表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外道大魔導師ドラクロワ  作者: ゴリエ
第四章 貴族の縁談
15/51

貴族の縁談①

 不可侵の樹海と呼ばれる巨大な森を抜けると、そこには岬がある。およそ自殺志願者しか出向かないような辺ぴな場所に、好んで住まう変わり者。大魔導師ドラクロワとは、世間ではそういう認識をされている。そして、その認識は残念なことにそう外れているわけではなかった。ゆえに、この地に来客などそうそうありえないものだったのだが、先日、その大魔導師は偶然にも旧友(友と呼べるかどうかの裁定はさておき)との再会を果たした。それからというもの、その概念は少々崩れつつあった。人好きな弟子は訪問客に喜んでいたが、当の大魔導師本人は、不機嫌な顔立ちにより一層深みを増していった。

「こんにちは~」

 聞き覚えのある声がノックとともに響き、古い木戸が開かれた。

「お邪魔します。やあ、ペソ、久しぶりだね。元気そうで何よりだ」

「……今日はお前か」

 ドラクロワにお前と呼ばれた人物―――カインは、うっとおしげにあしらわれてもなお、持ち前の無邪気な笑みを携えたままだった。相手の不機嫌さをものともしない、むしろそれに気づいていないことこそ、彼の強みと言えるのかもしれなかった。

「今日は……って、いつも他に誰か常連さんでもいるの?」

「ああ、お前の良く知る連中がな。最近は男のほうもしつこくてかなわん。いい加減、迷惑なのでお前からもひとこと言ってほしい」

「へぇ。ジャスティンは知ってたけど、ウィーズまでここに来てるなんて、ちょっと意外だな。あいつ、何しに来てるの?」

「知るか。こっちが聞きたい」

 ドラクロワがふん、と鼻を鳴らすと、カインはその様子にクスクスと笑った。

「以前、君は住処を変えると言っていたのに、結局ここに留まっている。だから二人とも遊びに来るんだよ。引っ越ししないのは、実のところ、君も彼らに会いたいからなんでしょう?」

「だ、誰が。勘違いも甚だしい」

「師匠が住処を変えなかったのは、大師匠様の墓がこの地にあるからだよ」

 そう答えたのは、窓拭きをしている最中のジュニアだった。彼は話を続けた。

「住む場所は、変えようと思えばいくらでも変えられるけどね。でも、大師匠様の魂をお慰め出来るのは、やっぱりこの地しかないって、師匠が言うから……」

「余計な口をきくな、ジュニア」

「はーい」

 反省の色のない返事をしつつ、少年は再び窓拭きに戻った。それから、ドラクロワはカインに視線を移し、こう述べた。

「……で、お前は、何の用があってわざわざ樹海を抜けてここまで来た? お前はあいつらとは違うからな。冷やかしではなく、何か目的があるのだろう?」

「あはは。ジャスティンもウィーズも、冷やかしでわざわざここまで来てるわけじゃないだろうよ。ただ、君に会いたいからさ。もちろん僕も……とは、残念ながら、今日は言える立場ではないんだけどね。お察しのとおり」

 そう言うと、カインは真剣な顔でドラクロワを見た。

「ペソ、君に頼みがある」

「頼み……?」

「うん。あのね、実は今日、さる貴族の縁談があるのだけど、それをどうにか、君の力で破談に出来ないだろうか、と思って」

 カインの眼が、それがかなり切実な願いであることを物語っていた。

「縁談を……破談に?」

「うん。方法は、とにかくなんでもいいんだ。相手方に圧力をかけて諦めさせたり、裏から手をまわしたり。ただ、君が以前に起こした、王女誘拐事件のように、あまり派手なものにされすぎても困るのだけど」

