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外道大魔導師ドラクロワ  作者: ゴリエ
第七章 いつまでも三人で
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いつまでも三人で④

 一旦彼らは岬の小屋に戻った。そして、長い長い話をファーゼルから聞かされることになった。

 まず、何故ファーゼルが再びこの地を訪れたのか。それは、亡き師や弟弟子を懐かしんで墓参りに来たのではなく、ジャスティンと同じように、彼もまた、先日ドラクロワの存在を感じ取っていたからだった。聞けば、ドラクロワの気配はその時こちらの方角にあったのだという。今はもうここに来ても何も感じないが、先日のものはたしかにそうだった、と彼は自信を持って語った。

 そのドラクロワの存在を感じて、彼はドラクロワが完全に死んではいないということの他に、さらにもう一つの可能性に気付いた。それは、ジュニアがドラクロワを死に追いやったのだと仮定した場合の、その時の手段が何だったのか、ということだった。

 魔導師としてだけではなく、法術師としても学び、修行してきたファーゼルは、魔術や魂、そして、果てはこの世の理に関わるまでの多くの知識を蓄えていた。それが、彼にある一つの結論を導かせていた。ドラクロワは、もしかすると「虚無の世界」にとらわれているのかもしれない、と。

 ファーゼルは、虚無の世界のことについても三人に話した。虚無の世界とは、「何もない」という由来からそう名付けられたと言われているが、実際に何もない世界―――つまり、何もない「別の」世界という訳ではなく、厳密にはこの世の分類に含まれるのだという。

 「虚無の世界にいく」ということは、簡単に言えば、つまり、魂だけの存在で永遠にこの世を彷徨い続ける、ということらしい。それが何を意味するのか。

 肉体と魂が乖離し、そして魂は永久に成仏―――つまり消滅することなく、ずっとこの世に留まり続ける。魂だけの存在ゆえに、誰かと話をすることや姿を見せること、自分の声を届かせること、ましてや触れることなど、もちろん出来はしない。ただ、誰にも干渉したりされたりすることなく、永久にこの世を彷徨い続ける。成仏できない幽霊、とでも言えば一番わかりやすいのかもしれない。とにもかくにも、もしかするとドラクロワはそういう状況にあるのかもしれない、とファーゼルは語った。

 しばらく彼の話を黙って聞いていた三人だったが、もはや限界だ、と言わんばかりにウィーズが一人椅子から立ち上がった。

「付き合ってられないな。そんな夢みたいな話、信じられるわけないだろ」

 ウィーズは苛立ちを隠せなかった。

「ファーゼルさん、だっけ? あんたの顔、どっかで見たことがあると思ったら、驚いたことに、聖教教団王都支部の司教様じゃないか」

 そう指摘されて、ファーゼルは目を丸くする。

「これは驚いたな。私のことをご存知だったとは」

「そんなことどうでもいい。俺が言いたいのは、そんなちゃんとした地位にいる人が、何で三流詐欺みたいなことを言って、ジャスティンを唆そうとしてるのかってことだ」

「……そうか。あくまで信じてもらえないというのだな。まあ、無理もない。今の話が妄想の産物ではないと言い切れるような、決定的な証拠が何もないからな。……だが、そうだな。こう言えばどうだろうか。実はジュニアは、『魂の運び手』だったのだと」

 その言葉にウィーズが反応した。

「魂の運び手……ソウルキャリアー? まさか」

「だが、そう考えれば全ての合点がいく」

 ファーゼルは力強く言った。

「変性の術が使えたことも、魔法の効かない私への攻撃が通用したことも、あの魂を扱うことに長けた人種ならば、造作もないことだろう。そして、魂を肉体から引き離すことも、同様に」

 でも、とウィーズはかぶりを振った。

「その人種は、大昔に一人残らず殺されたはずだ。虚無の世界に魂を放り込む厳罰―――魂引きの刑……あの悲劇が二度と繰り返されないようにって……」

「史実と実際が同じとは限らない。生き残りがいて、その末裔が現在も生きていたとしても何ら不思議はない。それに君だって見ただろう、クロの遺体の状況を。どこにも外傷はなく身体内部にも特変は見当たらなかった。死因は全くの不明で、生命の徴候だけがぱったりと途絶えていた。……それはそうだろうな。魂と肉体が切り離されれば、肉体に生命を維持する力はなくなる。そのまま朽ちていくだけだ」

「たしかにそうだけど、でも、そんなまさか……」

 信じられない、というウィーズに変わって、今度はカインが口を開いた。

「その……仮に死因がそうだったとしても、動機がはっきり見えてこないのですが。何故、ジュニアが師匠であるペソを? 彼らは特別仲が悪いようにも見えなかったし、それにペソはジュニアのこと、なんだかんだですごく大切にしているように僕には見受けられました」

