#011 美里の能力
「この先は平原になりそうだ。この辺りで食糧の確保をしておきたい。美里の弓の練習にもなるだろう。この辺りはウサギがいるようだ。ちょくちょく見かけたからな。2・3羽仕留めてくれるとありがたい。」
近くに川があって、自分はロイルを連れて釣りをしてくるという。
「あまり自覚はないだろうが、美里はターゲットの気配を相当な距離から感知できる能力があるようだ。その力も把握しておいて欲しい。」
「え……、と、どうすればいいんですか?」
「私は普通に周囲の気配がわかる位だからな、いいアドバイスはできないが、そういう能力があるという話は聞いたことがある。」
悠希がいうには、ターゲットを思い浮かべて精神を集中することで、どれ位の位置にそれがいるのかを把握できるという。後は弓の届く距離だけ計算すれば、ウサギは仕留められるのではないか、とのことだっだ。
ロイルを悠希より先に見つけたのは、そこに居るのを感じたからだ。もしかすると、任務における迷い人は事前に協会から、情報を与えられるから、見つけやすいのかもしれない。
だが、今回は自分でターゲットを決めて探すので、そこまでは明確ではない。だから、自分でイメージして探す練習をしろ、というのだ。
「とりあえず、馬車の外に出る前に着替えておこう。いつまでもその恰好では、他の人に見咎められるしな。」
昨晩着替えたきりの恰好。上はポロシャツ、下はジーンズ、靴はスニーカーという、飾らないにもほどがある恰好ではある。仕事と言われたから汚れてもいい恰好と思っただけなのだが……。それでもこのあたりの文化レベルからすると、相当によいものに見えるのだろう。
「配給物資の中に、このあたりの一般的な服があるはずだ。好きなの、とはいかないが、それを来てくれ。」
見ると飾り気がない服がある。ワンピースみたいになっていて、腰のところでベルトというか紐のようなもので括るらしい。素材は麻だろうか。
「下着はつけたままでいい。見られることもないだろうし、見たいと思うやつもいないだろうしな。」
どこまでも失礼なことを付け足しておかないと気が済まないらしい。でも下着をつけておけるのはありがたい。こればっかりは慣れがいるだろうし、今からここの文化に慣れ親しんでも仕方がないと思うので、助かる。
着替えが終わって荷台から外に出ると、いつの間にか悠希も着替えが終わっていた。
じゃぁ、ウサギは頼むぞ、と言い捨てて、悠希はロイルくんと一緒に川の方へ行ってしまった。
独り取り残されて、途方に暮れるが、いつまでも呆けていても仕方がない。ウサギを探すことにしよう。さて、ウサギはどこにいるものなのだろうか。また、いたとして仕留められるものだろうか。ウサギは臆病なら動物だ。少しの物音、気配を感じたら逃げてしまう。
美里は言われた通りに、集中してみる。視覚で見るのではなく、感覚で見るというのがよくわからないが、目に留めた周囲の様子を思い浮かべながら徐々に見る範囲を広げようと思う。
すると、不思議なことに、自分の目線だった風景はいつの間にか、天頂からの俯瞰図のようになり、見える範囲が広がった。
何?これ?と目を開くと、先ほどの光景が嘘のように、普通の視界に戻る。
どうやら目を閉じて集中している間だけ見えるようだ。
再度集中して、先ほどの光景に戻る。と、何かがその視界の中で動いた。どうやら目的のものを見つけたようだ。わかる。方角、距離どちらもはっきりわかる。美里はそちらに向かって駆け出す。
見えてきたウサギの背後を取ることができた。風は吹いていないので、風上や風下を気にする必要はなさそうだ。距離はそこそこある。50m位か。
この弓の性能なら多分イケる。そう思って、美里は弓に矢を番える。十分に狙いをつけて放つ。
きゅうん!
