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外道大魔導師ドラクロワ  作者: ゴリエ
第三章 大魔導師の師匠
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大魔導師の師匠⑤

 夕食を食べている間も、カレンは普段と何ら変わらずに、冗談を言っては笑顔を絶やさなかった。いつもの彼女だ。

 食後に、カレンは岬で星を見たいと言い出したので、クロもそれに付き合うことにした。

 この岬から見る星空はとても美しかった。この辺り一体は、なるほどカレンの言うように、人が寄り付かないだけあって、人の手が加えられた形跡がまるでない。そのせいか、自然がそのままの姿で残されており、小屋周辺の草木は伸び放題だったが、それでも、そのことを不快に感じることはなかった。そこには野生的な自然の強さ、美しさがあった。だからこそ、ここの星空が一段と美しく思えたのかもしれない。荒野の星空だ。知らず知らずのうちに感嘆のため息をもらしていた。

「綺麗ね」

 カレンが言った。

「はい、とても」

「あのね、クロ」

 彼女はまるで、星に話しかけでもするように、空を見上げたままクロに語りかけた。

「私の話、聴いてくれる?」

「あ、はい。何でしょうか」

「私、もうすぐ死ぬの」

 クロは、カレンの話を聴いてはいたが、彼女の声をただ耳に取り込んだだけで、理解は出来なかった。それでも、カレンはそのまま話し続ける。

「でも、心配しないでね。私はそれが全く苦じゃないの。むしろ、それはずっと望んできたことなのよ。死ぬことは、私の最大の『望み』だから」

「な、何を言っているのですか? お師匠様……」

 クロが混乱するのも無理はなかった。カレンがさらっと口にするものだから、いつものように他愛もない話をしているような感覚に陥る。実際、カレンにとってはそうなのかもしれない。しかし、クロにとっては、実に突拍子もないことだった。

「そんなに驚くことでもないのよ」

「驚きますよ! どういうことですか? 死ぬって、死にたいって。何か、お辛いことがあったのですか? それとも、またいつものように僕をからかっているだけ……」

 言いかけて、クロは、決してカレンが冗談を言っているわけではないことを知った。目の前の彼女が、みるみるうちに、「あの男」の姿に変化したから。

 クロはびっくりして無意識のうちに後ずさる。男がクロの前に現れるのは、今ではそれほど珍しいことでもなかったが、カレンがクロの目の前で変性してみせたのは、これが初めてだった。

「どうした、そんなに怯えて。とっくに知っていただろう」

 男は無感情にそう告げた。それでもクロは平常どおりに振舞うことなど出来なかった。

 カレンがこの男と同一人物だということなど、初めて男がクロの前に現れたときから気付いていたことだ。ただ、認めたくはなかった。片や自分を少女に仕立てては陵辱する暴漢と、片やいつも自分を抱きしめてくれる優しい女性が、同じ人物だと考える方がおかしいと思った。

 クロが何も言わないでいると、男はあっけなくすぐにカレンの姿を取り戻していた。彼女が少し寂しそうに微笑んだのは、気のせいではないと思った。

「少し、昔話をしましょうか」

 カレンはそう言うと、ふたたび夜空を見上げた。

「あるところに、一人の魔導師がおりました」

 彼女は、長い物語をクロに語った。

「あるところに、一人の魔導師がおりました。その魔導師はとても欲張りで、何でも自分の思い通りにならないと気がすまない人でした。しかし、世界とは、自分だけに都合のよいものでは決してありません。彼はあらゆる研究を駆使して、自分の願いを叶えようとしました。そして、ある術を開発したのです。その術とは、自分の『欲望』を満たすためなら、魔力を最大限に引き出すことが出来るという、大変画期的なものでした。この術のおかげで、彼の魔力は今までとは比べ物にならないほど強力なものになりました。彼は瞬く間に大魔導師と呼ばれるようになり、富と名声と権力を手に入れました。そして、その力で、自身の多くの望みを叶えていきました。―――しかし、この術には、二つの誤算があったのです。ひとつは、魔力を最大限に引き出すために、魔導師は術を人間の核、つまり心臓に植えつけていました。すると、欲望が満たされないとき、もしくは自身の望まないことをしたときには、心臓に絡みついた術が痛みを引き起こすのです。術は魔導師に、欲望を理性で押しとどめるな、とまるで痛みで語りかけてくるようでした。そして、もう一つの誤算。これは術自体とは別の問題でした。人間の欲望とは、いくつ叶えても際限がなく、決して満足することなくあふれ出てくるのです。だから彼はいつも満たされることはなく、結果として、常に心臓の痛みに苛まれ続けました。痛みは次第に強くなっていき、そのうち耐えられない程度のものにまで悪化しました。彼は術を解除しようと試みましたが、どんな方法を用いても、結局は解くことが出来ませんでした。彼は、ついには死を望むようになりました。しかし、この術は、『術を解除したい』という望みや、『死にたい』という望み―――ようするに、術の存続に不利になるような望みを、決して認めはしませんでした。魔導師は悩み苦しみぬいた末、自分の弟子に自分を殺してもらうことにしました。これ以上、師匠の苦しむ姿を見たくなかった弟子は、泣く泣くその魔導師を殺しました。すると、術は、今度はその弟子のほうに乗り移ってしまったのです。術は、宿主の『名前』を支配する性質を持っていました。弟子は師匠と同じ姓を持つのが慣わしです。彼らは、『ドラクロワ』という魔導師の氏族でした。それ以来、ドラクロワ一族は、強大な魔力を手に入れる代わりに、その術に取り付かれることになりました。術は、その忌まわしい性質ゆえに、いつしか『呪い』と呼ばれるようになり、決して他方に口外されることはありませんでした。呪いのことを外部に知られれば、『ドラクロワ』の弟子に志願する者はきっといなくなってしまうからです。呪いの宿主にとって、それは大いに困ることでした。何故なら、弟子は呪いの次の宿主、つまり呪いを押し付けるための大事な存在であり、つまり、弟子がいなければ、魔導師ドラクロワはずっとこの苦しみから逃れることは出来ないのです。歴代のドラクロワは、こうして、何代にも渡って弟子を騙し続け、呪いの傀儡にしました。死という安息を手に入れるために」

