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外道大魔導師ドラクロワ  作者: ゴリエ
第二章 大魔導師の弟子
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大魔導師の弟子⑤

「なあ、本当にジャスティンがここにいるのかよ」

 白昼堂々あくびをしながら、ウィーズは伸びをして言った。

「さあ。僕だって、自分の目で見たわけじゃないから、確実なことは言えないよ。ただ、ジャスティンらしき女性騎士が、この宿に入ったのを見たって人がいたのは事実だ」

 カインは、目の前の割と小さめの建物を見上げてそう呟いた。

「……しかも、男連れだったんだって?」

「た、確かに男の人と一緒だったって話だけれど、子供も連れてたっていうし、そ、そんな、別に心配するようなことにはなっていないはずで……」

「必死だな」

 ウィーズがにやにやとカインの顔を覗き込む。カインは、そんな意地の悪い友人の態度に腹を立て、顔を真っ赤にした。

「からかうなよ。ただでさえ気が気じゃないんだ」

「悪い悪い。しかし、恋する男は気苦労が絶えないねぇ」

 いつものように冗談を交えつつ、二人は宿の受付に話を聞いた。同僚の騎士を探している、という旨を説明し、カインが騎士の勲章を示すと、店員は快く部屋の番号を教えてくれた。職権乱用、公私混同、などとウィーズに横やりを入れられつつ、ようやく二階にある一つの部屋の前に彼らはたどり着いた。

 カインが固唾を呑んでドアをノックする。しかし、誰も出てくる気配はない。鍵もかかっていなかった。ゆっくりとドアを開き、部屋の全貌を視界に入れる。すると、部屋の中には、壁を背にもたれかかって気を失っているジャスティンの姿があった。カインは慌ててそばに駆け寄り彼女を抱き起こした。

「ジャスティン!」

 カインの顔からは血の気が失せていた。普段から割と穏やかでいる彼が、唯一我を忘れるほど取り乱すのは、決まってジャスティン絡みのことだった。ウィーズもジャスティンを心配していないわけではなかったが、カインのこの入れ込みようには適わない、といつも感心させられている側だった。

「おい、大丈夫か? ジャスティン」

 ウィーズもジャスティンの顔を覗き込む。すると、二人の思いが通じたように彼女が目を覚ました。

「カイン、ウィーズ……?」

「良かった。気が付いたんだね、ジャスティン」

 カインは今にも泣き出しそうだった。

「何があった?」ウィーズが冷静に尋ねる。

「それが、私にもよくわからなくて……」

 ジャスティンは寝覚めが悪そうに髪をかき上げた。

「もしかして、誰かに襲われたの?」

「ああ……たぶん。でも知らない男だった。私もよくは覚えていないのだが……」

「おい、もう一人いるぞ」

 ウィーズが、ベッドの上にも気を失っている人物がいることに気付いた。 ぱっと見ただけではわからなかったが、近づいてよく見ると女性だった。何故はじめに性別がわからなかったのかといえば、その女性が真っ黒いローブに身を包み、男物の衣服を着込んでいたからだ。その出で立ちは、どこかで見覚えがあるような気がしたが、そんなウィーズの意識を一瞬で反らしたのが、女性自身の容貌だった。思わず息を呑んだ。そんなリアクションをする自分を省みる余裕もない。それくらい、ウィーズはその女性に見とれてしまっていた。

 濡れそぼったように艶めく黒い髪、髪と同じ色の長い睫毛、透き通るように白い肌、そのどれもが、彼女を美しく見せていた。

 いつも、どこか斜に構えたところのあるウィーズだったが、今は素直に目の前の女性を美しいと感じていた。一目惚れとはこういうことをいうのかもしれない、と柄にもなく思った。

 このままずっと眺めていたいとも思ったが、この人形のような造形美を持った彼女が、どんな声で話すのか、どんな風に笑うのか、瞳は何色なのか、ウィーズはそちらのほうに興味があった。彼は意を決して、彼女の肩を軽く叩いた。

「お嬢さん、大丈夫?」

 これだけでは目を覚ましてくれなかった。もう少し力を強めて肩を叩き、大きな声で呼びかけてみたりもしたが、やはり駄目だった。これを少し不審に思い、女性の手首の内側部分を指三本で探るようにして触れ、彼は表情を変えた。次の瞬間、ウィーズはベッドにのぼり、女性の上にまたがっていた。

