#014 ロイルの事情
美里は二人に声をかけて、食事の準備に取り掛かった。
朝ごはんは補給物資から選択する。昨日悠希が作ってくれたものとほぼ同じだ。
簡易コンロとフライパンを使って、調理(というほどのものではないが)した。
これはキャンプ、という感じがするな、と少しわくわくする。
三人で朝食を手早く終わらせて出発する。
再び馬車での旅だ。平原なので、あまり景色に変わりがないのが残念である。
荷台で美里はロイルと話をする。
ロイルの村は王国の中でも、辺境に位置する場所であり、あまり生活が豊かではないこと。
昨年から領主になった貴族の税が厳しいこと。
そのため、元々豊かでもなかったロイルの家族は、どうやって食べていくかで、たいそう悩んだのだという。
ロイルの兄弟は7人。上に兄、姉、下に妹2人と弟が2人。
上の兄は既に、大人の年齢になる前に、王都へ単身行ったそうだ。
この国では15歳で成人である。成人になれば、住んでいる村の領主が、その人の仕事を決める。だいたい親の仕事と同じである。
また、15歳になる前に、自分で選んだ仕事で見習いをし、そこの責任者に認められれば、その仕事を成人としての自分の仕事になるそうだ。
村には大した仕事がないので、都に行ったということだが、実際のところ、簡単な話ではない。
そもそも気に入る仕事を探せるのかどうか、探せたとして、見習いとはいえ自分が入り込むことができるか。入り込めたとして、認められるほど十分な働きができるか、など様々なハードルがあるそうだ。
いずれにしても、職業選択の自由が謳われる日本とはえらい違う。
なので、兄は14になる前に家を出て行き、王都に向かったのだという。今はどこにいるのかはわからない、とロイルは言った。無事にきちんとした職につけていたらいいね。
因み姉は今年14歳。こちらは嫁ぎ先の選定中(というか、売込み中)だそうだ。最も高く買ってくれるところに嫁ぐのが一般的なのだそうだ。娘は家族にとって大事な商品の一つになるわけだ。
買ってもらった場合は多少の姻戚関係による援助が発生するそうで、家族全員が、という訳にはいかないが、多少生活は上向くらしい。もちろん嫁ぎ先に余裕がある場合の話である。
したがって、姉としては、よりよい家に、気に入ってもらわなければならず、服装も男兄弟と比べるときちんとした身なりになるし、教育や家事一般の知識・技能も或る程度必悠希になるので、家としても、娘にきちんとお金をかけるのだそうだ。
男は働き手として、家族に貢献し、女はその価値で貢献をする。そういう世界なんだそうだ、ここは。
元の世界の道徳とはかけ離れていて、実感がわかないけれど、美里がここの住人だったら、どうなるのだろうか。
今年12歳のロイルは、このままなら2年以内に兄の後を追い王都に行くか、領主の沙汰を待ち、農家の一人になるかと言うところだが、ロイルは第3の道を、親に勧められたそうだ。
成人する前に、貴族や商人の養子になれば、その家の仕事を継ぐ権利ができるらしい。実際には暖簾分け、もしくは使用人扱いになるようだが。こちらはある意味リスクが低いが、仕事は選べない。
それでも現在音沙汰のない兄のことを思えば、もしかすると路頭に迷っているのかもしれない状況が親にとっては怖かったのだろう。次善策として先に養子に出すことを決めたのだそうだ。
元々男は15で自立して生活をしなければならない、つまり、家から出なければならないということだ。先に家を出て成人するまでの時間を、養子に入った家で過ごし、別の仕事をする方が、実入りがいい可能性が高いわけだ。
では、ロイルの家(というか、この場合は仕事?)は誰が継ぐのか、というと、だいたい一番下の弟になるらしい。
与えられた畑などは、働き手が増えてもあまり変わらないらしく、親と年の近い子どもが一緒に同じ仕事をするのは効率が悪いのだという。だから、成人するまでに一番時間のかかる子どもが、その仕事を継ぎ、その時に親は隠居するのだという。
長子相続というのは、貴族や王族など、身分の高いところだけにある制度らしい。
と、聞けば長い話なわけだが、結局のところ、ロイルは商人の養子になるために、村から出てきたところだということだった。そのために親は結構行商人などと交渉をしていたそうで、行先の決定は結構難儀したということらしい。
だから、帰っても喜ばれないと思っているわけだ。
うん……この世界の事情を考えると、確かに微妙かもしれない。
少し悠希と話をしたほうがよいのだろうか。
ロイルとの話を切上げて、御者台に向かった。
「どうした?休憩でもしたいのか?」
「いえ、ロイルくんの話なんですが……。」
と、先ほど聞いた事情を話す。実際のところ、元の場所に送り届けるのであれば、今回はその養子先に当たるのではないか、と思うのだ。
「それがな、違うんだ。」
「違う?」
「そうだ。事務局からは、ロイルの両親の元、つまり家に戻すように指示が出ている。」
「でも、ロイルくん、家から出たって……。」
「養子縁組……と言えばいいのか?それは先方の家について、面接みたいなものをしてから正式に決まるものらしい。ロイルはまだそれを成していない。」
つまり、正式には、まだ何とかという辺境村のロイルのままであり、元の所属はそこになるのだという。
「昨日、ロイルに聞いたのだが、実はロイルはあの森に入ったところで、行商人の場所を降ろされたらしい。行先がここから異なるので、別の迎えがくるまで待っているように、と言われてな。」
「え?なんかおかしくないですか?」
「あぁ、おかしい。すでにわかっていると思うが、辺境の地にひょいひょいやってくる行商人はいないし、そもそもこの辺りはあまり人がいない。こんなところで待っていても何も来ない。」
