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外道大魔導師ドラクロワ  作者: ゴリエ
第六章 内なる反逆
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内なる反逆②

 ドラクロワとジャスティンが、自分たちとは違う声に反射的に振り返っていた。他人の気配に全く気付かなかったことに疑問を抱く二人だったが、それ以前に、久方ぶりに見るその人物の登場にこそ、先に驚くべきだった。

 小屋の扉付近に優雅にたたずんでいたのは、以前にドラクロワの兄弟子だと名乗ったローブの男―――ファーゼルだった。

「あ、兄上……?」

「だから、私のことは昔のように『兄様』と呼んでおくれ、といつもそう言っているのに。まったくクロはつれないな」

 薄く笑みを浮かべているファーゼルとは裏腹に、相対するドラクロワの声がかすかに震えていることにジャスティンは気づいていた。

 以前にこの男と遭遇した時も、たしか彼はドラクロワにとって、どこか驚異的な存在であると感じ取った。そのことを思い出し、ジャスティンは、ドラクロワを守るように無言のままファーゼルの前に立ちはだかっていた。

 しかし、ファーゼルの様子は以前とは少し違って見えた。ジャスティンに殺気立っているような素振りもなければ、逆に、まるでこちらの警戒を解こうとするかのごとく、両手を軽く上げて、その手をひらひらと振ってみせている。

 攻撃の意思がないという仕草そのものに見えたが、信用していいものかどうかはかりかね、ジャスティンは猜疑の眼を向けたまま、とりあえず、じっとファーゼルを見つめていた。

「……やれやれ、すっかり嫌われたものだな」

 ファーゼルは緩やかなため息を吐いた。

「久しぶりだな、クロ。……と言いたいところだが、そうだな。先に、他人の家に勝手に上がりこんでしまった非礼を詫びるべきだろうか。この場合」

 ファーゼルはあくまでにこやかだった。それでも、依然ガードを解こうとしない眼の前の二人に対して、わざとらしく困ったようにかぶりを振って見せた。

「何故、私がもう一度ここに来たのか。お前たちは、私を歓迎するより先に、そちらをはっきりさせたいのだろうな。……当然か。それだけの仕打ちを、私は以前お前たちにしたのだから。私も、本来なら、二度とここに来るべきではないと思っていた。……よろしい。では先に、まず私の要件をそちらに話しても良いだろうか」

「何か、あったのですか?」

 身構えたままのジャスティンを制して、ドラクロワがファーゼルの前に進み出ていた。

 ファーゼルは静かに口を開いた。

「あの栗毛の少年は? 今日は、姿が見えないようだが」

「ジュニアですか? 必要なものを買い出しに、今は町に出していますが……。あの子が何か?」

「そうか。彼を、弟子にしたそうだな」

「え? ええ。しかし、あの子に呪いを継がせるつもりはありませんので、ご安心を……」

「―――だろうな。お前の性格からして、それはないと思っていた。私たちの師と違ってな。……いや、私はそんなことを言いにきたわけではなく……」

 そう言ってから、ファーゼルは一転して深刻な表情になった。

「私はお前に忠告に来たのだ。あの少年には、十分気をつけたほうがいい、と」

 ドラクロワは目を丸くした。

「ジュニアに、ですか? それはまた、どうして……」

「私が魔術を一切受け付けない身体だというのは、お前も知っているだろう。それは、ここを出て聖教教団に入団した際に、一切の魔を絶ってもらい、その時に魔に対する抗体が身体の中に出来たためだが……」

 ファーゼルはそう言って続けた。

「その抗体のおかげで、私の身体はどんな強力な魔術を受けても、その一切を中和するという性質を持っている。このプロテクトに例外はない。しかし、あの時、あの少年が私に対して使った魔術は、その原理に当てはまることなく、さも簡単に私に危害を加えるにいたった。これが、普通に考えて、どれだけ非現実的かつ驚異的な事態だったか、お前は考えたことがあるか?」

「それは……」

 ない、といえば嘘になる。そのことは、ドラクロワも、ジュニアと出会ったときから最初に気にかかっていたことだった。

 しかし、何故ファーゼルは今になってそんなことを言い出すのだろうか。しかも、それを言うためにわざわざここまで出向いたというのか。ドラクロワは、そのことをまず不思議に思った。

「兄上。たしかに、ジュニアの能力に関しては、私も把握しきれていないところがありますし、そういう意味では、ある種の驚異と言えるのかもしれません。ですが、正直、それはあまり重要視するべき事柄ではないと思っていました。どんな特異な存在であれ、あの子はあの子ですから」

 ドラクロワがはっきりとそう言うと、逆にファーゼルの方が驚いたような目でこちらを見てきた。

「これは予想外だな。クロ、お前にしてはやけに警戒心を解いているじゃないか。それほどまでにあの少年を信用……いや、彼に懐柔されたというわけか」

「何を言っているのですか。あんな子供に……」

「子供だからこそ、だ。子供のスパイほど、使い勝手の良いものはないぞ。それに、彼は変性の術も使える術者だろう。この時点で、もう子供だと侮っていい要素はなくなる。立派な魔導師の一人だ。さらに、彼をこの樹海の外に出しているということは、外部といつでも連絡をとれる状態というわけで……」

