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外道大魔導師ドラクロワ  作者: ゴリエ
第九章 かつての少年
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かつての少年④

「ジャスティンさん、良いことを教えてあげようか。ソウルキャリアーが、人の魂を抜きとるのに必要な条件って知ってる?」

 ジュニアは意味深な笑みを含めた。

「条件その一。被術者は、術者の顔と名前を知っていること。名前は、術者のフルネームが必要となる」

 ジュニアはのうのうと続ける。

「条件その二。被術者は、術者に対して、ある種の特別な感情を抱いていなければならない。この場合、愛情、友情、憎しみ、恐怖……など、どんな類のものでも構わない。術者に対して関心があればあるほど、成功率はより高まる。……この条件を満たさないといけないから、国民全員を掌握するまでには、残念ながらまだ至っていない。さすがに、そう簡単にはいかないみたいだね。それに、条件が整っても、意思の強い人の場合は、なかなか魂を抜きとりにくいこともあるんだ。どんなことでも、多少の例外は付き物ってこと」

 ここで、ジュニアはふとジャスティンの顔色をうかがうように、彼女の顔をのぞきこんだ。

「この条件を、どうやって俺が、国民のほとんど全員に対してクリア出来たと思う? 個人に対してならそこまで難しくはない条件だけど、圧倒的多人数ともなると、なかなか骨の折れる作業だと思うよ」

 そう言って乾いた笑いをこぼす。ジュニアは、それからおもむろに指をパチンと鳴らしてみせた。すると、彼の手中に、薄っぺらい一枚の紙が現れた。見覚えのある紙だった。それは、いまだ世に出回り続けている、ドラクロワの賞金首の貼り紙だった。ぷかぷかと宙に浮くその紙きれを、ジュニアは指差す。

「一つはこれ。この貼り紙が役に立った。俺は、この三年の間、師匠の姿で……というより、ほとんど師匠そのものとして活動していた。師匠の顔と名前を知らない国民なんてもはやいなかったから、魂引きの術を使うのに、こんなに好都合なことはなかった。そして、もう一つ役に立ったものがある。今度はジャスティンさん、あなたにもらったものだ」

「わ、私……?」

「うん。間違いなく、あなたに」

 ジュニアは頷いた。

「この貼り紙には、師匠のファーストネームまでは書かれていない。『ドラクロワ』としか、書かれていないんだ。術で姿は変えられても、名前までを変えることは出来ない。名前もまた、性別と同じように、魂に深く刻み込まれているものだからね。でも、幸いなことに、俺の名前は、この貼り紙に書かれた『ドラクロワ』だけで事足りたんだ。ファーストネームもファミリーネームも、これだけでね」

 ジャスティンは、ジュニアの言葉にはっとして口を覆った。

「まさか……」

「そう。俺の名前は、『ドラクロワ・ドラクロワ』だから。三年前、師匠とジャスティンさんにもらった、俺の大切な名前だ」

 本当に心から感謝している、とジュニアはその言葉をかみしめた。しかし、ジャスティンの方は、彼とは間逆の態度をとるしかなかった。

 思いもよらないところで、自分の行動が大変なことに影響していた。ジャスティンは、そのことに深くショックを受けていた。

 今考えてみれば、当時、出会った頃のジュニアに名前がないことを、もっと勘繰るべきだった。いくら親のない子供とはいえ、あの年頃までに名前がないのは、やはりおかしいことだ。

 もしかすると、ジュニアの名前がなかったのは、彼がソウルキャリアーゆえの、あえての措置だったのかもしれない。いろいろなことを考えると、そこまでも深読み出来てしまった。

 ジャスティンは無意識のうちに頭を抱えた。

(しかし、だからといって、あの時の私に一体何が出来たというのだろう。きっと何も出来はしなかった。いつもそうだ。私は口ばかりで、結局、何も出来はしないのだ)

 ジュニアは、苦悩するジャスティンに近づくと、その手をそっと取った。

「ねえ、ジャスティンさん。二人でこの国を支配しようよ。あなただってドラクロワなんだ。その資格は十分にある。俺、あなたとなら、楽しくやっていけそうだ」

 ジャスティンはその言葉に驚いて顔を上げた。ジュニアは続ける。

「あなたは俺と共にこの国の支配者となり、そして、隙あらば俺の首を狙う。それで構わないから。だから、俺と一緒に来て」

「な、何を言って……」

「悪ふざけなんかじゃないよ。真面目に言ってるんだ。俺はあなたがいい」

 ジュニアは掴んでいたジャスティンの手を引いて、そのまま彼女を抱き寄せた。それにジャスティンが抵抗してきたので、彼は少し手段を変えることにした。

「じゃあさ、これなら、どう?」

 ジャスティンの耳元に低く囁いて、ジュニアはその身体を彼女から離した。

 ジャスティンはその時ジュニアを見て、一瞬で言葉を失った。

 ずっと追いかけていた人物が、そこにいた。追いかけたくても、もうそれすら出来ない存在だった。何度も夢に出てきたし、実際夢で会えるだけでも嬉しかった。でも、夢が覚めるとその後はいつも寂しくてたまらなくなり、結局、自分は彼のことが好きで好きでどうしようもないのだな、と再認識する。そんな不毛で生産性のないことを、幾度となく繰り返してきた、いとしくてたまらない人物―――ドラクロワが、そこにいた。