ウサギって声帯がないから鳴かないと、聞いていたのだが、流石に命果てる時には声をあげるのかな、と少し不思議に思うと同時に、最初の一手で目標が仕留められたことに自分で驚く美里。
静かに近づき、動かないことを確認して拾い上げる。初めて自分だけで狩ったが、上手くいった。多分解体などは悠希が出来そうなので、任せることにし、別のウサギを探す。
結局3羽狩ったところで、悠希から戻るよう念話が入って、里見の初狩りは終了した。
「ほう、かなりの戦果だな。初めてとは思えん。狩ったことあるのか?」
「いいえ、そんな機会はありませんよ。狩猟免許も持ってないですし。本当に初めてでしたが、思ったより緊張しなかったです。」
後半は悠希への回答だ。
「それは何よりだ。第一段階はクリアだな。」
ウサギを受け取った悠希は、その場で捌く。実家の周辺は未だに動物を捌くこともあって、特に拒否感はない。この世界では当たり前のことなのだろう。ロイルも特に何もコメントはない。
「ウサギの方は血抜きしておくとして、今晩は魚だな。」
当面の食糧は確保できたようだ。自分の成果もあって、美里は少しホッとする。何でも足手まといになり続けると、今後が心配になる。
日が落ちるまでにもう少し距離を稼ごうと、三人は旅を再開する。今回美里は御者台で悠希の隣だ。
「捜索官の能力について、少しだけレクチャーしておく。言っておくが、事務局長の、俺の教え方が悪い、ってのは嫌がらせだからな。」
「そうなんですか?根本的に言葉が足らないように思うのですが。」
「なんか言ったか?」
「そういうことにしておきます。」
いちいち突っ込んでいては、話が進まない。
「迷い人を送り届ける任務には、多少の障害が発生することがある。」
「障害?」
「そうだ。今回のように日数がかかる場合は、特にその危険性が増す。ま、単純に確率の問題と思って貰えればいい。日数がかからなくても危険なことは発生する可能性があるがな。」
「えーと、嵐に遭うとか、地震に巻き込まれるとか、ですか?」
「そういうことがないとは言わないが、そっちの方が確率は低いな。天災よりも人災とか魔物とかだな。」
「人災とか魔物……ですか。」
「盗賊や魔物に襲われるとか、陰謀劇に巻き込まれるとか、戦争に巻き込まれるとか。」
「盗賊とか魔物……、いるんですね、こういう世界には……小説の世界だけにしておいてくれたらいいのに。それにしても、陰謀劇とか戦争って、そんなにあるんですか?地震とかよりも?」
「人はな、話し合いで答えを出す生き物じゃないんだ。文明レベルにもよるが、だいたいは力で何とかすることが多い。日本位だぞ、あんなに平和な環境は。地球でもあちこちで、紛争やテロは日常的に起こっているのは知ってるだろ?」
「それは、確かにそうですが……。」
いまいち、力づくでの問題解決というのは実感がない。悠希の言う通り、平和な世界に慣れると、きちんと対話するべきであり、人はわかり合えるという思いがあるのは事実だ。
「それは崇高な考えであるが、人の欲はな、世界全体の生活水準が低ければ低いほど、起きやすいんだよ。力を示すことでいろんなものが支配できる実例がたくさんあるからな。」
さらに悠希は、少し真剣味を増した表情で続ける。
「結局な、そういう場面に遭遇したときに、戸惑いや躊躇があると、お前が死ぬことになる。だから、守るべきものを間違えるな。」
「守るべきもの……。」
「そうだ。守るべきは理想でも理屈でもない。モノでも金銭でもない。自分の命だ。」
命というのは、美里が考えているよりも、はるかに軽い。生きることに精一杯の世界では、人の命より、自分の命の方が価値が高い、そういうことなのだろう。
「ま、慣れるしかないけどな。」
そう悠希は締めくくる。
「で、能力の話だ。」
人為的トラブルを切り抜けるための能力が、捜索官にはあるという。基本的には武器を上手に取り扱い、自分たちの被害を最小限に抑え、敵を鎮圧するのは、自らの鍛錬が欠かせない。
それ以外でのサポート機能のようなものが、捜索官にはあるという。
「まずは念話能力、そして転移能力だ。この2つは体験しているからわかるな。」
「やり方わかんないですけどねー。」
「後で教える。他には、言語能力強化と、身体能力向上だな。」
「言語能力強化……。もしかしてロイルくんと話ができてるのって、そういうことなんですか?」
「なんだ?日本語を話しているとでも思ったのか?あまり話してないから気づいてないだけだろうが、口の動きと言葉は合ってないぞ。」
ちょっと違和感があるな、とは思っていたが、そういうことだったのか。最初にロイルに会ったときに日本語を話しているからおかしいとは思ったのだが。
「身体能力向上は、より力を出せたり、素早く動いたりと便利な機能だ。鍛錬では超えられない壁も簡単に超えられる。」
「なんだかスーパーマンみたいですね。」
と、軽い受け応えをする美里に、ただし、と悠希は続けた。
「長時間は使用できない。この機能に限らず、他の機能すべては起動に精神力を必要とする。つまり心の体力だな。使い続けて精神力に限界がくると……。」
「くると?」
「気を失う。つまり、活動限界ってやつだな。」
肝心なときに気を失うと、命の危険性が高まる。つまり使い続けることのリスクが大きいということだ。しかし活動限界とか、どこぞの人型汎用兵器ですかね……暴走とかしたらどうするのだろうか、と益体もないことを考える美里であった。
詰まらないネタがちょこちょこ入るのは気にしないでくださいませ(汗)
次回8/25公開予定です。
拙作『FANTASY OF OWN LIFE』もよろしくお願いいたします。
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