#015 戦闘
初めての戦闘です。しかも対人。
やっぱり難しいですね、こういうシーンは……。
「……!こちらに向かってきます!」
「ちっ。面倒だな。美里は迎撃準備。馬車から少し離れて弓で撃ってくれ。幸い、美里の姿は先ほど見られていないから、いるとは思わないだろう。」
「え……、撃つんですか?私が?」
「他に誰がいる。お前が撃たなければまともにあの人数相手になるぞ。言っただろ。自分の命を優先しろと。」
確かに美里も覚悟は決めた。いや、決めたつもりになっていた。
実感がないのだ。相手に害意があったとしても、自分の手でそれをすることが、日本人にとってどれほどのハードルか、計り知れない。
距離はどんどん縮まっている。悩んでいる暇はない。
とりあえず弓と矢を持ち、馬車から離れる。悠希の指示に従い、起伏のある所に身を伏せて、姿が見えないようにした。
悠希は長剣を構えて襲撃に備えている。
ほどなく件の盗賊と思われるメンバーの姿が見えてきた。
先に着いたのが馬に乗った二人だ。
『美里、撃て。馬に当てろ!』
悠希から念話が飛ぶ。
……!ひ、人じゃないからまだましなのか?
少し怯みながら弓を引き絞り、馬に照準を定めて放とうとする。
手が震える。歯ががちがち鳴っている。
こわばってしまったように、手が動かない。ど、どうしよう、う、撃っていいの?本当に?
『早くしろ!』
悠希の念話が頭に響き、そのことに驚き、矢を放ってしまった。
ひひひ~ん!
と馬の泣き声が聞こえて、直後、どさっと倒れた。
無事着弾したらしい。の、乗っていた人大丈夫かな……。いや、そんな心配している場合じゃないのか。
『続けて二射!急げ!』
も三度念話。一射目の緊張が解けないまま、二射目の用意をした。
二頭のうち一頭が倒されたことで、少し驚いている盗賊の一人。
「どこからだ!」
と射撃手がどこにいるのか探している。
見つけられたらこちらに来る。そう恐怖して、美里は再度矢を放つ。
思っていたよりも矢が逸れてしまい、馬を霞めて通り過ぎる。
ひっ!矢の方向を見られたらここがばれる!ど、どうしよう。
案の定、そこか、と目を向けられた。
最初に落とされた盗賊が、馬に乗っているほうに指示されてこちらに向かってくる。
少し不規則にジグザグしながら向かってきていて、狙いは定められない。
『慌てるな!転移できるだろ!私の右100mの位置に動け!』
そ、そうか、転移能力だ。100mは範囲ギリギリだが、圏内だ。
昨晩練習しておいてよかった。
何とか位置を思い浮かべて移動する。
「な、き、消えた?」
「馬鹿言うな!人が消えるわけないだろうがっ!探せ!近くにいるはずだ!」
盗賊たちがわめく。そりゃそうだよね。目の前にいたはずの人が消えるとそうなるよね。
これって二人で繰り返したら何とでもなりそう。
少し気持ちに余裕が出てきた。
しかし、荷台にはロイルがいるため、悠希は動けない。
となると、美里の役目は遊撃ということになるのだろう。
自分の!
命を!
守る!