 ジャスティンの手から、剣がするりと抜け落ちて、床に激しい金属音を響かせた。

 まるで時間が止まったように、ジャスティンは動くことが出来なかった。ドラクロワが自分の頬にそっと触れる。その手の温もりに、彼女は気付けば涙を流した。

「卑怯だ……」

「そうだ、私は外道だからな」

 三年ぶりに聴いたドラクロワの声。耳を傾けずにはいられなかった。寂しくていとしくて、今にも気が狂いそうだ。

 あんなにも恋しかった腕の中に、今自分はいる。求めていた温もりが、この身を委ねるだけで簡単に手に入る。ジャスティンは、もう何も考えることが出来なかった。考える必要などないとすら思えた。

 もう、このままどうなっても良いと……

「違う」

 頭の中は真っ白のままだった。しかし、無意識に口をついて出た言葉は、拒絶を示すものだった。

 はりついていた男の身体を引きはがし、床に落ちていた剣を拾い上げると、ジャスティンは泣きながら、ドラクロワの眼前にその切っ先を突きつけていた。

「お前じゃない」

 剣を持つ手が小刻みに震える。

「お前じゃない!」

 その様子を見てドラクロワは笑った。

「私はドラクロワだ」

「違う! どうしてこんなことをする! あんまりだ……あんまりだ……!」

その時、厚い鉄扉が突然勢いよく開かれて、ジャスティンは思わず振り返った。

 五、六人の兵士達が、わっとこの広間に突撃してくる。彼らを率いていたのは、血気盛んな一人の中老騎士だった。

「やっと見つけたぞ、ドラクロワ!」

 騎士が叫ぶ。その勇ましい声に続いて、兵士達が次々と己の剣を引き抜きはじめた。彼らは、一様にドラクロワに向けてその得物を構えていた。

 ジャスティンは、その中老騎士を見て、いてもたってもいられずに叫んだ。

「父上!」

 その声に反応して、騎士がジャスティンを見る。彼は、初めこそ目を瞬かせていたが、それからは心底驚いた様子で、まじまじと彼女を見返した。

「ジャスティン……? ジャスティン、なのか……?」

 ぼろぼろと涙をこぼしながら、ジャスティンはこくこくと頷いた。

 ずっと謝りたいと思っていた。何も言わずに、勝手に家を飛び出してごめんなさい、心配ばかりかけてごめんなさい、と一言でもいいから伝えたい。そう思っていた。

 自分には、父に顔向けできる資格はないとわかっていたが、それでも、このままではいけない、なんとかしなければならない、と考えてきた。

 そして、今がその時なのだと思った。

 ジャスティンが、感極まって駆け寄ろうとした、その時。

 彼の口から、こぶし大の青い気体のかたまりのようなものが、吐き出された。初めは、それが何だかよくわからなかったが、後になってすぐにわかった。それは彼の魂だった。

 そして、瞬く間に、その場にいた兵士達も次々と同じように魂を吐き出していた。

 ジャスティンは、呆然と立ち尽くしていた。

 魂は、口から出るその一瞬だけは視認することができたが、すぐに消えてしまうので、後はもう、どこにいってしまったのかわからない。

 兵士達の「からっぽ」になった身体が、ばたばたとその場に崩れ落ちていった。生気のない瞳が空を見つめる。操られて襲いかかってきた、先ほどのあの兵士達と同じ目をしていた。

 ジャスティンは、倒れている父の元へ駆け寄り、その場にしゃがみ込む。彼の顔をのぞき込んだ。その虚ろな瞳の中に、もう自分の姿はどこにも映ってはいなかった。

 声にならない声で彼女は叫んだ。まるで獣の雄たけびのように。身体の内側を突き上げてくるもの、溢れ出す何かを、壊れたように、全身で吐き出し続けた。その様子は、気がふれたと思われても仕方のないようなものだった。

 酸欠で咳き込んだ後、彼女はようやくドラクロワを見た。血走った鋭い目をむき出しにして、ものすごい形相で睨んだ。まるで飢えた獣だった。今の彼女と目が合った者は、たちまち震えあがって動くことすら出来なくなってしまうだろう。

 それでも、その凄まじい目を向けられた本人は、実に平然としたものだった。

「言ったはずだ。最後の舞台に、役者は何人もいらない、と」

 さあ、幕開けだ。誰かがそう言ったような気がした。

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