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篝諒子の葛藤


――東京都立目黒川総合病院――



「ど、どうしたのわかばん?」

 突然泣き出したわかばんに、アタシは軽くパニックになった。

 特に何か言った訳じゃない。何かをした訳じゃない。

 目の前の女の子の涙は、全く予想外の出来事だった。

「ご、ごめんなさい。何でもないんです。何でも」

 どうしていいか分からなかったから、とりあえず抱きしめる。

「大丈夫。大丈夫だよ」

 正直自分で言って、何が大丈夫なのかも分かっていない。

 ただ、何となく抱きしめたくなった。

 守ってあげたい。素直にそう思ったんだ。


「すいませんでした。突然変なとこ見せちゃって」

「いや、いいよいいよ。気にしないで」

 頬に涙の後をつけて、わかばんがいつものように笑う。

 理由は聞いてないけど、多分君の事。

 女の子を泣かせるとは、君も悪い男だね。

 早く起きてあげなよ。お姫様が待ってるんだ。


「わかばんはこれからどうするの?」

 しばらく続いてた沈黙に、耐え切れず口を開く。

「これからですか。特に予定はないですね、家に帰ってルミエスタに入るくらいですよ」

 ああ、何となく分かっていたけど。アタシも同じだし。

 IZOを探さなきゃいけない。それはそうなんだけど。

 他にする事も無いってのが正直なとこなんだ。


「ねぇ、良かったらちょっとお出かけしない? たまにはルミエスタじゃなくさ、リアルで遊ぼうよ」

 何となく、そんな事を言ってしまった。

 さっきのわかばんの悲しそうな顔みてたら、一緒に居たいって思ったんだよね。

「お出かけ、ですか? 誘ってもらってすごく嬉しいんですけど。私と一緒じゃ迷惑じゃないですか? あの、色々と大変だし……」

「そんなの全然大丈夫だよ! ほら、もうお昼だしご飯でも食べてさ。ちょっと街をブラブラしよう」

「はい! じゃあ是非!」

 花弁が開くように、明るくなる表情。

 無邪気な子供みたいに、タイヤを前後に回して喜ぶ姿。

 何て可愛い生き物だろう。アタシとはえらい違いだ。

 穢れをしらない、純粋な天使みたい。



――西口――



「あー食べた食べた。もう無理、歩けない」

 昨夜から何も食べてない空腹と、久しぶりに入る綺麗目のレストラン。

 それはアタシの欲を、十分過ぎるほど満たしてくれた。

「食べすぎですよ。あんなに沢山」

「でもわかばんも結構食べたほうだよ。その細い身体で」

「最近はご飯が美味しいんですよ」

「まぁ、沢山食べないと大きくならないからね。アバターでいくら大きくしても、リアルではまだまだ子供だもんな〜」

「ひゃっ!? なっ、何するんですか!? こんな街中で!」

「ほう、街中じゃなかったらいいぜよか?」

「とりあえずぜよ付けとけばいいって思わないで下さい!」

 ふざけあって、笑いあって。

 退屈な日常は、ここには無かった。

 平坦な毎日を吹き飛ばすように、アタシは笑った。

 車椅子を押しながら、いつもより少し元気なわかばんと。


「これ可愛いな〜。これも、これも。あっ、そっちも素敵。りょうこさん、これとこれならどっちがいいですかね?」

「えっ? あー、左の方、かな?」

「やっぱりそうですよね! じゃあこっちにします」

 昼食から約二時間後。

 お店を回るわかばんのパワーに、少し圧倒されていた。

 女の子らしい、と言えばそうなのかもしれない。いや、そうなんだと思う。

 女の子は買い物に時間がかかる。それは良く分かってるよ。

 アタシは欲しいものがあったらすぐ買う。なるべく同じ店に十分以上は居たくない。

 同性なのにこんなに違うんだ。

 もしかしてアタシ本当は男で、どこかに落として来ちゃったんじゃないかとさえ思う。


「決まりました。すいませんお待たせしちゃって」

「いいよいいよ。アタシは全然大丈夫だからさ」

 この笑顔を見ていると、待ってる時間なんて吹き飛んでしまう。

 こういう女の子が男には好かれるんだよな。

 何でも許してあげたくなる笑顔。アタシにはない女の子らしさ。

 わかばんが羨ましいよ。


「本当にありがとうございました。わざわざ家まで送ってもらっちゃって」

「いいんだよ。ついでだからね、意外と近くてびっくりしてるくらいだよ」

 わかばんの自宅は、アタシのアパートから一駅隣。

 世間は狭いって言うけどホントだね。

「今日は誘って頂いてありがとうございました」

「気にしないで。はい、これあげる」

「これ、さっきりょうこさんが買ってたやつですよね?」

「うんうん。付き合ってくれたお礼。中身は開けてからのお楽しみね」

「本当にありがとうございます、とっても嬉しいです」

「彼が目を覚ましたら、今度は三人で遊びに行こう」

「そうですね! じゃあその時はあまり食べ過ぎない様にしなきゃです」

 はにかむってこういう顔なんだ、って思った。

 わかばんは色んな表情をするんだね。

「じゃあ、また後でね」

「はい、帰り道気をつけて下さい。ルミエスタで待ってます」

 いつまでも手を振るわかばんに見送られながら、駅へ向かった。


――彼が目を覚ましたら、今度は三人で遊びに行こう。

 ホームで電車を待っている間、自分の言葉を思い出していた。

 別に適当に言ったわけじゃない、本当にそう思ってる。

 君が目を覚ました時、アタシ達の関係はどうなるんだろう。

 アタシが女だって知って、驚くのは想像出来る。

 その後は、多分三人でご飯を食べに行くんだ。

 君と、わかばんとアタシ。

 二人は歳も近いし、何よりわかばんは可愛くていい子。

 アタシには無い、人に好かれる魅力を沢山持ってる。

 人を惹きつける力って言うのかな。

 女のアタシでも、わかばんの事を愛おしく思うし。

 

 わかばんは君の事をヒーローだって言ってた。

 ヒロインを魔の手から救い出したヒーロー。

 物語には、ヒロインは二人もいらない。

 君が目を覚まして、ヒーローとヒロインが揃った舞台の上。

 果たしてそこに、アタシの居場所はあるんだろうか。

 到着のアナウンスが流れるまで、アタシはそんな事を考えていた。

 

 





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