言い聞かせながら、転移を繰り返して、盗賊に矢を放つ。
剣じゃなくてよかった……。剣だったらもっとビビってる。
悠希の行動を見ながら、心底そう思う美里。その手に感触が残らない矢は、選択肢としては成功だったのだろうと思う。
その悠希は、美里が少しずつ減らしている盗賊の残りを切り捨てていってる。
血も出ているし、内臓も場合によれば飛び出ている。はっきり言ってグロだ。近くで見てたら間違いなく吐く。近寄るのはよそう。
と思っていたのだが、残り少なくなった時、悠希が盗賊と剣を交えているところに、後ろから別の盗賊が襲い掛かろうとしていた。
「悠希!」
このままでは悠希が切られてしまう。
見ていた限り、悠希はかなりの腕前なのだと思う。
しかし、今、対峙している盗賊も結構手練れだ。
身体強化能力も使っているだろうけれど、互角に渡り合っている。
そこに別の盗賊が切りかかろうとしているのだ。
対応できるかどうかわからない。
咄嗟に美里は、悠希の後ろから襲い掛かろうとしている盗賊の横に転移する。
この距離で弓は役に立たない。しかし、その弓を振り回して、横からの奇襲に成功する。
盗賊が態勢を崩したところで、再び転移し、距離を取って、射線に悠希が入らない位置につき、弓を番えて引き絞る。
「ちょこまかとしゃらくせー!」
と叫びながら剣を振りかざす盗賊が、美里めがけて襲い掛かろうとする。
「あ、あんたなんかぁ!」
ありったけの勇気と気力を振り絞って、放った。
どすっ!と矢は盗賊の眉間に刺さった。
刺さった反動で後ろに倒れる盗賊。
「よくやった!」
悠希も目の前の盗賊を袈裟切りにして、仕留めたようだ。
「これで全部か……。」
と、軽く息を吐きながら悠希が剣を鞘に納める。
美里は気力が尽きてそこで座り込んでしまった。
悠希は荷台を覗き、ロイルが無事なのを確認して、美里のところにやってきた。
「よくやった、美里。助かったよ。」
と労いの声がかけられた。
「お……、終わったんですか?」
「あぁ、何とか全員始末できた。」
と、襲撃の終わりを告げられた美里は、とたんに身体が震えだすのを感じた。
最初こそ尻込みしていたものの、途中からは無我夢中で自分に与えられた能力を使い、盗賊に矢を放った。半分は美里が倒したのだ。そのことに思い至り、自分のやったことに対する恐怖が出てきたのだ。
「あ……、わ、わた……し、ひ、人殺しを……。」
弓を持つ手も震えている。弓はついには手から零れ落ちてしまった。
茫然と座り込む美里に、悠希はそっと近づき、下を向いている美里の顔を手で挟み込み、そのまま胸のところで抱え込んだ。
「よくやった。本当によくやった。泣きたかったら泣いてもいいぞ。」
優しい声をかけられて、様々な思いが美里の中で交錯し、涙腺が決壊した。
悠希の胸の中で声を上げて泣いている美里。悠希は泣き止むまで、抱きかかえていてくれた……。
「落ち着いたか?」
泣き止んでしばらくしてから、悠希が身体を離し、訪ねてきた。
「は、はい……。もう大丈夫です。」
実際は大丈夫ではないが、いつまでもこうしていられない。
悠希に泣きついたことも恥ずかしいし、それ以上にいつまでもこうしていたら先に進めない。
「ご迷惑をおかけしました。」
悠希に謝罪をする。すると悠希は首を横に振りながら
「初めての対人戦闘は頭で考えるよりはるかに難しい。その戦闘で十分力になってくれた。ありがとう。」
素直に礼をいう悠希に少し驚く美里。
「悠希でもきちんと礼が言えるんですね。」
「当り前だろう。私を何だと思っているんだ?美里は。」
照れ隠しに少し突っ込んでみたが、真面目に返されて、少し返答に困る。
「え、えーと、何と言われても……。へ、変な人?」
「なんだ?それは。普通に見ていないことはわかるが、それでも変とは何だ、変とは。」
「え、だって、いきなり抱き付いて、私の素足を眺めて、胸触って、裸見て……って、すいません。変な人ではなくて、変態ですね。」
「言い直す必要もないし、そもそもすべて緊急性の高い話だったろうが!私は変態ではない。」
少し拗ねるように言う悠希。あ、こんな反応もできるんだ、この人……。
ようやく人心地ついた気になって、笑みを浮かべた。
「よし、立てるか?」
美里の腕を肩にかけて、促す悠希。
「え、ええ、大丈夫です。」
「馬車に戻ろう。ロイルが待っている。」