「そうだな。だが、ジュニアの目的は、最初からクロを殺すことにあったのだとしたら、それほど不自然ではないだろう」

 ファーゼルの過激な発言に、三人は驚いて顔を見合わせていた。

「え……? つまり、ペソに懸けられた王女誘拐事件の時の賞金が目当てだった、とか?」カインが尋ねた。

「違うな。そんなものとは全く別次元の話だ。ようは、端からジュニアはドラクロワの力が欲しくてドラクロワの弟子になったのだろう」

 ファーゼルははっきりとそう言った。

「お前たちは知らないのだな。ドラクロワの力と呪いのこと。そして、それらは代々弟子が師匠を殺すことで、受け継がれてきたものだということを」

 欲望に逆らうことができない呪い、ドラクロワが大魔導師と呼ばれる由縁。ファーゼルは、その全てをジャスティン達に語った。

 ジャスティンは、今まで生きてきた中で、こんなにも衝撃を受けたことはなかった。まるで天地がひっくり返ったような、自分の中にあった礎がいとも簡単に崩されてしまったような、そんな生きた心地のしない気分を存分に味わった。

 声をわずかに振るわせながら彼女は言った。

「ペゾは……あやつは、生前『ドラクロワ』のことを聞いても、何一つ教えてはくれなかった。極力関わるなと言いたげだった。……では、あやつは、自分の師匠を殺したのか? あんなにも大切そうに話していた人のことを、自らの手で……?」

「そうだ。先代ドラクロワが、呪いの苦しみから解放してほしい、とクロに望んだのだ。クロはその師の最大にして最後の望みをかなえるために、自ら手を下し、そして、お前たちの知る『ドラクロワ』となった」

 ジャスティンの脳裏にドラクロワの言葉が過ぎった。「自分は幸せになる資格などない」「自分を助けるということは殺すということだ」彼はそう言っていた。

 ジャスティンは、今までところどころ抜け落ちていた箇所が、ようやく埋められたような気がした。言葉にできない様々な想いがとめどなく溢れてくる。

 その話を知ったところで、それはほんの小さな一歩を踏み出したにすぎないのだろう。ドラクロワを理解する上で、やっと最初の入り口に立てたようなものだ。今までは、きっとその入り口にすら、辿りつけていなかったのだ。だからこそ強く思った。必ずドラクロワを見つけて助け出してやろう。そして、そう決意していたのはジャスティンだけではなかった。

「新たなドラクロワに見つけられて、万が一にも消滅させられてしまう前に、早急にクロの魂を保護する必要があるな」

 ファーゼルは厳しい表情をした。

「新たな、ドラクロワ……?」

 ジャスティンが眉をひそめる。

「それは一体、どういう……」

「実はな。先日、ドラクロワがついに政府に捕まったという情報が入った。もちろん、賞金が懸けられている公の方ではなく、非公式の方での筋だ。政府がどういう目的で秘密裏にドラクロワを捕縛したがっていたのかは知らないが、まあ、大々的に発表しない姿勢を見ると、捕まえて単に処刑するためだけ、とは考えにくい。それに、クロは今こんな状況だというのに、一体誰を捕まえたというのか。答えは簡単だ。今、ドラクロワと名乗ることができる魔導師なんて、一人しかいない」

「まさか……」

「そのまさか、だろうな。人相は以前に現れた黒髪の男そのものだと聞いているから、おそらくは術で姿を変えているのだろう。そいつは現在は王都に捕らわれているという。……まず間違いなく、ジュニアだろうな。しかし、子供と言えど、相手はドラクロワの力を正式に受け継いだ立派な大魔導師だ。普通に考えて、政府ごときに捕まる相手じゃない。おそらくは何か目的があって、彼はわざと捕まったのかもしれない。もしかすると、おとりという可能性も……」

「ジュニアは今、王都に」

 まるで上の空とでも言うように、ジャスティンは小さく呟いた。

「実は、なんとなくそんな気がしていた。何故か王都に行かなければならないような、そんな予感がずっと。そうか、ジュニアは王都に。あやつに会えば、きっとペゾのこともわかる」

「そうだな。しかし、繰り返すが相手はもうただの子供じゃない。大魔導師ドラクロワだ。お前のような女一人消すことなんて造作もないだろう。ここまで話しておいてこう言うのもなんだが、殺されにいくようなものだ。……それから、もう一つ。希望を抱かせておいて、それを打ち砕くような言い方ばかりになって申し訳ないのだが。とても大切なことだから聞いてほしい。魂の運び手といえど、干渉出来る魂は肉体に宿っている時のものだけで、一度肉体から離れた魂を引き戻したりすることは、彼らにだってもう二度とできない。だから、たとえジュニアを観念させたとしても、クロが戻ってくるということは、たぶん、もう……」