 そう話し終えると、カレンはため息をもらした。さきほどから微動だにしないクロに、彼女は、「長く話して疲れちゃったわ」と苦笑して見せた。

「ひどい物語でしょう? 誰が考えたのかしら。オチもなければ救いもないわ。あ、いえ、救いだけはあるのね。最後に、死という永久の救いが」

 カレンはふと、自身の胸元に手を当てて言った。

「ねぇ、クロ。この姿が、私の本当の姿でないということは、気付いているでしょう?」

 そう言われ、クロは戸惑いながらもゆっくりと頷いた。

「そう。これは、私の変性した姿。変性している間だけは、呪いの苦痛から逃れることが出来るの。何故なら、魂の性質が変わって、肉体を持ちながら幽体でもあるという、非常に曖昧な存在となっているから。私のように変性の術に慣れてしまうと、肉体の生命の徴候はほとんど停止し、心臓は脈打たないし、呼吸もしていない、身体に痛みも感じない、という状態となるの」

 でもね、と彼女は付け加えた。

「魂の性質を変えた状態でずっとこの世に留まり続けることは、実はとてもいけないことなの。この世の本来の方則を歪める行為に当たるから。いわば、この世のルール違反に相当しているわけ。ルールを守らない者には、それ相応の罰則があるでしょう。だからね、あまりにも長い月日を、魂を冒涜しながら生きながらえてきた者は、やがては魂が肉体から分離し、霊魂のまま、成仏することも出来ずに、永遠に魂だけの存在で虚無の世界を漂い続けることになるの。今はさすがに無いけれど、昔は重罪を犯した者への極刑以上の刑罰として、実際にその刑が執行されていたのよ。死ぬほうが百万倍マシだと言われている、厳罰中の厳罰」

 カレンは遠い目をして言った。

「誰からも見えず、誰にも触れられず、話すことも出来ない。そんな孤独の世界を、永久にただよい続けることほど、辛いものはないと思うわ」

 だからね、とカレンは話した。

「だから、私は死を選ぶの。私は呪いの苦しみから逃れるために、長くこの姿でいすぎたわ。それはもう、気の遠くなるような時を過ごした。もう、正直あまり猶予は残されていないと思う。私は呪いの苦しみからも解放されたいけれど、そのために虚無の世界を永久にただようつもりもないわ。だから、『死』という型におさまるのが、結果として一番理想的なのよ。私は結局、何も変えられはしなかったから」

 カレンの瞳が、そのとき目に見えて陰りを帯びたのを、クロは知った。

「師匠をこの手にかけた夜、私の代で、きっとドラクロワの運命を変えてみせると誓ったわ。それなのに、私は、何一つ抗うことが出来なかった。そして私は、自分の弟子に、あなたに、また同じことを繰り返そうとしている」

 カレンはクロを見つめた。はっきりと、自身の両の瞳にクロを映していた。

「クロ、私がこの術であなたを呪うように、あなたもきっと、一生私を呪い続けるでしょうね。けれど、それでいいのよ」

「お師匠様、僕は」

 今までカレンの話を聴くだけだったクロが、そのとき初めて声をあげた。けれども、それはあっけなく遮られる。カレンの甘ったるい言葉によって。

「愛してるわ、クロ」

 彼女は嘘のない瞳で言った。

「誰よりもあなたを愛している。本当よ」

 クロは、ふたたび何も言えなくなってしまった。その様子を見て、カレンはいつものように優しく苦笑する。

「本当に、私は卑怯でどうしようもない人間ね。まさに外道だわ。クロ、私を永遠に憎み続けなさい。それが私の、あなたへの最後の『望み』よ」

 その夜響いた波音は、ひどく穏やかなものだった。

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