなげて、移動を始める。

 美里は悠希の横に座り、話をすることなく馬車は進んでいった。


なんだか、ロイルくんの扱いが難しかったです。


一度設定してから書きましたが、結局いろいろ直す羽目になり……うぅっ。

矛盾したところももしかしたら残っているかもしれません。

遠慮なくご指摘ください。


次回日本に戻ります!


次回は9/4投稿予定です。


拙作『FANTASY OF OWN LIFE』もよろしくお願いいたします。

http://ncode.syosetu.com/n1320dk/

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