 そう言って、ファーゼルは最後まで言葉を紡げなかった。俯くことしかできなかった彼は、「それでも」と何かを決意したような、澄んだ声をその時聞いた。

「それでも、私はジュニアに会いに行こうと思います」

 ジャスティンの力強い眼差しがそこにあった。

「私はジャスティン・ドラクロワです。何の力がなくても、私だってドラクロワなのです」

 その時ファーゼルは、何故ジャスティンがドラクロワの存在を感知することが出来たのか、ようやく気付いた。彼女もまたドラクロワなのだ。そして、同様にファーゼル自身も、元はドラクロワの名を持っていた身だから、「彼」の気配に感付くことができたのかもしれない。そして、何よりもう一度、彼に会いたいと強く願っていたから。

 ジャスティンは言った。

「殺されるかもしれないということは重々承知しています。もっとも、簡単に殺されるつもりもありませんが。私はジュニアに会いに行かなければならない。そしてペゾにも。そう思うのです。これは理屈ではないのです」

「理屈ではない、か」

 ファーゼルは肩をすくめて、力なく言った。

「まあ、止めても無駄なのだろうな。しかし、クロは幸せ者だ。こんなに想ってくれる人がいるのだから」

「ペゾが戻ってきたら、彼にぜひ、そう言ってやってください」

 ジャスティンは笑って、それから話題を切り換えた。

「……というわけだ。カイン、ウィーズ。さっきは、『自分の死に場所を探しに行くつもりはない』と言ったが、もしかすると、結果的にはそうなってしまうのかもしれない。もちろん、端からそんな弱気でいるわけじゃないけれど。でも、本当にお前達には、最後の最後まで迷惑をかけてしまった。申し訳ない」

 ジャスティンはその場で二人に深々と頭を下げた。言葉にすると、気持ちとは何て軽いものなのだろう、と考えもしたが、自分のできることがこれしか思い浮かばなかったので、もはや仕方のないことだった。

「何のことだ」

 ウィーズは実にそっけなかった。

「何のこと、って……」

「だから、『最後』ってなんのことだ」

「そうだよ。どうせなら、『これからも迷惑をかけるけど』って、そう言ってほしかったよね」

 カインが笑っていた。ジャスティンは訳がわからずに二人を交互に見比べた。ウィーズ曰く。

「ようするに。『俺達の戦いはこれからだ!』 ……と。つまりはそういうことだろ」

「ウィーズ、君、それが言いたかっただけだよね」

 どうやら二人は理解し合っている様子で、ジャスティンだけが一人取り残されていた。

 呆ける彼女に、ウィーズは得意げに顎を上げる。

「俺達はジャスティンの親衛隊なんだ。学舎時代からの付き合いを舐めるなよ」

「そうだよ。いらないって言われても、ついていくからね、僕達」

「な、何を言ってるんだ、お前達……」

 ジャスティンはいよいよ状況が飲み込めなくなっていた。

「ウィーズ、お前、近々見合いをするのだろう。お前と出会うことを心待ちにしているどこぞの令嬢を、悲しませるつもりなのか」

「そんなこと知らないね。だいたい、その娘が美人かどうかの保証もないってのに。それなら、俺は今目の前にいる美人の方についていくだけだ」

 ウィーズはあっけらかんとしていた。

 ジャスティンはさらにカインを見た。

「カイン、お前を慕う多くの部下はどうするつもりだ。騎士団長だって、副長の補佐なしでどうやって仕事ができる」

「そんなの、探せばきっとすぐに適任者は見つかるよ。でも、このへんてこな冒険に付き合えるメンツっていうのは、そうそう代わりがきかないと思うな」

 カインもまた、ウィーズ同様に軽く流していた。ジャスティンは頭を抱えた。

「馬鹿だ。お前達二人とも、本当に大馬鹿者だ」

「それを言うなら、『愚か』だって言わなきゃ」

「馬鹿も愚かも同じなんだ!」

 ジャスティンがいくら必死になっても、二人は全く取り合おうとはしない。そのうちに、そばで見ていたファーゼルがすっと立ち上がった。

「話はまとまったか」

「はい」

 まだわめいているジャスティンを無視してカインが答えた。それからカインは、ファーゼルに向かってこうも言った。

「あの、ファーゼルさん。良かったら、僕達と一緒に行きませんか? あなたがいてくれると、こちらも心強い」

「そうだな。そうしたいのは山々なのだが……」

 ファーゼルは少し困った顔をした。

「私は私で、別に行動させてもらうことにするよ。まだ調べたいこともいくつかあるし。それに、固まって動くよりは、裏で泳げる人間がいた方が何かと役に立つこともあるだろう。だが、そうだな……」

 それから彼はふと考え込んだ。

「このまま君達を行かせてしまうのは、やはり死ににいかせるようなものだ。そこでひとつ、私から提案があるのだが」

「提案?」

 ジャスティンが首を傾げる。ファーゼルは頷いた。

「殺されるかもしれないところに、わざわざ無防備な状態で出向くこともない。殺されないためには、最初から死なないようにすればいい」

「ど、どういう意味ですか?」

「殺されない存在―――つまり、この世の者ではない存在になればいい。ようするに、変性していくのだ」

 ファーゼルの発言に、三人は言葉を失っていた。

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