「兄上、いい加減にしてください」

 ドラクロワが思い余って声を荒げたことで、ファーゼルははっとして口を噤んでいた。

「……すまない。たしかに、少々言いすぎた。いや……。何も、こちらもこんな風にお前と言い争いたくて、ここまで来たわけではないのだ」

 ファーゼルはそう言って、少しうつむき加減に頭をかいた。いつもの自信に充ち溢れるような覇気はなく、それどころか、気落ちさえしているようにも見える。そんなファーゼルの姿を見るのは、昔の記憶をたどってもかなり珍しいことかもしれない、とドラクロワはひそかに思った。

 ファーゼルは、ドラクロワから視線を反らしたまま、少々遠慮がちな様子で言った。

「私はドラクロワの名を捨てた身だが、それでも、お前のことは今でも弟だと思っている。―――その最愛の弟が、どうやら結婚したという。それなのに、その幸せを祝わない兄は、いないだろう?」

 その言葉にドラクロワは目を見開いていた。ファーゼルは続けた。

「実は、正直なところ、お前の結婚を手放しで喜べない自分がいるのもまた事実だ。私は、お前が本当に耐えられないほどの苦痛に苛まれ続けるのなら、お前を強制的に女にしてでも、その苦痛から解放して、ずっとぞばでお前を守ってやろうと考えていた。勝手ながら、そこまでの覚悟は決めていた。たとえ、それが私の押しつけであったとしても、そうすることで、結果的にはお前を苦しみから救ってやれるのだと……。そうすることが出来るのは、その気概があるのは私だけだと、そんな風に思い上がっていた。―――だからこそ、もう幾年も前から立ち上がってはいるが、いまだに功を奏する気があるのかどうかわからないような政府の密命、『魔導師ドラクロワ捕獲計画』の任に、積極的に加担したりもしたよ。だが……」

 ファーゼルは、そう言って少し自嘲気味に笑った。

「今のお前のその穏やかな目を見たら、なんだか、無性によくわからない敗北感のようなものが感じられてな。どうしてだろう。別に、私は結局何とも戦っていたわけではないのに。むしろ、戦っていたのは、お前一人だけだったというのに。……いや、違うか。お前も、やがては共に戦う相手を見つけたのだからな。こうして」

 それから、ファーゼルはちらりとジャスティンに視線をよこした。が、またすぐにドラクロワの方に向き直っていた。

「私は、ドラクロワの『呪い』を理解した今でも、やはりあの師匠を許すことは出来ないし、今も昔も変わらず大嫌いだ。だが、そんなあの人に唯一感謝出来るのは、お前と引き合わせてくれたこと。そして、お前を私の弟にしてくれたことだ。私は、素直で可愛いお前が、本当に心の底から好きだったぞ。言うのがだいぶ遅くなってしまったが……結婚おめでとう、クロ」

「兄、様……」

 ドラクロワは、その一言を言うので精一杯だった。言い募ることは山のようにあったが、しかし、少しでも喋ると、言葉と共に別のものまでこぼれてきてしまいそうで、さすがにそれは恥ずかしくて、なんとか必死に唇を噛みしめていた。

 そんなドラクロワをフォローするように、ジャスティンがいつもの明瞭さでファーゼルに言った。

「他人の家、ではありませんよ、兄上殿。あなたも昔はここに住んでいらしたのでしょう? ここはあなたの家でもあるのですから、二度と来るつもりはなかった、などと寂しいことをおっしゃらずに、いつでもこんな風に遊びにいらしてください」


 それから、三人はドラクロワの手料理をのせたテーブルを取り囲んで、和やかに昼食をとった。

 ファーゼルは、「ジュニアに気をつけた方がいい」と話したことを二人に謝罪していた。特に何か根拠を持って言ったわけではなく、むしろ結婚祝いに参じるための、もっともらしい理由付けにしてしまったのかもしれない、と彼は申し訳なさそうに話した。

 ドラクロワは、帰りにカレンの墓参りをファーゼルに勧めたが、まだそこまで心の整理はついていない、と言われ、あっさりと断られてしまった。

 しかし、今日のファーゼルの言葉を聞いて、彼がカレンの墓前に花を添える日も、そう遠くはないのかもしれない、と淡い期待を抱くことは出来た。 そんな風に、どこか安心したドラクロワを見て、ジャスティンは言った。

「よかったな。兄上殿と仲直りが出来て」

「べ、別に、始めから喧嘩などしていなかったよ」

「そうか」

 ジャスティンは笑っていた。彼女は、ドラクロワが兄弟子のファーゼルや師のことをどれほど慕っていたのかを知っている。記憶を失っていた時のドラクロワを思い起こせば、自然とわかるようなものだった。だから、きっと今、ドラクロワは心の中で嬉しくて仕方ないのかもしれない、とジャスティンは感じていた。

 ファーゼルは、自分たちのこの駆け落ち同然の結婚を祝福してくれた、数少ない人物の一人だ。そんなこともあり、ジャスティンもまた、今日の出来事は素直に嬉しかった。

 この先行きの見えない生活に、不安が全くないといえば嘘になる。だからこそ、自分たち以外の誰か他の人に、この結婚のことを肯定的に受け止めてもらうことは、それだけで、とてつもなく大きな心の支えとなるのだ。それは、今の二人にとって、どんなことより嬉しいことだった。

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