「その貴族の縁談とは、ひょっとして……」

「失礼! 邪魔をするぞ!」

 そう声がして、再び小屋の戸が勢いよく開け放たれた。訪ねてきた人物を見て、カインは目を丸くする。

「ジ、ジャスティン!」

「おお、カインも来ていたのか。ちょうどいい。ペゾ、いやドラクロワ。お前に、火急に頼みたいことがある!」

 血相を変えて飛びこんできたかと思えば、ジャスティンは有無を言わさず一気にまくしたてた。

「私を男にしてくれないか?」

「……は?」

「な、何を言ってるんだい? ジャス……」

「頼む! このとおりだ!」

 ぱんっ、とジャスティンはドラクロワに手を合わせて頭を下げた。

「私は、見ず知らずの男となんて、結婚したくはないのだ!」

「……」

 ドラクロワは、しばらくの沈黙ののち、小さくため息を吐いて呟いた。

「どうやら、お前たち二人の頼み事とは、はからずも同じもののようだな……?」



         *



 ジャスティンとカイン、二人の話を要約すると、こうだった。ジャスティンは、王室騎士を過去に何名も排出してきたという、由緒正しいアルジェント伯爵家の一人娘であるらしい。以前から、次期伯爵となるべく、近いうちに身を固めよ、と彼女の父である現アルジェント伯に提言されていたのだが、王女護衛騎士の任務が忙しい、などと適当に言い逃れては、いつも縁談をことごとく断っていたという。しかし、先日護衛騎士の任を解かれ、田舎町の一警備兵に降格されてからというもの、伯爵の娘への圧力も次第に猛威を振るうようになり、けれどもそれに素直に従うジャスティンでもなく、結果、ついには親子で決闘騒動にまで発展した。そして、哀れジャスティンは父との決闘に惨敗したが、それでもなお結婚は断じて嫌だと言い張り、最後には思い余って伯爵邸から逃げてきたというのだった。

 ドラクロワはこの話を聞き、心底迷惑そうな顔をした。

「……だから何だ」

「私の父は非道だとは思わんか? こんなに娘が嫌がっているというのに、力に物を言わせて言うことを聞かせようとしているのだ」

 そこにカインが口をはさむ。

「まあ、伯爵の言い分もわからないでもないけど。でも、無理やり結婚させようとするのは、やっぱり良くないと思うよ。僕も、それには断固反対だ」

「そうだろう? ああ、やはりカインならそう言ってくれると思っていた」

 ジャスティンに笑顔を向けられ、顔を真っ赤にするカイン。それを見て、ドラクロワはまたうんざりとした。

「……ならば、お前たちで勝手に、その分からず屋の伯爵をどうにかすればいいだけの話だろう。何故、無関係の私を巻き込む?」

「そんなの、お前が一番頼りになりそうだからに決まっているだろう」

 ジャスティンのごく自然に出た言葉が、思いのほかドラクロワには不意打ちだったようで、彼はしばらくうつむいて何も言わなかった。ジュニアだけが、師のその様子を見て、一人にやにやとしていた。

「そ、そんな風におだてても、私は貴様らに手を貸す気はないぞ。だいたい、貴様らに手を貸したところで、いったい私に何のメリットがある? それに、どちらかといえば、私は伯爵のほうを支援してやりたいくらいだ。お前が結婚して伯爵邸に留まれば、この岬もいくらか静かになるというもの。やっかい払いが出来て、一石二鳥だ」

「冷たい奴だな、お前は。たしかに、お前に直接的な益は何もないかもしれんが……。わかった。では、こうしよう。私を男にしてくれたら、お前の望みをひとつ、何でも聞き入れてやる」

「何……?」

 ドラクロワの表情が少しだけ変化したのを、ジャスティンは見逃さなかった。

「どうだ? 悪い話ではないだろう?」

「あ、はいはい。じゃあ、俺がその役割引き受けたい」

 そう申し出たのはジュニアだった。

「師匠でなくても、俺も変性の術、使えるよ。ジャスティンさんのその頼み聞いたら、後で何でも言うこと聞いてくれるんだよね?」

「ああ、別にお前でもいいぞ、ジュニア」

「本当? じゃあ、何してもらおうかなぁ?」

 ジュニアが何やら、子供らしからぬ含み笑いをして見せた。すると、それを制すように、ドラクロワが突然声をあげた。

「待て。……わかった。いいだろう、ジャスティン。貴様の望み、私が聞き入れてやる」

「ほ、本当か?」

「ああ」

「……ちぇー」

 ジュニアは面白くなさそうに、後頭部で後ろ手を組み、壁にもたれかかった。ドラクロワはその抗議の声を無視し、改めてジャスティンの方を見た。

「不本意だが、今回はお前の悪あがきに付き合ってやる」

「ありがたい。恩にきるよ」

「ふん。嬉しがっていられるのも今のうちだ。代償は高いぞ」

「構わない」

 ジャスティンは言って、満面の笑みを浮かべた。ドラクロワはわざと彼女を見ないように目線を反らし、それから疑問に思っていることをひとつ口にする。

「しかし、何故男になりたがる? 縁談を破談にするだけなら、他にいくらでも方法があるようなものだが」

「そうだな。そうなのだが……。実は、私の婿養子候補にあげられている者たちが、一人の例外もなく貴族連中ばかりでな。下手に恨みを買うと、後々厄介なのだ。だから、出来れば向こうのほうから断ってもらうのが一番いい。そこで私が男になるのだ。そうすることで、私がそのような偏った趣向の持ち主だと思われれば、何もせずとも向こうから退いてくれるだろう。噂が噂を呼んで、しばらくは誰も寄ってこなくなるだろうし、これで万事解決というわけだ」