「つまり、完全に見捨てられたのだということでしょうか。」
「確率は低くてもそうなのかもしれないし、本当のところはわからん。」
結構な時間待っていたが、何も、誰も現れず、不安になったロイルは、自分で何とかしようと思ったのだそうだ。それで森に入って、『印』に引っ掛かり、『回廊結界』内に入ったというのが、今回の成り行きということになるのだろう。
「たぶんだがな、引き取った先で養子にする場合は、元の家、この場合はロイルの実家ということになるな、そこに引き取り先から金銭が渡されるのだと思う。しかし、引き取る予定だった商人は、ほかの養子を先に決めたか、事情が変わって受け入れられなくなり、放置することに決めたんだと思う。」
「それって、なんかひどくないですか?ロイルくんは何も悪くないのに……。」
「そうだ。それでも人の命が軽い世界なら、十分あり得る話だ。」
悠希はこれまでの仕事で、似たようなケースに遭遇したことがあると言った。
「それでもな、私たちの仕事は彼を元の場所に送り届けることなんだよ。」
そう悠希は締めくくった。
この世界の住人でもなければ、彼の関係者でもない美里たちにできることはない。
あのまま放置しておく方が、問題が大きいわけだし、助け出してもまたどこかで迷い込んでしまうこともある。助け出した以上、やることはちゃんとやるということなのだろう。
「そしてな、この仕事の一番重悠希なことは、送り届けた後は完全に手を引くことだ。私たちも速やかに元の世界に戻らないといけないしな。」
「……。」
何ともやるせない話である。
この先ロイルはどうなるのだろうか、確かに気にしても仕方がないのだろう。仕事は仕事。割り切りが大事だ。この世界に必悠希以上に干渉することはできない。
割り切れるかどうかはその時にならないとわからない。
それでも美里がロイルや、ロイルの家族の人生に関わることはできない以上、選択肢はない。
これ以上話すことはない、と思った美里は荷台に戻る。
少し気まずい思いをしながら、ロイルと二人黙り込んだまま時間を過ごす。
話を聞かなければよかったのだろうか。
もしかするとロイルも何かを感じていて、誰かに聞いてもらいたかったのだろうか。
美里にはわからない。判断もできない。
暫くすると、悠希が馬車を停めた。
「どうかしたんですか?」
「あぁ、前から他の馬車が来る。」
昨日は誰ともすれ違わなかった。先ほども悠希がこの辺境に来る行商人はそう多くないと話していたばかりだ。その珍しい行商人に出会ったということだろうか。それとも辺境貴族の関係者だろうか。
街道はそんなに広くはない。少し横に寄せないと馬車はすれ違わせることができない。
それで悠希は街道のわきに寄せて馬車を停めたのだ。
暫くして件の馬車は美里たちの場所の横に来て止まった。御者台から男が話しかけてくる。
「こんにちは。この街道で他の馬車の方に出会うのは珍しいですね。どちらまでいかれるのですかな?」
少し年老いた感じの御者だ。
「えぇ、珍しいですね。この先にある辺境村まで参ります。」
悠希が答えた。
「ほほぅ。そちらさまは行商人ですか?」
「えぇ、そのようなものです。」
「では、道中お気をつけて。最近この辺りに盗賊がいるそうですよ。」
どきっ。昨日悠希が話していたことを思い出した。障害……、しかも人災系だ……。
でもこんなに人通りも少ないところで盗賊ってやっていけるのか?
「そうなんですか?珍しいですね、こんな辺境に。」
「なんでも王都近くから逃れてきたそうで、たぶん別のところに行くつもりなのでしょう。あまりこのあたりに居を構えることはないと思うのですが。」
「ここから別の所というと、国境を越えるということでしょうかね。」
「そうなのかもしれませんね。それで、めぼしい行商人の馬車は狙われやすいので気を付けるように、と辺境伯からもお触れが出ているとのことです。」
「なるほど、お詳しいですね。気を付けます。情報ありがとうございました。」
「いえいえ、旅の安全は行商人のみならず、移動する者にとっての最も大事なことでございます。お役に立てたのなら何よりです。」
そういう会話をして、その馬車は去って行った。
暫くその馬車を見送っていた悠希は、見えなくなったところで、馬車を動かし始め、美里を御者台に呼んだ。
「さっきの馬車、気になる。ちょっと調べてほしい。」
「気になる?」
「あぁ、荷台の中は見えなかったが、人の気配が複数あった。それ自体はあり得るのだが、あの気配の数だと他の荷物はほとんど乗らないような気がする。」
「つまり?」
「いわゆる乗合馬車には見えなかったから、もしかすると……。」
「あれが盗賊……ってことですか?」
「あぁ、だから、美里の探索で馬車を中心に他の動きがないか見てくれ。」
杞憂であればそれでいい。しかし、実際に盗賊だとすると面倒なことになる。
美里は昨晩何回も使って慣れてきた探索能力で、先ほどの馬車を補足する。
確かに馬車には人間の反応がある。それも10人はいる。探索を始めてすぐ、馬車はその動きを止めた。
馬車からその人数が外に出たようだ。二人が馬車の馬を荷台からはずし、馬にまたがってこちらに移動してきている。それ以外の反応も、走っているのだろう、動きが早くなっている。
次第に美里は自分の鼓動が早くなっていくのを感じた。
次回は8/31投稿予定です。
ご感想お待ちしております。よろしくお願いいたします!
拙作『FANTASY OF OWN LIFE』もよろしければお読みください。
http://ncode.syosetu.com/n1320dk/