佐竹四郎,「丸岡」にて山本カンナを語る
佐竹四郎は今年で28歳になる。趣味は小学生の頃から続けている野球であり,職場の草野球チームでピッチャー以外のポジションで活躍している。1ヶ月に1回は草野球チームの練習試合があり,入社以来欠かさず参加している。仕事やプライベートで忙しいなか,100パーセントの出席率であることは称賛に値することから,2年前は「佐竹四郎を次期監督に」という声もあったが本人の固辞により別の人間が監督となった。
練習試合後は,相手チームと飲みに行くのが慣例である。こちらも佐竹四郎は毎回欠かさず参加している。店は相手チームの希望がない限りはいつも決まっており,交通の便がよい駅前にある老舗居酒屋「丸岡」である。「丸岡」は今年で63歳になる主人,丸岡常男とその妻で今年で62歳になる丸岡のぶ子が切り盛りしている。「丸岡」はアルバイトを2人雇っており,そのうちのひとりは吉岡りさという22歳の女子大生である。吉岡りさは少々派手目ではあるが美人であり,愛想もよいため彼女を目当てに通ってくる男性客も多い。加えて,吉岡りさは一般的にいうところの巨乳である。歩くと胸の揺れが目立つ。男性客の中には,酔ってくると吉岡りさに卑猥な言葉をかける男性客もいる。しかし,吉岡りさは嫌がるふりはするものの,半ば面白がってもおり,比較的客数が少ないときには客の卑猥な冗談を受け,そのまま話し込んだりもする。
佐竹四郎は巨乳好きである。ゆえに,吉岡りさのことが気になっている。しかし,本気ではない。なぜなら,彼が心から愛しているのは山本カンナという18歳のグラビアアイドルだからである。山本カンナは今年でデビュー2周年目となる。活動の場は主にインターネットである。すなわち,売れないアイドルというわけだ。売れるためには何が足りないのか,山本カンナにも彼女の所属事務所にも分からない。当然,佐竹四郎にも分からない。
「カンナより不細工なアイドルが売れている理由が分からない。その上,カンナの完成されたおっぱいを見てみろ。あの大きさ,完璧な形,柔らかさ,丸さ,白さ,揺れ具合,艶やかさ,肌のきめの細かさ,何をとっても完璧ではないか。それなのに,カンナより不細工でとってつけたようなおっぱいをしたこいつが,なぜこんなポスターを飾っていて,カンナはいつまでたってもネットアイドルなんだ」
ある日,「丸岡」で友人の川田昇を前に,佐竹四郎が壁に貼ってあるビールのポスターを指差しながら語った言葉である。酔うといつも最後は「なぜ山本カンナが売れないのか」を話し出す。川田昇は「またか」と思いつつも,彼自身も酔っており適当に聞き流すのが常である。佐竹四郎も,川田昇が大して聞いてないことを知っていて喋っている。佐竹四郎はスマホを川田昇に見せながら続ける。
「優しすぎるんだよな,カンナは。これ,昨日放送されたやつなんだけど,ほら,カンナってば一歩後ろに下がった所に立ってるだろ?カンナの右にいるのが羽田みなみ,左は名前忘れちゃったけど,二人ともこれがデビュー番組なんだな。そんで,カンナが一歩引いてあげてるってわけさ。おっぱいだけじゃなくて,心も大きいよな」
川田昇は全く聞いていない。彼はもうじき9杯目の生ビールを空けようとしている。金曜日の23時,川田昇には今酔っぱらい特有の「頭脳明晰な瞬間」が訪れつつある。彼は今,仕事について考えているのである。どうすれば彼が担当しているデパートの食品売り場に客を呼び込めるかについて。なおも佐竹四郎は語る。
「これは1週間前のやつ。制服特集の日だな。カンナは白いシャツに黒いタイトスカートに黒いストッキングにハイヒールを履いて,セクシーOLって設定なんだよ。メガネがいいよな。胸もいいけどさ,この脚を見てみろよ。この曲線美を。太ももから膝にかけての丸み,膝から下のシャープなライン。そしてほら,このときカンナの脚がアップになって,そのときに脚を組み替えるんだ。スカートがだいぶずり上がって,ランガードが見える。たまらんよな」
「ランガードって?」
「ストッキングの太ももの付け根辺り,色が濃ゆくなってるだろ?,ここをランガードというんだ」
「へえ。由美ちゃんに聞いたのか?」
「いや,ネットで調べたんだよ」
由美ちゃんとは佐竹四郎の彼女である。付き合い始めて3年になる。25歳で事務の仕事をしており,幼い顔立ちだが料理上手でしっかりしている。実家に住んではいるが,ほとんど佐竹四郎のアパートにいることが多い。親も公認しているのである。佐竹四郎も結婚を考えないではないが,今一歩踏み切れずにいる。小さいことが気になっている。そう,由美ちゃんはペチャパイなのだ。なぜ,巨乳好きの俺がペチャパイと付き合っているのか,佐竹四郎は由美ちゃんとセックスをする度に思うのだった。
「由美ちゃん何も言わないのか?」
川田昇が山本カンナが映し出されている佐竹四郎のスマホを指差して言う。
「何も言わないよ。由美公認なんだ」
「実は嫌なんじゃないの?」
「そうかもしれない。でも,俺は山本カンナ無しの人生は考えられない。由美にも言ってあるんだ,カンナと付き合うことになったらお前とは別れる,って」
「へえ」
川田昇は野菜サラダの残りのミニトマトを摘んで口へ運び,再び集客率を向上させる方法について考え出した。一方の佐竹四郎は2週間前にスマホに録画したネット放送を見ながら,いかに山本カンナのスクール水着姿が素晴らしいか語り出した。誰も佐竹四郎の話を聞いていない。ひとり,吉岡りさを除いては。