「はい。」
戻りながら悠希が声をかけてくる。
「人殺し……と言っていたが、私たちは好き好んでやっているわけではない。それはわかるな。」
それはわかる。美里だって好きで撃ったわけではない。
「何度でも言うが、この仕事で一番大事なのは、自分の命だ。ぶっちゃけていうと、『回廊結界』から迷い人を元の世界に戻したことで、仕事の8割は終わる。残りの2割が移送だ。元の場所に戻してあげてこそ、完遂だが、それが万が一叶わなくても仕方がない。もし、移送と自分の命を天秤にかけるとしたら、断然自分の命のほうが重い。」
「はい。」
「生き残るために必要だったら、こういう行為も要る。美里が生きて帰りたいと思うなら、これは避けられないことだ。だから、あまりそのことを気に病む必要はない。」
「あ、ありがとうございます。わかりました。」
「もし、美里が楽しんで人殺しをするような奴になってしまったら……。」
「なってしまったら?」
「私が責任をもって、美里を殺そう。元の世界で生きられないということだからな……。」
物騒な表現だ。極端な人だな……。
「う、……それは嫌ですね。でもそういうことにはならないと思いますから、大丈夫です。」
「そう願っているよ。」
いつになく優しい悠希に、少し戸惑いを感じながら、馬車に戻った。
ロイルは少し怯えているが、肉体的には特に何もなかった。荷台には悠希と美里が一切近づけなかったからだ。ロイルも悲鳴を上げたり、騒いだりしなかったので、盗賊に見つかることもなく済んだ。
その点はロイルも褒めてあげたいと思う。
荷台にもどった美里にロイルが声をかける。
「ミサトさん、大丈夫ですか?少し顔色が悪いようですけれど。」
自分も少し青い顔をしているくせに気を遣うとは……、健気だね、ロイルくんは。
「大丈夫だよ!ありがとう。気にかけてくれたんだね。」
「いえ、美里さんは女の人ですし、僕の知っている女の人は、こんな盗賊退治みたいなことをやらないので……。」
うっ、野蛮な人だと思われた??
「そ、そうなんだ……。私は仕事なので、仕方なくやってるだけだけどね……。」
「ユウキさんが、ミサトさんにお話しされて、抱き合ってましたよね?お二人はご夫婦なんですか?」
「いっ!?見てたの?は、恥ずかしい……。」
「す、すいません。ユウキさんが僕の様子を確認したら、慌ててミサトさんのところに行ったので、つい……。」
「あ、ちなみに夫婦ではありません!もちろん恋人でもありません!誤解はしないように!」
「そうだぞ、ロイル。私にも選ぶ権利というものがあるからな。貧相なそのお姉さんを恋人にしたり、嫁にしたりすることは、断じてない。」
聞かれてもいないのに、勝手に会話に参加する悠希。
元の調子に戻ったのか、先ほどとは違う感じで話をする。
しかし、相変わらず失礼な物言いだ。何回目だ?貧相って言ったの……。口癖なのかな?誰にでも言っているんじゃないだろうね、この人……。
「さ、時間も喰ってしまったからな、先を急ごう。もう盗賊もいないだろうしな。」
と悠希は馬車を再び走らせる。心なしか先ほどよりもスピードが出ているようだ。
移動時間そのものが削られてしまったので、馬の負担を増やしても大丈夫と思ったようだ。
「でも、ユウキさん、本当にミサトさんが心配だったんだと思います。」
「……?なんでそう思ったの?」
「盗賊と事を構える前よりも、ミサトさんのところに行った時の方が真剣な顔つきだったから……。」
「そ、そうなんだ。偶然じゃないのかな?」
「そうですかね……。」
それでこの会話は終了した。
少し美里の頬は上気している。自分でもわかる。青くなったり赤くなったり忙しい日だ。
でも、そんな気は本当にない。まだ会って2日だよ、私たち。いや、時間の問題ではない。アレはダメだ、と心の声が言っている。正しいのかどうかは全く自信がない。
そもそも何がダメなのかはさっぱりだ。
色々と混乱する中で、初の戦闘は終了したのであった。
というわけで、少しラブな部分も盛ってみました。
言うほどでもないかもしれません。(どっちやねん)
次回9/2投稿予定です。
拙作『FANTASY OF OWN LIFE』もよろしくお願いします。
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