「……同時に、お前とお前の家の評判も下がるだろうがな」

「私のことなら問題ない。それに、アルジェント家の心配をしてくれているのなら、それこそ無用というもの。アルジェントが積み上げてきた歴史は、私が生きてきたよりもずっと長いのだ。私ひとりが少しばかり曰くつきであったとしても、その程度で揺らぐ威信ではないよ」

 ジャスティンはそう言って、妙に自信たっぷりに胸を張った。

「とにかく、婿養子候補どもから、私と結婚するという気持ちを削げればいいのだ。何、どうせ私ではなく、アルジェントの家名が欲しいだけの連中ばかり。私に偏屈な性癖があると知れば、すぐにでも尻尾をまいて逃げ帰るだろうさ。簡単なことだ」

「なるほど、わかった。……では、さっそく始めるが、良いか?」

「ああ。頼む」

 ジャスティンは真っ直ぐにドラクロワを見た。そんな彼女の肩に、ドラクロワは両手を添える。二人は互いに向き合う格好となった。

「あの、始めるって、何を?」

 状況の飲み込めないカインが、間の抜けた声で尋ねた。

「あれ? なんだ、知らない? お兄さんだって、この前見たでしょ? 変性の術のかけ方」

 ジュニアがからかうように言った。

「もう一度説明しようか? 性別は、魂と強く結び付いているものであり、それに干渉するには、魂の性質を変える必要がある。魂の出入り口は口であり、よって、魔力を送り込むのはマウストゥーマウスが一番効率的であるとされてい……」

「ああああっ!」

 カインはジュニアの言葉でようやくこの場の状況を理解し、途端に慌てふためいた。

「だ、ダメ! それダメ! 断じてダメっ!」

「何故?」

 ジャスティンが首を傾げる。

「何故って、ジャスティン! そんなの僕の口から言えっていうの? ダメだよ、言えない。でも言わなきゃ君は納得しないんだろうね。でも、言わないから!」

「意味がわからん」

「わからなくてもいいよ。でも、とにかくやめるんだ。ほら、ペソもジャスティンから離れて。……まったく、君たち魔導師の見解は、時折本当に理解に苦しむ。世間での非常識が、君たちの間では常識として普通にまかり通ってるんだから。まだこんな小さな子もいるのに、教育上良くないことだらけじゃないか」

「俺のこと言ってるんなら、それこそ心配無用だよ。こう見えても、実は三百年は生きてるから」

 ジュニアがけろっとそう言った。

「え、えぇっ、本当に?」

「嘘に決まってるじゃん」

 少年がキヒヒ、と笑う。もしもウィーズなら、この場で確実に怒り狂うだろうが、そうはならないのが、カインとウィーズ、二人の大きな違いだった。

「な、なんだ……。驚かさないでくれよ。とにかくその方法はダメ。他にやり方、ないの?」

「ある」

 実にあっさりとドラクロワが答えた。

「じゃあ、始めからそうしてよ! 心配して損したじゃないか」

「口からの魔力の受け渡しが一番効率がいいのは確かだ。……が、単に効率がいいというだけの話で、無論他にも方法はある。術者が被術者に手をかざすだけでも、魔力を与えることは可能だ。ただしその場合、与えられる効能は半減―――いや、それ以下になるかもしれんぞ」

「まあ、この場合やむを得ないよ」

「私は、別に口からでも構わんのだが……」

「ジャスティンは黙ってて」

 普段は穏やかなカインだが、このときばかりはそういうわけにもいかないようだった。カインの珍しい憤りぶりに少々驚きつつも、ジャスティンはドラクロワのほうを見て、何故か意地悪げに笑っていた。

「……だ、そうだ。良かったな、大魔導師殿。これで、また前みたいに、嘔吐せずに済むじゃないか」

「ああ、そういえばそうだな。実は、内心ものすごく不安だったのだ」

「……口の減らないやつめ」

 そこでジャスティンが機嫌を損ねたのは、言うまでもないことだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