「ウィ、ウィーズ、何してるの?」

 ジャスティンしか見えていなかったカインだが、さすがに友人のこの非常識な行動には意見した。問われたウィーズが矢継ぎ早に答えた。

「彼女、息をしてないし脈も触れない。やばいかも」

「え?」

 それを聞き、カインもウィーズと同じように女性の肩を叩いて呼んだり、脈拍を触知してみたりもしたが、やはりウィーズと同じ意見しか浮かばかなかった。

「ど、どうしよう、ウィーズ」

「決まってるだろ。彼女を助ける。お前は医者を呼んでこい。出来るだけ早く……」

「駄目だ!」

 突然そう言ったのはジャスティンだった。二人は驚いてジャスティンを見る。

「駄目って、ジャスティン、お前……」

「人を呼んでは駄目だ。それに、医者に診せても意味がないと、ドラクロワが……」

「ドラクロワ?」

 ここで出てくるとは思っていなかった名前を口にされ、カインとウィーズは顔を見合わせた。

「その女の言うとおりだ」

 ウィーズは絶句した。今まで呼んでも叩いても目を覚まさなかった黒髪の女性が、何事も無かったかのように、平然と喋っていたのだから。

「それより、何故お前は私の上にいる。どけ、低級魔導師」

 ウィーズはしばらく思考が停止した状態だったが、やがて少しだけ平静さを取り戻し、ようやく口を開いた。開口一番に出てきたのは、何故か自分でもうさんくさいとしか思えないような言い訳じみた言葉だった。

「こ、これは……。だって息もしてなかったし、脈も無かったから、救命処置が必要かと思って……。って、低級魔導師って俺のことか?」

 ウィーズは、想像していたよりもずっと傍若無人な女性の態度に驚いたが、このとき何か心に引っかかりを覚えた。

「ちょっと待てよ。前にも俺のことをそんな風に言った奴がいた。それに、その俺のことを知ってるような口ぶりは……」

 ウィーズは改めて目の前の女性をまじまじと見つめ直し、ある考えたくはない一つの結論を出した。

「お前、まさか、ベソ……?」

「違う。私はドラクロワだ」

 ウィーズは目の前が真っ暗になっていくような気がした。

「う、嘘だろ。本当に?」

「嘘を吐いて何になる。いいからどけ。うっとおしい」

 そう言うと、黒髪の女性―――ドラクロワは、呆然とするウィーズの身体を押しのけて、なんとか彼の下から這い出した。

「ウィーズ、その女性は本当にドラクロワだよ。私が見ていた」

 ふと、ジャスティンが冴えぬ表情のままは話し始めた。

「知らない男が突然部屋に入ってきて―――男はドラクロワの兄弟子だと名乗っていたが……。私に何か術をかけて動けなくしたあとに、ドラクロワにも術をかけた。そうしたら、ドラクロワがみるみるうちに女になってしまった。それから先は、よく覚えていない。気が付いたらこうしてこの場で気を失っていた」

 それからジャスティンは少し険しい顔つきになった。

「男は怪しげな術を使っていたが、あれは魔導師ではないと思う。あの衣服は聖教教団のものだ。魔導師とは相反する存在のはず」

「聖教教団って、この国お抱えの、あのでっかい宗教団体か? どうしてそんな奴がベソの兄弟子なんだよ。それに、そもそも何でこいつを女にする必要があったんだ?」

「私にもよくわからない。ただ、彼は異様なほどドラクロワに固執していた」

 その話を黙って聞いていたカインが、ふとドラクロワに尋ねた。

「ねえ、ペソ。君は自分で元の姿に戻ることは出来ないの?」

 その問いに、ドラクロワは即座には答えなかった。それを見て、ウィーズが何か感づく。

「もしかして……。そうか、そういうことか」

 一人で納得すると、ウィーズはドラクロワに一言言い放った。

「ベソ。お前、今、魔法が使えないな?」

 ドラクロワは一瞬目を見開いたが、それでも何も言わなかった。その態度はウィーズの言葉を肯定しているのとほぼ同じだった。

「やっぱりか」

「どういうことだ? ウィーズ」

 ジャスティンが説明を求めた。ウィーズが話しはじめる。

「こいつ、以前会ったときは、近寄るだけでわかるくらい強い魔力を放ってたんだよ。でも、今は一切何も感じない。推測でしかないけど、たぶん女になったから魔力が消えたんだと思う」

「どうして女の子になると魔力が消えるの?」

 カインが不思議がって尋ねた。

「もともとベソは男だ。それを女にさせられたってことは、ベソの魂の性質自体が変えられたってことなんだ。魔力と魂の結びつきは大きい。『変性の術』に関しては俺もそう詳しくないけど、性別が変わることによって魔力を失うっていうのも、実際考えられない話ではないと思う。まあ、真相がどうであれ、こいつが今一切魔法を使えないのは本当だ。現に、もし魔法が使える状態だったら、俺はさっきぶちのめされていたはずだ」

 ウィーズの言には妙な説得力があった。実際、ドラクロワが何も反論してこないのを見ると、本当に限りなく真実に近いのかもしれない。ウィーズはさらに付け加えるように言った。

「そうか。だから、息もしていなかったし脈も無かったんだ。こいつは今、魂の性質を変えられて、この世の人間ではなくなっているから……」

「ウィーズは彼を元には戻せないのか」

 ふいに、ジャスティンが真剣な眼差しでそう言った。

「む、無理だって。俺には変性の術は使えない」

「では、先ほど襲ってきた男を捕まえて、元に戻させるしかないのだな」

「馬鹿なことを考えるな」

 そう咄嗟に言ったのはドラクロワだった。

「あの方の恐ろしさを何も知らないくせに出しゃばるな。それに、それこそお前には関係のない話のはずだ」

「関係なくはないだろう。私も被害者の一人だ。それに、何よりお前に関することなのに、関係ないで済ませられるか」

「……理解に苦しむ」

 ドラクロワが大きくため息を吐いたとき、その声は聞こえた。

「なぁ、師匠。俺の存在、忘れてるだろ」

 いつの間にか部屋の片隅に居座っていた栗色の髪の少年に、ドラクロワたちは一斉に注目した。誰もが、少年が部屋に入ってきた気配にすら全く気付かなかった。

「誰だ?」

 ウィーズが尋ねた。それにはジャスティンが答える。

「ドラクロワの弟子のジュニアだ。ジュニア、お前、留守にしてくれていてよかったよ。お前を八つ裂きにすると言って息を巻いていた男が先ほどここに現れたんだ」

 ジャスティンが言ったことを、ジュニアはさして顔色も変えずに聞き入れた。

「ああ、あのローブの人だね。大丈夫だよ。そんなもん返り討ちにしてやるし。それより、師匠。俺が師匠を元に戻せないかな」

「何?」

 ドラクロワが目を見開いた。少年は無邪気に話す。

「出来るよね。理論的には」

「あ、ああ。だが……」

 ドラクロワが躊躇っていると、ジュニアが軽く後押しした。

「じゃあさ、師匠。交換条件。俺が師匠を元に戻すことが出来たら、正式に俺を弟子にしてくれよ」

 ドラクロワは少し考え込みはしたが、やがては小さく頷いた。それしか道は残されていなかったからだ。

「ちょ、ちょっと待て。こんな子供にそんな魔力があるわけ……」

 ウィーズが口を挟むが、対するジュニアはそれには取り合わなかった。ウィーズはそれにむっとする。

「か、仮に出来るとしてもだな。そんなに急いで元に戻る必要もないだろ。ベソ、いや、ドラクロワ。お前、せっかく女になったんだし、何かしてみたいこととかないのか。たとえば、思いっきり着飾って、誰かとその……出かけてみたり、とかさ」

「? そんなことをして何になる」

「いや、何になるのかと聞かれれば心苦しいが、可能な限り楽しんでもらえるように努力はするし……。って、俺は何を言ってるんだろうな。と、とにかく、今すぐ男に戻るのはもったいないと思うぞ。うん。すごくもったいない。もったいないと……」

「何が言いたいの? 魔導師のお兄さん」

 ジュニアが首を傾げた。

「な、何でもねーよ」

 ウィーズはそれ以上何も言わなかった。

「そう。じゃあ、始めるよ、師匠」

 ジュニアはそう言うと、ベッドの端に座るドラクロワの両肩に手を添え、向かい合うような体勢をとる。そして、ゆっくりと顔を近づけ、二人のを縮めていった。

「ちょ、おい、待て待て待て!」

 そこに割って入ったのはウィーズだった。

「おい、マセガキ。お前は一体何をする気でいるんだよ」

「何って、魔力を送り込むんだよ」

「どこかだ。どう見てもそれはキスの体勢だろうが」

「だから、そうだけど?」

 少年はしれっと答えた。

「魔力の受け渡しは普通、口からでしょ」

 悪びれた様子は一切なかった。ドラクロワがそれに補足する。

「魂の出入り口は口だ。魔力は口からの受け渡しが一番効率が良いとされている」

 ウィーズはもはや返す言葉もありはしなかった。

「師匠、目を閉じて」

 ジュニアの言葉にドラクロワは素直に応じた。それはほんのわずかの間のことだったが、その場にいた者にとっては、実際よりも長い時間であった印象を与えた。

 ジュニアが唇を離しても、すぐには何も起こらなかった。しかし、しばらくすると、ドラクロワの体格には変化が生じ、背丈や顔つきも少しずつ変わり始め、やがて、完全に元の男性の姿を取り戻した。

「―――よくやった。感謝する」

「じ、じゃあ、師匠……!」

「仕方ない。お前を正式に、我が弟子と認めよう」

「やった!」

 少年は大いに喜んでいた。それを見て少しだけ表情を緩ませたドラクロワは、少年を連れ立って踵を返した。

「……行くのか」

 ジャスティンの呟きにドラクロワは振り返らずに言った。

「もう、ここにいる必要もない。兄上は、私がいまだ魔法の使えぬ身だと思っているだろうから、今のうちに身を隠す。あのすみかも変える。もう、お前たちとも会うことはないだろう」

「そんなことはない」

 ジャスティンはかぶりを降った。

「また会える。絶対会える。私はどこまでも追いかけて、お前を捕まえると決めたのだから」

「……物好きな女だ。好きにしろ」

 ドラクロワがそう言うと、ジュニアが術を使い、二人は闇の中に消えていった。

 ジャスティンは、視界に残った微かなその残像を、いつまでも瞳に焼き付けていた。

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